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蜜月
自業自得の痛み
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こうして実際に先輩と一緒に自習し始めて分かったのだが、先輩は別に勉強が出来ない訳ではなかった。
授業中はノートを取るのでいっぱいいっぱいになっているが、一対一で教えるとスポンジが水を吸い込むように知識を吸収していく。分かった振りもせず、しっかり理解するまで聞いて、一度覚えたら忘れないよう努力もしている。
「先輩、この問題終わったら、きりも良いから寝ようか」
先輩の集中力を乱したくなくて黙っていたが、日付が変わろうとしてる時間帯になり、オレはストップをかけた。普段は爆睡している時間に、オレの集中力が切れてしまったのもあるが、明日も朝から勉強会なのだ。夜は眠った方が効率がいいと先輩を説得する。
「セイシュンは先に寝てていいぞ。俺はもう少ししゅる」
生意気な事を言うので頬を抓ると、先輩は困ったように笑った。
「別に何かしようって訳じゃあないから安心しろよ。ただ、寝ずにやるのは効率悪いんだよ。夜型だって言うなら、今から朝型に変えてよ。オレ、ここの生活に染まって、今は完全に朝型だからさ」
そう言うと、先輩は素直に寝る準備を始めてくれた。すると安心したのか、かみ殺した欠伸が次々と押し寄せた。久しぶりの夜更かしに本気で眠い。
本当は先輩の部屋に泊まって、エロい雰囲気にならないか(オレが勝手に盛り上がらないかって意味)不安だったが杞憂に終わりそうだった。
用意してくれた布団にダイブする。ストーブのおかげで温かい空気は、眠気をゆっくり包んでくれて、三秒で眠れそうだった。布団に身をゆだね先輩を見上げると、眠気の見えない顔で笑っていた。
「……せんぱい、だめ……先輩も一緒に寝るんだぞ」
いつもはもっと遅い時間まで勉強しているのかもしれない。なら、余計に見過ごせない。良質の集中に睡眠は不可欠。ぐいっと先輩を布団に引っ張り込む。
「ほら、観念して寝るぞ。心配しなくても、明日も……朝からやるんだからな」
欠伸を挟みながら言うと、ようやく先輩は頷いて隣に寝転がってくれた。なんとなく信用出来なくて、オレは先輩と手を繋いだ。逃げずに寝ろという意思表示なんだが、そこで雷のような天恵を得る。
オレはバッと手を離し、ぐわっと再び先輩の手のひらを掴む。先輩の指の間を一つずつ握り込み、ガッと中空に掲げてみる。
「これ恋人握りって言うんだぜ!」
エロマンガで得た知識を披露してやると、先輩は興味深そうに握った手を眺めた。
しまったぁーッ! また、先輩の同意も得ずにやらかしてしまった! 慌てて隣に顔を向ける。
「いきなり変な事言ってごめん! こうゆうのも嫌だった?」
大急ぎで手を離そうとしたが、先輩はふにゃっと笑って同じように手を握り返してくれた。
「恋人はこうやって手を繋ぐのか。これなら少々暴れても振り払われそうになくていいな」
気に入ってくれたのか、先輩は握ったままの手を布団の中に入れる。
「ん、じゃあ寝るか。おやすみ」
「あー……うん、おやすみ」
本気で焦ってしまったせいか、さっきまであった眠気が吹っ飛んでしまった。欠伸もピタリと止まってしまっている。すぐに眠れると思っていたのが大誤算だ。こうなると、握りっぱなしの先輩の手が気になってしまう。意識するせいか、何度か無駄に力を込めてしまって更に焦る。
「あのな、その……セイシュンが、俺を……接待だったか? しようとしただろ。その事を俺も色々考えたんだ」
一瞬、落ち着いた心臓がまた大きく鳴る。オレとしては、あの日の事は忘却してくれるのが一番ありがたいのだが、先輩の手は真剣さの表れかギュッと握り返してきた。
「お前なりに一生懸命考えてくれたのに、頭ごなしに怒鳴って悪かった。気持ちはすごく嬉しかった……気持ちは受け取っておく。気持ちだけな」
先輩の気遣いが、オレの生々しい傷口を容赦なく抉る。オレを励まそうとしてくれている気持ちが痛いくらい伝わって、本気で泣きたくなってしまう。
「あ、それにな、あの時は気付かず後から思い出したんだが、セイシュンが俺の名前を覚えていてくれて嬉しかったぞ」
「ぐっはッ!」
先輩の一言でオレの望んだ奇跡は幻に消えた。ショックで目に見えないダメージをモロに受けてしまった。
「せ、せんぱい……ほんと、ごめん」
オレが絞り出した謝罪に首を傾げる先輩。
初めて名前で呼び合う、それが恋人として重要なイベントだとオレは学んでしまったのだ。オレにとってもそうだが、あんな馬鹿をやらかす奴にそんなキラキラした思い出は贅沢だろう。だが、オレだけの話じゃあないのだ。先輩にとっても初めてだったのだ。それを……それを……オレはケツで……間違いなく一生の不覚!!
