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門松一里

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「沈黙」という話/「東アジアの思想」という話

「東アジアの思想」という話-11

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「東アジアの思想」という話-11

【『荀子』の思想的世界】
〈「礼」の理想と道理と現実〉
孔子の後継者が孟子です。「礼」を重んじる孔子は「仁」(理想)を説きました。孟子が「義」(道理)で補い「仁義」としました。ただし、理想と道理があったとしても、現実性がありません。

孟子の甘っちょろい「性善説」に対して、荀子は現実的な「性悪説」を説きます。礼による秩序(現実)です。

・孔子『論語』――礼による仁(理想)
・孟子『孟子』――礼による義(道理)――「性善説」
・荀子『荀子』――礼による秩序(現実)――「性悪説」

〈「正義」の発明〉
孟子の「性善説」は、四端の心「惻隠・羞悪・辞譲・是非」に表現されます。人が生まれながらにもっている正しい知能――「良知良能」があるという訳です。
※『「東アジアの思想」という話-9』〈四端の心〉〈良知良能〉

対して、荀子はより現実的に「人の性は悪だ」という「性悪説」を説きます。礼によって秩序を正そうという訳です。

「義を正にして為す之を行と謂う」――『荀子』「正名」

「正義」の発明です。

〈性悪説〉
荀子の「性悪説」では、人の本質は「悪」だというのです。

「人の性は悪なり、その善なるものは偽なり」――『荀子』「性悪」

「人の本性は弱いもので、その善というものは偽です」

意味が通じるように意訳(いやく)しましたが、この場合の「悪」は積極的に悪いことをするという意味ではありません。弱い性質なので出来心で「ついやってしまう」ということです。

「わかっちゃいるけどやめられない」――ハナ肇とクレージーキャッツ「スーダラ節」

ままもっともそれが悪行になるのですけれど。

なお、「人は性悪だから罪罰を厳しくすべきだ」という意見とは別の話です。

人間だれしも欲望はあるものです。その欲望を、愛さえも捨てなさいと言ったのが釈迦です。釈迦については、別の機会にしましょう。

〈学問のすゝめ〉
荀子は『荀子』の一番最初に「勧学(かんがく)」をおいています。

「学(まなび)はもって已(や)むべからず。青は藍(あい)よりとりて、藍よりも青し」――『荀子』「勧学」

「学ぶことを止めてはいけません。青は藍で染(そ)められますが、藍よりも青いのです」

何のことはありません、荀子は「(欲望に負けないために)勉強しろ」と言っています。

荀子は「人は先天的に(生まれながらにして)か弱い生き物ですから、後天的に(本質は変わらないので後から)きちんと勉強をして善を学びましょう」と説いているのです。

「勧学」は「学びの勧(すす)め」です。もちろん日本人なら誰でも知っているあの本の題名ですね。

福沢諭吉の『学問のすゝめ』は「『天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず』と言えり」で有名ですが、対の句があります。それは「賢人と愚人との別は学ぶと学ばざるとによりてできるものなり」(初編」)です。

「と言えり」とは「と言われている」です。意訳すると「人は平等だと言われている。――だが実際は賢い人と愚かな人がいて、その違いは学ぶか学ばなかったかの違いでできる」と言っています。まま、イコール「勉強するならうち(慶應義塾)においでよ」(一万円札の中の人)ですが……。#joke

なお、『学問のすゝめ』は単に「勉強しましょう」という本ではなくて、列強諸国による侵略から「いかに独立すべきか」という政治思想的な本です。

「青は藍よりとりて、藍よりも青し」は、古人の作った詩文の成句(せいく)の一つ「青は藍より出(い)でて藍より青し」の原典です。「出藍の誉れ(しゅつらんのほまれ)」とも言います。

藍染(あいぞめ)といえば落語の『紺屋高尾(こうやたかお)』がありますが、こちらは別の機会にしましょう。

〈正義の本質〉
こうして『荀子』を考えてみると、「正義の本質」なるものが何か分かるような気がしませんか?

きちんと状況を鑑(かんが)みないと、正しさというものは脆(もろ)いということです。

時代が変われば、正義の本質も変わります。たとえば、ソビエト社会主義共和国連邦のヨシフ・スターリンの独裁時代の正義がどんなものであったかは、粛清された人の数で判断できます。#blackjoke

「愛と平和と正義。このうち一つでも素面で言ったなら、悪人と相場は決まっている」のです。

〈荀子の末裔〉
孔子・孟子は有名ですが、荀子はマイナーです……。知らない人も多いでしょう。

『三国志』でお馴染みの荀彧や荀攸が荀子の末裔といわれています。荀彧や荀攸の話は、たぶん皆さんのほうがよくご存知でしょう。

歴史書である『三国志』とは別に『三国志演義』があります。こちらは「演」の文字があるように、人を楽しませるための「演出(嘘)」があります。一部は虚構(フィクション)です。

かなり『三国志』を読み込んで描いていますので、『三国志演義』の内容を本当だと思っている人もしばしばいます。演出(嘘)のある歴史映画を見て、それが史実だと勘違いしてしまうことはよくあることです。

同じ虚構(フィクション)なら、『蒼天航路』がオススメです。『三国志演義』での悪役(ヴィラン)曹操が、『蒼天航路』では魏の武帝という主役(ヒーロー)です。

〈李斯〉
荀子の弟子に、秦の宰相李斯(りし)がいます。

李斯は、始皇帝に仕えて焚書坑儒(ふんしょこうじゅ)を行いました。

焚書――民間にある医薬・卜筮(ぼくぜい)・農業関係以外の本を焼いてしまいました。このときに六経の一つ『楽経(がっけい)』が失われてしまいました。ですから今では五経な訳です。卜筮は免れたので、今でも『易経』が残っています。

坑儒――儒者を坑(あな)埋めにしてしまいました。

それだけしなければ、思想が統一できなかったのでしょう。何しろ、当時の漢字は、それぞれの国で形が違っていましたから。

初めて文字を作ったのは、黄帝の臣の蒼頡(そうけつ)(倉頡(そうきつ)とも)とされています。ヒントは鳥の足跡だったそうです。

李斯は、思想の伝達である文字を、小篆(しょうてん)に統一します。小篆は今でも使われています。印鑑のあの変なうにょうにょした書体です。
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