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蜜月
愚策の代償
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寝不足で迎えた翌朝、『今日こそは絶対に襲う』と心に誓い、まだかまだかと放課後を待っていたのだが、オレの思い通りにはいかず、厳めしい顔をした担任に呼び出しを食らってしまった。
授業態度も成績も、特に注意されるようなヘマはしていない。圏ガクにおいては素行の良い方に分類されると自覚しているので、教師に怒られる理由などないはずなのだが、どうにも空気が妙で身構えてしまう。
消灯後に出歩いている事がバレたか? それなら、その時に注意されるはずだよな。他の奴らが寝てようが、そんな些細な事は意に介さないのが圏ガクだ。
「あの、オレ何かしましたか?」
呼び出しの理由が分からないままなのは、精神衛生上よろしくない。場所を変えると言って歩き出した担任の背中に、思い切って尋ねてみたが「黙って付いて来い」としか答えてくれなかった。
昼休みに会えると思っていたが、夕べの事を怒っているのか、単にタイミングが合わなかったのか、今日はまだ先輩と話せていなかった。一言だけでも伝えたいと思ったのだが、余計な事を言い出せる雰囲気ではなく、黙って付いて行くと目的地は職員室ではなく旧館だった。
いよいよ理由が分からない。困惑しながらも、促されるまま旧館の事務室に入ると、ご丁寧に扉を閉めろと指示される。
「夷川、お前、春日野に何した?」
扉を閉めて担任の方へ振り返ると、予期せぬ言葉と視線にたじろぎそうになった。
心当たりが全力である中、勢いよく表に出てしまいそうな動揺を必死で宥め、死に物狂いで冷静を装う。てか、なんでこんな所まで飛び火してんだ!
「別に何もしてません」
自分を褒めてやりたいくらい平坦な声が出た。動揺は全くないが、何かしてたとしても塵ほども気にしていない感が出ていて、担任の心証は最悪だな! こんな時どうしたらいいんだ!
「昼に春日野が泣きついてきた。お前から酷い虐めを受けたってな」
あの野郎……午後を丸ごとサボってると思ったら、マジでロクな事しねぇな。虐めを受けたって、日々気分で無関係の奴を殴り倒してる奴が言っていい台詞じゃあないだろ。
「先生、正気ですか?」
ついポロッと本音が出てしまった。普通なら殴られるだろうが、この半年でスバルの素行を思い知らされている担任の心にはちゃんと響いたらしい。厳めしい顔を崩して絞り出すような唸り声を出した。
「春日野はお前に便所を舐めさせられたと言ってるんだが……思い当たる事なんかないか?」
ベタと言うか、絵に描いたようなイジメの内容だな。そんな馬鹿な事はしないと、胸を張って答えようとした時、オレは閃いてしまった。
スバルの中ではコウスケは便所として認識されているのでは……と。
「ソンナコトスルワケナイジャナイデスカ」
それならばオレは間違いなく、スバルに便所を舐めさせた事になるだろう。動揺がモロ声に出てしまったが、普段の行い(オレではなくスバルの)を知っている担任は「そうだよなぁ。サボりたいだけなのか」と首を捻り再び呻る。
「恐らく誤解だろうが、おれもこのまま放っておく訳にはいかん。とりあえず、今から春日野とちょっと話せ。便所舐めたショックで動けんとか言って医務室で籠城してやがるからな」
「はい、あ、その前に便所行ってきていいですか?」
「おう、先に行ってるぞ。早く来いよ」
スバルの元へと連行されそうになるのを回避し、オレは便所へと足を向けた。もちろん、この場合の便所とはオレがスバルに舐めさせた方の便所だ。
相談もせずスバルに『ご褒美』の内容をばらしやがった事の責任を取らせる。なんとか誤魔化せたが、陰湿なイジメをやらかしたとか、不本意極まりない。
オレの内申に傷を付けられたと苛々していたのだが、コウスケを見つけた時にもう一つデカイ傷が出来ている事に気が付いた。
教室で一人項垂れるコウスケは、勢いだけでは声をかけられない程に落ち込んでいるのが一目で分かる。回れ右して、医務室へ謝りに行こうかなと思うくらい関わり合いになりたくないオーラが凄まじい。
一応、仮に、なんとなく……前置きはあるにしても、好意を寄せている相手から便所だと思われていると発覚した訳だ。そりゃあ落ち込むだろうな。良心が正常に働いていない奴だって人間なんだなぁと、割と正常な思考で眺めていると、視線に気付いたのかコウスケが顔を上げてしまった。
「えべっさん……えべっさん! 酷いよ! あんまりだよ!」
泣きたい気持ちは分かるが、色んな物を垂れ流しながら駆け寄ってくるな。つい蹴り飛ばしてしまったじゃあないか。非人間度合いが低い今のコウスケ相手では、オレの方が悪い事をしているみたいで気分が悪い。
