32 / 386
家畜生活はじまりました!
不安とヤキモチ
しおりを挟む
先輩は少し先で立ち止まってくれた。オレがすぐに追いつくと、いつもの暢気な顔で振り返ってくれると思ったのに、黙ったままのその背中は声をかける事を躊躇わせた。恐る恐る先輩の表情を窺うように前へとまわると、会長と話をしていた時の見慣れぬ顔がそこにはあった。
目の前に居るのに、まるで気付いてもらえず、どんどん心細くなる。先輩が何を考えているのか、全く想像できない自分がどうしてか惨めだった。振り払われるんじゃないかと思い、手を伸ばすのは恐かった。
無視されるんじゃないかと思い、声をかけるのも恐かった。それでも、このままも嫌で、オレは先輩の服の裾を遠慮がちに引っ張ってみた。
「……先輩、どうしたの?」
オレの声にハッとした顔になった先輩は、さっきまでの表情をオレの知る顔に切り換え笑ってくれた。ずり落ちそうになったスバルをもう一度背負い直して片手で支えると、もう一方の手でオレの頭を撫でた。
「ごめんな、ちょっと考え事してた」
何を考えていたのか、聞きたかった。先輩を悩ませている何かに、オレが関われるのか聞きたかった。
「寮まで送るよ。コイツも居る事だしな」
困ったように笑う先輩は、スバルを視線で指し、ゆっくりと歩き出した。その横を並んで歩くと、さっきまでの妙な不安は小さくなり、その正体も原因も有耶無耶になって消えてしまった。
元に戻った先輩を横目で見ながら歩いていると、今度は違ったモノが自分の中から沸き上がって来た。先輩の姿を見る度、腹の底から苛々が噴き出してくるのだ。
さすがに大人げなくて、必死に押さえるのだが、その原因が先輩の背中に頬ずりをするような身じろぎをした時、耐えきれなくなって「ちょっと待った!」と声を上げてしまった。
先輩はびっくりした顔をして「どうかしたか?」と聞いてくれた。忘れ物でもしたのかと続く言葉に、持って帰ろうとした課題の入ったファイルが手元にない事に気付いたが、そんな事は正直どうでもよかった。オレは先輩の背中にしがみつくスバルを引きずり下ろそうと、少し乱暴に手を伸ばす。
「スバルはオレが運ぶから!」
自分でも十分自覚しているが、子供が駄々をこねるみたいな言い分は、先輩を少し困惑させてしまう。
「ちょっと待てって、セイシュン。あー、あのな、大丈夫だぞ。落っことしたりしないから、な、俺に任せとけって」
スバルをオレの手から遠ざける為に、先輩が少し距離を取ると、その首に奴の腕が回されるのを目の当たりにしてしまい、やっぱり駄目だった。先輩がスバルを背負っている姿を見ていられず、
「スバルはオレが背負うって言ってんだろ! 返せよ、それ!」
ついけんか腰に迫ってしまった。先輩は困ったような顔をした後「しんどくなったら、いつでも交代してやるから言えよ」と口にすると、スバルを自分の背中から下ろし、オレの背中に背負わせた。
スバルには、しょっちゅう飛びつかれていたので、大した事はないと思っていたのだが、予想以上にその体は重く、危うく呻いてしまう所だった。
「意外と重いだろ。大丈夫か?」
眠っていて意識がないせいだろう。これを寮まで運ぶのはかなりの重労働だが、スバルにしがみつかれた先輩を見ているより、ずっとマシだと思えたので、心配そうな顔に「平気だから」と強がりを言った。たった数歩を進むのに倍くらいの時間がかかってしまい、先輩はやっぱり心配そうな顔をするのだけど、オレは気合いで足を動かした。
「セイシュンは、春日野と友達なのか?」
先輩がやや困惑ぎみな眼差しで聞いてきた。ともだちと言うか単に席が近いから絡まれてると素直に答えると、先輩は真剣な顔をして悩んでいるようだった。
「コイツに絡まれて困ってるって事はないのか?」
困っていると言えば、今この状況はそうかもしれないな。今すぐにでもスバルを捨ててしまいたい気持ちで一杯なのに、オレが捨てたら絶対に拾う奴が居るから出来ないのだ。けれど、それを伝える訳にはいかず「特にないかな」と無難に答えた。
すると先輩は、次々に普段のスバルの様子について質問してきた。先輩が聞いてくれているのに、スバルの話題ばかりで、オレは全く面白くなくて、次第に適当な返事するようになってしまった。
