生ける玉座と焼かれた者たち

寸陳ハウスのオカア・ハン

文字の大きさ
上 下
3 / 4

第三話 全てを焼き尽くし、〈祝福の火〉をまとう王

しおりを挟む
 瓦礫の山と化した王城、焼かれた屍体が絨毯のように広がる玉座の間で、玉座と男が燃える。
 燃える玉座に独り佇む〈簒奪の王〉は、崩落した天井から覗く空をぼんやりと眺めながら、溜息をついた。
 靄がかかったように白煙に覆われた空に、薄い太陽が朦朧と揺らめく。風の哭き声すらない空は無味乾燥で、何の面白みもなかった。
 血の雨が恋しかった。滅んだ世界は、あまりにも退屈だった。
 早く来い──〈簒奪の王〉は、炎に舌を這わせながら呟いた。

 王国が滅び、人々が焼け死んだあと、焼け焦げた彼は誰もいない玉座に座った。
 やがて焼けてもなお死なぬ者たちが、何かに取り憑かれたように次々に襲いかかってきたが、彼はまとった火によってそれらを全て退けた。
 玉座を狙う者たちを返り討ちにしていくうち、誰かが自分を〈簒奪の王〉と呼び始めたが、しかし〈簒奪の王〉は生前、王どころか貴族ですらなかった。魔術とも神秘とも違う、〈呪いの火〉と呼ばれた力の根源を学者たちに運ぶ荷駄係に過ぎなかった。
 やがてその火が世界を焼き始めたとき、彼はそれを〈祝福の火〉だと喜び、初めて神を讃えた。
 このつまらぬ世界が焼けていくのは爽快だった。炎に煽られ狼狽える王侯貴族を見て鬱憤は晴れたし、威張り腐った騎士たちの無力さは滑稽だった。学者たちは魔術師と神秘術師とで無意味な討論を繰り返し、何も解決できぬまま勝手に焼け死んだ。焼かれる平民たちはまるで炎の中で踊っているかのようで愉快だった。
 その火が襲いかかってきたときも、どうということはなかった。どうせ自分は何者でもない、ただの荷駄係の平民である。失うものは何もない。恐れるものも何もない。
 炎は彼を焼き──そして彼に微笑んだ。
 〈祝福の火〉は剣となり、鎧となり、彼に尋常ならざる力を与えた。そして〈簒奪の王〉は焼かれた玉座に座り、もう一度世界を焼いた。

 だが今は退屈だった。今、死ぬほど退屈な気分を紛らわしてくれる来訪者を、〈簒奪の王〉は待っていた。
 かつては屈強な兵団を率いた〈牢獄の独裁者〉や、半ば邪教徒と化した〈黒の騎士王〉、そして女装したふざけた道化どもを連れた〈酒場の神父〉など、多種多様な王たちが玉座を狙ったものだが、今や定期的に訪れるのは一集団だけになっていた。
 〈影の女王〉と、その従徒である〈王の公吏〉、そして異様に好戦的な〈鉄の騎士〉の一行である。
 こいつらは変な集団だった。〈影の女王〉と〈王の公吏〉は決して戦わず、戦闘そのものは〈鉄の騎士〉とその他に連れてきた者たちに任せきりなのであった。
 〈影の女王〉と呼ばれるよくわからない女は、恐らく焼かれた者たちを蘇生させているが、それ以上のことは知らなかった。
 〈王の公吏〉は玉座を狙う連中の中でも、際立っておかしな奴だった。彼は玉座に座る男に、取引を持ちかけた唯一の人間だった。その取引とは、「戦う獲物を用意する代わりに、〈影の女王〉と自分を焼かぬこと」だった。貧相な文官らしい、いかにも小賢しい提案だったが、しかし今は王となった〈簒奪の王〉は、その提案に乗ってやった。
 〈王の公吏〉の提案通り、獲物は定期的に送られてきた。毎度毎度懲りずにやってくる獲物たちに、〈簒奪の王〉はうんざりしつつも、楽しんでいた。

 空を見上げていると、ふと、風が哭いた。風が玉座の間を這い、どこからか音を運んでくる。
 焼け焦げた石畳に、煤をまとった無数の足音が響く。
 殺意に満ちた〈鉄の騎士〉を先頭に、焼かれた者たちが焼け焦げた屍体を踏み越えやってくる。
 来た──その見慣れた姿を見て、〈簒奪の王〉は思わず笑った。そして〈祝福の火〉を舐めながら、玉座から立ち上がった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

常世の守り主  ―異説冥界神話談―

双子烏丸
ファンタジー
 かつて大切な人を失った青年――。  全てはそれを取り戻すために、全てを捨てて放浪の旅へ。  長い、長い旅で心も体も擦り減らし、もはやかつてとは別人のように成り果ててもなお、自らの願いのためにその身を捧げた。  そして、もはやその旅路が終わりに差し掛かった、その時。……青年が決断する事とは。 ——  本編最終話には創音さんから頂いた、イラストを掲載しました!

フェイバーブラッド ~吸血姫と純血のプリンセス~

ヤマタ
ファンタジー
 吸血姫と呼ばれる存在に誘拐された普通の高校生の赤時小春(あかとき こはる)は、同じく吸血姫を名乗る千祟千秋(ちすい ちあき)によって救出された。生き血を吸って己を強化する吸血姫は人類を家畜にしようとする過激派と、人類との共存を望む者達とで絶えず争っていて、偶然にもその戦いに巻き込まれた小春は共存派の千秋に血を提供して協力すると申し出たのだが、この選択が人生を大きく狂わせることになる。  吸血姫同士の戦争は、小春と千秋の深まっていく絆はどこへ向かうのか。これは非日常に足を踏み入れた平凡な少女と、新たな日常を手に入れた吸血姫の少女の物語。

貴族の屋敷に勤めるメイドに自由はありません

ファンタジー
貴族屋敷に務めるメイドに自由はない。代わりに与えられたのは体の動きを制限する拘束具。常にどこかを拘束されているメイドの日常。

テンプレな異世界を楽しんでね♪~元おっさんの異世界生活~【加筆修正版】

永倉伊織
ファンタジー
神の力によって異世界に転生した長倉真八(39歳)、転生した世界は彼のよく知る「異世界小説」のような世界だった。 転生した彼の身体は20歳の若者になったが、精神は何故か39歳のおっさんのままだった。 こうして元おっさんとして第2の人生を歩む事になった彼は異世界小説でよくある展開、いわゆるテンプレな出来事に巻き込まれながらも、出逢いや別れ、時には仲間とゆる~い冒険の旅に出たり 授かった能力を使いつつも普通に生きていこうとする、おっさんの物語である。 ◇ ◇ ◇ 本作は主人公が異世界で「生活」していく事がメインのお話しなので、派手な出来事は起こりません。 序盤は1話あたりの文字数が少なめですが 全体的には1話2000文字前後でサクッと読める内容を目指してます。

終焉の謳い手~破壊の騎士と旋律の戦姫~

柚月 ひなた
ファンタジー
理想郷≪アルカディア≫と名付けられた世界。 世界は紛争や魔獣の出現など、多くの問題を抱え混沌としていた。 そんな世界で、破壊の力を宿す騎士ルーカスは、旋律の戦姫イリアと出会う。 彼女は歌で魔術の奇跡を体現する詠唱士≪コラール≫。過去にルーカスを絶望から救った恩人だ。 だが、再会したイリアは記憶喪失でルーカスを覚えていなかった。 原因は呪詛。記憶がない不安と呪詛に苦しむ彼女にルーカスは「この名に懸けて誓おう。君を助け、君の力になると——」と、騎士の誓いを贈り奮い立つ。 かくして、ルーカスとイリアは仲間達と共に様々な問題と陰謀に立ち向かって行くが、やがて逃れ得ぬ宿命を知り、選択を迫られる。 何を救う為、何を犠牲にするのか——。 これは剣と魔法、歌と愛で紡ぐ、終焉と救済の物語。 ダークでスイートなバトルロマンスファンタジー、開幕。

100万年後に届く魔法 ~世界に終末が訪れるらしいですが、僕は今日も平和です。~

Dandelion
ファンタジー
世界が作られてはや一万年、そろそろ終末が訪れる時期がやってきました。 そんな世界で生まれた主人公マリンは、終末なんてつゆしらず、今日も元気に暮らしています。 しかしある時、不思議な少女と出会い、彼女は言います。 「世界に終末が来るの」 なんて怪しい少女なんでしょうか。 しかしマリンは、ひょんなことからその歯車に巻き込まれていきます。 これは、魔法だらけの純粋なファンタジー。 冒険あり、戦いあり、笑いもあり、恋もあるかもしれません。 きっと、あなたの記憶に残るような作品となるはずです。

投擲魔導士 ~杖より投げる方が強い~

カタナヅキ
ファンタジー
魔物に襲われた時に助けてくれた祖父に憧れ、魔術師になろうと決意した主人公の「レノ」祖父は自分の孫には魔術師になってほしくないために反対したが、彼の熱意に負けて魔法の技術を授ける。しかし、魔術師になれたのにレノは自分の杖をもっていなかった。そこで彼は自分が得意とする「投石」の技術を生かして魔法を投げる。 「あれ?投げる方が杖で撃つよりも早いし、威力も大きい気がする」 魔法学園に入学した後も主人公は魔法を投げ続け、いつしか彼は「投擲魔術師」という渾名を名付けられた――

処理中です...