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蜜月
大晦日の予定
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オレも箸とかお茶の準備を手伝った方がいいかな。と、考えている内にコタツの上には、着々と準備が整えられていく。
「明日は絶対に山センとっ捕まえる」
山センに小吉さんの金を返すよう言ってやろうと思っていたのだが、ずっと食堂に居たせいで食事のタイミングが他の奴らより早くなってしまい、今日は果たせなかった。今からでも冷蔵庫に突撃すればいいのだろうが、風呂上がりの凍えた体でコタツに入ってしまったので、無理せず明日に延期する。
「ちゃんと穏便に話合い出来るか?」
お湯を入れて数分待つばかりとなったカップラーメンがやって来る。のそりと上半身を布団から出し、至れり尽くせりの席へつく。
「素直に金を渡せば穏便に済むかな」
先輩は『明日は俺が話そう』と考えていそうな顔で、割り箸を割った。漂ってくるいい匂いにオレも箸に手を伸ばす。三分は経っていないタイミングで、先輩はラーメンの蓋を開いた。
「明日は奉仕作業ないよな?」
麺をほぐすようにラーメンを混ぜながら、明日の予定を聞いてくる。今日の買い出しのような突発的な用事がなければ、明日は丸一日フリーなはず。ラーメンを見つめながら頷くと「先に食べていいぞ」とオレの前に置いてくれる。
「それなら、掃除をしてちゃんと風呂に入らないか?」
手を合わせて遠慮はせずに一口啜る。うん、美味しい。
「いいよ。今年最後の風呂をゆっくり浸かろう……じゃあなくて、今年最後の一発をやろうって意味?」
「お前はなんでそう……ん、違う」
「じゃあ、しないの?」
何故か呆れた顔をされたので、言葉を変えてもう一度聞くと、先輩は赤面しながらラーメンを啜り出した。コタツの中で太ももを突いてやれば、恨めしそうな視線を向けて来る。
「先輩がそんなに風呂好きだとは思わなかったんだよ。いいよ、じゃあまず『風呂掃除と入浴』ね」
「『じゃあまず』ってなんだ? 何か他に予定があるのか?」
オレの言葉に先輩が不思議そうな顔をする。
「ないよ。だから考えよう。せっかく一日中フリーなんだから、何かしたいじゃん」
完全な自由が約束された貴重な一日なのだ。何か面白可笑しい事をやりたい。
「あ、そうか……休みは明日だけじゃあないんだ」
何をしようか、とにかく候補を挙げようとして、オレは奉仕作業の再開が四日である事を思い出す。そして同時に『これしかない!』と一つのアイデアが閃いた。
「先輩、オレずっと出来なかったキャンプがしたい!」
夏休みからお預けを食らっているキャンプの存在を思い出したのだ。山センに奪われた道具一式は取り戻してある。これは行くしかないだろう。
「あぁ……キャンプな……んー」
それなのに先輩のテンションはかなり低かった。全力の困った顔で暫く呻った後「すまん」と何故か謝られてしまう。
「明日……だけじゃないな。冬休み中にキャンプは出来ないんだ」
また駄目なのか。先輩から言われてオレは思い出す。キャンプに行こうとした時、先輩がいなくなってしまうかもしれない恐怖に襲われた事を。
オレが嫌な記憶に意識を持っていかれていると、先輩が申し訳なさそうな声で続けた。
「俺が用意した道具な、あれ、全部夏用なんだ。今の時期にあれを使うと、寒いだけでキャンプどころじゃないと思う」
「……夏用? それだけ?」
疑いの眼差しでオレが確認すると、しょんぼりした先輩は頷いた。心底ほっとして、オレはコタツから這い出る。
部屋の隅のキャンプ道具が積み上げてある所に行き、一番上に置いてあったクッションとしても大活躍する寝袋を手に取り広げてみる。丸めてあると、そこそこの厚みがあるが、広げるとそのペラペラさ加減に驚き、先輩の言葉に納得した。
圏ガクで支給される布団はこの寝袋と同じくらいぺちゃんこな煎餅布団な訳だが、一応室内なのでコートを着れば眠れる。けれど、この薄さの寝床で寒空の下は、手持ちの服をどれだけ重ね着しても厳しいだろう。そんなキャンプはやはり楽しくない。
「あ…………外が駄目なら中でやればいいじゃん」
潔く諦め他の案を考えようとした寸前で、それは口から転がり出た。
「中でって、部屋の中でキャンプするのか?」
全力で首を縦に振り、湧き上がってくるイメージを言葉にしようと、部屋の中を歩きながら話す。
「うん。ここは狭いから無理だけど、隣の部屋なら広さも十分だろ。机とか片付けたらキャンプ道具広げられると思うんだ。たき火とかは無理だけどさ、雰囲気だけでもキャンプっつーか……キャンプごっこしよう」
なかなか良いアイデアだと思い先輩を見ると、ふにゃっと笑ってくれた。
「たき火の代わりに石油ストーブを借りてくるか」
「うん! オレ餅とか芋焼いてみたい!」