「確かにちょっと強引に誘ったけどさ、だからって、あんな恐い人けしかけるなんて酷いよ! そのせいで、スバルにも全部バレちゃって…………うぅぅ」
スバルに便所呼ばわりされた事を思いだしたのか、床で泣き崩れるコウスケ。
授業態度も成績も、特に注意されるようなヘマはしていない。圏ガクにおいては素行の良い方に分類されると自覚しているので、教師に怒られる理由などないはずなのだが、どうにも空気が妙で身構えてしまう。
消灯後に出歩いている事がバレたか? それなら、その時に注意されるはずだよな。他の奴らが寝てようが、そんな些細な事は意に介さないのが圏ガクだ。
「あの、オレ何かしましたか?」
呼び出しの理由が分からないままなのは、精神衛生上よろしくない。場所を変えると言って歩き出した担任の背中に、思い切って尋ねてみたが「黙って付いて来い」としか答えてくれなかった。
昼休みに会えると思っていたが、夕べの事を怒っているのか、単にタイミングが合わなかったのか、今日はまだ先輩と話せていなかった。一言だけでも伝えたいと思ったのだが、余計な事を言い出せる雰囲気ではなく、黙って付いて行くと目的地は職員室ではなく旧館だった。
いよいよ理由が分からない。困惑しながらも、促されるまま旧館の事務室に入ると、ご丁寧に扉を閉めろと指示される。
「夷川、お前、春日野に何した?」
扉を閉めて担任の方へ振り返ると、予期せぬ言葉と視線にたじろぎそうになった。
心当たりが全力である中、勢いよく表に出てしまいそうな動揺を必死で宥め、死に物狂いで冷静を装う。てか、なんでこんな所まで飛び火してんだ!
「別に何もしてません」
自分を褒めてやりたいくらい平坦な声が出た。動揺は全くないが、何かしてたとしても塵ほども気にしていない感が出ていて、担任の心証は最悪だな! こんな時どうしたらいいんだ!
「昼に春日野が泣きついてきた。お前から酷い虐めを受けたってな」
あの野郎……午後を丸ごとサボってると思ったら、マジでロクな事しねぇな。虐めを受けたって、日々気分で無関係の奴を殴り倒してる奴が言っていい台詞じゃあないだろ。
「先生、正気ですか?」
ついポロッと本音が出てしまった。普通なら殴られるだろうが、この半年でスバルの素行を思い知らされている担任の心にはちゃんと響いたらしい。厳めしい顔を崩して絞り出すような唸り声を出した。
「春日野はお前に便所を舐めさせられたと言ってるんだが……思い当たる事なんかないか?」
ベタと言うか、絵に描いたようなイジメの内容だな。そんな馬鹿な事はしないと、胸を張って答えようとした時、オレは閃いてしまった。
スバルの中ではコウスケは便所として認識されているのでは……と。
「ソンナコトスルワケナイジャナイデスカ」
それならばオレは間違いなく、スバルに便所を舐めさせた事になるだろう。動揺がモロ声に出てしまったが、普段の行い(オレではなくスバルの)を知っている担任は「そうだよなぁ。サボりたいだけなのか」と首を捻り再び呻る。
「恐らく誤解だろうが、おれもこのまま放っておく訳にはいかん。とりあえず、今から春日野とちょっと話せ。便所舐めたショックで動けんとか言って医務室で籠城してやがるからな」
「はい、あ、その前に便所行ってきていいですか?」
「おう、先に行ってるぞ。早く来いよ」
スバルの元へと連行されそうになるのを回避し、オレは便所へと足を向けた。もちろん、この場合の便所とはオレがスバルに舐めさせた方の便所だ。
相談もせずスバルに『ご褒美』の内容をばらしやがった事の責任を取らせる。なんとか誤魔化せたが、陰湿なイジメをやらかしたとか、不本意極まりない。
オレの内申に傷を付けられたと苛々していたのだが、コウスケを見つけた時にもう一つデカイ傷が出来ている事に気が付いた。
教室で一人項垂れるコウスケは、勢いだけでは声をかけられない程に落ち込んでいるのが一目で分かる。回れ右して、医務室へ謝りに行こうかなと思うくらい関わり合いになりたくないオーラが凄まじい。
一応、仮に、なんとなく……前置きはあるにしても、好意を寄せている相手から便所だと思われていると発覚した訳だ。そりゃあ落ち込むだろうな。良心が正常に働いていない奴だって人間なんだなぁと、割と正常な思考で眺めていると、視線に気付いたのかコウスケが顔を上げてしまった。
「えべっさん……えべっさん! 酷いよ! あんまりだよ!」
泣きたい気持ちは分かるが、色んな物を垂れ流しながら駆け寄ってくるな。つい蹴り飛ばしてしまったじゃあないか。非人間度合いが低い今のコウスケ相手では、オレの方が悪い事をしているみたいで気分が悪い。
「確かにちょっと強引に誘ったけどさ、だからって、あんな恐い人けしかけるなんて酷いよ! そのせいで、スバルにも全部バレちゃって…………うぅぅ」
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