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蜜月
まったりキャンプごっこ
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小吉さんと別れて暫く待った後、オレらは一番風呂を満喫した。年内最後の風呂は小吉さん効果か、前回には全くなかった『いい雰囲気』になってしまって危うかったのだが、旧館浴場の黒歴史を更新する訳にはいかないので、気合いで我慢した。
風呂で無駄に気合いを入れたおかげで、部屋に帰っても性欲より予定を優先できた。
湯冷めは当然するとしても、少しでも快適にキャンプ気分を味わう為に、まず石油ストーブに火を点ける。さっき試した時と同じで異臭はしたが、おさまるという言葉を信じて、ぜんざいの鍋を天板に置く。
メインであるテントの組み立てには、少し手間取ったが、室内でも問題なく設営出来た。
「意外と小さい、ね」
室内で見るせいか玩具のような見た目で、これを外で、キャンプ用に整備もされていない山の中で使う事を考えると、本気で大丈夫なのかと不安になってしまった。
「ん、そうだな……夏にキャンプしなくてよかったな」
先輩も同じ気持ちのようだ。「寝るのは隣の部屋にしよう」と約束して、他の道具の準備を再開する。とは言え、それはすぐに終わる。テントの前に低い机とパイプ椅子の簡易版みたいな椅子を広げれば、セッティングする物は全て完了してしまった。
「焚き火がでかく見えるね、この椅子」
試しに座ってみると、視線が低くてちょっと楽しくなった。ストーブの恩恵を余すことなく享受出来る。先輩はちょっと窮屈そうだが、器用に体を丸めて楽な姿勢を取っているようだった。
「少し早いが晩飯にするか?」
窓の外は薄暗い。一日掃除ばかりしていたので、腹は十分に空いていたが、蕎麦を食う気分ではなく、オレは椅子から立ち上がった。
「せっかく持って来たからさ……これ、使ってみたい」
持ち手のある網を先輩に見せる。何に使うか分かっていないようなので、オレは実演を始める。
ストーブの上に置いていた鍋を机に移し、代わりに網をセット。ビニール袋から餅を四個取り出し、網の上に並べる。暫くすると、餅の焼ける匂いが漂い出した。
「先輩、見て見て。ちゃんと焼けてる」
膨張し始めた餅をひっくり返すと、網目模様のきれいな焦げ目が付いていた。
「このまま醤油かけて食っても美味そうだ」
疲れた体が甘味を欲するので、オレとしてはぜんざい一択なのだが、どうやら先輩は違うらしい。隣の部屋から調味料を持って来ると、汁椀にワサビ醤油を作り始めた。
醤油餅に心惹かれなくもないが、ここは初志貫徹、ぜんざいに手を伸ばす。餅に火を譲ったせいで、熱々にはなっていないが、蓋を開けるとふわりと湯気が漂うくらいには温まっていた。二三度かき混ぜ汁椀に装い、一口啜ると疲れた体に甘さが染み渡る。
「美味しい。先輩も一口だけでも飲んでみて」
先輩にぜんざいを持っていくと、甘い匂いにちょっと躊躇されたが、素直に一口啜ってくれた。「ん、甘いな」と感想を口にして、汁椀を返されてしまったので、オレ一人で六人分のぜんざいを食べる可能性も出てきた。さすがにげんなりしたが、焼き上がった餅をプラスすると、食い応えも十分で、想像を越えてくる満足感に感動する。
先輩のワサビ醤油餅も貰い、甘い辛いの繰り返しに夢中になっていると、いつの間にか日はどっぷり沈み、ストーブの火だけでは不便になってきた。
「そろそろ電気点けよっか?」
オレが立ち上がろうとすると、先輩はちょっと待ってろと言い、隣の部屋で何やらゴソゴソし始めた。何を持って来るのか気になり覗くと、先輩はランタンって言うのかな、レトロな形をしたランプを灯していた。
「蛍光灯ではキャンプの雰囲気が出ないだろ」
実にキャンプらしい灯りを用意してくれた先輩は、小さな机の上に置くのは断念して、食料置き場になっていた机の一つにランタンを設置してくれる。
「なんか…………いいね」
電気の光じゃあなく炎のぼんやりした灯りは、ここが学校の教室だという事を忘れさせるくらいキャンプ気分を盛り上げてくれる。
食い気を手放し、椅子に座り直す。オレンジっぽい灯りを眺めていると、ふと思い出し、コートのポケットに突っ込んだままだった紙を取り出した。
「ん、何を見てるんだ?」
椅子を寄せて来て、先輩もオレの手元を覗き込む。オレが取り出したのは、村主さんがくれた広報紙だ。
「年越しに蕎麦を食うのは『長寿や健康を願う縁起物』だからなんだって。うどんと比べて細くて切れやすいから、不運を断ち切って新年を迎えるって意味もあるらしいよ」
薄暗い中で小さな文字は読み辛いだろうと、記事の内容を読み上げてやる。担任が全員に蕎麦を食えと言った理由も、多分こういう意味があるから……なんだろうな。
「あ、なんか不吉な事も書いてある! 年が変わる前に食べ終えないとヤバイみたい」
除夜の鐘が鳴り始める前に食べろって書いてあるけど、除夜の鐘って何時からつきはじめるんだ?
