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蜜月
無駄遣い
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「……うげぇー」
爪先が触れるような距離で、いきなり飲んでいたジュースを吐き出す山セン。
「うわッ! なにすんだ!」
身構えていたおかげで、その場を飛び退き引っ被らず済んだが、泣きそうな顔で山センは手に持ったジュースを睨み付けていた。
「なんだコレ。賞味期限切れてんのか?」
手元を覗き込めば、懐かしいパッケージが目に入った。山センの舌を麻痺させている毒々しい甘さを思い出し、オレの顔もつられて引き攣る。
「ジュースなら、昨日オレらが買ってきたのがあるじゃん。なんで、わざわざ変なジュース買うんだよ」
食堂には飲みきれないくらいのジュースが置いてある。自由に飲み食いしていい物が近くにあるのに、微妙なラインナップの自販機を何故利用するのか。オレが問い質すと、山センは鼻で笑おうとして甘さが鼻に抜けたのか盛大に咽せた後、涙目になりながらも真面目な顔を作って言った。
「金は持ってると使いたくなるんだよ」
何言ってんだコイツ……芝居がかった横っ面を叩いてやりたくなったが、その言葉の意味を理解してオレはハッとする。
「使いたくなるって、それ! しょーもないジュース買った金! 小吉さんの金なのか!」
何故か嬉しそうな顔で「うん」と頷く山センは、こちらの沸点を見越してか「まあ待て」と手のひら一つでオレを制止した。
「使っちまったもんは、しょうがないだろ。そう怒るなって。五百円分くらい余裕で返してやるって」
「五百円くらいって……普通に五百円返せよ」
誤魔化そうとしているのか、曖昧な事を言い出す山センにハッキリと言ってやる。すると、山センは分かってないなと言いたげに肩をすくめて、馬鹿にしたような笑いを浮かべた。
「小銭じゃ味わえないものを用意してやるって言ってんの。気が向いたらお前らも仲間に入れてやるから、楽しみにしてろよ」
ゴミを処分したいのだろう、毒ジュースを差し出してくる山センを無視していると「昼飯でも取りに来たのか?」と尋ねられた。邪魔される可能性がない訳ではないが、単純にキャンプする事を誰かに話したくて、オレは素直に答える。
「今日の夕方ぐらいからかな、部屋の中でキャンプするんだけど、その食料確保しにきた。今日の夕食の蕎麦とぜんざい、あと餅とか」
馬鹿にされるかなと思ったが、山センは特に興味もなさげに「そっか」と言った。
「じゃあ、お前ら誘うのは明日にするわ」
「誘うって、なんだよ」
時間を持て余しとんでもない催しを開く山センの不吉な言葉にちょっとビビる。
「新年会」
けれどオレの心配はかすりもせず、実に真っ当な答えだけ残して、山センは旧館を出て行ってしまった。
しんと静まり返った廊下に一人、見送るよう立ち尽くしてしまったが、本来の目的を思い出し、食堂へと足を向ける。
廊下に人気がなくとも、気を抜く訳にはいかない。今や食堂は一種の楽園と化しているのだ。恐らく仕送りとは無縁の残留一年にとって、オレらが買って来た食料は喉から手が出るほどに欲しい物だろう。定期的に先輩から餌付けされているオレと違い、嗜好品である菓子やジュースは金がなければ一切口に出来ないのが圏ガクなのだ。
扉からこっそり中を覗く。
「あれ、誰もいない……」
食堂に根を生やした活字中毒の霧夜氏すら見えず、不審に思いつつも食堂の中へと入る。
霧夜氏の定位置になっている机には、女神が新たに持って来た本の山二つと、空の湯飲みが一つ。霧夜氏が占有している石油ストーブは切れていたが、その周りの空気はほのかに暖かかった。きっと何か用事があって席を外しているに違いない。
ありがたい事に誰の邪魔も入らない環境でミッションを実行出来そうだ。オレは早速行動を開始する。
食堂から厨房へと侵入し、目的の器具を探す。
「食器は汁椀だけでいいか。箸は割り箸使おう。数は……一応六個用意しとくか」
いつも使う食器の場所は分かるのだが、調理器具となると宝探し状態だった。
「包丁は……鍵が付いてんのか。これは無理だな」
昨日のカレーはマジで包丁なしで調理したんだな。うちの学校の女神、豪快すぎんだろ。
「お、蓋付きの鍋だ。これにぜんざい入れてこ」
汁を掬うやつ、なんだっけ、それも一つ拝借して、ぜんざいを寸胴から鍋へと移し替える。六人で食べるとしたら気持ち少ないが、まあいいだろう。鍋いっぱいに入れたら運んでいる途中でこぼれそうだし。
「んー、餅を焼く網ってコレかな? なんかそれっぽいし、持ってくか」
手当たり次第に棚を開けて中身を確認し、少し手間取ってしまったが、欲しかった物を全て見つける事が出来た。
昨日の買い出しで購入したビニール袋に鍋とその他を分けて入れる。中身が中身なだけに鍋の方は両手で抱えて持ち、もう一つは適当に腕にぶら下げ、オレは食堂を後にした。