熟成されたキャンプしたい欲求が、ここぞとばかりに押し寄せ、色々と用意する物が増えてしまった。それらを一つ一つ書き出していると、明日が待ちきれなくなり、メモを眺めながら眠った。
「明日は絶対に山センとっ捕まえる」
山センに小吉さんの金を返すよう言ってやろうと思っていたのだが、ずっと食堂に居たせいで食事のタイミングが他の奴らより早くなってしまい、今日は果たせなかった。今からでも冷蔵庫に突撃すればいいのだろうが、風呂上がりの凍えた体でコタツに入ってしまったので、無理せず明日に延期する。
「ちゃんと穏便に話合い出来るか?」
お湯を入れて数分待つばかりとなったカップラーメンがやって来る。のそりと上半身を布団から出し、至れり尽くせりの席へつく。
「素直に金を渡せば穏便に済むかな」
先輩は『明日は俺が話そう』と考えていそうな顔で、割り箸を割った。漂ってくるいい匂いにオレも箸に手を伸ばす。三分は経っていないタイミングで、先輩はラーメンの蓋を開いた。
「明日は奉仕作業ないよな?」
麺をほぐすようにラーメンを混ぜながら、明日の予定を聞いてくる。今日の買い出しのような突発的な用事がなければ、明日は丸一日フリーなはず。ラーメンを見つめながら頷くと「先に食べていいぞ」とオレの前に置いてくれる。
「それなら、掃除をしてちゃんと風呂に入らないか?」
手を合わせて遠慮はせずに一口啜る。うん、美味しい。
「いいよ。今年最後の風呂をゆっくり浸かろう……じゃあなくて、今年最後の一発をやろうって意味?」
「お前はなんでそう……ん、違う」
「じゃあ、しないの?」
何故か呆れた顔をされたので、言葉を変えてもう一度聞くと、先輩は赤面しながらラーメンを啜り出した。コタツの中で太ももを突いてやれば、恨めしそうな視線を向けて来る。
「先輩がそんなに風呂好きだとは思わなかったんだよ。いいよ、じゃあまず『風呂掃除と入浴』ね」
「『じゃあまず』ってなんだ? 何か他に予定があるのか?」
オレの言葉に先輩が不思議そうな顔をする。
「ないよ。だから考えよう。せっかく一日中フリーなんだから、何かしたいじゃん」
完全な自由が約束された貴重な一日なのだ。何か面白可笑しい事をやりたい。
「あ、そうか……休みは明日だけじゃあないんだ」
何をしようか、とにかく候補を挙げようとして、オレは奉仕作業の再開が四日である事を思い出す。そして同時に『これしかない!』と一つのアイデアが閃いた。
「先輩、オレずっと出来なかったキャンプがしたい!」
夏休みからお預けを食らっているキャンプの存在を思い出したのだ。山センに奪われた道具一式は取り戻してある。これは行くしかないだろう。
「あぁ……キャンプな……んー」
それなのに先輩のテンションはかなり低かった。全力の困った顔で暫く呻った後「すまん」と何故か謝られてしまう。
「明日……だけじゃないな。冬休み中にキャンプは出来ないんだ」
また駄目なのか。先輩から言われてオレは思い出す。キャンプに行こうとした時、先輩がいなくなってしまうかもしれない恐怖に襲われた事を。
オレが嫌な記憶に意識を持っていかれていると、先輩が申し訳なさそうな声で続けた。
「俺が用意した道具な、あれ、全部夏用なんだ。今の時期にあれを使うと、寒いだけでキャンプどころじゃないと思う」
「……夏用? それだけ?」
疑いの眼差しでオレが確認すると、しょんぼりした先輩は頷いた。心底ほっとして、オレはコタツから這い出る。
部屋の隅のキャンプ道具が積み上げてある所に行き、一番上に置いてあったクッションとしても大活躍する寝袋を手に取り広げてみる。丸めてあると、そこそこの厚みがあるが、広げるとそのペラペラさ加減に驚き、先輩の言葉に納得した。
圏ガクで支給される布団はこの寝袋と同じくらいぺちゃんこな煎餅布団な訳だが、一応室内なのでコートを着れば眠れる。けれど、この薄さの寝床で寒空の下は、手持ちの服をどれだけ重ね着しても厳しいだろう。そんなキャンプはやはり楽しくない。
「あ…………外が駄目なら中でやればいいじゃん」
潔く諦め他の案を考えようとした寸前で、それは口から転がり出た。
「中でって、部屋の中でキャンプするのか?」
全力で首を縦に振り、湧き上がってくるイメージを言葉にしようと、部屋の中を歩きながら話す。
「うん。ここは狭いから無理だけど、隣の部屋なら広さも十分だろ。机とか片付けたらキャンプ道具広げられると思うんだ。たき火とかは無理だけどさ、雰囲気だけでもキャンプっつーか……キャンプごっこしよう」
なかなか良いアイデアだと思い先輩を見ると、ふにゃっと笑ってくれた。
「たき火の代わりに石油ストーブを借りてくるか」
「うん! オレ餅とか芋焼いてみたい!」
熟成されたキャンプしたい欲求が、ここぞとばかりに押し寄せ、色々と用意する物が増えてしまった。それらを一つ一つ書き出していると、明日が待ちきれなくなり、メモを眺めながら眠った。
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