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第十章 遥かなる地平線
10-6 戦いを志した男の日常 ……マクシミリアン
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凍てつく黒竜旗のそばで、極彩色の風が咆哮する。
若き勇者を讃える声が、仇敵の血を求める声が、息子の復讐を誓う声が、遥かなる地平線へと響く。
皇帝の弔問が終わったあとも、極彩色の馬賊の弔いの宴は続いている。狂ったように歌い踊り女を犯すその炎は、いつ終わるとも知れず冬を燃やし続けている。
「このままではいつ暴走してもおかしくありません! お願いですから彼らを止めて下さい!」
マクシミリアンの横で、アーランドンソンが極彩色の馬賊を制止するよう訴える。ただ、マクシミリアンはずっと聞き流している。
「陛下は報復の機会を用意するって言ってただろ。だったら、好きにさせりゃいいんじゃねぇのか?」
「口約束です! いずれ命令が下されるにしても、まだ軍司令部から正式な通達は出ていません!」
アーランドンソンの進言は、至極もっともである。現在、マクシミリアン率いる第三軍団騎兵隊に下されている命令は、待機である。他の幕僚たちも、みな同様の意見である。
「オッリ殿はキャモラン軍団長への反抗で死罪にすらなり得たのですよ? 命令違反、独断行動、残虐行為……。加えて、陛下に喧嘩を売るなど、正気の沙汰じゃありません! これ以上は、私の身内でも庇いきれませんよ……!」
「オッリがあの調子じゃ、なるようにしかなるまい」
半ば捨て鉢な気分でマクシミリアンは言ったが、アーランドンソンは職務怠慢だと受け取ったのか、憤慨する。
「開き直らならないで下さい!」
目に見えて苛立つアーランドンソンが、さらに口を尖らせる。
「我らは極彩色の馬賊を制御し、必要とあれば手を下すのが役目です。しかし、内輪で揉めるようなことは誰も望んでいません!」
確かに、このままではいずれ極彩色の馬賊は破滅する。普段はその強さゆえ大目に見てもらっているが、粗野で横暴な態度から印象は悪く、軍上層部には完全に目をつけられている。
いくら友軍とはいえ、個々人で親交があるとはいえ、一度命令が発動されれば部下たちは躊躇いなくそれを遂行する。それだけの訓練を、マクシミリアンは部隊に課してきた。
「それに、目付役としての任を放棄するような真似をしていては、隊長自身の経歴にも傷がついてしまいますよ!?」
アーランドンソンが本気で心配してくれているのは、口調からもわかった。だが、余計なお世話だった。
「お前と違って、俺の人生は端から傷だらけだ。今さら増えたところでどうも思わん」
人は言う──騎士殺しの黒騎士、成り上がり者の下級貴族、父親を処刑した不道徳者、薄汚い胸甲騎兵、蛮族どもを使役する恥知らず、〈黒い安息日〉の冒涜的殺戮者──それらは、いずれも真実である。
自分でも、傷だらけなのはわかっている。輝かしい経歴などないし、これからも望めない。まして英雄など、大概な夢想である。それでも、悪名は無名に勝る。何よりこの傷は、生きてきた証でもある。
道は常に切り開いてきた。その自負こそが、血濡れ薄汚れたこの誇りこそが、マクシミリアンの根幹であり支えであった。
ただ、核心を突かれ、少しだけ気分は悪くなった。マクシミリアンは言い返したい衝動を呑み込み、アーランドンソンの言葉を聞き流した。しかし、無視してもなおアーランドンソンは食い下がる。
「では部下としてではなく、私個人の意見を言わせて頂く! このままでは、どう考えても無意味な殺戮が起こります! そんな復讐をヤンネが望んでいるとお思いですか!? ずっと彼を見てきたあなたならわかるはずでしょう!?」
「奴は死んだ! 死人の思い出など、語ったところで何も変わらん!」
思わず、マクシミリアンは怒鳴り返していた。結局、衝動には抗えなかった。
アーランドンソンはまだ何か言いたげだったが、続く言葉はなかった。その後は、お互いに口を噤んだ。これ以上は不毛な言い争いにしかならないと、お互いが無言のうちに理解していた。
アーランドンソンとの会話を終えると、マクシミリアンは軍務について話を戻した。
「イエロッテ。当面の間、極彩色の馬賊の監視を頼む」
「わかりました。ですが、私からも一つ言わせて下さい」
命令を承服するイエロッテが、改まってマクシミリアンと向き合う。部下の珍しい反応に、マクシミリアンも思わず襟を正す。
「極彩色の馬賊は友軍ではありますが、しかし我々とは根本的に考え方が違います。ヤンネはともかく、オッリ殿は特に。そして、いくら隊長とオッリ殿が懇意とはいえ、贔屓すれば贔屓するだけ、部下たちに余計な負担を強いるということもお忘れなく」
イエロッテは再度敬礼すると、幕僚をまとめ去っていった。
長らく戦場を共にしてきた部下の言葉は、重かった。アーランドンソンが騎士的な性格で、個人の主義主張を重んじる一方、イエロッテは職業軍人であり、普段は命令に対して私情は挟まない。それだけに、その言葉は身の振り方を考えさせられた。
軍隊において、上官の命令は絶対である。しかし、マクシミリアンがキャモラン軍団長をあからさまに見下しているのと同じく、有害な上官に部下が無条件で従うわけはない。
このままでは、人心が離れていく──イエロッテの言葉は、つまり忠告である。
オッリは、極彩色の馬賊は、当代並ぶ者なき騎兵であり戦士である。しかし、強いだけで暴虐が許される道理はない。
オッリは確かに戦友ではある。しかし、マクシミリアンを真に支えてくれたのは、黒騎兵の者たちである。イエロッテなどは、前身の部隊から共に戦ってきた。極彩色の馬賊の影に隠れ、ずっと泥水をすすってきた彼らの献身無くして、マクシミリアンはこの場に存在していない。それなのに今、その献身に報いるどころか、さらなる負担と不名誉を強いようとしている。彼らの献身に甘えている。蔑ろにさえしている。
吐く息が、白く立ち昇っては凍てつき沈む。あらゆるものが、重く圧しかかってくる。損害の確認、兵員の再編、論功行賞……、やることは山積している。
「ニクラス、いつも通り補給を頼む。ただ、馬や武具は後回しでいい。オッリたちに脅されても、急いでやる必要はない。適当に理由をつけて誤魔化せ」
指示を聞くニクラスが、胃の痛そうな顔をする。
「えっと……、よろしいのですか? その……、彼らはすぐにでも出撃させろと言ってくると思うのですが……」
「気にすんな。その代わり、飯と酒は充分に与えろ。腹さえ満たしておけば、多少は血の気も引くだろう。それでもダメなら、すぐ俺に言え。何とかする」
ニクラスには何とかすると言ったが、しかし方法は浮かんでいない。そもそも何か思いついていれば、こんな事態にはなっていない。
「みな、これまでよく戦ってくれた。休めるときに休んでくれ」
命令を伝達し終えると、マクシミリアンは部下たちを解散させ、自身の幕舎へと足を向けた。
暖房器の火を焚いても、幕舎の中は寒かった。
独りになり、改めてヤンネのことを思い出したが、涙は出なかった。
オッリは泣いていた。ヤンネは実の父親であるオッリのことは心底嫌っていたし、その殺意も本物だった。しかし、オッリはそれでもヤンネを後継者と認識していた。そして、いがみ合い、殺し合いを繰り広げてなお、オッリは息子の死を嘆き悲しみ、血の涙を流しながら慟哭していた。
十五年前、ゆえあって知り合った、〈東の王〉の末裔たる少年。他人の子とはいえ、教え、語らい、共に戦うのは、存外に面白いものだった。いずれ、夢破れた己の渇望さえも、叶えてくれることを願うほどに……。
しかし、それはもう叶わない。誇り高き騎士に憧れ、極彩色の馬賊を変えようと願った少年の意志も、いずれ忘れ去られるだろう。
多くの時間を、共に過ごした。ヤンネは親のように慕ってくれたし、マクシミリアンも親子のようになりたかった。それなのに、いくら思い出しても、涙は出なかった。
結局は、他人でしかなかった──都合のいい兵士、都合のいい部下、都合のいい子供……──そう思うと、何となく納得できた。
ヤンネの死を妻のユーリアへどう伝えるべきか、マクシミリアンは考えた。
遅かれ早かれ、死んだことは伝えなければならない。問題は、その伝え方である。
その死を知れば、妻は必ず泣くだろう。涙が枯れ果てても、その悲しみが癒えることはないだろう。子を授かれず、ヤンネやその弟妹たちを自身の子供のように溺愛する妻は、すでに半ば狂っている。これ以上の負担をかければ、本当に心が壊れてしまうかもしれない。もちろん、そんなことは誰も望んでいない。
マクシミリアンは机上の書簡を片づけると、新たな手記を開き、ペンを握った。だがペン先は進まず、いい考えも浮かばなかった。
静寂に耐え切れず、幕舎の隅で揺れる影に目をやる。
そこに誰もいないことはわかっている。いつも背後に控えていた影は、今はもういない。それでも、縋るようにしてそこを見た。
こんなとき、無口な影は、いつもこの身を抱いてくれた。護衛であり、愛人でもある黒いローブの女は、どんなときでもマクシミリアンの求めに応じてくれた。
ただ、それは束の間の息抜きであり、心から愛したことはなかった。なぜなら彼女の正体は、皇帝派と呼ばれる連中から送りつけられた間者だからである。
異教の南部女である無口な影と皇帝派との間で、どのような取引があったのかは知らない。ただ、平時は影なる目付役として、必要とあれば刺客にもなるこの者たちは、軍内どころか国内外にも大勢存在しているらしい。
神はもちろん、皇帝にも国家にも忠誠心などない自分は、いつかは用済みとなって殺されたのかもしれない。それでも、あの抱擁は忘れられなかった。妻への罪悪感はもちろんあったが、しかし血濡れた体を抱いてくれる若い女の体は温かく、心地よかった。
死んでいった者たちに思いを馳せながら、さらに過去を遡る。
若い頃は、独りで全てを成そうとした。その気概なくば、父に侮られたまま死ぬしかなかった。ただ、自ら踏み入れた道とはいえ、己が力のみを信じ戦場に立つのは、辛く苦しかった。
そしてあるとき、己の才覚の限界を悟った。己の努力が、独りよがりの夢想に過ぎぬことを知った。共に歩む者なくば、何も成せぬことも理解した。
やがて、膝を折った。その後は幸いにも仲間に恵まれた。妻も娶り、初めて安定も知った。
四十年の人生を、多くの者たちと共に歩んだ。大半は、もういない。
英雄に憧れ、勝利と栄光を求め戦った末の、血塗られた日常。そして、望もうとも、望まざろうとも、日々は続く──。
もう、何も考えたくなかった。
「なぁ……、俺はどうすればいい?」
幕舎の隅で、また影が揺れる。マクシミリアンは呟いたが、もちろん返事はなかった。
若き勇者を讃える声が、仇敵の血を求める声が、息子の復讐を誓う声が、遥かなる地平線へと響く。
皇帝の弔問が終わったあとも、極彩色の馬賊の弔いの宴は続いている。狂ったように歌い踊り女を犯すその炎は、いつ終わるとも知れず冬を燃やし続けている。
「このままではいつ暴走してもおかしくありません! お願いですから彼らを止めて下さい!」
マクシミリアンの横で、アーランドンソンが極彩色の馬賊を制止するよう訴える。ただ、マクシミリアンはずっと聞き流している。
「陛下は報復の機会を用意するって言ってただろ。だったら、好きにさせりゃいいんじゃねぇのか?」
「口約束です! いずれ命令が下されるにしても、まだ軍司令部から正式な通達は出ていません!」
アーランドンソンの進言は、至極もっともである。現在、マクシミリアン率いる第三軍団騎兵隊に下されている命令は、待機である。他の幕僚たちも、みな同様の意見である。
「オッリ殿はキャモラン軍団長への反抗で死罪にすらなり得たのですよ? 命令違反、独断行動、残虐行為……。加えて、陛下に喧嘩を売るなど、正気の沙汰じゃありません! これ以上は、私の身内でも庇いきれませんよ……!」
「オッリがあの調子じゃ、なるようにしかなるまい」
半ば捨て鉢な気分でマクシミリアンは言ったが、アーランドンソンは職務怠慢だと受け取ったのか、憤慨する。
「開き直らならないで下さい!」
目に見えて苛立つアーランドンソンが、さらに口を尖らせる。
「我らは極彩色の馬賊を制御し、必要とあれば手を下すのが役目です。しかし、内輪で揉めるようなことは誰も望んでいません!」
確かに、このままではいずれ極彩色の馬賊は破滅する。普段はその強さゆえ大目に見てもらっているが、粗野で横暴な態度から印象は悪く、軍上層部には完全に目をつけられている。
いくら友軍とはいえ、個々人で親交があるとはいえ、一度命令が発動されれば部下たちは躊躇いなくそれを遂行する。それだけの訓練を、マクシミリアンは部隊に課してきた。
「それに、目付役としての任を放棄するような真似をしていては、隊長自身の経歴にも傷がついてしまいますよ!?」
アーランドンソンが本気で心配してくれているのは、口調からもわかった。だが、余計なお世話だった。
「お前と違って、俺の人生は端から傷だらけだ。今さら増えたところでどうも思わん」
人は言う──騎士殺しの黒騎士、成り上がり者の下級貴族、父親を処刑した不道徳者、薄汚い胸甲騎兵、蛮族どもを使役する恥知らず、〈黒い安息日〉の冒涜的殺戮者──それらは、いずれも真実である。
自分でも、傷だらけなのはわかっている。輝かしい経歴などないし、これからも望めない。まして英雄など、大概な夢想である。それでも、悪名は無名に勝る。何よりこの傷は、生きてきた証でもある。
道は常に切り開いてきた。その自負こそが、血濡れ薄汚れたこの誇りこそが、マクシミリアンの根幹であり支えであった。
ただ、核心を突かれ、少しだけ気分は悪くなった。マクシミリアンは言い返したい衝動を呑み込み、アーランドンソンの言葉を聞き流した。しかし、無視してもなおアーランドンソンは食い下がる。
「では部下としてではなく、私個人の意見を言わせて頂く! このままでは、どう考えても無意味な殺戮が起こります! そんな復讐をヤンネが望んでいるとお思いですか!? ずっと彼を見てきたあなたならわかるはずでしょう!?」
「奴は死んだ! 死人の思い出など、語ったところで何も変わらん!」
思わず、マクシミリアンは怒鳴り返していた。結局、衝動には抗えなかった。
アーランドンソンはまだ何か言いたげだったが、続く言葉はなかった。その後は、お互いに口を噤んだ。これ以上は不毛な言い争いにしかならないと、お互いが無言のうちに理解していた。
アーランドンソンとの会話を終えると、マクシミリアンは軍務について話を戻した。
「イエロッテ。当面の間、極彩色の馬賊の監視を頼む」
「わかりました。ですが、私からも一つ言わせて下さい」
命令を承服するイエロッテが、改まってマクシミリアンと向き合う。部下の珍しい反応に、マクシミリアンも思わず襟を正す。
「極彩色の馬賊は友軍ではありますが、しかし我々とは根本的に考え方が違います。ヤンネはともかく、オッリ殿は特に。そして、いくら隊長とオッリ殿が懇意とはいえ、贔屓すれば贔屓するだけ、部下たちに余計な負担を強いるということもお忘れなく」
イエロッテは再度敬礼すると、幕僚をまとめ去っていった。
長らく戦場を共にしてきた部下の言葉は、重かった。アーランドンソンが騎士的な性格で、個人の主義主張を重んじる一方、イエロッテは職業軍人であり、普段は命令に対して私情は挟まない。それだけに、その言葉は身の振り方を考えさせられた。
軍隊において、上官の命令は絶対である。しかし、マクシミリアンがキャモラン軍団長をあからさまに見下しているのと同じく、有害な上官に部下が無条件で従うわけはない。
このままでは、人心が離れていく──イエロッテの言葉は、つまり忠告である。
オッリは、極彩色の馬賊は、当代並ぶ者なき騎兵であり戦士である。しかし、強いだけで暴虐が許される道理はない。
オッリは確かに戦友ではある。しかし、マクシミリアンを真に支えてくれたのは、黒騎兵の者たちである。イエロッテなどは、前身の部隊から共に戦ってきた。極彩色の馬賊の影に隠れ、ずっと泥水をすすってきた彼らの献身無くして、マクシミリアンはこの場に存在していない。それなのに今、その献身に報いるどころか、さらなる負担と不名誉を強いようとしている。彼らの献身に甘えている。蔑ろにさえしている。
吐く息が、白く立ち昇っては凍てつき沈む。あらゆるものが、重く圧しかかってくる。損害の確認、兵員の再編、論功行賞……、やることは山積している。
「ニクラス、いつも通り補給を頼む。ただ、馬や武具は後回しでいい。オッリたちに脅されても、急いでやる必要はない。適当に理由をつけて誤魔化せ」
指示を聞くニクラスが、胃の痛そうな顔をする。
「えっと……、よろしいのですか? その……、彼らはすぐにでも出撃させろと言ってくると思うのですが……」
「気にすんな。その代わり、飯と酒は充分に与えろ。腹さえ満たしておけば、多少は血の気も引くだろう。それでもダメなら、すぐ俺に言え。何とかする」
ニクラスには何とかすると言ったが、しかし方法は浮かんでいない。そもそも何か思いついていれば、こんな事態にはなっていない。
「みな、これまでよく戦ってくれた。休めるときに休んでくれ」
命令を伝達し終えると、マクシミリアンは部下たちを解散させ、自身の幕舎へと足を向けた。
暖房器の火を焚いても、幕舎の中は寒かった。
独りになり、改めてヤンネのことを思い出したが、涙は出なかった。
オッリは泣いていた。ヤンネは実の父親であるオッリのことは心底嫌っていたし、その殺意も本物だった。しかし、オッリはそれでもヤンネを後継者と認識していた。そして、いがみ合い、殺し合いを繰り広げてなお、オッリは息子の死を嘆き悲しみ、血の涙を流しながら慟哭していた。
十五年前、ゆえあって知り合った、〈東の王〉の末裔たる少年。他人の子とはいえ、教え、語らい、共に戦うのは、存外に面白いものだった。いずれ、夢破れた己の渇望さえも、叶えてくれることを願うほどに……。
しかし、それはもう叶わない。誇り高き騎士に憧れ、極彩色の馬賊を変えようと願った少年の意志も、いずれ忘れ去られるだろう。
多くの時間を、共に過ごした。ヤンネは親のように慕ってくれたし、マクシミリアンも親子のようになりたかった。それなのに、いくら思い出しても、涙は出なかった。
結局は、他人でしかなかった──都合のいい兵士、都合のいい部下、都合のいい子供……──そう思うと、何となく納得できた。
ヤンネの死を妻のユーリアへどう伝えるべきか、マクシミリアンは考えた。
遅かれ早かれ、死んだことは伝えなければならない。問題は、その伝え方である。
その死を知れば、妻は必ず泣くだろう。涙が枯れ果てても、その悲しみが癒えることはないだろう。子を授かれず、ヤンネやその弟妹たちを自身の子供のように溺愛する妻は、すでに半ば狂っている。これ以上の負担をかければ、本当に心が壊れてしまうかもしれない。もちろん、そんなことは誰も望んでいない。
マクシミリアンは机上の書簡を片づけると、新たな手記を開き、ペンを握った。だがペン先は進まず、いい考えも浮かばなかった。
静寂に耐え切れず、幕舎の隅で揺れる影に目をやる。
そこに誰もいないことはわかっている。いつも背後に控えていた影は、今はもういない。それでも、縋るようにしてそこを見た。
こんなとき、無口な影は、いつもこの身を抱いてくれた。護衛であり、愛人でもある黒いローブの女は、どんなときでもマクシミリアンの求めに応じてくれた。
ただ、それは束の間の息抜きであり、心から愛したことはなかった。なぜなら彼女の正体は、皇帝派と呼ばれる連中から送りつけられた間者だからである。
異教の南部女である無口な影と皇帝派との間で、どのような取引があったのかは知らない。ただ、平時は影なる目付役として、必要とあれば刺客にもなるこの者たちは、軍内どころか国内外にも大勢存在しているらしい。
神はもちろん、皇帝にも国家にも忠誠心などない自分は、いつかは用済みとなって殺されたのかもしれない。それでも、あの抱擁は忘れられなかった。妻への罪悪感はもちろんあったが、しかし血濡れた体を抱いてくれる若い女の体は温かく、心地よかった。
死んでいった者たちに思いを馳せながら、さらに過去を遡る。
若い頃は、独りで全てを成そうとした。その気概なくば、父に侮られたまま死ぬしかなかった。ただ、自ら踏み入れた道とはいえ、己が力のみを信じ戦場に立つのは、辛く苦しかった。
そしてあるとき、己の才覚の限界を悟った。己の努力が、独りよがりの夢想に過ぎぬことを知った。共に歩む者なくば、何も成せぬことも理解した。
やがて、膝を折った。その後は幸いにも仲間に恵まれた。妻も娶り、初めて安定も知った。
四十年の人生を、多くの者たちと共に歩んだ。大半は、もういない。
英雄に憧れ、勝利と栄光を求め戦った末の、血塗られた日常。そして、望もうとも、望まざろうとも、日々は続く──。
もう、何も考えたくなかった。
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