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第四章 去りし者たちの冬
4-3 狩り
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雪に白む地平線に、七騎の足音が潜み、這う。
狩りだった。足跡、臭い、そして風の声……。戦狼たちの行方を、そこにいるであろうエミリーを追う男たちの目は、獲物を狙う狩人のようにぎらついていた。
ミッコは群れの指揮官であるヤリの指示で、ウィルバート・ソドーとその部下二人と四人組を組んだ。
斥候と哨戒は常に、部族の同胞であるユッカとトニが担当した。二人だけでは大変だろうと思い、ミッコは代役を進言したが、ヤリには単独にはできないと断られた。
「元同僚なのに、どんだけ信用されてないんだよ、あんた」
ウィルバート・ソドーの部下の一人、スペンサーには事あるごとにからかわれた。同年代であろう若い騎士は、軽装である他の者たちと違い、きちんと兜を被り、半甲冑を着込み、唯一、月の盾の紋章が描かれた徽章──かつて存在していた騎士団の紋章──を首から提げていた。
嫌な奴だった。昔なら、この手の人間は殴っていた。身分のいい者でも、戦場のどさくさに紛れて殴っていた。しかし今、ミッコは何を言われても基本的に黙っていた。お互い、戦時中は殺し合いを繰り広げた因縁もあるうえ、何を言ってもミッコがエミリーを奪った事実は変わらない。
それに何より、ミッコは今、エミリーを助け出すことで頭がいっぱいだった。スペンサーについては、エミリーを助けるときに役に立てばいいぐらいにしか思っていなかった。
スペンサーが何か言うたび、ウィルバート・ソドーの部下のもう一人がスペンサーを嗜めた。年配の騎士であるボックスフォードは、追手の群れの中では最年長であり、騎士の面影こそあるが今ではほとんど好々爺といった老人だった。
ウィルバート・ソドーとその部下二人は、優れた騎士ではあったが、その動きはやはり狩人のものとは違っていた。スペンサーは勇ましい騎士然とした所作を頑なに守っていたし、ボックスフォードは体力的に旅そのものが辛そうだった。
そして、ウィルバート・ソドーは静かだった。
出会ったあの瞬間、誰よりもミッコに殺意を見せていたウィルバート・ソドーは、基本的に一切無駄話をしない男だった。そして、家柄も年齢も遥かに劣るヤリにも、部下としての立場を守っていた。
この群れは、軍にいた頃を思い出させた。ミッコは部外者だし、スペンサーには事あるごとになじられるが、居心地は決して悪くなかった。
群れで動き始め、幾日かが経過した。舞い落ちる粉雪は、ゆっくりと、そして確実に地平線の白を色濃くしていく。
我慢の旅だった。東の地平線はやはり広く、そして何もかもが滅びていた。
さらに何日かが経過した。やがて、白む地平線に馬群が現れた。
軍の群れ──何千もの騎馬と馬車が連なる行軍の中心には、傷ついた狼のトーテムが雄々しくそびえ立っていた。
「いたな……」
ヤリは丘の木立に身を隠すと、遠眼鏡を取り出し、狼のトーテムに向けた。
「尾行する。まずはエミリー殿がいるかどうかを確認する」
斥候に出ていたユッカとトニが戻る。七人が集まり、作戦が話し合われる。
まず、スペンサーが口を開いた。スペンサーは早急な接敵と偵察を声高に意見した。ミッコもそれに同意し、自らが行くと言った。
「ヤリ殿。我々はあなたの指示に従います。追跡し、探し出す能力というのは、我々にはない。あなたの考えを優先させてください」
「ありがとうございます、ウィルバート殿。急ぐ気持ちはわかりますが、今はまだ距離を計らねばなりません」
ウィルバート・ソドーがヤリに頭を下げ、全面的に従うと言ったので、スペンサーは少し語気を抑えた。
獲物を追う群れの中で、ミッコとスペンサー以外は基本的に冷静だった。
「ミッコ、今は俺が指揮官だ。勝手な真似は絶対にするなよ」
「もちろん。命令には従う」
「どうだか……」
釘を刺すヤリに対し、ミッコは信じろと言ったが、ヤリは遠眼鏡を覗きながらため息をついていた。
「お前とエミリー殿を追って、こんな東の最果てまで這いずり回ってきたんだ。もう犠牲者は出したくない」
ヤリは遠眼鏡を片付けると、腰巻から小筒を取り出し、粘着状の中身を矢じりに仕込んだ。
筒の中身は毒薬である。毒手の二つ名が示すとおり、ヤリは毒薬の扱いに長けている。
「本当ならお前が上官になってただろうに、立場が変わったな」
「俺は人の上に立つような人間じゃない」
「わかってる。それでも、お前は族長の最後の跡継ぎだった。部族はもうなくなっちまったけど、それでも俺はお前の率いた群れを見たかった」
一瞬だけ、ヤリは寂しそうな目をしたが、すぐに兵士の表情に戻った。
「さぁ、いよいよだ。みんな、今まで以上に気を引き締めていこう」
ヤリの言葉に、全員が頷いた。
