圏ガク!!

はなッぱち

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家畜生活はじまりました!

家畜のプライバシー

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 他の連中が起き出す前に、自室に戻らなければならないのだが、正面玄関はもちろん施錠されているだろうし、他に勝手口の場所なども知るはずもないので、出てくる時に使った食堂の窓から入るルートを辿ることにした。

 朝食が確か七時くらいからだったはずなので、あまり遅くなると誰かと出くわす可能性が高くなる。せっかく無事に帰ってこれたのに、それでは台無しだ。オレは急いで窓の所まで走った。意外と距離のある食堂脇を駆け抜け、窓に手をかけたのはいいのだが、なかなかの手応えに苦戦してしまう。

 窓は押しても引いても開かないかったのだ。由々式が戻る時にご丁寧にも鍵を閉めやがったらしい。どうしたものかと、しばし放心していると、突然目の前のガラスに人影が現れた。

 ヌッと下から現れたのは、後で絶対に文句を言ってやろうと思っていた相手で、オレの姿を確認すると内側から窓を開いてくれた。窓枠に手をかけて中に入ると、由々式は黙って再び窓を閉める。さすがに寮内を土足で歩き回るのは止めようと思い、オレが靴を脱ごうとすると由々式がいきなり飛びかかって来たので即座に撃退した。

「ひ、酷いべ。こちとら一晩中ずっと心配しながら夷川の事を待っとったと言うのに」

「悪い。つい条件反射でやっちまった」

 顔にオレの靴底を食らい、ちょっと痛そうな由々式を見ていると、ホッとする反面どうしてか、不安と言うか妙な予感が生まれるのを感じた。それを追求する時間もなく、五時前を指す食堂の時計に急かされ、オレたちは自分たちの部屋へと戻った。静かに扉を開き、中で寝ている皆元や狭間を起こさないように、なんて気遣い出来る余裕はなく、転がり込むように部屋に入ると、

「おっようやっと戻って来よったなぁ、えらい待ったんやで~」

皆元と差し向かいでトランプに興じながら、顔を真っ赤にした狭間を胡座を掻いた膝の上に乗せた見知らぬ男が、オレと由々式を出迎えた。

 状況が分からず固まるオレたちに、男は「ちょい待ち」と手で制すると、皆元が差し出す二枚のカードから一枚を引き抜き、満面の笑みで「また、ボクの勝ちやね」と自分の持っていたカードと合わせて畳に投げた。どうやらババ抜きをしていたらしいが、妙に軽い感じの男は嬉嬉として狭間に頬ずりをし出した。

「さてさて~、つ、ぎ、は、何してもらおかなー。こう何回も勝ってまうと、そろそろもっと積極的なサービス期待してまうわー。なあなあ、どないしてくれるん、狭間チャン」

 助けを求める視線を寄越す狭間を女のように撫で回す軽い男を前に、オレと由々式は説明を求めるように皆元を見た。見て、思わず一歩退いた。

 オレらが見知っている皆元の顔は、温厚な皮を脱ぎ捨て、今にも男に殴りかかるんじゃないかと思うほどの怒りの表情が張り付いている。けれど声をかけるのも躊躇う程の怒りの矛先である狭間を抱えた男は、オレたちどころか、そんな皆元さえも無視してどんどんテンションを上げていた。

「しっかし狭間チャン、ほんまかいらしいわぁ。ボクのめっちゃタイプやねん。カラダも華奢やし、ついとるモンもごっつ小さそうやし、堪らんわぁーっと、いやいや、見た目で決めつけたらいかんな。こんなかいらしい顔しときながら、アホみたいにでかかったらショックやさかい、ちょっと失敬するで」

 一気に喋り立て一言断りを入れると、男は膝の上に置いた狭間の股間をいきなり鷲掴みにした。

「いくら男でもいける言うても、玉や竿に興奮でけへんねん。そこまで好き者ちゃうしな。だからぁ……狭間チャンくらいのかいらしいサイズは大歓迎やで」

 驚いた狭間は短く悲鳴を上げると体を強ばらせ、これ以上声を上げまいと必至に唇を噛んで堪えているようだったが、男が怪しい手つきで何度も弄ると、目を潤ませながら女のような声を上げた。