校舎を出て、新館を横切り、寮の玄関へ向かう間中、先輩のスバルについての質問は止まず、背中で幸せそうな寝息を立てるクラスメイトに殺意を抱きそうになっているオレは爆発寸前だった。何が膨らんでいるのか、何が爆発するのか分からないが、とにかく苛々していた。せっかく先輩と話しているのに、全く楽しくない。
ふて腐れて玄関で靴を脱ぎ捨てると、室内履きを履くのも面倒で、そのまま歩き出そうとした時、ふいに段差に足を取られて躓いてしまった。
受け身も取れず転けると思ったら、予期していたようにオレの体を先輩が正面から受け止めてくれた。転けそうだなぁと思って見ていたのだろう、見事にやらかしたオレを先輩は笑って立ち直らせてくれようとした。
オレはそれに逆らうように、スバルがずり落ちるのも構わず、転けた勢いのまま先輩の胸に縋り付いた。顔を埋めた先輩の胸の中で深く息を吸うと、現金なもので、さっきまでの苛々が霧散していくのが分かった。
「やっぱり代わるよ。ここからは階段もあるから、踏み外したら大変だ。俺に任せとけって、な?」
先輩はそう言って笑ってくれたけど、素直に頷けずオレは更に先輩を困らせた。でも今度は先輩も引いてくれず、オレは歯切れ悪く「なら」と前置きして妥協点を伝えた。
「本当にこれでいいのか? 背負うより不安定だと思うけどな」
スバルを肩に担ぎ上げた先輩は、どうしてオレが担げと言ったのか不思議に思っているらしく、納得いかない表情で首を傾げている。
「これならスバルを任せてもいいよ。けど先輩がどうしても背負うって言うなら、絶対にオレが持つから」
確かに担ぐより背負う方が安全だろう。それはオレだって分かっている。分かっているが、これでいいのだ。スバルが荷物のように先輩の肩に引っかかっているだけなら、オレも何も思わずに隣を歩けそうだからな! とは言え、うつむいた状態になった途端うなされだしたスバルを見ると、多少の罪悪感もあって、やっぱり素直に喜べなかった。
オレのわがままを聞いてくれた先輩は、寮の廊下を歩き出す。行き先が決まっているのか、その足取りは迷いが一切ない。生徒の部屋がある上へは行かないらしく、階段は素通りした。
確か一階には医務室があったはずだ。そこにスバルを預けるつもりだろう。その後、先輩はどうするんだろうと考え、馬鹿みたいに少し浮かれてしまった。もしかしたら、構ってもらえるかもしれないと、期待をしてしまったのだ。
だから、気付くのが少し遅れてしまった。医務室の前も素通りした事を。
「先輩、医務室の前、通り過ぎちゃったよ」
オレはその背中に声をかける。先輩は少し振り返って、医務室がどうかしたのかと言いたげな顔を見せた。
「悪い、気付かなかった。お前、どこか怪我でもしてたのか?」
「いや、オレは大丈夫。オレじゃなくて、スバルの事」
そう聞くと、先輩は肩のスバルを軽く担ぎ直しすと、少し考えてから
「眠ってるだけだから、部屋で寝かせておけば大丈夫だろう。眠っている内に部屋に入れておいた方がいいだろうし」
ざっくりした判断を口にした。
薬で無理矢理眠っていると言っても、背負っていた時の容体は安眠そのものだった訳で、特に問題はないのだろう。医務室に連れて行っても、叩き起こす訳にもいかないだろうしな。それなら、自室で、同室の奴の目がある所で、転がしておくのも大差ないか。
そこまで考えてようやくオレは気が付いた。スバルはオレの呼び出しのとばっちりを食った事で、こんな状況にあるのだと。
そう気付いてしまうと、先輩の背中で「パン~、パンー」とうわごとのようにくり返す姿に、申し訳なさを感じ始めた。やっぱりスバルはオレが部屋まで運ぼうと思い、声をかけようとした時、先輩の足が止まった。当然のように、目の前の扉に手を伸ばす先輩にオレは思わず、何をしようとしているのか聞いた。
「ん? 春日野を部屋に戻すんだろ」
不思議そうに答える先輩に、オレは声を少しだけ荒げてツッコミを入れる。
「ここにスバルの部屋はないからな。ここにあるのって反省室だろが!」