これは狩りだった──しかし狩りにおいて、成果が必ず上がるとは限らない。
狩りの成果は自らの手で掴み取る──ミッコはその一心で、狼のトーテムを見つめた。
狩りだった。足跡、臭い、そして風の声……。戦狼たちの行方を、そこにいるであろうエミリーを追う男たちの目は、獲物を狙う狩人のようにぎらついていた。
ミッコは群れの指揮官であるヤリの指示で、ウィルバート・ソドーとその部下二人と四人組を組んだ。
斥候と哨戒は常に、部族の同胞であるユッカとトニが担当した。二人だけでは大変だろうと思い、ミッコは代役を進言したが、ヤリには単独にはできないと断られた。
「元同僚なのに、どんだけ信用されてないんだよ、あんた」
ウィルバート・ソドーの部下の一人、スペンサーには事あるごとにからかわれた。同年代であろう若い騎士は、軽装である他の者たちと違い、きちんと兜を被り、半甲冑を着込み、唯一、月の盾の紋章が描かれた徽章──かつて存在していた騎士団の紋章──を首から提げていた。
嫌な奴だった。昔なら、この手の人間は殴っていた。身分のいい者でも、戦場のどさくさに紛れて殴っていた。しかし今、ミッコは何を言われても基本的に黙っていた。お互い、戦時中は殺し合いを繰り広げた因縁もあるうえ、何を言ってもミッコがエミリーを奪った事実は変わらない。
それに何より、ミッコは今、エミリーを助け出すことで頭がいっぱいだった。スペンサーについては、エミリーを助けるときに役に立てばいいぐらいにしか思っていなかった。
スペンサーが何か言うたび、ウィルバート・ソドーの部下のもう一人がスペンサーを嗜めた。年配の騎士であるボックスフォードは、追手の群れの中では最年長であり、騎士の面影こそあるが今ではほとんど好々爺といった老人だった。
ウィルバート・ソドーとその部下二人は、優れた騎士ではあったが、その動きはやはり狩人のものとは違っていた。スペンサーは勇ましい騎士然とした所作を頑なに守っていたし、ボックスフォードは体力的に旅そのものが辛そうだった。
そして、ウィルバート・ソドーは静かだった。
出会ったあの瞬間、誰よりもミッコに殺意を見せていたウィルバート・ソドーは、基本的に一切無駄話をしない男だった。そして、家柄も年齢も遥かに劣るヤリにも、部下としての立場を守っていた。
この群れは、軍にいた頃を思い出させた。ミッコは部外者だし、スペンサーには事あるごとになじられるが、居心地は決して悪くなかった。
群れで動き始め、幾日かが経過した。舞い落ちる粉雪は、ゆっくりと、そして確実に地平線の白を色濃くしていく。
我慢の旅だった。東の地平線はやはり広く、そして何もかもが滅びていた。
さらに何日かが経過した。やがて、白む地平線に馬群が現れた。
軍の群れ──何千もの騎馬と馬車が連なる行軍の中心には、傷ついた狼のトーテムが雄々しくそびえ立っていた。
「いたな……」
ヤリは丘の木立に身を隠すと、遠眼鏡を取り出し、狼のトーテムに向けた。
「尾行する。まずはエミリー殿がいるかどうかを確認する」
斥候に出ていたユッカとトニが戻る。七人が集まり、作戦が話し合われる。
まず、スペンサーが口を開いた。スペンサーは早急な接敵と偵察を声高に意見した。ミッコもそれに同意し、自らが行くと言った。
「ヤリ殿。我々はあなたの指示に従います。追跡し、探し出す能力というのは、我々にはない。あなたの考えを優先させてください」
「ありがとうございます、ウィルバート殿。急ぐ気持ちはわかりますが、今はまだ距離を計らねばなりません」
ウィルバート・ソドーがヤリに頭を下げ、全面的に従うと言ったので、スペンサーは少し語気を抑えた。
獲物を追う群れの中で、ミッコとスペンサー以外は基本的に冷静だった。
「ミッコ、今は俺が指揮官だ。勝手な真似は絶対にするなよ」
「もちろん。命令には従う」
「どうだか……」
釘を刺すヤリに対し、ミッコは信じろと言ったが、ヤリは遠眼鏡を覗きながらため息をついていた。
「お前とエミリー殿を追って、こんな東の最果てまで這いずり回ってきたんだ。もう犠牲者は出したくない」
ヤリは遠眼鏡を片付けると、腰巻から小筒を取り出し、粘着状の中身を矢じりに仕込んだ。
筒の中身は毒薬である。毒手の二つ名が示すとおり、ヤリは毒薬の扱いに長けている。
「本当ならお前が上官になってただろうに、立場が変わったな」
「俺は人の上に立つような人間じゃない」
「わかってる。それでも、お前は族長の最後の跡継ぎだった。部族はもうなくなっちまったけど、それでも俺はお前の率いた群れを見たかった」
一瞬だけ、ヤリは寂しそうな目をしたが、すぐに兵士の表情に戻った。
「さぁ、いよいよだ。みんな、今まで以上に気を引き締めていこう」
ヤリの言葉に、全員が頷いた。
これは狩りだった──しかし狩りにおいて、成果が必ず上がるとは限らない。
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