「なんやなんや、こんなんで気持ちようなってしもたん? ルームメイトが見とるのに、小さいテント張ってしもとるで」

 ニヤニヤといやらしく笑う男に、オレらが待ったをかける間もなく、皆元が飛びかかった。問答無用に殴り飛ばすのかと冷や冷やしたが、狭間が抱えられたままなのを忘れてはいないらしく、男の襟を掴み無理矢理立たせ、狭間を解放しようとしていた。男の膝から転がり落ちるように狭間が脱出するのを見届け、皆元は力任せに男を引きずり上げた。

「いい加減にしろ、俺の目の前で下らない事するな」

 けれど、皆元の迫力に全く動じない男は、狭間に向けていた笑いに凄みを乗せて、それを軽々と受け止めてみせた。

「手ぇ離さんかい。目の色変えよってからに、どないするつもりなんや、この後。なんや、お前……妹だけやのうて弟もおったんか?」

 狭間を皆元のきょうだいだと思ったのか? 男のそんな勘違いに、どうしてか皆元は目に見えて動揺していた。その長すぎる一瞬に、男は掴まれていた手から器用に脱出し、皆元の腹に思い切り蹴りを入れる。狭い部屋の中、皆元は蹴られた勢いのまま壁に叩きつけられた。

「せっかく楽しんどったのに興ざめや」

 男は狭間に対しての態度とはまるで別物の、不機嫌な声と目をオレと由々式に向けてきた。

「まあええわ。今度はお前らが楽しませてくれそうやしな」 

 一難去ってまた一難。まさか卒業するまで、ずっとこんな状態なんだろうか、この学校は。いい加減にしてくれと言いたい所だが、目の前に迫る男は、こちらの事情などお構いなしに災難を振りまく。

「お前ら二人、夕べ勝手に校舎へ足入れよったやろ。あかんわ、そんなんしたら。ルールは守らんとなぁ」

 獲物で遊ぶ猫みたいな……そんなかわいいもんではないが雰囲気は似通った男が、ゆっくりと近づいて来る。隣の由々式は、いまだ壁際で蹲って呻いている皆元に視線は釘付けで、分かりやすくガタガタと震えていた。狭い部屋の中で、あまり意味はなさそうだが、さりげなく一歩前に出て、男とはオレが対峙する。

「ルール破ったら、そら罰則があるんやな。そやないとルールの意味ないしな。んで、今年のアホ第一号の君らには、他の一年のためにちょっと痛い目に遭うてもらお思てな、ボクはわざわざ君ら帰って来んのん待っとったんや」

 にこにこと気味が悪い程に友好的な顔をしていても、言っている事は髭と同じだった。髭からは今回の件は見逃してもらっているのだが、それをこの場で言うべきか、判断が付かなかった。口を開いた途端に殴られそうな、有無を言わせぬ圧力を感じたせいなのだが、オレたちが黙ったままなのを愉快そうに眺めていた男は、あからさまに芝居がかった仕草で妙な事を言い始めた。

「ボクらも好きこのんで君らに酷い事しょーとは思てないんや。でも、ほら、ケジメはつけとかんとな。あ、でもー、アレや、二人共ってのは、かわいそうやんなぁ。別に見せしめなんて一人でも二人でも効果は一緒やねんし」

 何を言いたいのかは大体分かったが、これから試される事を思うと胸くそが悪くなった。

「ボクらから死ぬほどどつかれるのは、どっちか一人でええよ。そうやなぁ、どっちを連れて行こかなぁ」

 男はもったいぶった視線を左右、オレと由々式に交互に振り、またも芝居がかった仕草で頭を抱えて見せる。

「あかんわ、ボクには選ばれへん。だって不公平やろ? どっちかはもう学校戻って来られへんかもしれんねんで。そんな大事な事を人に決められたら腹立つやんな。せやから君らで相談して決めてくれへん?」

 ここでオレが連れて行かれると、二人共助かるんだろうか。……やっぱりオレの考えは甘いのかな。そんなことをしたら、せっかくあのお人好しが一肌脱いでくれた意味がなくなてしまうよな。

「どないするん? 二人仲良く病院行くか」

 心底楽しそうな男の声に苛つきながら、由々式を見ると、顔面蒼白になっており、その上に食堂でオレが付けた靴底型の腫れがあるので、なんとも申し訳ない気分になった。「どうする」と声をかけるのは簡単だが、どうしようもない状況なのは分かりきっているので、オレは黙ったまま打開策を探す。

 由々式も何も言わず、ただ足下の畳を、まるで崖でも覗き込んでいるような顔して見つめていた。
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