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第四章 去りし者たちの冬
4-9 激突
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風は血を欲していた。
ミッコは取り戻したウォーピックを握り締め、目の前だけを見た。
いつか見たものと同じ光景──狼の紋章が、狼の刺青が、何者かを物語る。筋骨隆々なる巨躯が、それを支える馬が、並外れた武勇を物語る。極彩色の兜が、整えられた髭が、力ある身分を物語る。薄汚れた小札鎧が、幾多の古傷が、その歴戦を物語る。切れ長の黒い目が、血塗れの偃月刀が、血に燃える意志を物語る──それが瞬きの間に近づいてくる。
狼王の遺児フー──〈東の覇王〉の直径氏族を名乗る豪傑、戦狼たちを束ねる狂獣、王となろうとした男……──しかし今、戦い続けたその男はついに敗北し、わずか二十六騎となった騎馬軍はほとんど死に体と化している。そしてそれを迎え撃つミッコたちに恐れはない。
「死に損ないのゴミどもが! 我こそは黒騎兵で三度先鋒を任された毒手のヤリ! フーだか何だが知らねぇがとっととくたばれ!」
先頭を駆けるヤリが弓に矢をつがえる。
「ヤリ殿! あなたは下がりなさい! 先頭は私が受け持つ!」
ヤリを制するように、ウィルバート・ソドーが前に出ようとする。しかしそんな二人を押しのけ、ミッコは前に出た。
「俺が行く!」
「てめぇは引っ込んでろ!」
ミッコの後ろからヤリとウィルバート・ソドーが同時に怒鳴る。が、無視してミッコは馬腹を蹴った。
ぶつかり合う刹那の一瞬──互いの視線が交わる。互いが獲物を捉える。互いが必殺の間合いを探る。
ミッコとフー、二人の殺意が迸り、触れ合う──ただ一撃で勝利を決める。その気概なくば、座して死を待つのみ。
押し寄せる殺意を殺意が押し返す。そして、ミッコはウォーピックを、フーは偃月刀を振り上げ、打ち抜いた。
一撃がぶつかり合う。風がうねり、鉄が弾ける。お互いが獲物を視界に捉えたまま、馬首を返し、即座に態勢を立て直す。ウォーピックが、偃月刀が、再び血を求め風をまとう。
二手、三の手などは考えない。必殺の一撃をただ全力で打つ。攻めねば勝てない。攻め切らなければ負ける。負ければ死ぬ。
すでに心は一度死んでいる。体こそこうして動くが、敗北し、心は折られた。しかしまだ二人は生きている。生きて戦い続けている。
そうしてミッコとフーは斬り結んだ。周囲には戦いの音と血の臭いが渦巻いていたが、状況は見えなかった。後ろに続く者たちもそれぞれに戦っているようだが、二人の眼中にはなかった。
目を離せば、意識が散れば、緊張が途切れれば、その瞬間に死ぬ。今はただ、目の前にいるこの男を殺し切るのみ──その一心で、二人は殺し合いに没頭した。
ミッコは取り戻したウォーピックを握り締め、目の前だけを見た。
いつか見たものと同じ光景──狼の紋章が、狼の刺青が、何者かを物語る。筋骨隆々なる巨躯が、それを支える馬が、並外れた武勇を物語る。極彩色の兜が、整えられた髭が、力ある身分を物語る。薄汚れた小札鎧が、幾多の古傷が、その歴戦を物語る。切れ長の黒い目が、血塗れの偃月刀が、血に燃える意志を物語る──それが瞬きの間に近づいてくる。
狼王の遺児フー──〈東の覇王〉の直径氏族を名乗る豪傑、戦狼たちを束ねる狂獣、王となろうとした男……──しかし今、戦い続けたその男はついに敗北し、わずか二十六騎となった騎馬軍はほとんど死に体と化している。そしてそれを迎え撃つミッコたちに恐れはない。
「死に損ないのゴミどもが! 我こそは黒騎兵で三度先鋒を任された毒手のヤリ! フーだか何だが知らねぇがとっととくたばれ!」
先頭を駆けるヤリが弓に矢をつがえる。
「ヤリ殿! あなたは下がりなさい! 先頭は私が受け持つ!」
ヤリを制するように、ウィルバート・ソドーが前に出ようとする。しかしそんな二人を押しのけ、ミッコは前に出た。
「俺が行く!」
「てめぇは引っ込んでろ!」
ミッコの後ろからヤリとウィルバート・ソドーが同時に怒鳴る。が、無視してミッコは馬腹を蹴った。
ぶつかり合う刹那の一瞬──互いの視線が交わる。互いが獲物を捉える。互いが必殺の間合いを探る。
ミッコとフー、二人の殺意が迸り、触れ合う──ただ一撃で勝利を決める。その気概なくば、座して死を待つのみ。
押し寄せる殺意を殺意が押し返す。そして、ミッコはウォーピックを、フーは偃月刀を振り上げ、打ち抜いた。
一撃がぶつかり合う。風がうねり、鉄が弾ける。お互いが獲物を視界に捉えたまま、馬首を返し、即座に態勢を立て直す。ウォーピックが、偃月刀が、再び血を求め風をまとう。
二手、三の手などは考えない。必殺の一撃をただ全力で打つ。攻めねば勝てない。攻め切らなければ負ける。負ければ死ぬ。
すでに心は一度死んでいる。体こそこうして動くが、敗北し、心は折られた。しかしまだ二人は生きている。生きて戦い続けている。
そうしてミッコとフーは斬り結んだ。周囲には戦いの音と血の臭いが渦巻いていたが、状況は見えなかった。後ろに続く者たちもそれぞれに戦っているようだが、二人の眼中にはなかった。
目を離せば、意識が散れば、緊張が途切れれば、その瞬間に死ぬ。今はただ、目の前にいるこの男を殺し切るのみ──その一心で、二人は殺し合いに没頭した。
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ちなみに、作品の表紙は、AIで生成しております。
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