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新学期!!
格差社会
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「急にどうしたの?」
クリーム一つで浮かべた幸せそうな顔は、見る見る内に真っ青になってしまった。そりゃあ、皆元は怒って席を立ってしまったが、今は小吉さんがいるだろ、一人じゃあないぞと伝えると、嫌な物でも押しつけられたような顔をしやがった。
「おれは殴られるの専門だ。お前の力にはなってやれないんだぞ」
殴られるの専門って何? オレ誰にも小吉さんを殴らせたりしないよ。てか何の話だよ。
「闇市の伝言板に書いてあったんだ。先代がお前に賞金かけたって。捕まえたら十万と、その、お前を酷い目に遭わせる手伝いをさせてやるってさ」
あの十万を撒き餌にしやがったのか。自分の金って気はしないが、本気で腹の立つ事しかしねぇな。
オレの苛立ちが顔に出てしまったのか、小吉さんが色々な恐怖に目を潤ませはじめた頃、オレらの向かいの席に誰かがトレーを置いた。
「おーおー、今日も冴えない昼飯食ってんなぁお前ら」
トレーには焼きたてだと思われるピザ一枚とグラタンが乗っていて、オレらの視線は思わず釘付けになってしまった。とろけて表面が芳ばしく焼き上げられたダブルチーズの匂いが、缶詰の詰まった弁当の待つ身に暴力として漂ってくる。
「いやいや、二人して見過ぎだって。減りそうだから止めて」
サッと持ち上げられたトレーを視線で追いかけると、人の腹を刺激しまくった事を自覚してか、満足げに笑う山センが現れた。
絶対的な格差に絶望しかない。ただ目の前で飯を食うだけで、山センはオレや小吉さんのメンタルをごっそり削り取っていく。
「何の用だよ。また嫌がらせか?」
毎度毎度よりによって缶詰の日を狙って、飯テロをしやがる輩に示す敬意はない。オレと小吉さんは、死んだ目をして弁当箱に詰められた缶詰の蓋を開ける。
「失礼な奴だな。味気ない食事をしているお前たちに、匂いだけでもお裾分けしてやろうという、先輩の心遣いが分からんとは」
はふはふ言いながらグラタンを一口食べ、あらかじめカットしてあったらしいピザをこれ見よがしにチーズを引きのばし頬張る山センは、これ以上ないくらい満足げにオレらの反応を楽しんでいた。
「それと、色んな奴に嫌われてる夷川を見学に来たんだよ。あ、逆か。色んな奴に好かれてるモテ男だったか」
モテ男って……あんまりな言い方に、口にねじ込んだ缶詰を目の前に吹き出してやろうかと本気で考えてしまった。
「ほ、ほほほほんとに酷い目に遭うんだぞ。お前だって見ただろ。夏休みに見た……そ、その、お前の友だちみたいになっちまうんだぞ!」
ピザを貪り食いながら、山センがそう言うと、小吉さんの目に光りが戻り、また不安そうな顔をこちらに向けてきた。
小吉さんの言いたい事は分かったが、向田を『友だち』呼ばわりするのは本当に勘弁して欲しい。
「一人でぼんやりしてると……ほほほんとに酷い事になるんだぞ。いいぃ今は、山センがいるからいいけど、一人でウロウロするのは駄目なんだぞ、危ないだろ」
周囲を軽く確認するが、人気の多い教師や職員、生徒以外の人間が多い場所のおかげで、今すぐ何か仕掛けて来そうな奴はいない。教室に戻るまでは注意が必要だろうが今は大丈夫だと、オレが小吉さんに伝えようとする前に、おかしそうに笑いながら山センが「大丈夫だろ」と口を挟んでくる。
「興津は人望ないからなー。あいつの依頼を受ける奴なんていないいない」
「で、でででも十万ってすごいお金だぞ。それに夷川も、その、色んな奴からモテるから、心配なんだぞ」
