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狂人たちの隔離施設
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空はどこまでも晴れ渡っていた。
管理人は車を走らせ、勤務先へと向かった。郊外の住宅地にある自宅から勤務先までは、車で一時間ほどの距離がある。もともと人気は少ないため、車はほとんどいない。
緑が色濃くなると同時に人の営みが薄れていくと、舗装された道路が終わり、砂利道へと変わる。日中ではあったがライトを点けて走った。やがて鬱蒼とした森の奥深くにある勤務先に到着した。
射し込む陽がフロントガラスを貫いた。森の奥にぽっかりと切り開かれたその場所は、どんな場所よりも太陽の光に満ち溢れていた。
管理人は守衛に挨拶すると、第二の自宅と化しつつある管理人室に入り、一日のスケジュールを確認した。
森の奥はあまりにも広い。隔離施設内の住人は両手で数えるほどしかいないとはいえ、彼らからの要求は多く、さらには外部業者との調整もつけねばならない。管理人は基本的に一人でそれらに対応することになるため、効率的に回らなければとても手が回らない。
管理人は車のエンジンをかけると、ビーコンで位置を特定し、目的地まで車を走らせた。
道中、敷地内の状態も確認した。インフラ整備が必要な場合は外部業者を頼むが、とりあえず問題はなさそうだった。人の手による建造物はもちろん、自然もきっちりと整備されていた。
しばらく車を走らせると、画家のアトリエに着いた。
アトリエの周りに広がる庭園では、画家がスケッチブックとタブレットを手に絵を描いていた。管理人は画家に挨拶すると、彼からアトリエの鍵を受け取った。
アトリエには絵と画材が散乱していた。油絵、水彩画、スケッチ、デジタルイラスト……。その中から、管理人は保存許可の印が付けられたものを探し、物理媒体は車に積み込み、電子媒体は管理用タブレットでクラウドサーバーへ保存されていることを確認した。
画家からの依頼を済ませると、管理人は音楽家のスタジオへと向かった。
音楽家は地下のスタジオにいた。床には酒瓶やらタバコの吸い殻やらドラッグの紙袋やらが投げ捨てられていた。
音楽家はミキサーの前でギターを弾いていた。管理人は挨拶したが、返事は不愛想だった。制作は難航しているようだった。管理人は一通り部屋の掃除をしたが、ゴミが無くなっても根本的にスタジオは汚かった。業者による清掃を音楽家に提案すると、音楽家は了承した。
次に、管理人は小説家の書斎へと向かった。
書斎は音楽家のスタジオ以上にゴミの山と化していた。管理人は注意深く様子を伺い、挨拶した。本の山から顔を出す小説家は異常に陽気だった。小説家は人目も憚らず、薬をキメている真っ最中だった。
小説家からの作品はここ半年で何も上がってきておらず、音楽家以上にスランプに陥っているのは明らかだった。管理人はタブレットからログを確認した。食事はほぼ食べていなかった。水分は摂っているようだが、なぜかトイレの水を飲んでいた。薬の発注量は月日を追うごとに倍増していた。
管理人はタブレットから、医師に治療の要否判断をするよう要請した。この施設の契約では、生命の危険があると判断された場合は本人の意思に関わらず治療を強制することが可能となっている。
施設内の住人への巡回を終えると、管理人は画家の絵を保管室へと運んだ。
保管室の明かりを点ける。無機質な保管室に所蔵された物理作品が、その姿をあらわにする。
絵画、音楽媒体、書籍……、フィギュア、彫刻、映像媒体……。管理人は芸術に詳しいわけではないが、ジャンルごとにきちんと整理された作品たちの列は、いつ見ても壮観だった。
ここは世界のあらゆる場所から隔絶されていた。しかしここには創作に関するあらゆるものが存在していた。
管理人は物理媒体の保存状態を確認して回った。そのあとは、タブレットからクラウドサーバーにアクセスし、電子媒体の内容を確認した。
画家の絵を見た。よくわからなかった。
音楽家の音楽を聴いた。やはりよくわからなかった。
小説家の小説を読んだ。やはりよくわからなかったので途中で読むのを止めた。
恐らく、多くの人は管理人と同じ感想を抱くだろう。これらは間違いなく一つの作品ではあったが、しかし世に出ても陽の目を見ることはないであろう代物でしかなかった。
そしてそれらの作品を作り続けるこの隔離施設内の住人達もまた、同じだった。誰からも認められぬ者たち……。恐らくは、これからもずっと認められることはないだろう。
彼らの作品が受け入れられる世界は悪夢でしかなかった。彼らの作品がメジャーになる世界は、それはそれで問題だった。だからこそ、この隔離施設の所有者は、彼らを受け入れ、その作品を保存し続けた。
AIがあらゆるエンターテイメントコンテンツ──絵、音楽、小説……、動画、映画、ゲーム、ポルノ……──を無限に自動生成し続ける世界で、未だに人力でそれらを生み出し続ける彼らは狂人以外の何者でもなかった。
深淵──人はこの隔離施設をそう呼んだ。しかし狂人たちは同じ太陽の下に存在していた。ゆえに世界から隔絶されたこの場所は、どこよりもどす黒い希望の光に満ち溢れていた。
管理人は車を走らせ、勤務先へと向かった。郊外の住宅地にある自宅から勤務先までは、車で一時間ほどの距離がある。もともと人気は少ないため、車はほとんどいない。
緑が色濃くなると同時に人の営みが薄れていくと、舗装された道路が終わり、砂利道へと変わる。日中ではあったがライトを点けて走った。やがて鬱蒼とした森の奥深くにある勤務先に到着した。
射し込む陽がフロントガラスを貫いた。森の奥にぽっかりと切り開かれたその場所は、どんな場所よりも太陽の光に満ち溢れていた。
管理人は守衛に挨拶すると、第二の自宅と化しつつある管理人室に入り、一日のスケジュールを確認した。
森の奥はあまりにも広い。隔離施設内の住人は両手で数えるほどしかいないとはいえ、彼らからの要求は多く、さらには外部業者との調整もつけねばならない。管理人は基本的に一人でそれらに対応することになるため、効率的に回らなければとても手が回らない。
管理人は車のエンジンをかけると、ビーコンで位置を特定し、目的地まで車を走らせた。
道中、敷地内の状態も確認した。インフラ整備が必要な場合は外部業者を頼むが、とりあえず問題はなさそうだった。人の手による建造物はもちろん、自然もきっちりと整備されていた。
しばらく車を走らせると、画家のアトリエに着いた。
アトリエの周りに広がる庭園では、画家がスケッチブックとタブレットを手に絵を描いていた。管理人は画家に挨拶すると、彼からアトリエの鍵を受け取った。
アトリエには絵と画材が散乱していた。油絵、水彩画、スケッチ、デジタルイラスト……。その中から、管理人は保存許可の印が付けられたものを探し、物理媒体は車に積み込み、電子媒体は管理用タブレットでクラウドサーバーへ保存されていることを確認した。
画家からの依頼を済ませると、管理人は音楽家のスタジオへと向かった。
音楽家は地下のスタジオにいた。床には酒瓶やらタバコの吸い殻やらドラッグの紙袋やらが投げ捨てられていた。
音楽家はミキサーの前でギターを弾いていた。管理人は挨拶したが、返事は不愛想だった。制作は難航しているようだった。管理人は一通り部屋の掃除をしたが、ゴミが無くなっても根本的にスタジオは汚かった。業者による清掃を音楽家に提案すると、音楽家は了承した。
次に、管理人は小説家の書斎へと向かった。
書斎は音楽家のスタジオ以上にゴミの山と化していた。管理人は注意深く様子を伺い、挨拶した。本の山から顔を出す小説家は異常に陽気だった。小説家は人目も憚らず、薬をキメている真っ最中だった。
小説家からの作品はここ半年で何も上がってきておらず、音楽家以上にスランプに陥っているのは明らかだった。管理人はタブレットからログを確認した。食事はほぼ食べていなかった。水分は摂っているようだが、なぜかトイレの水を飲んでいた。薬の発注量は月日を追うごとに倍増していた。
管理人はタブレットから、医師に治療の要否判断をするよう要請した。この施設の契約では、生命の危険があると判断された場合は本人の意思に関わらず治療を強制することが可能となっている。
施設内の住人への巡回を終えると、管理人は画家の絵を保管室へと運んだ。
保管室の明かりを点ける。無機質な保管室に所蔵された物理作品が、その姿をあらわにする。
絵画、音楽媒体、書籍……、フィギュア、彫刻、映像媒体……。管理人は芸術に詳しいわけではないが、ジャンルごとにきちんと整理された作品たちの列は、いつ見ても壮観だった。
ここは世界のあらゆる場所から隔絶されていた。しかしここには創作に関するあらゆるものが存在していた。
管理人は物理媒体の保存状態を確認して回った。そのあとは、タブレットからクラウドサーバーにアクセスし、電子媒体の内容を確認した。
画家の絵を見た。よくわからなかった。
音楽家の音楽を聴いた。やはりよくわからなかった。
小説家の小説を読んだ。やはりよくわからなかったので途中で読むのを止めた。
恐らく、多くの人は管理人と同じ感想を抱くだろう。これらは間違いなく一つの作品ではあったが、しかし世に出ても陽の目を見ることはないであろう代物でしかなかった。
そしてそれらの作品を作り続けるこの隔離施設内の住人達もまた、同じだった。誰からも認められぬ者たち……。恐らくは、これからもずっと認められることはないだろう。
彼らの作品が受け入れられる世界は悪夢でしかなかった。彼らの作品がメジャーになる世界は、それはそれで問題だった。だからこそ、この隔離施設の所有者は、彼らを受け入れ、その作品を保存し続けた。
AIがあらゆるエンターテイメントコンテンツ──絵、音楽、小説……、動画、映画、ゲーム、ポルノ……──を無限に自動生成し続ける世界で、未だに人力でそれらを生み出し続ける彼らは狂人以外の何者でもなかった。
深淵──人はこの隔離施設をそう呼んだ。しかし狂人たちは同じ太陽の下に存在していた。ゆえに世界から隔絶されたこの場所は、どこよりもどす黒い希望の光に満ち溢れていた。
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