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第四章 去りし者たちの冬
4-1 追う者と追われる者
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冬の北風が、南へと吹き抜ける。
ミッコは即席の主従を組むパーシファルに跨り、ただひたすらに南の地平線を目指し駆けた。
冬の風は日増しに強くなっている。凍てつく雪雲は空を覆い、時折降る乾いた粉雪は地平線を白く閉ざしつつある。
〈塔の国〉を燃やし、廃村と化したデグチャレフ村を出て以降、地平線には一騎の人馬しかいなかった。これまでは微かに残っていた人も、動物も、植物も、今は気配さえ残っていなかった。滅びの東は今、冬の白とともに完全に死に絶え、眠りに落ちようとしていた。
それでも、ミッコとパーシファルは駆け続けた。そして何日目か、遊牧民の居留地に辿り着いた。
雲の向こう側で陽は中天まで昇っていたが、雪雲に覆われた地は薄暗かった。移動式のテントが並ぶ居留地の周りには、狼の紋章を付けた戦狼たちの戦士たちの死体が逆さ吊りにされていた。
それらを眺めながら居留地に近づこうとすると、周囲を巡回していた男たちに呼び止められた。
騎馬が三騎、近づいてくる。みな、弓矢を携えている。
ミッコは東の古語と大陸共通語を交え、大声で名乗った。相手が共通語を話すので、ミッコもそれに合わせたが、語感の違いは地平線の広さを感じさせた。
「流れ者だな? どっから来た?」
「西から、〈帝国〉から来た」
〈帝国〉から来たという言葉を、相手は露骨に疑った。
「帝国人ってそんなカビ臭い格好してんの? てか、〈帝国〉ってめちゃくちゃ遠いだろ? 行ったことないけど」
男たちの反応を見て、確かに遠くまで来たものだとミッコは思った。国境を越えたとき、見知らぬ場所となってしまったと感じた広大な地平線も、今はもう見慣れている。
「で、何しに来たの?」
「人を探している」
「ふーん。まぁどうでもいいや。戦狼たちじゃなきゃ入ってもいいけど、金あんの?」
「ない」
「じゃあ取引できるものは?」
「ない」
「じゃあどっか行け」
「情報だけほしい。話だけしたら去る」
ミッコは大真面目だったが、男たちは呆れていた。三人の内、二人はもう踵を返している。
「はぁ……。で、誰を探してんの?」
「狼王の遺児、フーを探している」
その言葉で、男たちが一斉に振り返る。何の冗談だといった顔をする者、露骨に警戒を強める者、弓に矢をつがえる者と、反応は様々だったが、みな驚いていた。
「……フーを見つけてどうすんだ?」
「殺し、奪われた者を奪い返す」
命以外の全てを奪ったフーを思うたび、意志は燃え盛る風となり吹き荒れた。しかし、一抹の不安も残っていた。奪われたエミリーを思うたび、心はささくれた──生きてまた会えたとして、自分が再び選ばれることはないかもしれない──しかし今、全ての迷いは凍てつく冬の風にかき消した。
地平線に吹く風が、一瞬の沈黙を運んでくる。やがてどこからか雪が舞い落ちると、男たちは笑い出した。
「あんた面白れぇな! えらい堂々とした乞食が来たなと思ったけど、フーの野郎を殺す気かよ? なぁ、あんた元は名のある戦士だったろ? その左目も奴にやられたって感じか?」
何がおかしいのか、男たちはゲラゲラ笑いながら訊ねてきた。元は帝国軍の兵士だったが、兵士と戦士とは違うと思ったので、ミッコは答えなかった。もちろん、フーに負けたことも悔しいので言わなかった。
「沈黙をもって回答となすか、若いのに歴戦だな。いいぜ、入んなよ。一杯は俺のおごりだ。あんたなら戦狼たち相手でもいい勝負しそうだからな」
どんな心境の変化か、守衛たちは警戒を解くと、付いてくるよう言った。
男たちに促され、ミッコはあとに続いた。男たちは笑いながら、ミッコとフーにいくら金を賭けるかを話し合っていた。
居留地の中心に行くと、暖を取るための篝火を囲うようにして露店が並んでいた。賑わう篝火の周りには、居留地の者以外にも、行商や旅人、他の遊牧民など、様々な人馬が入り混じっていた。
三人のうち二人は、一杯飲むと巡回に戻っていった。ミッコは残る一人に一杯奢ってもらい、杯を交わした。
「じゃあな。酔って暴れなきゃあとは好きにしていいから。それとその格好、どこで手に入れたのか知らねぇけど、全然似合ってないぜ」
残る守衛の一人は、ミッコの服装── 〈塔の国〉で手に入れた古い東方風の軍装──を見て笑うと、馬に跨り、居留地の外へ駆けていった。
ミッコは奢ってもらった杯を手に、酒場の親父と話した。守衛と同じく、酒場の親父もおしゃべりな男だった。
ミッコが〈教会〉からエミリーと旅立ち、〈帝国〉の東端を経て、滅び去った大陸の東へと足を踏み入れてから、もうすぐ一年が経とうとしていた。春から夏にかけ、〈嵐の旅団〉の派閥争いは本格的な内戦となり、真っ向からの殴り合った秋を経て冬に入ったことで、戦況は劇的に変化していた。
フー率いる戦狼たちは、基本的には誰が相手でも向かうところ敵なしだった。用事があれば、〈帝国〉や〈教会〉、南方異民族の領内にさえ攻撃を仕掛け、略奪と殺戮を働いた。〈嵐の旅団〉の最大派閥である地域社会も、有力者を次々に討たれ瓦解していった。しかし有力者の一人である赤の親父アンナリーゼは、それまでは有力者の私兵の寄せ集めだった軍隊を組織化し、地域社会の軍としてまとめることに成功した。
アンナリーゼはまず、戦狼たちの主力を引き付け戦線を構築する一方で、フーたちを裏で支援していた旧主の番人を討ってその支援を断ち、徐々に態勢を立て直していった。
そして冬が来た。誰もが──恐らく、狼王の遺児フー自身もが──次の春まで戦争は一旦中断となるだろうと思っていたが、アンナリーゼは戦闘を継続し、フーを追撃した。支援を断たれ、さらに予期せぬ状況で追撃を受けたことで戦狼たちは大損害を被り、そして戦況は逆転した。
「女だてらに赤の親父のアンナリーゼはよくやってるよ。でも、地域社会もギリギリだろう。戦闘状態じゃなくても春まで軍は養えない。春になれば戦狼たちもまた草原を駆け回れるようになる。あと少しで冬も本格化するから、それまでが勝負だろうな」
酒場の親父はアンナリーゼやその仲間たちを称賛しながらも、どこか悲しそうな色をその瞳に浮かべていた。
「その傷、戦狼たちの奴らにやられたのか?」
ミッコの左目を見ながら、酒場の親父は訊ねてきた。
「いいよ、みなまで言うな。まぁ、本当にフーとやり合って生きてるんだったら、それだけでも大したもんだよ」
ミッコは答えたくなくて黙っていた。酒場の親父は察したのか、話を切ってくれた。
ミッコは杯に口を付けた。杯の中身は半分ほどに減っていた。追加を頼む金も取引材料もないのでちびちびとしか飲めなかったが、それでも体は温まっていた。
「次の戦場はどこになりそうですか?」
篝火の雑踏を眺めながら、ミッコは酒場の親父に訊ねた。
「アンナリーゼはカラシニコフに追い込むつもりだろう。フーの拠点だが、他と比べて明らかに脆弱だ。包囲しちまえば逃げ道は東しかないし、東に逃げるにしても川を越えなきゃならんから、軍は維持できない……。って、地名を言ってもわからんか」
酒場の親父は袋から革の地図を出し、説明してくれた。
「いろいろ教えてくれてありがとうございます」
「気にすんな。フーと戦狼たちに恨みを持ってる奴は腐るほどいるからな」
それまでは鷹揚だった酒場の親父の口調が、ほんの少しだけ険しくなる。
「フーはやり過ぎた。あらゆるものを破壊し、殺し尽くした。でも、それが王になるってことなんだろうな……」
酒場の親父は自分で注いだ一杯を飲み干すと、しみじみと呟いた。
「お節介だろうが、フーとやり合うなら覚悟を決めろよ。奴は間違いなく王で、迷いなく王として生きている。俺らの祖先の〈東の覇王〉のように。そうじゃなきゃもはや人間じゃない」
酒場の親父はそう言うと、一杯奢ってくれた。ミッコは再度礼を言うと、手持ちの酒を飲み干し、追加の一杯を受け取った。
「流れ風のミッコだな」
その直後だった。突然、名を呼ばれた。
静かな、しかし厳めしい足音がし、剣の鞘が揺れる音がする。見えなくなった左側の暗闇から、男が一人現れる。薄汚れた、しかししっかりとした生地の旅のコートの襟元からは、胸甲の板金が見えている。
「娘はどこだ?」
知り合いではないが、しかし確かに知っている声だった。あまりに久しぶりの感覚に、ミッコは警戒するどころか、ただただ驚くことしかできなかった。
「もう一度言う。エミリーはどこだ?」
男はそう言うと、ミッコの右目を真っすぐに覗き込んできた。
ミッコはこの男を知っていた。同様に、エミリーの父親であるウィルバート・ソドーもまた、ミッコを知っていた。
エミリーの父親であるウィルバート・ソドーとは、上官のオジアス・ストロムブラードの政略結婚の際に挨拶を交わしたことがあるくらいで、直接話したことはなかったし、戦争中は互いに剣を交えた間柄だった。しかし今、故郷から遠く離れた、もはや見知らぬものとなってしまった東の地平線の果てで、ミッコとウィルバート・ソドーは対面している。
その金糸の髪と深緑の瞳が、エミリーの姿と重なる。
エミリーのことをどう説明するか──ミッコはそれさえ忘れ、失いかけていた郷愁を思い出していた。
ミッコは即席の主従を組むパーシファルに跨り、ただひたすらに南の地平線を目指し駆けた。
冬の風は日増しに強くなっている。凍てつく雪雲は空を覆い、時折降る乾いた粉雪は地平線を白く閉ざしつつある。
〈塔の国〉を燃やし、廃村と化したデグチャレフ村を出て以降、地平線には一騎の人馬しかいなかった。これまでは微かに残っていた人も、動物も、植物も、今は気配さえ残っていなかった。滅びの東は今、冬の白とともに完全に死に絶え、眠りに落ちようとしていた。
それでも、ミッコとパーシファルは駆け続けた。そして何日目か、遊牧民の居留地に辿り着いた。
雲の向こう側で陽は中天まで昇っていたが、雪雲に覆われた地は薄暗かった。移動式のテントが並ぶ居留地の周りには、狼の紋章を付けた戦狼たちの戦士たちの死体が逆さ吊りにされていた。
それらを眺めながら居留地に近づこうとすると、周囲を巡回していた男たちに呼び止められた。
騎馬が三騎、近づいてくる。みな、弓矢を携えている。
ミッコは東の古語と大陸共通語を交え、大声で名乗った。相手が共通語を話すので、ミッコもそれに合わせたが、語感の違いは地平線の広さを感じさせた。
「流れ者だな? どっから来た?」
「西から、〈帝国〉から来た」
〈帝国〉から来たという言葉を、相手は露骨に疑った。
「帝国人ってそんなカビ臭い格好してんの? てか、〈帝国〉ってめちゃくちゃ遠いだろ? 行ったことないけど」
男たちの反応を見て、確かに遠くまで来たものだとミッコは思った。国境を越えたとき、見知らぬ場所となってしまったと感じた広大な地平線も、今はもう見慣れている。
「で、何しに来たの?」
「人を探している」
「ふーん。まぁどうでもいいや。戦狼たちじゃなきゃ入ってもいいけど、金あんの?」
「ない」
「じゃあ取引できるものは?」
「ない」
「じゃあどっか行け」
「情報だけほしい。話だけしたら去る」
ミッコは大真面目だったが、男たちは呆れていた。三人の内、二人はもう踵を返している。
「はぁ……。で、誰を探してんの?」
「狼王の遺児、フーを探している」
その言葉で、男たちが一斉に振り返る。何の冗談だといった顔をする者、露骨に警戒を強める者、弓に矢をつがえる者と、反応は様々だったが、みな驚いていた。
「……フーを見つけてどうすんだ?」
「殺し、奪われた者を奪い返す」
命以外の全てを奪ったフーを思うたび、意志は燃え盛る風となり吹き荒れた。しかし、一抹の不安も残っていた。奪われたエミリーを思うたび、心はささくれた──生きてまた会えたとして、自分が再び選ばれることはないかもしれない──しかし今、全ての迷いは凍てつく冬の風にかき消した。
地平線に吹く風が、一瞬の沈黙を運んでくる。やがてどこからか雪が舞い落ちると、男たちは笑い出した。
「あんた面白れぇな! えらい堂々とした乞食が来たなと思ったけど、フーの野郎を殺す気かよ? なぁ、あんた元は名のある戦士だったろ? その左目も奴にやられたって感じか?」
何がおかしいのか、男たちはゲラゲラ笑いながら訊ねてきた。元は帝国軍の兵士だったが、兵士と戦士とは違うと思ったので、ミッコは答えなかった。もちろん、フーに負けたことも悔しいので言わなかった。
「沈黙をもって回答となすか、若いのに歴戦だな。いいぜ、入んなよ。一杯は俺のおごりだ。あんたなら戦狼たち相手でもいい勝負しそうだからな」
どんな心境の変化か、守衛たちは警戒を解くと、付いてくるよう言った。
男たちに促され、ミッコはあとに続いた。男たちは笑いながら、ミッコとフーにいくら金を賭けるかを話し合っていた。
居留地の中心に行くと、暖を取るための篝火を囲うようにして露店が並んでいた。賑わう篝火の周りには、居留地の者以外にも、行商や旅人、他の遊牧民など、様々な人馬が入り混じっていた。
三人のうち二人は、一杯飲むと巡回に戻っていった。ミッコは残る一人に一杯奢ってもらい、杯を交わした。
「じゃあな。酔って暴れなきゃあとは好きにしていいから。それとその格好、どこで手に入れたのか知らねぇけど、全然似合ってないぜ」
残る守衛の一人は、ミッコの服装── 〈塔の国〉で手に入れた古い東方風の軍装──を見て笑うと、馬に跨り、居留地の外へ駆けていった。
ミッコは奢ってもらった杯を手に、酒場の親父と話した。守衛と同じく、酒場の親父もおしゃべりな男だった。
ミッコが〈教会〉からエミリーと旅立ち、〈帝国〉の東端を経て、滅び去った大陸の東へと足を踏み入れてから、もうすぐ一年が経とうとしていた。春から夏にかけ、〈嵐の旅団〉の派閥争いは本格的な内戦となり、真っ向からの殴り合った秋を経て冬に入ったことで、戦況は劇的に変化していた。
フー率いる戦狼たちは、基本的には誰が相手でも向かうところ敵なしだった。用事があれば、〈帝国〉や〈教会〉、南方異民族の領内にさえ攻撃を仕掛け、略奪と殺戮を働いた。〈嵐の旅団〉の最大派閥である地域社会も、有力者を次々に討たれ瓦解していった。しかし有力者の一人である赤の親父アンナリーゼは、それまでは有力者の私兵の寄せ集めだった軍隊を組織化し、地域社会の軍としてまとめることに成功した。
アンナリーゼはまず、戦狼たちの主力を引き付け戦線を構築する一方で、フーたちを裏で支援していた旧主の番人を討ってその支援を断ち、徐々に態勢を立て直していった。
そして冬が来た。誰もが──恐らく、狼王の遺児フー自身もが──次の春まで戦争は一旦中断となるだろうと思っていたが、アンナリーゼは戦闘を継続し、フーを追撃した。支援を断たれ、さらに予期せぬ状況で追撃を受けたことで戦狼たちは大損害を被り、そして戦況は逆転した。
「女だてらに赤の親父のアンナリーゼはよくやってるよ。でも、地域社会もギリギリだろう。戦闘状態じゃなくても春まで軍は養えない。春になれば戦狼たちもまた草原を駆け回れるようになる。あと少しで冬も本格化するから、それまでが勝負だろうな」
酒場の親父はアンナリーゼやその仲間たちを称賛しながらも、どこか悲しそうな色をその瞳に浮かべていた。
「その傷、戦狼たちの奴らにやられたのか?」
ミッコの左目を見ながら、酒場の親父は訊ねてきた。
「いいよ、みなまで言うな。まぁ、本当にフーとやり合って生きてるんだったら、それだけでも大したもんだよ」
ミッコは答えたくなくて黙っていた。酒場の親父は察したのか、話を切ってくれた。
ミッコは杯に口を付けた。杯の中身は半分ほどに減っていた。追加を頼む金も取引材料もないのでちびちびとしか飲めなかったが、それでも体は温まっていた。
「次の戦場はどこになりそうですか?」
篝火の雑踏を眺めながら、ミッコは酒場の親父に訊ねた。
「アンナリーゼはカラシニコフに追い込むつもりだろう。フーの拠点だが、他と比べて明らかに脆弱だ。包囲しちまえば逃げ道は東しかないし、東に逃げるにしても川を越えなきゃならんから、軍は維持できない……。って、地名を言ってもわからんか」
酒場の親父は袋から革の地図を出し、説明してくれた。
「いろいろ教えてくれてありがとうございます」
「気にすんな。フーと戦狼たちに恨みを持ってる奴は腐るほどいるからな」
それまでは鷹揚だった酒場の親父の口調が、ほんの少しだけ険しくなる。
「フーはやり過ぎた。あらゆるものを破壊し、殺し尽くした。でも、それが王になるってことなんだろうな……」
酒場の親父は自分で注いだ一杯を飲み干すと、しみじみと呟いた。
「お節介だろうが、フーとやり合うなら覚悟を決めろよ。奴は間違いなく王で、迷いなく王として生きている。俺らの祖先の〈東の覇王〉のように。そうじゃなきゃもはや人間じゃない」
酒場の親父はそう言うと、一杯奢ってくれた。ミッコは再度礼を言うと、手持ちの酒を飲み干し、追加の一杯を受け取った。
「流れ風のミッコだな」
その直後だった。突然、名を呼ばれた。
静かな、しかし厳めしい足音がし、剣の鞘が揺れる音がする。見えなくなった左側の暗闇から、男が一人現れる。薄汚れた、しかししっかりとした生地の旅のコートの襟元からは、胸甲の板金が見えている。
「娘はどこだ?」
知り合いではないが、しかし確かに知っている声だった。あまりに久しぶりの感覚に、ミッコは警戒するどころか、ただただ驚くことしかできなかった。
「もう一度言う。エミリーはどこだ?」
男はそう言うと、ミッコの右目を真っすぐに覗き込んできた。
ミッコはこの男を知っていた。同様に、エミリーの父親であるウィルバート・ソドーもまた、ミッコを知っていた。
エミリーの父親であるウィルバート・ソドーとは、上官のオジアス・ストロムブラードの政略結婚の際に挨拶を交わしたことがあるくらいで、直接話したことはなかったし、戦争中は互いに剣を交えた間柄だった。しかし今、故郷から遠く離れた、もはや見知らぬものとなってしまった東の地平線の果てで、ミッコとウィルバート・ソドーは対面している。
その金糸の髪と深緑の瞳が、エミリーの姿と重なる。
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