「分からん。ちょっと早いが蕎麦の準備するか」
まあ、年越す前に食えばセーフっぽいので焦る必要はないだろう。「もう少ししてからにしよう」と先輩に伝え、なんとなく広報紙に視線をやったが、大半がボランティアや同好会の活動報告なので、すぐに飽きてしまった。
風呂で無駄に気合いを入れたおかげで、部屋に帰っても性欲より予定を優先できた。
湯冷めは当然するとしても、少しでも快適にキャンプ気分を味わう為に、まず石油ストーブに火を点ける。さっき試した時と同じで異臭はしたが、おさまるという言葉を信じて、ぜんざいの鍋を天板に置く。
メインであるテントの組み立てには、少し手間取ったが、室内でも問題なく設営出来た。
「意外と小さい、ね」
室内で見るせいか玩具のような見た目で、これを外で、キャンプ用に整備もされていない山の中で使う事を考えると、本気で大丈夫なのかと不安になってしまった。
「ん、そうだな……夏にキャンプしなくてよかったな」
先輩も同じ気持ちのようだ。「寝るのは隣の部屋にしよう」と約束して、他の道具の準備を再開する。とは言え、それはすぐに終わる。テントの前に低い机とパイプ椅子の簡易版みたいな椅子を広げれば、セッティングする物は全て完了してしまった。
「焚き火がでかく見えるね、この椅子」
試しに座ってみると、視線が低くてちょっと楽しくなった。ストーブの恩恵を余すことなく享受出来る。先輩はちょっと窮屈そうだが、器用に体を丸めて楽な姿勢を取っているようだった。
「少し早いが晩飯にするか?」
窓の外は薄暗い。一日掃除ばかりしていたので、腹は十分に空いていたが、蕎麦を食う気分ではなく、オレは椅子から立ち上がった。
「せっかく持って来たからさ……これ、使ってみたい」
持ち手のある網を先輩に見せる。何に使うか分かっていないようなので、オレは実演を始める。
ストーブの上に置いていた鍋を机に移し、代わりに網をセット。ビニール袋から餅を四個取り出し、網の上に並べる。暫くすると、餅の焼ける匂いが漂い出した。
「先輩、見て見て。ちゃんと焼けてる」
膨張し始めた餅をひっくり返すと、網目模様のきれいな焦げ目が付いていた。
「このまま醤油かけて食っても美味そうだ」
疲れた体が甘味を欲するので、オレとしてはぜんざい一択なのだが、どうやら先輩は違うらしい。隣の部屋から調味料を持って来ると、汁椀にワサビ醤油を作り始めた。
醤油餅に心惹かれなくもないが、ここは初志貫徹、ぜんざいに手を伸ばす。餅に火を譲ったせいで、熱々にはなっていないが、蓋を開けるとふわりと湯気が漂うくらいには温まっていた。二三度かき混ぜ汁椀に装い、一口啜ると疲れた体に甘さが染み渡る。
「美味しい。先輩も一口だけでも飲んでみて」
先輩にぜんざいを持っていくと、甘い匂いにちょっと躊躇されたが、素直に一口啜ってくれた。「ん、甘いな」と感想を口にして、汁椀を返されてしまったので、オレ一人で六人分のぜんざいを食べる可能性も出てきた。さすがにげんなりしたが、焼き上がった餅をプラスすると、食い応えも十分で、想像を越えてくる満足感に感動する。
先輩のワサビ醤油餅も貰い、甘い辛いの繰り返しに夢中になっていると、いつの間にか日はどっぷり沈み、ストーブの火だけでは不便になってきた。
「そろそろ電気点けよっか?」
オレが立ち上がろうとすると、先輩はちょっと待ってろと言い、隣の部屋で何やらゴソゴソし始めた。何を持って来るのか気になり覗くと、先輩はランタンって言うのかな、レトロな形をしたランプを灯していた。
「蛍光灯ではキャンプの雰囲気が出ないだろ」
実にキャンプらしい灯りを用意してくれた先輩は、小さな机の上に置くのは断念して、食料置き場になっていた机の一つにランタンを設置してくれる。
「なんか…………いいね」
電気の光じゃあなく炎のぼんやりした灯りは、ここが学校の教室だという事を忘れさせるくらいキャンプ気分を盛り上げてくれる。
食い気を手放し、椅子に座り直す。オレンジっぽい灯りを眺めていると、ふと思い出し、コートのポケットに突っ込んだままだった紙を取り出した。
「ん、何を見てるんだ?」
椅子を寄せて来て、先輩もオレの手元を覗き込む。オレが取り出したのは、村主さんがくれた広報紙だ。
「年越しに蕎麦を食うのは『長寿や健康を願う縁起物』だからなんだって。うどんと比べて細くて切れやすいから、不運を断ち切って新年を迎えるって意味もあるらしいよ」
薄暗い中で小さな文字は読み辛いだろうと、記事の内容を読み上げてやる。担任が全員に蕎麦を食えと言った理由も、多分こういう意味があるから……なんだろうな。
「あ、なんか不吉な事も書いてある! 年が変わる前に食べ終えないとヤバイみたい」
除夜の鐘が鳴り始める前に食べろって書いてあるけど、除夜の鐘って何時からつきはじめるんだ?
「分からん。ちょっと早いが蕎麦の準備するか」
まあ、年越す前に食えばセーフっぽいので焦る必要はないだろう。「もう少ししてからにしよう」と先輩に伝え、なんとなく広報紙に視線をやったが、大半がボランティアや同好会の活動報告なので、すぐに飽きてしまった。
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