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新学期!!
獣道
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「時間がない事を理解しているのは大変結構です。今から金城先輩の元へ案内しますので、頭を冷やしながら僕について来て下さい」
オレを引きずり込んだ柏木は、普段見せる冗談のような雰囲気は微塵もなく、そう言うと先に生徒会室を出た。柏木がそうする理由は分からないが、先輩の所へ連れて行くと言っている奴を無視する理由はない。霧夜氏の競歩とまではいかないが、足音もなく流れるように廊下を歩く柏木の後を追う。
「状況を手短にお伝えします。返事は必要ありませんので、耳だけ傾けて下さい」
どこへ行くのか尋ねる前に、柏木はそう前置きをして、隣を歩いていないと聞こえないような声量で淡々と話し始めた。
「会長はもうすぐ戻られるでしょう。そうなると、少し賑やかになります。恐らく金城先輩と二人で話すのは困難になると思いますので、今から得られる時間は非常に貴重です」
「会長と連絡取れたのか?」
頭がゴチャゴチャで支離滅裂だが、先輩と会う前に会長から話が聞きたかったせいか、つい口を挟んでしまった。話の腰を折ってしまったのか、柏木は一瞬黙りこんだが「いいえ」と返事をしてくれた。
「会長から連絡はありません。僕が『戻られる』と断言出来るのはそれが理由です」
意味不明な返答に、オレは更に疑問符を重ねた。もう、本気で頭の中がしっちゃかめっちゃかだ。
「細かい部分は省きますが、会長は校内で起こっている事を概ね把握されています。ですから、笹倉君が帰って来てしまった事も伝わっています」
校内で起こっている事を概ね把握って……あの変質者は常にオレらを監視してるって事か? 監視カメラとか、盗聴器とか使って。
「会長の名誉の為に補足しますが、それらを私的に利用されている訳ではありませんよ。今回のように必要な情報を得る為だけに使われていますので、誤解のないようお願いしますね」
いや、それ完全にオレの想像が当たっているって事じゃねぇか。圏ガクの治安を思えば、監視カメラとかあった方がいいのかもしんないが……あまり、気分のいい話じゃないな。
「機器の大半は、教職員が利用する部屋に設置されています。生徒の個室には殆どありませんので、気にしなくて大丈夫です」
え……殆どって、オレの部屋とか、先輩の部屋は大丈夫だよな。先輩の部屋を盗聴や盗撮されてたら、軽く二回は死ねるよオレ。
「もちろん、ありませんよ。会長が金城先輩のプライベートを侵すはずがないでしょう。安心して存分に睦言を楽しんで下さい」
柏木の言葉にホッと一息吐けたが、完全に横道に逸れてしまっていた。緩んだ表情をまた引き締め、柏木は会長が戻ってくると言える理由について話してくれた。
圏ガクは敷地内全て圏外な訳だが、衛星だかなんだかを利用する通信手段を会長は持っているらしい。そこまでする訳は、もちろん大親友(自称)の先輩の為で、今回のような事があった場合すぐに対処出来るよう、金持ちの常識非常識を全力で行使しているのだとか。
「戻られるのに時間がかかるのなら、何らかの指示があるはずです」
「指示って……お前に何が出来るんだよ」
会長に対して絶対の信頼があるのは分かったが、オレにはどうにも納得出来ず、生意気な事を言ってしまう。会長がどの程度の御曹司なのか分からないが、警察を相手にどれだけ立ち回れるものなのか想像がつかないのだ。
「一人二人斬り捨てる程度の事ですが、時間稼ぎにはなるでしょう」
柏木の答えにオレは黙りこくる。冗談としか思えない言葉なのに、既に頭の許容量を超えているせいか、目の前の男が本気で言っているように見えてしまった。