だから言い方! なんか悪寒がすげぇよ。おぞましさを薄めようとして、更にえぐくなってるから。
「十万程度で血の小便はしたくないだろ? おっきーも頭に血でも昇ってたのか、しくってるんだよ。夷川を捕まえようとする奴がいたら『僕ホモです!』って宣言してるようなもんだろ、あんな書き方したらさ。だぁからー大丈夫、だろ?」
何が大丈夫なのか、オレにはさっぱり分からなかったが、何故か小吉さんは納得したらしく「そうか、そうだな」と頷いて、また缶詰を腹に詰め込む作業に戻ってしまった。
大丈夫なのはありがたいが、理由が不明では小吉さんと山センのお墨付きだろうと、いまいち安心出来ない。
「てか、血の小便って何?」
むしろ物騒な単語が気になって、逆にすごく不安になる。
「あららぁ~、夷川君はご存じないの?」
手にしたピザを目の前でヒラヒラと振りやがるので、囓り付いてやろうと試みたが、苛つく喋り方をする山センは神がかった早さで自分の口に放り込んでしまった。
「自分の住んでる世界にちょっとは興味持とうな、お前もバッチリ当事者なんだし」
当事者って何の話だよ。全く思い当たる事がなく、一人で首を傾げていると、山センはやれやれと言いたげに、自分の分のお茶を取って来いとオレをパシらせた。
生ぬるいヤカンの薄い茶を曇ったコップに汲んで持って行くと、グビグビと一気飲みした挙げ句「おかわり」と机にコップを起きやがる。予想していたとは言え、腹立たしい。自分で汲みに行けと言いたいが、そこをグッと我慢して用意しておいたもう一つのコップを差し出した。
「旧館では現在、ホモは問答無用で私刑になります」
おかわりのコップを受け取った山センが、ちょっとだけ同情を滲ませた声で言う。本当だったら「はぁ? 何言ってんだコイツ」と言いたい所だが、後ろめたさからか、思わず口を閉じゴクリと唾を飲み込んでしまった。
クリーム一つで浮かべた幸せそうな顔は、見る見る内に真っ青になってしまった。そりゃあ、皆元は怒って席を立ってしまったが、今は小吉さんがいるだろ、一人じゃあないぞと伝えると、嫌な物でも押しつけられたような顔をしやがった。
「おれは殴られるの専門だ。お前の力にはなってやれないんだぞ」
殴られるの専門って何? オレ誰にも小吉さんを殴らせたりしないよ。てか何の話だよ。
「闇市の伝言板に書いてあったんだ。先代がお前に賞金かけたって。捕まえたら十万と、その、お前を酷い目に遭わせる手伝いをさせてやるってさ」
あの十万を撒き餌にしやがったのか。自分の金って気はしないが、本気で腹の立つ事しかしねぇな。
オレの苛立ちが顔に出てしまったのか、小吉さんが色々な恐怖に目を潤ませはじめた頃、オレらの向かいの席に誰かがトレーを置いた。
「おーおー、今日も冴えない昼飯食ってんなぁお前ら」
トレーには焼きたてだと思われるピザ一枚とグラタンが乗っていて、オレらの視線は思わず釘付けになってしまった。とろけて表面が芳ばしく焼き上げられたダブルチーズの匂いが、缶詰の詰まった弁当の待つ身に暴力として漂ってくる。
「いやいや、二人して見過ぎだって。減りそうだから止めて」
サッと持ち上げられたトレーを視線で追いかけると、人の腹を刺激しまくった事を自覚してか、満足げに笑う山センが現れた。
絶対的な格差に絶望しかない。ただ目の前で飯を食うだけで、山センはオレや小吉さんのメンタルをごっそり削り取っていく。
「何の用だよ。また嫌がらせか?」
毎度毎度よりによって缶詰の日を狙って、飯テロをしやがる輩に示す敬意はない。オレと小吉さんは、死んだ目をして弁当箱に詰められた缶詰の蓋を開ける。
