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反逆の家畜
圏ガクの呪い
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先輩が帰った後、夕食まで暇だったので、持って帰るはずだった課題プリントの内容を思い出しながら、ノートの端に回答を書いていた。ざっと目は通したのだが、正確かどうかは分からないので、あまり意味のない行為だが、どこにいったか分からないプリントを探しに校舎まで足を伸ばそうとは思えないので仕方がない。
どうして、そんな詮無い事をしているのかと言うと、別に課題を忘れると怒られるとかではなく、窓際に置いた飲みかけのジュースから意識を引き剥がす為だったりする。
もう飲もうとは思わないんだが、それを捨てようとも思えないのは、我ながら女々しい。
別の事を意識していないと、いつの間にかジュースを眺めて先輩の事ばかり考えてしまうのだ。……今も現在進行形でそうなってる。オレはため息を吐くと、手にしたペンを畳の上に転がして、窓辺でジュースと向き合った。
「今日の分は、ろはでいいのかよ」
なんとなく指先で自分の唇を撫でてみると、少し荒れていたので、舌を伸ばして軽く舐めた。頭では分かっているのに、冗談を真に受ける自分をなんとも出来ずにいた。恥も外聞も無く、本音を言ってしまうと、オレは先輩ともう一度キスをしたかった。
先輩が助けた礼にちゅーしろと言ったのは、多分オレが何も返せないって明らかにしょげてたからだろう。別に先輩がしたいって事ではないのだと思う。もし、今後、先輩にまた迷惑かけて、本当にお礼をする事になっても、それはオレに対する戒めのような意味合いしかなさそうだ。先輩はそんなふうにしか思っていないと、今日の態度を見れば、馬鹿なオレでも分かる。
「圏ガクの呪いにかかったのかな……オレ」
ぼやく言葉は冗談のような響きなのに、ちっとも笑えやしない。『山を下りる頃には半分近い生徒がホモになっている』悪い冗談だと思っていたのに、生徒会室で目の当たりにした現実は、噂以上で思い出しただけでも鳥肌が立った。……あんな奴らと同じになんて、なりたくない。いや、ならない。オレはホモじゃない。男同士でケツ掘り合うなんて、頭おかしいだろ。
それは紛れもない本心なのに、先輩の事を少しでも意識してしまうと、それが根底から揺れているのが分かって辛くなった。堪らなく不安で、先輩に頭を撫でて貰いたくなった。
「……先輩に甘えてるだけ……だよな。あんな無防備に人の良さそうな顔を晒されたら、誰だってそうなるよな」
膝を抱えて丸まり、視界からジュースの姿を追い出した。目を閉じても、窓から入る夕日の色が瞼に染みついて、真っ暗闇にはならなかったが、そうやって目を瞑っていると妙に心が静かになった。
「キスしたいって思ったのだって、先輩が上手かったから……気持ちよかったからだよな。まあ、そんな快楽に流されるような事じゃ、生徒会の奴らと大差なくなるから危ねーけど」
言い訳を並べてみると、それらしく思えてくるのだから単純だ。でも、それでいいと思った。
男に惚れたとか本気でないだろ。いくら圏ガクに放り込まれたからって、そこまで堕ちたくない。自分にそう言い聞かせていると、どうしてか目が熱くなった。閉じているのに、目にゴミが入ったらしい。ほんと、どうしようもないな、オレ。
「なーに一人で黄昏れとるべ。早く行かねーと晩飯食い損ねるぞ。ホレ、行くべ行くべ」
部屋の扉が開き、由々式と皆元が揃って帰って来た。オレは目元を乱暴に拭い、内省モードを終了する。立ち上がって二人の後を追うと、頭の中にあったウジウジした自分は付いては来なかった。
これでいい。別に先輩を嫌いになる必要はないんだ。色々と甘やかしてくれる先輩は、そりゃあ好きだろうさ。好きか嫌いか聞かれれば、もちろん好きだ。でもそれは、触れ合いたいと思うような感情ではない。オレはホモじゃないからな!
これでいいんだ。…………だって、先輩もホモじゃないんだから。
食堂で夕食を済ませる事、約十分。相部屋の奴らは揃いも揃って、三人共、飯を食うのが早い。
皆元は部活をしていた頃の名残で飯は基本かっ込みで、由々式は飯より他にしたい事があるらしく片手間に、ゆっくり食べそうな狭間も後片付けを考えてかアッと言う間に食い終わる。オレも一人でずっと飯を食っていたせいか、のんびり箸を持つのが苦手だ。箸を持ちながら駄弁ったりは、気分が落ち着かないので好きではない。
そんな訳で、オレらは早々に食堂を後にした。狭間だけは、食事当番の手伝いをするとかで、食堂に残る事になったのだが、どうも同じクラスの奴に頼まれたらしい。
当番を押しつけられているのでは、と心配になったオレたちは、厨房側の扉から少し中を覗いてみたのだが、そこに居る狭間からは頼もしさしか感じ取れず、その周りで右往左往しているオレら同様どんくさそうな奴らに的確に指示を出していた。実に要らぬ心配だった。
真っ当な奴からは「飯くらいしか楽しみがないのに、それを一瞬で終わらせるなんて」と哀れみの目で見られる事もしばしばだが、食堂に長居は無用だ。一年だけでなく、二年も当然そこに居るんだからな。
一年に三年が絡んで来る事は殆どなかったが、二年は事ある事に一年にいちゃもんをつけてきた。肩がぶつかった程度でも理由があるなら、まだマシな方だ。理由もなく当然のように殴る蹴るしてくる奴らも多い。
まあ、その辺は噂で聞く圏ガクらしいなぁと思わなくもないんだが、殴られても仕方なしとは思えるはずがない。かと言って、理不尽に対して反撃しようものなら、二年は阿吽の呼吸で徒党を組み数人がかりで徹底的に叩いてくる。それに対して一年も数で対抗すれば大騒ぎになって、執事モドキが洒落にならない鉄拳制裁を一年にのみ下す。
どこをどう進もうが、一年にとっては袋小路なのだ。ならば、極力関わりを持たないに越した事はないのである。
初日から目立ってしまったオレらは、てかオレと由々式を有している我らが38班は、食事と風呂に五分以上かける事はまずないのだった。なので皆元と狭間が、食事や風呂に対して無頓着な奴らで非常に助かっていた。
申し訳なくは思うんだけどな……風呂ぐらいゆっくり浸かりたい日もあるが、まあ言わずもがな二年が入った後の湯を使うので、一年は基本的に誰も湯船に浸からない。百人近い野郎の垢が浮いた湯は、地獄の血の池さながらに落ちれば拷問と呼んでも間違いではないだろう。
一年の入浴時間が始まるまで、まだまだ時間はあったので、オレたち三人は自室に戻り、畳の上で各々くつろいでいた。
「今日は悪かったな。スバルで大丈夫だったか?」
腹が一杯になり、やや眠気の出てきた顔で、皆元がそう聞いてきた。オレが生徒会室で見た化け物共の事をどう話そうかと悩んでいたら、どこにも繋がらないスマホで何かしていた由々式が思い出したようにこちらに寄って来た。
「夷川、なして今日の放課後、裏番と一緒に居ったべ。まーたなんかやらかしよったんか?」
「ウラバンってなんだ?」
聞き慣れない単語にオレが首を傾げると、皆元も同じような顔して由々式を見た。
「あの春日野担いどったでっかい男の事だべ。知らずに居ったんか? 三年の金城勝家ちゅー奴じゃ」
由々式に先輩を呼び捨てにされて腹が立ったので手刀を叩き込んだ。文句を言う由々式と一頻り舌戦を繰り広げてから、先輩と知り合った経緯と、ついでに今日の事もザッと一通り話した。もちろん、先輩とちゅーした事や生徒会室で見た衝撃的なホモ現場については省いた。
電波探しの時、先に逃げた事について、何を思ったのか由々式が真剣に謝ろうとしていたので、もう一発手刀をその額に炸裂させてやった。済んだことを引きずり出したくて話した訳じゃない。それよりも気になる事があるのだ。
「なんで先輩が裏番なんて変な呼ばれ方してるんだよ?」
少々偉そうに由々式が話してくれた先輩は、オレの知る先輩とはまるで別人だった。
なんでも、金城勝家は裏で圏ガクを牛耳っているらしい。金城が裏なら表は誰か、それは番長と呼ばれている髭、じゃなく真山先輩と、生徒会長の羽坂とかいうらしい、あの化け物共の親玉だそうで、その二人に対して唯一意見できる男が先輩だとか。
ここに来てまだ日の浅いオレらには実感出来ないが、圏ガクでの番長と会長は、絶対的な存在らしく、その二人に対して対等の立場で話せるのは先輩と教師陣くらいで、それが理由で先輩は影で『裏番』などと呼ばれているようだ。
由々式の言葉通りに取ると微妙にニュアンスが違うのだが、実際に見てきたものと照らし合わせると確かにその通りかもしれない。先輩は、番長にも会長にも、別に謙った態度は取っていなかったからな。対等と言えば対等なのだろう。
「それに、これはあまり知られてない話しなんじゃが、あの平和ボケした顔からは想像出来んが、とんでもなく強いらしいべ。金城……先輩が! 一年の時に当時の番長らを一掃したらしくてな、その時は本気で血の海がそこら中に出来とったらしいべ」
真剣な顔で言われても、その話はいまいちピンとこなかった。まあ、でかいだけではなさそうな体格から、ケンカすれば弱いと言う事はないだろうが、そんな見境無く暴れ回るような人ではないと思う。だいたい、二年前の話をどうして由々式が知っているのか。
「その現場を見た先輩から聞いた話だべ。そんな明らかに信じてない顔するでねぇ!」
「先輩って誰だよ。ここでオレらと意思疎通出来る上級生って居るのか?」
先輩と呼ばなければいけない奴らは、だいたいオレらとは違う言語を使っている。かなり乱暴なボディランゲージをな。そんな連中から昔話なんぞ聞けるとは到底思えない。
「三年は意外とまともな人が多いみたいだぞ。俺も驚いたけどな」
皆元が由々式の言葉を援護した。てか、お前ら今日の放課後に何やってたんだよ。
「いっちょ起業しようと思うとるべ。その下準備じゃな。夷川を誘わんかったのは、春日野を連れて来られると面倒だからじゃ。教室でよう絡まれとるべ。単にそれだけじゃから、変に落ち込まんでくれよ、除け者した訳じゃないからのう」
別に落ち込んでねーし! まあ、ちょっと気になってはいたけどな。
「起業って……ここでか? それとも山下りてからか?」
学生が起業するって話を聞かないでもないが、これまたピンとこない。なんだ? 山菜でも摘んで出荷する気か?
「圏ガクで新興宗教を立ち上げるべ! わしは、ここに来て神と出会ってしもうたんじゃ。こりゃ、わしの使命だと思うとる。派手に儲けるべ」
山の中だからか、やたら神とかいう奴らが多い学校だな。神様で儲けるって発想も酷いが。付き合わされた皆元に視線をやると、オレと同じような「何を言ってるのか分からん」という顔をしていた。
初日の騒動を反省する所か、更にアグレッシブに行動範囲を広げる由々式を見て、オレはこうはなるまいと心に誓った。平和に過ごす為に大人しく学生生活を慎ましく送るのだ。……先輩に迷惑かけない為にも、な。
どうして、そんな詮無い事をしているのかと言うと、別に課題を忘れると怒られるとかではなく、窓際に置いた飲みかけのジュースから意識を引き剥がす為だったりする。
もう飲もうとは思わないんだが、それを捨てようとも思えないのは、我ながら女々しい。
別の事を意識していないと、いつの間にかジュースを眺めて先輩の事ばかり考えてしまうのだ。……今も現在進行形でそうなってる。オレはため息を吐くと、手にしたペンを畳の上に転がして、窓辺でジュースと向き合った。
「今日の分は、ろはでいいのかよ」
なんとなく指先で自分の唇を撫でてみると、少し荒れていたので、舌を伸ばして軽く舐めた。頭では分かっているのに、冗談を真に受ける自分をなんとも出来ずにいた。恥も外聞も無く、本音を言ってしまうと、オレは先輩ともう一度キスをしたかった。
先輩が助けた礼にちゅーしろと言ったのは、多分オレが何も返せないって明らかにしょげてたからだろう。別に先輩がしたいって事ではないのだと思う。もし、今後、先輩にまた迷惑かけて、本当にお礼をする事になっても、それはオレに対する戒めのような意味合いしかなさそうだ。先輩はそんなふうにしか思っていないと、今日の態度を見れば、馬鹿なオレでも分かる。
「圏ガクの呪いにかかったのかな……オレ」
ぼやく言葉は冗談のような響きなのに、ちっとも笑えやしない。『山を下りる頃には半分近い生徒がホモになっている』悪い冗談だと思っていたのに、生徒会室で目の当たりにした現実は、噂以上で思い出しただけでも鳥肌が立った。……あんな奴らと同じになんて、なりたくない。いや、ならない。オレはホモじゃない。男同士でケツ掘り合うなんて、頭おかしいだろ。
それは紛れもない本心なのに、先輩の事を少しでも意識してしまうと、それが根底から揺れているのが分かって辛くなった。堪らなく不安で、先輩に頭を撫でて貰いたくなった。
「……先輩に甘えてるだけ……だよな。あんな無防備に人の良さそうな顔を晒されたら、誰だってそうなるよな」
膝を抱えて丸まり、視界からジュースの姿を追い出した。目を閉じても、窓から入る夕日の色が瞼に染みついて、真っ暗闇にはならなかったが、そうやって目を瞑っていると妙に心が静かになった。
「キスしたいって思ったのだって、先輩が上手かったから……気持ちよかったからだよな。まあ、そんな快楽に流されるような事じゃ、生徒会の奴らと大差なくなるから危ねーけど」
言い訳を並べてみると、それらしく思えてくるのだから単純だ。でも、それでいいと思った。
男に惚れたとか本気でないだろ。いくら圏ガクに放り込まれたからって、そこまで堕ちたくない。自分にそう言い聞かせていると、どうしてか目が熱くなった。閉じているのに、目にゴミが入ったらしい。ほんと、どうしようもないな、オレ。
「なーに一人で黄昏れとるべ。早く行かねーと晩飯食い損ねるぞ。ホレ、行くべ行くべ」
部屋の扉が開き、由々式と皆元が揃って帰って来た。オレは目元を乱暴に拭い、内省モードを終了する。立ち上がって二人の後を追うと、頭の中にあったウジウジした自分は付いては来なかった。
これでいい。別に先輩を嫌いになる必要はないんだ。色々と甘やかしてくれる先輩は、そりゃあ好きだろうさ。好きか嫌いか聞かれれば、もちろん好きだ。でもそれは、触れ合いたいと思うような感情ではない。オレはホモじゃないからな!
これでいいんだ。…………だって、先輩もホモじゃないんだから。
食堂で夕食を済ませる事、約十分。相部屋の奴らは揃いも揃って、三人共、飯を食うのが早い。
皆元は部活をしていた頃の名残で飯は基本かっ込みで、由々式は飯より他にしたい事があるらしく片手間に、ゆっくり食べそうな狭間も後片付けを考えてかアッと言う間に食い終わる。オレも一人でずっと飯を食っていたせいか、のんびり箸を持つのが苦手だ。箸を持ちながら駄弁ったりは、気分が落ち着かないので好きではない。
そんな訳で、オレらは早々に食堂を後にした。狭間だけは、食事当番の手伝いをするとかで、食堂に残る事になったのだが、どうも同じクラスの奴に頼まれたらしい。
当番を押しつけられているのでは、と心配になったオレたちは、厨房側の扉から少し中を覗いてみたのだが、そこに居る狭間からは頼もしさしか感じ取れず、その周りで右往左往しているオレら同様どんくさそうな奴らに的確に指示を出していた。実に要らぬ心配だった。
真っ当な奴からは「飯くらいしか楽しみがないのに、それを一瞬で終わらせるなんて」と哀れみの目で見られる事もしばしばだが、食堂に長居は無用だ。一年だけでなく、二年も当然そこに居るんだからな。
一年に三年が絡んで来る事は殆どなかったが、二年は事ある事に一年にいちゃもんをつけてきた。肩がぶつかった程度でも理由があるなら、まだマシな方だ。理由もなく当然のように殴る蹴るしてくる奴らも多い。
まあ、その辺は噂で聞く圏ガクらしいなぁと思わなくもないんだが、殴られても仕方なしとは思えるはずがない。かと言って、理不尽に対して反撃しようものなら、二年は阿吽の呼吸で徒党を組み数人がかりで徹底的に叩いてくる。それに対して一年も数で対抗すれば大騒ぎになって、執事モドキが洒落にならない鉄拳制裁を一年にのみ下す。
どこをどう進もうが、一年にとっては袋小路なのだ。ならば、極力関わりを持たないに越した事はないのである。
初日から目立ってしまったオレらは、てかオレと由々式を有している我らが38班は、食事と風呂に五分以上かける事はまずないのだった。なので皆元と狭間が、食事や風呂に対して無頓着な奴らで非常に助かっていた。
申し訳なくは思うんだけどな……風呂ぐらいゆっくり浸かりたい日もあるが、まあ言わずもがな二年が入った後の湯を使うので、一年は基本的に誰も湯船に浸からない。百人近い野郎の垢が浮いた湯は、地獄の血の池さながらに落ちれば拷問と呼んでも間違いではないだろう。
一年の入浴時間が始まるまで、まだまだ時間はあったので、オレたち三人は自室に戻り、畳の上で各々くつろいでいた。
「今日は悪かったな。スバルで大丈夫だったか?」
腹が一杯になり、やや眠気の出てきた顔で、皆元がそう聞いてきた。オレが生徒会室で見た化け物共の事をどう話そうかと悩んでいたら、どこにも繋がらないスマホで何かしていた由々式が思い出したようにこちらに寄って来た。
「夷川、なして今日の放課後、裏番と一緒に居ったべ。まーたなんかやらかしよったんか?」
「ウラバンってなんだ?」
聞き慣れない単語にオレが首を傾げると、皆元も同じような顔して由々式を見た。
「あの春日野担いどったでっかい男の事だべ。知らずに居ったんか? 三年の金城勝家ちゅー奴じゃ」
由々式に先輩を呼び捨てにされて腹が立ったので手刀を叩き込んだ。文句を言う由々式と一頻り舌戦を繰り広げてから、先輩と知り合った経緯と、ついでに今日の事もザッと一通り話した。もちろん、先輩とちゅーした事や生徒会室で見た衝撃的なホモ現場については省いた。
電波探しの時、先に逃げた事について、何を思ったのか由々式が真剣に謝ろうとしていたので、もう一発手刀をその額に炸裂させてやった。済んだことを引きずり出したくて話した訳じゃない。それよりも気になる事があるのだ。
「なんで先輩が裏番なんて変な呼ばれ方してるんだよ?」
少々偉そうに由々式が話してくれた先輩は、オレの知る先輩とはまるで別人だった。
なんでも、金城勝家は裏で圏ガクを牛耳っているらしい。金城が裏なら表は誰か、それは番長と呼ばれている髭、じゃなく真山先輩と、生徒会長の羽坂とかいうらしい、あの化け物共の親玉だそうで、その二人に対して唯一意見できる男が先輩だとか。
ここに来てまだ日の浅いオレらには実感出来ないが、圏ガクでの番長と会長は、絶対的な存在らしく、その二人に対して対等の立場で話せるのは先輩と教師陣くらいで、それが理由で先輩は影で『裏番』などと呼ばれているようだ。
由々式の言葉通りに取ると微妙にニュアンスが違うのだが、実際に見てきたものと照らし合わせると確かにその通りかもしれない。先輩は、番長にも会長にも、別に謙った態度は取っていなかったからな。対等と言えば対等なのだろう。
「それに、これはあまり知られてない話しなんじゃが、あの平和ボケした顔からは想像出来んが、とんでもなく強いらしいべ。金城……先輩が! 一年の時に当時の番長らを一掃したらしくてな、その時は本気で血の海がそこら中に出来とったらしいべ」
真剣な顔で言われても、その話はいまいちピンとこなかった。まあ、でかいだけではなさそうな体格から、ケンカすれば弱いと言う事はないだろうが、そんな見境無く暴れ回るような人ではないと思う。だいたい、二年前の話をどうして由々式が知っているのか。
「その現場を見た先輩から聞いた話だべ。そんな明らかに信じてない顔するでねぇ!」
「先輩って誰だよ。ここでオレらと意思疎通出来る上級生って居るのか?」
先輩と呼ばなければいけない奴らは、だいたいオレらとは違う言語を使っている。かなり乱暴なボディランゲージをな。そんな連中から昔話なんぞ聞けるとは到底思えない。
「三年は意外とまともな人が多いみたいだぞ。俺も驚いたけどな」
皆元が由々式の言葉を援護した。てか、お前ら今日の放課後に何やってたんだよ。
「いっちょ起業しようと思うとるべ。その下準備じゃな。夷川を誘わんかったのは、春日野を連れて来られると面倒だからじゃ。教室でよう絡まれとるべ。単にそれだけじゃから、変に落ち込まんでくれよ、除け者した訳じゃないからのう」
別に落ち込んでねーし! まあ、ちょっと気になってはいたけどな。
「起業って……ここでか? それとも山下りてからか?」
学生が起業するって話を聞かないでもないが、これまたピンとこない。なんだ? 山菜でも摘んで出荷する気か?
「圏ガクで新興宗教を立ち上げるべ! わしは、ここに来て神と出会ってしもうたんじゃ。こりゃ、わしの使命だと思うとる。派手に儲けるべ」
山の中だからか、やたら神とかいう奴らが多い学校だな。神様で儲けるって発想も酷いが。付き合わされた皆元に視線をやると、オレと同じような「何を言ってるのか分からん」という顔をしていた。
初日の騒動を反省する所か、更にアグレッシブに行動範囲を広げる由々式を見て、オレはこうはなるまいと心に誓った。平和に過ごす為に大人しく学生生活を慎ましく送るのだ。……先輩に迷惑かけない為にも、な。
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