反省室へ続く地下への扉がある、廊下の突き当たり、物置部屋の前で、オレの反論に先輩は驚いたような顔をする。
「えっ!? コイツ、普通に外で生活してるのか」
「してるよ! ずっとこん中に居るはずないだろ! 普通に生活してるよ!」
オレの答えに、先輩はかなり戸惑っているようだった。てか、あの独房が自室だと思われているって、先輩の中のスバルへの認識はどうなっているのか聞いてみた。
すると、なんかとんでもない答えが返ってきてしまった。
「初日に暴れてるのを取り押さえたんだけど、どうもそれを根に持たれてるみたいでな。俺の姿を見ると、刃物持って襲ってくるんだよ、コイツ」
スバルに対しての申し訳なさと罪悪感が、一瞬で吹き飛んでいった。何かの間違いではないか、そう多少の希望を持ってスバルの服のポケットに手を突っ込んだのだが、次から次に出てくる物騒なアクセサリーに開いた口が塞がらなかった。
スバルの身体検査を終えると、オレの両手は危険物で一杯になった。分かりやすいナイフも一丁や二丁では済まず、大小様々な形の刃物が七丁。それにハサミにカッター、アイスピック、ドライバー、金串なんて物まである。こんな危険物が自分に飛びかかって来ていたとは思いも寄らなかった。
「これは俺が預かっとくよ」
先輩は大量の凶器を前に、疲れたような笑いを浮かべた。自分の手元に視線をやると、こんな物を振りかざして追いかけてくるスバルに追い回される先輩の姿を想像してしまい、申し訳ない気分になった。
「今日も生徒会室に行く途中でコイツに出くわしてさ、撒くのに時間かかっちまった」
そう言うと先輩は、どうしてかオレの頭を撫でた。顔を上げると、すまなそうな顔した先輩と目が合う。
「俺が遅くなったせいで、セイシュンには嫌な思いさせたな」
別に先輩は何も悪くないのに。先輩がオレの安否に責任なんて持たなくていいのに。どうして、こんなに気を遣ってくれるのだろう。
『ただの後輩だ。それ以上でも以下でもない』
会長との問答で、先輩が言った言葉が、頭の中で色々な響きを持って反芻する。先輩はあの時、どんなふうにその言葉を言ったのか、正確に思い出せないくらいくらい、オレの中はぐちゃぐちゃだった。
目の前に居るのに、まるで気付いてもらえず、どんどん心細くなる。先輩が何を考えているのか、全く想像できない自分がどうしてか惨めだった。振り払われるんじゃないかと思い、手を伸ばすのは恐かった。
無視されるんじゃないかと思い、声をかけるのも恐かった。それでも、このままも嫌で、オレは先輩の服の裾を遠慮がちに引っ張ってみた。
「……先輩、どうしたの?」
オレの声にハッとした顔になった先輩は、さっきまでの表情をオレの知る顔に切り換え笑ってくれた。ずり落ちそうになったスバルをもう一度背負い直して片手で支えると、もう一方の手でオレの頭を撫でた。
「ごめんな、ちょっと考え事してた」
何を考えていたのか、聞きたかった。先輩を悩ませている何かに、オレが関われるのか聞きたかった。
「寮まで送るよ。コイツも居る事だしな」
困ったように笑う先輩は、スバルを視線で指し、ゆっくりと歩き出した。その横を並んで歩くと、さっきまでの妙な不安は小さくなり、その正体も原因も有耶無耶になって消えてしまった。
元に戻った先輩を横目で見ながら歩いていると、今度は違ったモノが自分の中から沸き上がって来た。先輩の姿を見る度、腹の底から苛々が噴き出してくるのだ。
さすがに大人げなくて、必死に押さえるのだが、その原因が先輩の背中に頬ずりをするような身じろぎをした時、耐えきれなくなって「ちょっと待った!」と声を上げてしまった。
先輩はびっくりした顔をして「どうかしたか?」と聞いてくれた。忘れ物でもしたのかと続く言葉に、持って帰ろうとした課題の入ったファイルが手元にない事に気付いたが、そんな事は正直どうでもよかった。オレは先輩の背中にしがみつくスバルを引きずり下ろそうと、少し乱暴に手を伸ばす。
「スバルはオレが運ぶから!」
自分でも十分自覚しているが、子供が駄々をこねるみたいな言い分は、先輩を少し困惑させてしまう。
「ちょっと待てって、セイシュン。あー、あのな、大丈夫だぞ。落っことしたりしないから、な、俺に任せとけって」