「失礼な奴だな。味気ない食事をしているお前たちに、匂いだけでもお裾分けしてやろうという、先輩の心遣いが分からんとは」
はふはふ言いながらグラタンを一口食べ、あらかじめカットしてあったらしいピザをこれ見よがしにチーズを引きのばし頬張る山センは、これ以上ないくらい満足げにオレらの反応を楽しんでいた。
「それと、色んな奴に嫌われてる夷川を見学に来たんだよ。あ、逆か。色んな奴に好かれてるモテ男だったか」
モテ男って……あんまりな言い方に、口にねじ込んだ缶詰を目の前に吹き出してやろうかと本気で考えてしまった。
「ほ、ほほほほんとに酷い目に遭うんだぞ。お前だって見ただろ。夏休みに見た……そ、その、お前の友だちみたいになっちまうんだぞ!」
ピザを貪り食いながら、山センがそう言うと、小吉さんの目に光りが戻り、また不安そうな顔をこちらに向けてきた。
小吉さんの言いたい事は分かったが、向田を『友だち』呼ばわりするのは本当に勘弁して欲しい。
「一人でぼんやりしてると……ほほほんとに酷い事になるんだぞ。いいぃ今は、山センがいるからいいけど、一人でウロウロするのは駄目なんだぞ、危ないだろ」
周囲を軽く確認するが、人気の多い教師や職員、生徒以外の人間が多い場所のおかげで、今すぐ何か仕掛けて来そうな奴はいない。教室に戻るまでは注意が必要だろうが今は大丈夫だと、オレが小吉さんに伝えようとする前に、おかしそうに笑いながら山センが「大丈夫だろ」と口を挟んでくる。
「興津は人望ないからなー。あいつの依頼を受ける奴なんていないいない」
「で、でででも十万ってすごいお金だぞ。それに夷川も、その、色んな奴からモテるから、心配なんだぞ」
だから言い方! なんか悪寒がすげぇよ。おぞましさを薄めようとして、更にえぐくなってるから。
「十万程度で血の小便はしたくないだろ? おっきーも頭に血でも昇ってたのか、しくってるんだよ。夷川を捕まえようとする奴がいたら『僕ホモです!』って宣言してるようなもんだろ、あんな書き方したらさ。だぁからー大丈夫、だろ?」
何が大丈夫なのか、オレにはさっぱり分からなかったが、何故か小吉さんは納得したらしく「そうか、そうだな」と頷いて、また缶詰を腹に詰め込む作業に戻ってしまった。
大丈夫なのはありがたいが、理由が不明では小吉さんと山センのお墨付きだろうと、いまいち安心出来ない。
「てか、血の小便って何?」
むしろ物騒な単語が気になって、逆にすごく不安になる。
「あららぁ~、夷川君はご存じないの?」
手にしたピザを目の前でヒラヒラと振りやがるので、囓り付いてやろうと試みたが、苛つく喋り方をする山センは神がかった早さで自分の口に放り込んでしまった。
「自分の住んでる世界にちょっとは興味持とうな、お前もバッチリ当事者なんだし」
当事者って何の話だよ。全く思い当たる事がなく、一人で首を傾げていると、山センはやれやれと言いたげに、自分の分のお茶を取って来いとオレをパシらせた。
生ぬるいヤカンの薄い茶を曇ったコップに汲んで持って行くと、グビグビと一気飲みした挙げ句「おかわり」と机にコップを起きやがる。予想していたとは言え、腹立たしい。自分で汲みに行けと言いたいが、そこをグッと我慢して用意しておいたもう一つのコップを差し出した。
「旧館では現在、ホモは問答無用で私刑になります」
おかわりのコップを受け取った山センが、ちょっとだけ同情を滲ませた声で言う。本当だったら「はぁ? 何言ってんだコイツ」と言いたい所だが、後ろめたさからか、思わず口を閉じゴクリと唾を飲み込んでしまった。
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