圏ガク!!

はなッぱち

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新学期!!

離れる心

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「あの野郎、性懲りもなく同じ事を繰り返しやがって」

 先輩を捜して放課後の校内を走り回り、オレは盛大に悪態を吐く。嫌な予感に突き動かされ、先手を打とうと放課後に三年の教室へ特攻したら、オレを見るなり窓から飛び降りやがったのだ。

 飛び降りたと言っても、三年の教室は二階にある。旧館では一度やっていたので、迷わず先輩の後を追いかけようと、教室に飛び込み窓に駆け寄ったが、その一瞬で先輩の姿は影も形もなくなっていた。

 先輩をみすみす取り逃がし、おまけに髭から拳骨を食らわされた。やはり、一年が他学年のテリトリーに踏み込むのはリスクがでかい。ジンジンと痛む頭を抱えながら、オレは安全地帯に転がり込んだ。

 断りもなく入ってしまうのは少し申し訳なく思ったが、同じ階にある由々式たちの作業場は、乱入した家畜に躾と称した体罰を加えようとする輩から身を隠すのに丁度よかった。

 ありがたい事に鍵はかかっておらず、さすが三年ですら入信させてしまうエロマンガ教の聖地、誰一人として乗り込んでこない。

「クソ……ほんと、何なんだよ……なんでオレから逃げるんだよ。訳分かんねぇよ」

 ホッと一息吐くと、現実に押し潰されそうになる。

 添い寝して精神的な支えになるなんて生温い事せず、逆さに吊してでも何があったのか吐かせるべきだったと大後悔だ。

「落ち着いたって言ったくせに……先輩のうそつき」

 考えれば考えるほど、頭の中がグルグルと回って気持ちが悪くなる。オレは扉に背中を預け、その場で座り込んだのだが、タイミング悪く誰かが思い切り扉を開きやがったので、盛大に背中を打ちつけた。

「誰じゃ扉塞いどるんわ……って、夷川? こんな所で何しとるんじゃ」

 ガンガンと容赦なく扉を開け閉めしやがったのは、ここの住人である由々式だった。

「……悪い、ちょっと避難させてくれ」

 意図してではないにしろ、執拗な開け閉めによる背中の痛みは、この場で奴を殴れと訴えてくるが、全力で外の常識を働かせ頭を下げて頼んでみたら、土下座になってしまった、不覚。

「避難って何やらかしたんじゃ?」

 由々式は中に入ってから、頭だけ廊下に出し、辺りを覗いながら言う。

「三年の教室に特攻した」

 素直に白状すると「そりゃ酔狂なやっちゃな」と笑い、しっかり扉を閉めてくれた。

 昨日は気付かなかったが、この部屋には冷蔵庫まで完備されているらしく、由々式はよく冷えた缶ジュースを一つ手渡してくれる。

 見た事のない銘柄のジュースは、どうしてか記憶にあって、思わず飲むのを躊躇ってしまったが、由々式が同じ物を美味しそうに飲み出したので、誘惑に負けてオレも缶に口をつけた。果実0パーセントの甘さは、今のささくれた思考に気持ちよく染み渡り、知らずデカイ溜め息が零れる。

「また裏番絡みか?」

 無数のスケッチで埋め尽くされた机を片付け始めた由々式は、顔を上げず興味もなさ気に尋ねてきた。呉須が描いたのだろう、色々な姿形をした女のキャラクターを眺めながら、オレも顔を上げず「あぁ」と答える。

「約束でもしとったんか? まあ、でも、今は遊んどる場合じゃなかろう。筆記がパスしても、圏ガクってだけで面接の難易度は跳ね上がるからのう。今からが本番じゃろ」

 裸の女はいないかという下心を持ちつつ、片付けを手伝っていた手が止まる。

「…………面接って、なんだよ」

 聞き流せない言葉を呟くと、由々式は顔を上げて不思議そうな表情を浮かべた。

「なんじゃ、肝心な事は聞いとらんのか? 昨日も裏番トコに行っとったんじゃろ」

 何も聞いていない事を伝えると、由々式は少し気まずそうに頭を掻いた。そして、少しの間だけ悩み「ま、そういう事もあるじゃろ」と何を納得したのか、カラッとした表情でオレを見た。