爪先が触れるような距離で、いきなり飲んでいたジュースを吐き出す山セン。
「うわッ! なにすんだ!」
身構えていたおかげで、その場を飛び退き引っ被らず済んだが、泣きそうな顔で山センは手に持ったジュースを睨み付けていた。
「なんだコレ。賞味期限切れてんのか?」
手元を覗き込めば、懐かしいパッケージが目に入った。山センの舌を麻痺させている毒々しい甘さを思い出し、オレの顔もつられて引き攣る。
「ジュースなら、昨日オレらが買ってきたのがあるじゃん。なんで、わざわざ変なジュース買うんだよ」
食堂には飲みきれないくらいのジュースが置いてある。自由に飲み食いしていい物が近くにあるのに、微妙なラインナップの自販機を何故利用するのか。オレが問い質すと、山センは鼻で笑おうとして甘さが鼻に抜けたのか盛大に咽せた後、涙目になりながらも真面目な顔を作って言った。
「金は持ってると使いたくなるんだよ」
何言ってんだコイツ……芝居がかった横っ面を叩いてやりたくなったが、その言葉の意味を理解してオレはハッとする。
「使いたくなるって、それ! しょーもないジュース買った金! 小吉さんの金なのか!」
何故か嬉しそうな顔で「うん」と頷く山センは、こちらの沸点を見越してか「まあ待て」と手のひら一つでオレを制止した。
「使っちまったもんは、しょうがないだろ。そう怒るなって。五百円分くらい余裕で返してやるって」
「五百円くらいって……普通に五百円返せよ」
誤魔化そうとしているのか、曖昧な事を言い出す山センにハッキリと言ってやる。すると、山センは分かってないなと言いたげに肩をすくめて、馬鹿にしたような笑いを浮かべた。
「小銭じゃ味わえないものを用意してやるって言ってんの。気が向いたらお前らも仲間に入れてやるから、楽しみにしてろよ」
ゴミを処分したいのだろう、毒ジュースを差し出してくる山センを無視していると「昼飯でも取りに来たのか?」と尋ねられた。邪魔される可能性がない訳ではないが、単純にキャンプする事を誰かに話したくて、オレは素直に答える。
「今日の夕方ぐらいからかな、部屋の中でキャンプするんだけど、その食料確保しにきた。今日の夕食の蕎麦とぜんざい、あと餅とか」
馬鹿にされるかなと思ったが、山センは特に興味もなさげに「そっか」と言った。
「じゃあ、お前ら誘うのは明日にするわ」
「誘うって、なんだよ」
時間を持て余しとんでもない催しを開く山センの不吉な言葉にちょっとビビる。
「新年会」
けれどオレの心配はかすりもせず、実に真っ当な答えだけ残して、山センは旧館を出て行ってしまった。
しんと静まり返った廊下に一人、見送るよう立ち尽くしてしまったが、本来の目的を思い出し、食堂へと足を向ける。
廊下に人気がなくとも、気を抜く訳にはいかない。今や食堂は一種の楽園と化しているのだ。恐らく仕送りとは無縁の残留一年にとって、オレらが買って来た食料は喉から手が出るほどに欲しい物だろう。定期的に先輩から餌付けされているオレと違い、嗜好品である菓子やジュースは金がなければ一切口に出来ないのが圏ガクなのだ。
扉からこっそり中を覗く。
「あれ、誰もいない……」
食堂に根を生やした活字中毒の霧夜氏すら見えず、不審に思いつつも食堂の中へと入る。
霧夜氏の定位置になっている机には、女神が新たに持って来た本の山二つと、空の湯飲みが一つ。霧夜氏が占有している石油ストーブは切れていたが、その周りの空気はほのかに暖かかった。きっと何か用事があって席を外しているに違いない。
ありがたい事に誰の邪魔も入らない環境でミッションを実行出来そうだ。オレは早速行動を開始する。
食堂から厨房へと侵入し、目的の器具を探す。
「食器は汁椀だけでいいか。箸は割り箸使おう。数は……一応六個用意しとくか」
いつも使う食器の場所は分かるのだが、調理器具となると宝探し状態だった。
「包丁は……鍵が付いてんのか。これは無理だな」
昨日のカレーはマジで包丁なしで調理したんだな。うちの学校の女神、豪快すぎんだろ。
「お、蓋付きの鍋だ。これにぜんざい入れてこ」
汁を掬うやつ、なんだっけ、それも一つ拝借して、ぜんざいを寸胴から鍋へと移し替える。六人で食べるとしたら気持ち少ないが、まあいいだろう。鍋いっぱいに入れたら運んでいる途中でこぼれそうだし。
「んー、餅を焼く網ってコレかな? なんかそれっぽいし、持ってくか」
手当たり次第に棚を開けて中身を確認し、少し手間取ってしまったが、欲しかった物を全て見つける事が出来た。
昨日の買い出しで購入したビニール袋に鍋とその他を分けて入れる。中身が中身なだけに鍋の方は両手で抱えて持ち、もう一つは適当に腕にぶら下げ、オレは食堂を後にした。
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