40 / 49
第四章 去りし者たちの冬
4-3 狩り
しおりを挟む
雪に白む地平線に、七騎の足音が潜み、這う。
狩りだった。足跡、臭い、そして風の声……。戦狼たちの行方を、そこにいるであろうエミリーを追う男たちの目は、獲物を狙う狩人のようにぎらついていた。
ミッコは群れの指揮官であるヤリの指示で、ウィルバート・ソドーとその部下二人と四人組を組んだ。
斥候と哨戒は常に、部族の同胞であるユッカとトニが担当した。二人だけでは大変だろうと思い、ミッコは代役を進言したが、ヤリには単独にはできないと断られた。
「元同僚なのに、どんだけ信用されてないんだよ、あんた」
ウィルバート・ソドーの部下の一人、スペンサーには事あるごとにからかわれた。同年代であろう若い騎士は、軽装である他の者たちと違い、きちんと兜を被り、半甲冑を着込み、唯一、月の盾の紋章が描かれた徽章──かつて存在していた騎士団の紋章──を首から提げていた。
嫌な奴だった。昔なら、この手の人間は殴っていた。身分のいい者でも、戦場のどさくさに紛れて殴っていた。しかし今、ミッコは何を言われても基本的に黙っていた。お互い、戦時中は殺し合いを繰り広げた因縁もあるうえ、何を言ってもミッコがエミリーを奪った事実は変わらない。
それに何より、ミッコは今、エミリーを助け出すことで頭がいっぱいだった。スペンサーについては、エミリーを助けるときに役に立てばいいぐらいにしか思っていなかった。
スペンサーが何か言うたび、ウィルバート・ソドーの部下のもう一人がスペンサーを嗜めた。年配の騎士であるボックスフォードは、追手の群れの中では最年長であり、騎士の面影こそあるが今ではほとんど好々爺といった老人だった。
ウィルバート・ソドーとその部下二人は、優れた騎士ではあったが、その動きはやはり狩人のものとは違っていた。スペンサーは勇ましい騎士然とした所作を頑なに守っていたし、ボックスフォードは体力的に旅そのものが辛そうだった。
そして、ウィルバート・ソドーは静かだった。
出会ったあの瞬間、誰よりもミッコに殺意を見せていたウィルバート・ソドーは、基本的に一切無駄話をしない男だった。そして、家柄も年齢も遥かに劣るヤリにも、部下としての立場を守っていた。
この群れは、軍にいた頃を思い出させた。ミッコは部外者だし、スペンサーには事あるごとになじられるが、居心地は決して悪くなかった。
群れで動き始め、幾日かが経過した。舞い落ちる粉雪は、ゆっくりと、そして確実に地平線の白を色濃くしていく。
我慢の旅だった。東の地平線はやはり広く、そして何もかもが滅びていた。
さらに何日かが経過した。やがて、白む地平線に馬群が現れた。
軍の群れ──何千もの騎馬と馬車が連なる行軍の中心には、傷ついた狼のトーテムが雄々しくそびえ立っていた。
「いたな……」
ヤリは丘の木立に身を隠すと、遠眼鏡を取り出し、狼のトーテムに向けた。
「尾行する。まずはエミリー殿がいるかどうかを確認する」
斥候に出ていたユッカとトニが戻る。七人が集まり、作戦が話し合われる。
まず、スペンサーが口を開いた。スペンサーは早急な接敵と偵察を声高に意見した。ミッコもそれに同意し、自らが行くと言った。
「ヤリ殿。我々はあなたの指示に従います。追跡し、探し出す能力というのは、我々にはない。あなたの考えを優先させてください」
「ありがとうございます、ウィルバート殿。急ぐ気持ちはわかりますが、今はまだ距離を計らねばなりません」
ウィルバート・ソドーがヤリに頭を下げ、全面的に従うと言ったので、スペンサーは少し語気を抑えた。
獲物を追う群れの中で、ミッコとスペンサー以外は基本的に冷静だった。
「ミッコ、今は俺が指揮官だ。勝手な真似は絶対にするなよ」
「もちろん。命令には従う」
「どうだか……」
釘を刺すヤリに対し、ミッコは信じろと言ったが、ヤリは遠眼鏡を覗きながらため息をついていた。
「お前とエミリー殿を追って、こんな東の最果てまで這いずり回ってきたんだ。もう犠牲者は出したくない」
ヤリは遠眼鏡を片付けると、腰巻から小筒を取り出し、粘着状の中身を矢じりに仕込んだ。
筒の中身は毒薬である。毒手の二つ名が示すとおり、ヤリは毒薬の扱いに長けている。
「本当ならお前が上官になってただろうに、立場が変わったな」
「俺は人の上に立つような人間じゃない」
「わかってる。それでも、お前は族長の最後の跡継ぎだった。部族はもうなくなっちまったけど、それでも俺はお前の率いた群れを見たかった」
一瞬だけ、ヤリは寂しそうな目をしたが、すぐに兵士の表情に戻った。
「さぁ、いよいよだ。みんな、今まで以上に気を引き締めていこう」
ヤリの言葉に、全員が頷いた。
これは狩りだった──しかし狩りにおいて、成果が必ず上がるとは限らない。
狩りの成果は自らの手で掴み取る──ミッコはその一心で、狼のトーテムを見つめた。
狩りだった。足跡、臭い、そして風の声……。戦狼たちの行方を、そこにいるであろうエミリーを追う男たちの目は、獲物を狙う狩人のようにぎらついていた。
ミッコは群れの指揮官であるヤリの指示で、ウィルバート・ソドーとその部下二人と四人組を組んだ。