「セイシュン、どうした!? いきなり泣くなよ、本当にどうした!?」
いきなり泣き出したオレに先輩が全力で戸惑っている。謝って済む問題ではないが、オレは布団から抜け出し、本気の土下座をかます。先輩はオレのやらかした重大な失敗に気付いていなかったが、ラッキーでは済まされない。懇切丁寧に説明すると、先輩は何故か笑い出した。
授業中はノートを取るのでいっぱいいっぱいになっているが、一対一で教えるとスポンジが水を吸い込むように知識を吸収していく。分かった振りもせず、しっかり理解するまで聞いて、一度覚えたら忘れないよう努力もしている。
「先輩、この問題終わったら、きりも良いから寝ようか」
先輩の集中力を乱したくなくて黙っていたが、日付が変わろうとしてる時間帯になり、オレはストップをかけた。普段は爆睡している時間に、オレの集中力が切れてしまったのもあるが、明日も朝から勉強会なのだ。夜は眠った方が効率がいいと先輩を説得する。
「セイシュンは先に寝てていいぞ。俺はもう少ししゅる」
生意気な事を言うので頬を抓ると、先輩は困ったように笑った。
「別に何かしようって訳じゃあないから安心しろよ。ただ、寝ずにやるのは効率悪いんだよ。夜型だって言うなら、今から朝型に変えてよ。オレ、ここの生活に染まって、今は完全に朝型だからさ」
そう言うと、先輩は素直に寝る準備を始めてくれた。すると安心したのか、かみ殺した欠伸が次々と押し寄せた。久しぶりの夜更かしに本気で眠い。
本当は先輩の部屋に泊まって、エロい雰囲気にならないか(オレが勝手に盛り上がらないかって意味)不安だったが杞憂に終わりそうだった。
用意してくれた布団にダイブする。ストーブのおかげで温かい空気は、眠気をゆっくり包んでくれて、三秒で眠れそうだった。布団に身をゆだね先輩を見上げると、眠気の見えない顔で笑っていた。
「……せんぱい、だめ……先輩も一緒に寝るんだぞ」
いつもはもっと遅い時間まで勉強しているのかもしれない。なら、余計に見過ごせない。良質の集中に睡眠は不可欠。ぐいっと先輩を布団に引っ張り込む。
「ほら、観念して寝るぞ。心配しなくても、明日も……朝からやるんだからな」
欠伸を挟みながら言うと、ようやく先輩は頷いて隣に寝転がってくれた。なんとなく信用出来なくて、オレは先輩と手を繋いだ。逃げずに寝ろという意思表示なんだが、そこで雷のような天恵を得る。
オレはバッと手を離し、ぐわっと再び先輩の手のひらを掴む。先輩の指の間を一つずつ握り込み、ガッと中空に掲げてみる。
「これ恋人握りって言うんだぜ!」
エロマンガで得た知識を披露してやると、先輩は興味深そうに握った手を眺めた。
しまったぁーッ! また、先輩の同意も得ずにやらかしてしまった! 慌てて隣に顔を向ける。
「いきなり変な事言ってごめん! こうゆうのも嫌だった?」
大急ぎで手を離そうとしたが、先輩はふにゃっと笑って同じように手を握り返してくれた。
「恋人はこうやって手を繋ぐのか。これなら少々暴れても振り払われそうになくていいな」
気に入ってくれたのか、先輩は握ったままの手を布団の中に入れる。
「ん、じゃあ寝るか。おやすみ」
「あー……うん、おやすみ」
本気で焦ってしまったせいか、さっきまであった眠気が吹っ飛んでしまった。欠伸もピタリと止まってしまっている。すぐに眠れると思っていたのが大誤算だ。こうなると、握りっぱなしの先輩の手が気になってしまう。意識するせいか、何度か無駄に力を込めてしまって更に焦る。
「あのな、その……セイシュンが、俺を……接待だったか? しようとしただろ。その事を俺も色々考えたんだ」
一瞬、落ち着いた心臓がまた大きく鳴る。オレとしては、あの日の事は忘却してくれるのが一番ありがたいのだが、先輩の手は真剣さの表れかギュッと握り返してきた。
「お前なりに一生懸命考えてくれたのに、頭ごなしに怒鳴って悪かった。気持ちはすごく嬉しかった……気持ちは受け取っておく。気持ちだけな」
先輩の気遣いが、オレの生々しい傷口を容赦なく抉る。オレを励まそうとしてくれている気持ちが痛いくらい伝わって、本気で泣きたくなってしまう。
「あ、それにな、あの時は気付かず後から思い出したんだが、セイシュンが俺の名前を覚えていてくれて嬉しかったぞ」
「ぐっはッ!」
先輩の一言でオレの望んだ奇跡は幻に消えた。ショックで目に見えないダメージをモロに受けてしまった。
「せ、せんぱい……ほんと、ごめん」
オレが絞り出した謝罪に首を傾げる先輩。
初めて名前で呼び合う、それが恋人として重要なイベントだとオレは学んでしまったのだ。オレにとってもそうだが、あんな馬鹿をやらかす奴にそんなキラキラした思い出は贅沢だろう。だが、オレだけの話じゃあないのだ。先輩にとっても初めてだったのだ。それを……それを……オレはケツで……間違いなく一生の不覚!!
「セイシュン、どうした!? いきなり泣くなよ、本当にどうした!?」
いきなり泣き出したオレに先輩が全力で戸惑っている。謝って済む問題ではないが、オレは布団から抜け出し、本気の土下座をかます。先輩はオレのやらかした重大な失敗に気付いていなかったが、ラッキーでは済まされない。懇切丁寧に説明すると、先輩は何故か笑い出した。
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