スバルをオレの手から遠ざける為に、先輩が少し距離を取ると、その首に奴の腕が回されるのを目の当たりにしてしまい、やっぱり駄目だった。先輩がスバルを背負っている姿を見ていられず、
「スバルはオレが背負うって言ってんだろ! 返せよ、それ!」
ついけんか腰に迫ってしまった。先輩は困ったような顔をした後「しんどくなったら、いつでも交代してやるから言えよ」と口にすると、スバルを自分の背中から下ろし、オレの背中に背負わせた。
スバルには、しょっちゅう飛びつかれていたので、大した事はないと思っていたのだが、予想以上にその体は重く、危うく呻いてしまう所だった。
「意外と重いだろ。大丈夫か?」
眠っていて意識がないせいだろう。これを寮まで運ぶのはかなりの重労働だが、スバルにしがみつかれた先輩を見ているより、ずっとマシだと思えたので、心配そうな顔に「平気だから」と強がりを言った。たった数歩を進むのに倍くらいの時間がかかってしまい、先輩はやっぱり心配そうな顔をするのだけど、オレは気合いで足を動かした。
「セイシュンは、春日野と友達なのか?」
先輩がやや困惑ぎみな眼差しで聞いてきた。ともだちと言うか単に席が近いから絡まれてると素直に答えると、先輩は真剣な顔をして悩んでいるようだった。
「コイツに絡まれて困ってるって事はないのか?」
困っていると言えば、今この状況はそうかもしれないな。今すぐにでもスバルを捨ててしまいたい気持ちで一杯なのに、オレが捨てたら絶対に拾う奴が居るから出来ないのだ。けれど、それを伝える訳にはいかず「特にないかな」と無難に答えた。
すると先輩は、次々に普段のスバルの様子について質問してきた。先輩が聞いてくれているのに、スバルの話題ばかりで、オレは全く面白くなくて、次第に適当な返事するようになってしまった。
校舎を出て、新館を横切り、寮の玄関へ向かう間中、先輩のスバルについての質問は止まず、背中で幸せそうな寝息を立てるクラスメイトに殺意を抱きそうになっているオレは爆発寸前だった。何が膨らんでいるのか、何が爆発するのか分からないが、とにかく苛々していた。せっかく先輩と話しているのに、全く楽しくない。
ふて腐れて玄関で靴を脱ぎ捨てると、室内履きを履くのも面倒で、そのまま歩き出そうとした時、ふいに段差に足を取られて躓いてしまった。
受け身も取れず転けると思ったら、予期していたようにオレの体を先輩が正面から受け止めてくれた。転けそうだなぁと思って見ていたのだろう、見事にやらかしたオレを先輩は笑って立ち直らせてくれようとした。
オレはそれに逆らうように、スバルがずり落ちるのも構わず、転けた勢いのまま先輩の胸に縋り付いた。顔を埋めた先輩の胸の中で深く息を吸うと、現金なもので、さっきまでの苛々が霧散していくのが分かった。
「やっぱり代わるよ。ここからは階段もあるから、踏み外したら大変だ。俺に任せとけって、な?」
先輩はそう言って笑ってくれたけど、素直に頷けずオレは更に先輩を困らせた。でも今度は先輩も引いてくれず、オレは歯切れ悪く「なら」と前置きして妥協点を伝えた。
「本当にこれでいいのか? 背負うより不安定だと思うけどな」
スバルを肩に担ぎ上げた先輩は、どうしてオレが担げと言ったのか不思議に思っているらしく、納得いかない表情で首を傾げている。
「これならスバルを任せてもいいよ。けど先輩がどうしても背負うって言うなら、絶対にオレが持つから」
確かに担ぐより背負う方が安全だろう。それはオレだって分かっている。分かっているが、これでいいのだ。スバルが荷物のように先輩の肩に引っかかっているだけなら、オレも何も思わずに隣を歩けそうだからな! とは言え、うつむいた状態になった途端うなされだしたスバルを見ると、多少の罪悪感もあって、やっぱり素直に喜べなかった。
オレのわがままを聞いてくれた先輩は、寮の廊下を歩き出す。行き先が決まっているのか、その足取りは迷いが一切ない。生徒の部屋がある上へは行かないらしく、階段は素通りした。
確か一階には医務室があったはずだ。そこにスバルを預けるつもりだろう。その後、先輩はどうするんだろうと考え、馬鹿みたいに少し浮かれてしまった。もしかしたら、構ってもらえるかもしれないと、期待をしてしまったのだ。
だから、気付くのが少し遅れてしまった。医務室の前も素通りした事を。
「先輩、医務室の前、通り過ぎちゃったよ」
オレはその背中に声をかける。先輩は少し振り返って、医務室がどうかしたのかと言いたげな顔を見せた。
「悪い、気付かなかった。お前、どこか怪我でもしてたのか?」
「いや、オレは大丈夫。オレじゃなくて、スバルの事」
そう聞くと、先輩は肩のスバルを軽く担ぎ直しすと、少し考えてから
「眠ってるだけだから、部屋で寝かせておけば大丈夫だろう。眠っている内に部屋に入れておいた方がいいだろうし」
ざっくりした判断を口にした。
薬で無理矢理眠っていると言っても、背負っていた時の容体は安眠そのものだった訳で、特に問題はないのだろう。医務室に連れて行っても、叩き起こす訳にもいかないだろうしな。それなら、自室で、同室の奴の目がある所で、転がしておくのも大差ないか。
そこまで考えてようやくオレは気が付いた。スバルはオレの呼び出しのとばっちりを食った事で、こんな状況にあるのだと。
そう気付いてしまうと、先輩の背中で「パン~、パンー」とうわごとのようにくり返す姿に、申し訳なさを感じ始めた。やっぱりスバルはオレが部屋まで運ぼうと思い、声をかけようとした時、先輩の足が止まった。当然のように、目の前の扉に手を伸ばす先輩にオレは思わず、何をしようとしているのか聞いた。
「ん? 春日野を部屋に戻すんだろ」
不思議そうに答える先輩に、オレは声を少しだけ荒げてツッコミを入れる。
「ここにスバルの部屋はないからな。ここにあるのって反省室だろが!」
反省室へ続く地下への扉がある、廊下の突き当たり、物置部屋の前で、オレの反論に先輩は驚いたような顔をする。
「えっ!? コイツ、普通に外で生活してるのか」
「してるよ! ずっとこん中に居るはずないだろ! 普通に生活してるよ!」
オレの答えに、先輩はかなり戸惑っているようだった。てか、あの独房が自室だと思われているって、先輩の中のスバルへの認識はどうなっているのか聞いてみた。
すると、なんかとんでもない答えが返ってきてしまった。
「初日に暴れてるのを取り押さえたんだけど、どうもそれを根に持たれてるみたいでな。俺の姿を見ると、刃物持って襲ってくるんだよ、コイツ」
スバルに対しての申し訳なさと罪悪感が、一瞬で吹き飛んでいった。何かの間違いではないか、そう多少の希望を持ってスバルの服のポケットに手を突っ込んだのだが、次から次に出てくる物騒なアクセサリーに開いた口が塞がらなかった。
スバルの身体検査を終えると、オレの両手は危険物で一杯になった。分かりやすいナイフも一丁や二丁では済まず、大小様々な形の刃物が七丁。それにハサミにカッター、アイスピック、ドライバー、金串なんて物まである。こんな危険物が自分に飛びかかって来ていたとは思いも寄らなかった。
「これは俺が預かっとくよ」
先輩は大量の凶器を前に、疲れたような笑いを浮かべた。自分の手元に視線をやると、こんな物を振りかざして追いかけてくるスバルに追い回される先輩の姿を想像してしまい、申し訳ない気分になった。
「今日も生徒会室に行く途中でコイツに出くわしてさ、撒くのに時間かかっちまった」
そう言うと先輩は、どうしてかオレの頭を撫でた。顔を上げると、すまなそうな顔した先輩と目が合う。
「俺が遅くなったせいで、セイシュンには嫌な思いさせたな」
別に先輩は何も悪くないのに。先輩がオレの安否に責任なんて持たなくていいのに。どうして、こんなに気を遣ってくれるのだろう。
『ただの後輩だ。それ以上でも以下でもない』
会長との問答で、先輩が言った言葉が、頭の中で色々な響きを持って反芻する。先輩はあの時、どんなふうにその言葉を言ったのか、正確に思い出せないくらいくらい、オレの中はぐちゃぐちゃだった。
0
お気に入りに追加
100
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる