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第二話 国を滅ぼされ、復讐を誓う騎士
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炎が、暗闇に揺れている。
「お目覚めですか?」
声がした。ぼんやりと澱む暗闇に焚火の灯りが浮かぶ。
「よく寝むれましたか?」
そのそばに座る焼かれた細身の男が、こちらを覗き込んでくる。
目を覚ました〈鉄の騎士〉の前で、〈王の公吏〉がうっすらと笑う。周囲では今回招集された他の三人──〈幼い老魔女〉、〈雷神の子〉、〈山犬〉──が、それぞれ距離を取って、石畳の上の焚火を囲っている。そしてその背後、炎の灯りと夜闇の狭間では、〈影の女王〉が独り闇に向かって瞑想している。
〈王の公吏〉が焚火に薪をくべる。炎が小さく哭き、火の粉が夜に舞う。焚火の灯りの先、夜闇の向こうには、今は瓦礫の山と化した王城が夜を塗り潰し屹立している。
〈鉄の騎士〉は敷き布から身を起こすと、鎖帷子のよれを直し、鎧を着始めた。かつて王から賜った胴鎧も、手甲も、面頬の付いた騎士の兜も、生前の面影は何一つ残っていない。幾多の戦いを経て、どれもこれも血に染まり、炎で焼かれ、敵に打ちつけられて穿たれへこみ、くたびれ切っている。
夜は不気味なほどに穏やかだった。〈鉄の騎士〉が鎧を着ている間、〈幼い老魔女〉は周囲に目もくれず分厚い歴史書のようなものを読み耽り、〈雷神の子〉は酒を煽りながら、幅広の闘剣に小さな雷を奔らせそれを眺める。〈山犬〉の女だけは何をするでもなく、怯えたような目でチラチラと周りを伺っている。
「今回は考えうる限り最高の人材を集めました。必ずや、貴公の誓願たる復讐を果たせるでしょう」
〈王の公吏〉はどこか親しげな口調で、〈鉄の騎士〉に話しかける。
力強いその言葉で、〈鉄の騎士〉は思い出す──また始まるのだ。〈呪いの火〉で全てを焼いた、焼かれた玉座の〈簒奪の王〉との戦いが──〈鉄の騎士〉の心の奥底から、吐き気を催すような憎悪が込み上げてくる。
王国は滅び、家族も仲間もみな死んだ。生きているのは自分だけ。だから全てを焼いた者に復讐する。今も玉座に座る、〈呪いの火〉を司る〈簒奪の王〉に──だが、戦うたび、そして死に焼かれるたびに記憶は薄れていく。今では王どころか、妻や娘の顔さえも思い出せない。ただ漠然と、復讐心だけが心の奥底で肥大化していく。
〈鉄の騎士〉は込み上げる憎悪を一呼吸置いて堪えると、〈王の公吏〉にある疑問を投げかけた。
「一つ聞きたい。なぜお前と〈影の女王〉は、毎度私に協力するのだ? 私の復讐に、お前らは無関係なのに」
〈鉄の騎士〉の問いかけに対し、〈王の公吏〉は一瞬だけ口元を歪め、黙り込んだ。そして焚火に新たな薪をくべながら、ゆっくりと話し始めた。
「それを語るには、まだ私たちは互いをよく知らない。少なくとも、貴公は生前の私を覚えていない。だからこれから話すことは嘘かもしれない」
その通りだった。〈王の公吏〉と名乗るこの文官は、生前にも面識があると言ったが、しかし当の〈鉄の騎士〉本人は未だに誰だったか思い出せないでいる。
彼はいつも〈鉄の騎士〉の味方ではあったが、見るからに善人ではなかった。王の腰巾着と呼ばれた佞臣たちのように口が軽く、飄々としていて、本心が読めない。
黒いローブで身を隠す〈影の女王〉に至っては何者かすらわからないが、玉座の〈簒奪の王〉に焼かれ殺されるたび、蘇らせてくれているのは彼女らしかった。そして蘇生の知識があるということは、少なくとも、魔術と神秘の心得があることは確かだった。
「誰にも望むものはあります。焼かれてもなお死なぬ者たちはみな、大なり小なり意志がある。これから刃を交える〈簒奪の王〉にも」
〈王の公吏〉は、焚火の炎を興味深そうに覗き込みながら話を続ける。
「誰もが国を滅ぼしたのは〈呪いの火〉だと言う。もちろん死んだ多くの者にとってそれは呪いでしたでしょうが、ある者はそれを〈祝福の火〉と呼んだ」
祝福だと──〈鉄の騎士〉は、飄々と話すこの貧相な文官に怒りを覚えた。
「玉座に至り、お前は何を望む?」
「私は知りたいのですよ。国を滅ぼし人々を焼いた火、未だ玉座を焼き続ける炎、そしてそこで焼かれ続ける〈簒奪の王〉ついて……」
〈王の公吏〉の口調は終始饒舌だった。それは不思議なほどに不快だった。
「お前は知識を求めているというわけか。なるほど、戦の役に立たぬ文官を〈影の女王〉が重宝する意図が、少しわかった気がする」
「貴公は〈影の女王〉の何を知っているというのですか?」
〈鉄の騎士〉の皮肉に対し、〈王の公吏〉は夜闇に薄ら笑いを浮かべ答えた。その口調は、どこか苛立っているようにも聞こえた。
「おっと失礼。私も〈影の女王〉の全てを知っているわけではありませんでした。……正しく、〈影の女王〉の寵愛なくして、私はただの非力で無力な文官ですから」
面白くもない冗談だった。〈王の公吏〉は笑っていたが、〈鉄の騎士〉はそれ以上は何も言わず会話を打ち切ると、そばに置いてあったグレートメイスを担ぎ上げ、立ち上がった。
〈鉄の騎士〉が立ち上がると、〈王の公吏〉はまた口元を歪め、暗闇に微笑んだ。他の者は特に意に介す様子はなく、それぞれに寛いでいる。半ば夜闇に溶ける〈影の女王〉も相変わらず瞑想しており、こちらに気づいた様子はない。
〈鉄の騎士〉は独り焚火から離れ、夜に向かって歩き出した。歩くたび、焼け焦げた石畳が煤を巻き上げ、夜の暗闇を深める。遠く夜景に浮かぶ焼け焦げた廃城は、漆黒の影となり夜にそびえ立つ。
死した王国の夜は暗く、闇は深い。
「お目覚めですか?」
声がした。ぼんやりと澱む暗闇に焚火の灯りが浮かぶ。
「よく寝むれましたか?」
そのそばに座る焼かれた細身の男が、こちらを覗き込んでくる。
目を覚ました〈鉄の騎士〉の前で、〈王の公吏〉がうっすらと笑う。周囲では今回招集された他の三人──〈幼い老魔女〉、〈雷神の子〉、〈山犬〉──が、それぞれ距離を取って、石畳の上の焚火を囲っている。そしてその背後、炎の灯りと夜闇の狭間では、〈影の女王〉が独り闇に向かって瞑想している。
〈王の公吏〉が焚火に薪をくべる。炎が小さく哭き、火の粉が夜に舞う。焚火の灯りの先、夜闇の向こうには、今は瓦礫の山と化した王城が夜を塗り潰し屹立している。
〈鉄の騎士〉は敷き布から身を起こすと、鎖帷子のよれを直し、鎧を着始めた。かつて王から賜った胴鎧も、手甲も、面頬の付いた騎士の兜も、生前の面影は何一つ残っていない。幾多の戦いを経て、どれもこれも血に染まり、炎で焼かれ、敵に打ちつけられて穿たれへこみ、くたびれ切っている。
夜は不気味なほどに穏やかだった。〈鉄の騎士〉が鎧を着ている間、〈幼い老魔女〉は周囲に目もくれず分厚い歴史書のようなものを読み耽り、〈雷神の子〉は酒を煽りながら、幅広の闘剣に小さな雷を奔らせそれを眺める。〈山犬〉の女だけは何をするでもなく、怯えたような目でチラチラと周りを伺っている。
「今回は考えうる限り最高の人材を集めました。必ずや、貴公の誓願たる復讐を果たせるでしょう」
〈王の公吏〉はどこか親しげな口調で、〈鉄の騎士〉に話しかける。
力強いその言葉で、〈鉄の騎士〉は思い出す──また始まるのだ。〈呪いの火〉で全てを焼いた、焼かれた玉座の〈簒奪の王〉との戦いが──〈鉄の騎士〉の心の奥底から、吐き気を催すような憎悪が込み上げてくる。
王国は滅び、家族も仲間もみな死んだ。生きているのは自分だけ。だから全てを焼いた者に復讐する。今も玉座に座る、〈呪いの火〉を司る〈簒奪の王〉に──だが、戦うたび、そして死に焼かれるたびに記憶は薄れていく。今では王どころか、妻や娘の顔さえも思い出せない。ただ漠然と、復讐心だけが心の奥底で肥大化していく。
〈鉄の騎士〉は込み上げる憎悪を一呼吸置いて堪えると、〈王の公吏〉にある疑問を投げかけた。
「一つ聞きたい。なぜお前と〈影の女王〉は、毎度私に協力するのだ? 私の復讐に、お前らは無関係なのに」
〈鉄の騎士〉の問いかけに対し、〈王の公吏〉は一瞬だけ口元を歪め、黙り込んだ。そして焚火に新たな薪をくべながら、ゆっくりと話し始めた。
「それを語るには、まだ私たちは互いをよく知らない。少なくとも、貴公は生前の私を覚えていない。だからこれから話すことは嘘かもしれない」
その通りだった。〈王の公吏〉と名乗るこの文官は、生前にも面識があると言ったが、しかし当の〈鉄の騎士〉本人は未だに誰だったか思い出せないでいる。
彼はいつも〈鉄の騎士〉の味方ではあったが、見るからに善人ではなかった。王の腰巾着と呼ばれた佞臣たちのように口が軽く、飄々としていて、本心が読めない。
黒いローブで身を隠す〈影の女王〉に至っては何者かすらわからないが、玉座の〈簒奪の王〉に焼かれ殺されるたび、蘇らせてくれているのは彼女らしかった。そして蘇生の知識があるということは、少なくとも、魔術と神秘の心得があることは確かだった。
「誰にも望むものはあります。焼かれてもなお死なぬ者たちはみな、大なり小なり意志がある。これから刃を交える〈簒奪の王〉にも」
〈王の公吏〉は、焚火の炎を興味深そうに覗き込みながら話を続ける。
「誰もが国を滅ぼしたのは〈呪いの火〉だと言う。もちろん死んだ多くの者にとってそれは呪いでしたでしょうが、ある者はそれを〈祝福の火〉と呼んだ」
祝福だと──〈鉄の騎士〉は、飄々と話すこの貧相な文官に怒りを覚えた。
「玉座に至り、お前は何を望む?」
「私は知りたいのですよ。国を滅ぼし人々を焼いた火、未だ玉座を焼き続ける炎、そしてそこで焼かれ続ける〈簒奪の王〉ついて……」
〈王の公吏〉の口調は終始饒舌だった。それは不思議なほどに不快だった。
「お前は知識を求めているというわけか。なるほど、戦の役に立たぬ文官を〈影の女王〉が重宝する意図が、少しわかった気がする」
「貴公は〈影の女王〉の何を知っているというのですか?」
〈鉄の騎士〉の皮肉に対し、〈王の公吏〉は夜闇に薄ら笑いを浮かべ答えた。その口調は、どこか苛立っているようにも聞こえた。
「おっと失礼。私も〈影の女王〉の全てを知っているわけではありませんでした。……正しく、〈影の女王〉の寵愛なくして、私はただの非力で無力な文官ですから」
面白くもない冗談だった。〈王の公吏〉は笑っていたが、〈鉄の騎士〉はそれ以上は何も言わず会話を打ち切ると、そばに置いてあったグレートメイスを担ぎ上げ、立ち上がった。
〈鉄の騎士〉が立ち上がると、〈王の公吏〉はまた口元を歪め、暗闇に微笑んだ。他の者は特に意に介す様子はなく、それぞれに寛いでいる。半ば夜闇に溶ける〈影の女王〉も相変わらず瞑想しており、こちらに気づいた様子はない。
〈鉄の騎士〉は独り焚火から離れ、夜に向かって歩き出した。歩くたび、焼け焦げた石畳が煤を巻き上げ、夜の暗闇を深める。遠く夜景に浮かぶ焼け焦げた廃城は、漆黒の影となり夜にそびえ立つ。
死した王国の夜は暗く、闇は深い。
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