「そう身構えないで下さい。会長から、そのような指示は頂いていませんから」
にこやかに笑う柏木は「僕に出来るのはその程度の事です」と、どう受け取ったらいいのか分からない言葉を付け足した。
「指示を頂けないからと言って、この非常時です。アナルを洗浄して今か今かと会長のお戻りを待つ事は出来ません」
時間が惜しいのか、柏木は上履きのまま校舎の外に出た。オレも迷わずそのまま土を踏む。
「クラスメイトに助力を願い、金城先輩を隔離させて頂きました。あぁ、心配しないで大丈夫ですよ。御本人には何一つ伝えていません。金城先輩は、刑事の来訪も、笹倉君が同行している事もまだ知りません」
時折すれ違うのを嫌ってか、柏木に従い身を隠しながら見覚えのある道を行く。人気のない方へ。
「先輩は小吉さんの畑に居るのか?」
焦っているせいか、オレは柏木の話をまたも阻んだ。場所さえ分かれば一人でも行ける、今すぐ走りたくてそう提案してみたが許可は貰えなかった。
「金城先輩だけでなく、小吉君も事情を知りません。穏便にクラスメイトを回収する為に僕も同行します。あと、君にいくつか伝えておきたい事もありますので、今は大人しく従って下さい」
冷静な口調なのに、有無を言わせぬ重さがあるように感じ、オレは黙って頷いた。隙を突いて走り出しても、絶対に追いつかれる。柏木の声は、そんな予感と言うより確信をオレに植えつけていた。
「まず金城先輩の状況ですが、楽観視できるものではありません。恐らく会長が介入しなければ、数日中にお別れする事になります」
少しでも早く先輩の元へ駆けつけたいのに、オレの足は重くなり、地面に吸い付いて離れなくなった。
「それって……笹倉を殴ったから? たったそれだけで」
口にした途端、泣きそうになった。間違いなく、オレのせいだ。
「そうですね、ここでは『たったそれだけ』で済む問題ですが……先輩方が一年だった時の話をご存じですか?」
オレが頷くと、柏木は気の毒そうな表情を見せた。
「どうしてそのような判断になったのか、先ほど校長室でのやり取りを盗み聞きしただけでは分かりませんでしたが、その時から金城先輩は『後がない』状態だったようです」
「後がないって……先輩、どうなるんだ」
「お客人の勤め先に連行されるのは間違いないでしょう」
頭が爆発しそうだ。先輩は誰かを殺していて、些細な事だろうと問題を起こしたら刑事が飛んで来る。どういう意味だ。執行猶予中とか、そういう部類の話なのか?
訳分かんねぇよ、クソ。先輩は自分の事、絶対に全部知ってるだろ。なのに、馬鹿なオレを助ける為に笹倉みたいなクズに手を出すなんて……本気でただの馬鹿だろ。
「夷川君、今は時間がありません。歩きましょう」
柏木は何故かハンカチを差し出し「泣いている暇はありませんよ」とオレに無理矢理握らせ、先を歩き出した。
何を言っているんだと思ったが、オレは知らない間に顎からボタボタと涙を滴らせていた。頭がいっぱいで、自分の感情さえ分からない。柏木の言う通り、泣いている暇なんてないのに。
「大丈夫ですよ。金城先輩が会長の友である限り、例え何人殺めていようと不起訴処分になりますから」
「それは……ちょっと違う気がする」
オレを慰めようとしてくれたのだろうが、柏木の言葉に、オレは僅かな嫌悪感を抱いていた。藁にでも縋るべき時なのは理解していたが、そんな事をしても、オレが好きになった奴は、助けられないと思ったのだ。
「ふふ、面白い事を言いますね、君は」
柏木は気を悪くしたふうもなく、楽しそうに笑って見せた。
「なら、君が見つけないといけません。会長が強引にすくい上げてしまう前に……どうか会長が得られなかったモノを守って下さい」
らしくなく柏木は、裏のなさそうな穏やかな顔をオレに向けてくる。無意識とは言え、泣いたせいかヒリヒリする目を見られたくなくて、軽く頷いて視線を逸らすと、鬱蒼とした獣道が開けた。
オレを引きずり込んだ柏木は、普段見せる冗談のような雰囲気は微塵もなく、そう言うと先に生徒会室を出た。柏木がそうする理由は分からないが、先輩の所へ連れて行くと言っている奴を無視する理由はない。霧夜氏の競歩とまではいかないが、足音もなく流れるように廊下を歩く柏木の後を追う。
「状況を手短にお伝えします。返事は必要ありませんので、耳だけ傾けて下さい」
どこへ行くのか尋ねる前に、柏木はそう前置きをして、隣を歩いていないと聞こえないような声量で淡々と話し始めた。
「会長はもうすぐ戻られるでしょう。そうなると、少し賑やかになります。恐らく金城先輩と二人で話すのは困難になると思いますので、今から得られる時間は非常に貴重です」
「会長と連絡取れたのか?」
頭がゴチャゴチャで支離滅裂だが、先輩と会う前に会長から話が聞きたかったせいか、つい口を挟んでしまった。話の腰を折ってしまったのか、柏木は一瞬黙りこんだが「いいえ」と返事をしてくれた。
「会長から連絡はありません。僕が『戻られる』と断言出来るのはそれが理由です」
意味不明な返答に、オレは更に疑問符を重ねた。もう、本気で頭の中がしっちゃかめっちゃかだ。
「細かい部分は省きますが、会長は校内で起こっている事を概ね把握されています。ですから、笹倉君が帰って来てしまった事も伝わっています」
校内で起こっている事を概ね把握って……あの変質者は常にオレらを監視してるって事か? 監視カメラとか、盗聴器とか使って。
「会長の名誉の為に補足しますが、それらを私的に利用されている訳ではありませんよ。今回のように必要な情報を得る為だけに使われていますので、誤解のないようお願いしますね」
いや、それ完全にオレの想像が当たっているって事じゃねぇか。圏ガクの治安を思えば、監視カメラとかあった方がいいのかもしんないが……あまり、気分のいい話じゃないな。
「機器の大半は、教職員が利用する部屋に設置されています。生徒の個室には殆どありませんので、気にしなくて大丈夫です」
え……殆どって、オレの部屋とか、先輩の部屋は大丈夫だよな。先輩の部屋を盗聴や盗撮されてたら、軽く二回は死ねるよオレ。
「もちろん、ありませんよ。会長が金城先輩のプライベートを侵すはずがないでしょう。安心して存分に睦言を楽しんで下さい」
柏木の言葉にホッと一息吐けたが、完全に横道に逸れてしまっていた。緩んだ表情をまた引き締め、柏木は会長が戻ってくると言える理由について話してくれた。
圏ガクは敷地内全て圏外な訳だが、衛星だかなんだかを利用する通信手段を会長は持っているらしい。そこまでする訳は、もちろん大親友(自称)の先輩の為で、今回のような事があった場合すぐに対処出来るよう、金持ちの常識非常識を全力で行使しているのだとか。
「戻られるのに時間がかかるのなら、何らかの指示があるはずです」
「指示って……お前に何が出来るんだよ」
会長に対して絶対の信頼があるのは分かったが、オレにはどうにも納得出来ず、生意気な事を言ってしまう。会長がどの程度の御曹司なのか分からないが、警察を相手にどれだけ立ち回れるものなのか想像がつかないのだ。
「一人二人斬り捨てる程度の事ですが、時間稼ぎにはなるでしょう」
柏木の答えにオレは黙りこくる。冗談としか思えない言葉なのに、既に頭の許容量を超えているせいか、目の前の男が本気で言っているように見えてしまった。
「そう身構えないで下さい。会長から、そのような指示は頂いていませんから」
にこやかに笑う柏木は「僕に出来るのはその程度の事です」と、どう受け取ったらいいのか分からない言葉を付け足した。
「指示を頂けないからと言って、この非常時です。アナルを洗浄して今か今かと会長のお戻りを待つ事は出来ません」
時間が惜しいのか、柏木は上履きのまま校舎の外に出た。オレも迷わずそのまま土を踏む。
「クラスメイトに助力を願い、金城先輩を隔離させて頂きました。あぁ、心配しないで大丈夫ですよ。御本人には何一つ伝えていません。金城先輩は、刑事の来訪も、笹倉君が同行している事もまだ知りません」
時折すれ違うのを嫌ってか、柏木に従い身を隠しながら見覚えのある道を行く。人気のない方へ。
「先輩は小吉さんの畑に居るのか?」
焦っているせいか、オレは柏木の話をまたも阻んだ。場所さえ分かれば一人でも行ける、今すぐ走りたくてそう提案してみたが許可は貰えなかった。
「金城先輩だけでなく、小吉君も事情を知りません。穏便にクラスメイトを回収する為に僕も同行します。あと、君にいくつか伝えておきたい事もありますので、今は大人しく従って下さい」
冷静な口調なのに、有無を言わせぬ重さがあるように感じ、オレは黙って頷いた。隙を突いて走り出しても、絶対に追いつかれる。柏木の声は、そんな予感と言うより確信をオレに植えつけていた。
「まず金城先輩の状況ですが、楽観視できるものではありません。恐らく会長が介入しなければ、数日中にお別れする事になります」
少しでも早く先輩の元へ駆けつけたいのに、オレの足は重くなり、地面に吸い付いて離れなくなった。
「それって……笹倉を殴ったから? たったそれだけで」
口にした途端、泣きそうになった。間違いなく、オレのせいだ。
「そうですね、ここでは『たったそれだけ』で済む問題ですが……先輩方が一年だった時の話をご存じですか?」
オレが頷くと、柏木は気の毒そうな表情を見せた。
「どうしてそのような判断になったのか、先ほど校長室でのやり取りを盗み聞きしただけでは分かりませんでしたが、その時から金城先輩は『後がない』状態だったようです」
「後がないって……先輩、どうなるんだ」
「お客人の勤め先に連行されるのは間違いないでしょう」
頭が爆発しそうだ。先輩は誰かを殺していて、些細な事だろうと問題を起こしたら刑事が飛んで来る。どういう意味だ。執行猶予中とか、そういう部類の話なのか?
訳分かんねぇよ、クソ。先輩は自分の事、絶対に全部知ってるだろ。なのに、馬鹿なオレを助ける為に笹倉みたいなクズに手を出すなんて……本気でただの馬鹿だろ。
「夷川君、今は時間がありません。歩きましょう」
柏木は何故かハンカチを差し出し「泣いている暇はありませんよ」とオレに無理矢理握らせ、先を歩き出した。
何を言っているんだと思ったが、オレは知らない間に顎からボタボタと涙を滴らせていた。頭がいっぱいで、自分の感情さえ分からない。柏木の言う通り、泣いている暇なんてないのに。
「大丈夫ですよ。金城先輩が会長の友である限り、例え何人殺めていようと不起訴処分になりますから」
「それは……ちょっと違う気がする」
オレを慰めようとしてくれたのだろうが、柏木の言葉に、オレは僅かな嫌悪感を抱いていた。藁にでも縋るべき時なのは理解していたが、そんな事をしても、オレが好きになった奴は、助けられないと思ったのだ。
「ふふ、面白い事を言いますね、君は」
柏木は気を悪くしたふうもなく、楽しそうに笑って見せた。
「なら、君が見つけないといけません。会長が強引にすくい上げてしまう前に……どうか会長が得られなかったモノを守って下さい」
らしくなく柏木は、裏のなさそうな穏やかな顔をオレに向けてくる。無意識とは言え、泣いたせいかヒリヒリする目を見られたくなくて、軽く頷いて視線を逸らすと、鬱蒼とした獣道が開けた。
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