斥候と哨戒は常に、部族の同胞であるユッカとトニが担当した。二人だけでは大変だろうと思い、ミッコは代役を進言したが、ヤリには単独にはできないと断られた。
「元同僚なのに、どんだけ信用されてないんだよ、あんた」
ウィルバート・ソドーの部下の一人、スペンサーには事あるごとにからかわれた。同年代であろう若い騎士は、軽装である他の者たちと違い、きちんと兜を被り、半甲冑を着込み、唯一、月の盾の紋章が描かれた徽章──かつて存在していた騎士団の紋章──を首から提げていた。
嫌な奴だった。昔なら、この手の人間は殴っていた。身分のいい者でも、戦場のどさくさに紛れて殴っていた。しかし今、ミッコは何を言われても基本的に黙っていた。お互い、戦時中は殺し合いを繰り広げた因縁もあるうえ、何を言ってもミッコがエミリーを奪った事実は変わらない。
それに何より、ミッコは今、エミリーを助け出すことで頭がいっぱいだった。スペンサーについては、エミリーを助けるときに役に立てばいいぐらいにしか思っていなかった。
スペンサーが何か言うたび、ウィルバート・ソドーの部下のもう一人がスペンサーを嗜めた。年配の騎士であるボックスフォードは、追手の群れの中では最年長であり、騎士の面影こそあるが今ではほとんど好々爺といった老人だった。
ウィルバート・ソドーとその部下二人は、優れた騎士ではあったが、その動きはやはり狩人のものとは違っていた。スペンサーは勇ましい騎士然とした所作を頑なに守っていたし、ボックスフォードは体力的に旅そのものが辛そうだった。
そして、ウィルバート・ソドーは静かだった。
出会ったあの瞬間、誰よりもミッコに殺意を見せていたウィルバート・ソドーは、基本的に一切無駄話をしない男だった。そして、家柄も年齢も遥かに劣るヤリにも、部下としての立場を守っていた。
この群れは、軍にいた頃を思い出させた。ミッコは部外者だし、スペンサーには事あるごとになじられるが、居心地は決して悪くなかった。
群れで動き始め、幾日かが経過した。舞い落ちる粉雪は、ゆっくりと、そして確実に地平線の白を色濃くしていく。
我慢の旅だった。東の地平線はやはり広く、そして何もかもが滅びていた。
さらに何日かが経過した。やがて、白む地平線に馬群が現れた。
軍の群れ──何千もの騎馬と馬車が連なる行軍の中心には、傷ついた狼のトーテムが雄々しくそびえ立っていた。
「いたな……」
ヤリは丘の木立に身を隠すと、遠眼鏡を取り出し、狼のトーテムに向けた。
「尾行する。まずはエミリー殿がいるかどうかを確認する」
斥候に出ていたユッカとトニが戻る。七人が集まり、作戦が話し合われる。
まず、スペンサーが口を開いた。スペンサーは早急な接敵と偵察を声高に意見した。ミッコもそれに同意し、自らが行くと言った。
「ヤリ殿。我々はあなたの指示に従います。追跡し、探し出す能力というのは、我々にはない。あなたの考えを優先させてください」
「ありがとうございます、ウィルバート殿。急ぐ気持ちはわかりますが、今はまだ距離を計らねばなりません」
ウィルバート・ソドーがヤリに頭を下げ、全面的に従うと言ったので、スペンサーは少し語気を抑えた。
獲物を追う群れの中で、ミッコとスペンサー以外は基本的に冷静だった。
「ミッコ、今は俺が指揮官だ。勝手な真似は絶対にするなよ」
「もちろん。命令には従う」
「どうだか……」
釘を刺すヤリに対し、ミッコは信じろと言ったが、ヤリは遠眼鏡を覗きながらため息をついていた。
「お前とエミリー殿を追って、こんな東の最果てまで這いずり回ってきたんだ。もう犠牲者は出したくない」
ヤリは遠眼鏡を片付けると、腰巻から小筒を取り出し、粘着状の中身を矢じりに仕込んだ。
筒の中身は毒薬である。毒手の二つ名が示すとおり、ヤリは毒薬の扱いに長けている。
「本当ならお前が上官になってただろうに、立場が変わったな」
「俺は人の上に立つような人間じゃない」
「わかってる。それでも、お前は族長の最後の跡継ぎだった。部族はもうなくなっちまったけど、それでも俺はお前の率いた群れを見たかった」
一瞬だけ、ヤリは寂しそうな目をしたが、すぐに兵士の表情に戻った。
「さぁ、いよいよだ。みんな、今まで以上に気を引き締めていこう」
ヤリの言葉に、全員が頷いた。
これは狩りだった──しかし狩りにおいて、成果が必ず上がるとは限らない。
狩りの成果は自らの手で掴み取る──ミッコはその一心で、狼のトーテムを見つめた。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
改造空母機動艦隊
蒼 飛雲
歴史・時代
兵棋演習の結果、洋上航空戦における空母の大量損耗は避け得ないと悟った帝国海軍は高価な正規空母の新造をあきらめ、旧式戦艦や特務艦を改造することで数を揃える方向に舵を切る。
そして、昭和一六年一二月。
日本の前途に暗雲が立ち込める中、祖国防衛のために改造空母艦隊は出撃する。
「瑞鳳」「祥鳳」「龍鳳」が、さらに「千歳」「千代田」「瑞穂」がその数を頼みに太平洋艦隊を迎え撃つ。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる