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新学期!!
涙腺故障
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「…………せんぱい」
先輩に対するあれこれが、どうしようもないくらい膨張しては、何度も破裂を繰り返している。
具体的に言うと、先輩の事が頭に浮かんでしまうと堪らなくなって泣く。今もヤバイと思って便所に駆け込んだ。ボタボタと目から汁が止まらず、蓋をしたままの便器の上で膝を抱えた。
先輩の気持ちが決まるまでは会わない。
あまり行儀の良い方法を取らなかった償いという訳ではないが、先輩の気持ちを無駄に波打たすような事はしないでおこうと決め、現在それを実行中なのだ。
試験の送り迎えをしていた担任に二次試験の日程を聞き出し、それが終えるまでと期限を決めたのはいいが、既に心はへし折れて会いに行ってしまいそうだった。
情けない状態のせいで、先輩がオレを無視して、頑固に将来を受け入れず投げ出してしまうのでは? とか、考えてしまっては泣けてくる。
「いや……嫌だ。そんなの、ありえねぇし……クソッ偉そうな事を言ったオレが弱気でどうする!」
最悪の展開で思考が固定してしまった自分に活を入れる。手のひらで顔を叩くよう涙を拭って、便所から飛び出す。
「腹痛治った……って、えべっさんっ!? えぇ、どこ行くの?」
鼾をかいて眠る皆元の姿に怯えたスバルが、布団をかぶって震えながら現実逃避に寝落ちしたらしく、部屋を出ようとするオレを止めたのはコウスケだけだった。
「ちょっと図書室行ってくる」
行き先を告げて、コウスケを押しのけ窓からベランダへ出る。入る時は正面のエレベーターを使えるが、時間が経つと三年がうろつき出すので面倒だが裏口を使う。ベランダから隣にある非常階段へ飛び移り、誰にも見られる事なく新館を脱出。そのまま校舎に戻り、すっかり通い慣れたルートを使い図書室に向かう。
もしかしたら、先輩がいるかもしれない。そんな期待が頭をもたげて、足を伸ばしそうになったが、思い切り足を叩いて阻止した。
自分の心を全力でねじり、その勢いで図書室の扉を全力で開くと、中から放たれる無数の殺気に動きを止められてしまった。
ずらりと並ぶ自習机から、一斉に向けられる視線に思わず一歩退く。心が弱っている所に無言の圧力。逃げ帰りたい気持ちになったが、しっかりと目的を思い出し、室内に足を踏み入れた。
「性懲りもなく、何しに来やがった」
受験生連中の視線から逃れるように、本棚の方へ進むと、文芸部員もとい自称司書代理、もとい霧夜氏に続く新たな図書室の主になってしまった稲継先輩が顔を出した。返却本を片付けているのか、両手に結構な量の本を抱えながらも懸命に威嚇してくる姿に心が癒やされてしまう。
「冬休みに女神が来たら、オレ、ちゃんと伝えるよ」
女神という単語に、稲っちの険しかった顔が一瞬で緩んだ。
「稲継先輩が女神の心証をちょっとでも良くしたい一心で図書室に居座ってましたって」
「ぶっ殺すぞテメェ!」
オレの提案が気に入らなかったのか、稲っちは持っていた本の事を忘れて掴み掛かってきた。当然、結構な量の本は床に落ち大きな音を立て、自習スペースから無数の舌打ちと叱責が飛んでくる。
本棚から飛び出し平謝りする稲継先輩は、割と真っ当な(ちょい社畜気味な)社会人になりそうだなと生温かく見守っておいた。
図書室に来たのは、稲っちをからかって遊ぶ為ではない。見守りたくなる先輩の背中をスルーして、目的の本を探すべく本棚を物色しよう。
「あれ、すげぇ偶然……」
三年に絡む理由を与えてしまった稲継先輩の代わりに、落とした本だけでもまとめておくかと手を伸ばすと、その中にオレの目的である本を見つけてしまった。
手間が省けたので片付けてやろうと返却本を似たようなジャンルの棚に戻した後、こっそり本棚の影から自習スペースを覗くと、可哀想に稲っちは三年に囲まれ正座させられていた。なんかネチネチと嫌味を言われているようだ。ちょっとくらいの責任は感じたが、付き合う義理もないので、オレは本を片手に悠々と図書室を出た。
自室に戻ると、まだ時間が早いせいか、隣室や廊下からの騒音もなく、実に読書に適した静かな環境だった。秘密基地が冷暖房完備なせいで、慣れたはずの蒸し暑さに舌打ちをしながら、壁に背中を預け図書室から持ち出した本を手に取る。
「あ、貸し出しの手続き忘れた……まあ、ちゃんと返せば問題ないか」
無駄に張り切って図書委員みたいな事をやってる奴の顔が浮かんだが、軽く追い払い手元へ意識を戻す。
警察官採用試験の問題をまとめた参考書と、警察官について取り上げた雑誌の二冊。多分、先輩と同じ試験を受けた奴が借りていたのだろう。タイミングがよかった。
「……これ、先輩がやってた夏の課題だ」
参考書を流し読みしていると、見覚えのある設問を見つけた。あの時は、何も知らずにやってたんだよな……半分寝ながら。緊張感ゼロでよく試験をパス出来たな。それもサプライズ入試なんていう訳の分からない状況で。
「うん、こりゃ奇跡だな」
一夜漬けでは難しそうな内容に、しみじみとオレは呟いた。先輩、あんまり器用に勉強出来るタイプではなさそうだし、何かの加護があったとしか思えない。
「…………」
パタンと参考書を閉じる。言葉には出来なかったが、心のどこかが妙な納得をしたのが分かった。今、頑張っている先輩は大丈夫だと分かり、燻っていた不安はそのまま消えそうだった。
先輩に対するあれこれが、どうしようもないくらい膨張しては、何度も破裂を繰り返している。
具体的に言うと、先輩の事が頭に浮かんでしまうと堪らなくなって泣く。今もヤバイと思って便所に駆け込んだ。ボタボタと目から汁が止まらず、蓋をしたままの便器の上で膝を抱えた。
先輩の気持ちが決まるまでは会わない。
あまり行儀の良い方法を取らなかった償いという訳ではないが、先輩の気持ちを無駄に波打たすような事はしないでおこうと決め、現在それを実行中なのだ。
試験の送り迎えをしていた担任に二次試験の日程を聞き出し、それが終えるまでと期限を決めたのはいいが、既に心はへし折れて会いに行ってしまいそうだった。
情けない状態のせいで、先輩がオレを無視して、頑固に将来を受け入れず投げ出してしまうのでは? とか、考えてしまっては泣けてくる。
「いや……嫌だ。そんなの、ありえねぇし……クソッ偉そうな事を言ったオレが弱気でどうする!」
最悪の展開で思考が固定してしまった自分に活を入れる。手のひらで顔を叩くよう涙を拭って、便所から飛び出す。
「腹痛治った……って、えべっさんっ!? えぇ、どこ行くの?」
鼾をかいて眠る皆元の姿に怯えたスバルが、布団をかぶって震えながら現実逃避に寝落ちしたらしく、部屋を出ようとするオレを止めたのはコウスケだけだった。
「ちょっと図書室行ってくる」
行き先を告げて、コウスケを押しのけ窓からベランダへ出る。入る時は正面のエレベーターを使えるが、時間が経つと三年がうろつき出すので面倒だが裏口を使う。ベランダから隣にある非常階段へ飛び移り、誰にも見られる事なく新館を脱出。そのまま校舎に戻り、すっかり通い慣れたルートを使い図書室に向かう。
もしかしたら、先輩がいるかもしれない。そんな期待が頭をもたげて、足を伸ばしそうになったが、思い切り足を叩いて阻止した。
自分の心を全力でねじり、その勢いで図書室の扉を全力で開くと、中から放たれる無数の殺気に動きを止められてしまった。
ずらりと並ぶ自習机から、一斉に向けられる視線に思わず一歩退く。心が弱っている所に無言の圧力。逃げ帰りたい気持ちになったが、しっかりと目的を思い出し、室内に足を踏み入れた。
「性懲りもなく、何しに来やがった」
受験生連中の視線から逃れるように、本棚の方へ進むと、文芸部員もとい自称司書代理、もとい霧夜氏に続く新たな図書室の主になってしまった稲継先輩が顔を出した。返却本を片付けているのか、両手に結構な量の本を抱えながらも懸命に威嚇してくる姿に心が癒やされてしまう。
「冬休みに女神が来たら、オレ、ちゃんと伝えるよ」
女神という単語に、稲っちの険しかった顔が一瞬で緩んだ。
「稲継先輩が女神の心証をちょっとでも良くしたい一心で図書室に居座ってましたって」
「ぶっ殺すぞテメェ!」
オレの提案が気に入らなかったのか、稲っちは持っていた本の事を忘れて掴み掛かってきた。当然、結構な量の本は床に落ち大きな音を立て、自習スペースから無数の舌打ちと叱責が飛んでくる。
本棚から飛び出し平謝りする稲継先輩は、割と真っ当な(ちょい社畜気味な)社会人になりそうだなと生温かく見守っておいた。
図書室に来たのは、稲っちをからかって遊ぶ為ではない。見守りたくなる先輩の背中をスルーして、目的の本を探すべく本棚を物色しよう。
「あれ、すげぇ偶然……」
三年に絡む理由を与えてしまった稲継先輩の代わりに、落とした本だけでもまとめておくかと手を伸ばすと、その中にオレの目的である本を見つけてしまった。
手間が省けたので片付けてやろうと返却本を似たようなジャンルの棚に戻した後、こっそり本棚の影から自習スペースを覗くと、可哀想に稲っちは三年に囲まれ正座させられていた。なんかネチネチと嫌味を言われているようだ。ちょっとくらいの責任は感じたが、付き合う義理もないので、オレは本を片手に悠々と図書室を出た。
自室に戻ると、まだ時間が早いせいか、隣室や廊下からの騒音もなく、実に読書に適した静かな環境だった。秘密基地が冷暖房完備なせいで、慣れたはずの蒸し暑さに舌打ちをしながら、壁に背中を預け図書室から持ち出した本を手に取る。
「あ、貸し出しの手続き忘れた……まあ、ちゃんと返せば問題ないか」
無駄に張り切って図書委員みたいな事をやってる奴の顔が浮かんだが、軽く追い払い手元へ意識を戻す。
警察官採用試験の問題をまとめた参考書と、警察官について取り上げた雑誌の二冊。多分、先輩と同じ試験を受けた奴が借りていたのだろう。タイミングがよかった。
「……これ、先輩がやってた夏の課題だ」
参考書を流し読みしていると、見覚えのある設問を見つけた。あの時は、何も知らずにやってたんだよな……半分寝ながら。緊張感ゼロでよく試験をパス出来たな。それもサプライズ入試なんていう訳の分からない状況で。
「うん、こりゃ奇跡だな」
一夜漬けでは難しそうな内容に、しみじみとオレは呟いた。先輩、あんまり器用に勉強出来るタイプではなさそうだし、何かの加護があったとしか思えない。
「…………」
パタンと参考書を閉じる。言葉には出来なかったが、心のどこかが妙な納得をしたのが分かった。今、頑張っている先輩は大丈夫だと分かり、燻っていた不安はそのまま消えそうだった。
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