「昨日、裏番を学校中走り回って捜しとったじゃろ。あれだけ必死に捜して見つからん言う事はもしやと思うて、昨日下山しとった三年の中の上得意に聞いてみたんじゃ。そしたら案の定、裏番も一緒に下山しとったんじゃと」

 口が開きっぱなしになっていたのか、喉がカラカラに渇いていた。

「そいつら……何……どこに、行ってたんだ?」

 予期せぬ由々式の言葉に頭も心も追いつけず、空っぽの言葉だけが転がり出た。オレの置いてけぼりな胸中など知らない由々式は、その答えも平然と投げて寄越した。





 思わぬ所で日曜日の真相に出くわしてしまったオレは、自分でも意外だが、頭の中を整理する為か、丸二日ほど何も考えずに過ごした。

 授業が終わると同時に三年の教室へ特攻する事もなく、放課後は自室に戻ってふて寝した。そして、三日目の放課後にようやく再起動に成功した。

「……警察官採用試験、か」

 オレに気を使ってか、部屋には誰も戻っていない。ど真ん中で大の字になって寝転がり、まだまだ鈍い頭で先輩を想う。

「なんで……教えてくれなかったんだろ」

 理由が分からない。由々式だって知ってた事なのに、なんで隠さなきゃならないんだ?

「オレ、先輩に嫌われた?」

 自分で言っていてアレだが、それはないと即座に答えが出る。自惚れすぎか? いや、嫌いな奴にしがみついて泣いたりしないだろ。あぁ、そうだ。先輩は泣いていたんだ。

「試験の出来が悪かったのかな」

 帰りの車内で自己採点して駄目だったとか? それなら泣くのも分かる気はするが……先輩はケロッとしてそうなんだよな。例え落ちたとしても「来年がある」とか言いそうで。

「なら、どうして、あんな顔してたんだろ」

 考えても答えなんて出ない。分かっているけど、次々に疑問が湧いて出る。ふらふらと歩いて戻って来た先輩の顔は……何か、すごく大きなショックを受けていたような気がするのだ。

 その顔には見覚えがあった。先輩にそんな顔をさせる奴に覚えがあった。

 夏休みにやって来た刑事共だ。担任も否定しなかった。

「試験を受けるなら、あの刑事たちが知らない訳ないよな」

 先輩が試験を受ける事に、刑事たちが文句でも言ったのだろうか。それにショックを受けて? 

「あぁクソッ! オレが一人でいくら考えたって分かる訳ねぇじゃん!」

 キリがなくてオレは吠えた。ガバッと起き上がって、頭を掻きむしる。

 先輩はとにかく警察の試験を受けた。それはいい。オレに言わなかった理由は本人に聞く。でも、その前に!

『筆記がパスしても、圏ガクってだけで面接の難易度は跳ね上がるからのう。今からが本番じゃろ』

 由々式の言葉を思い出し、オレは堪らず部屋を飛び出した。

 オレに言わなかった理由なんて、今はどーでもいい。先輩がちゃんと将来の事を、先の事を考えて動いてんだから、オレは応援したい、全力で! 

 今はその気持ちだけで十分だ。

 気持ちが先なのか、体が先なのか、分からないが、飛び跳ねるような勢いで走る。先輩に向かって走る。

 すっかり日も暮れた薄暗い校舎に残る生徒は少ない。バリケードと化す事を自ら課している二年も撤収した無人の階段を駆け上がって、オレは最上階にある扉を開く。

 夕日が僅かに滲む空の下で、先輩は何をするでもなく立ち尽くしていたらしい。オレが盛大に扉を軋ませたので(屋上の扉は建て付けが悪いのだ)先輩は驚いた顔をこちらに向けた。

「逃げないでくれ! 別に取って食おうって訳じゃないんだ。話がしたいだけなんだ。つーか、さすがに屋上から飛び降りるとか勘弁して欲しい」

 数日前の逃走劇を思い出し、オレは慌てて声をかける。降参するように両手を上げて、なんとか先輩を宥めようと努力してみると、先輩は空と同じ曖昧な、感情の読めない表情を浮かべながら「分かった」と返事をくれた。

 ゆっくり近づくと、先輩の顔は無理をしているのがバレバレの強ばりが見て取れて、その原因が自分でない事を祈ってしまった。
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