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第八章 クリスタルレイクの戦い
8-5 止まらぬ流血 ……マクシミリアン
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頬に触れる粉雪は、冷たかった。
殺せと叫ぶ言葉が、虚しく響いた。それでも、風を切る黒竜旗に身を任せ、マクシミリアンは先頭を駆けた。
駆けながら、横隊から鋒矢隊形に、麾下の千騎を隊形変換させる。そして馬腹を蹴り、敵へと向かう。アーランドンソン、イエロッテの部隊の一部は、すでに到着している。残り二千騎が態勢を整えるまで、まずは時間を稼がねばならない。
白煙の中、月盾の軍旗が翻る。古い時代の名残よろしく、騎槍を構える重騎兵を先頭にした馬群が迫る。
向かい来る鉄の圧がどれだけ強まろうとも、足歩は緩めなかった。
最前列の兵が、歯輪式拳銃を構える。槍の穂先が届く寸前まで接敵し、引き金を引く。
銃弾が甲冑を貫き、重騎兵を撃ち落とす。しかし、その密度が減ったとて、騎槍突撃は止まらない。それでも、手元の火は、撃発音は、マクシミリアンを勇気づける。
射撃が終わると同時に、サーベルを抜いた二列目が前に出る。
白刃が、硝煙を切り裂く──ぶつかる。どちらのものか、風に血が舞う。
敵の隊列を縦断するべく、駆ける。しかし今回は、押し返された。いくらサーベルを振ろうとも、刃は群れを貫けなかった。
あまりにも重たい風圧に、黒騎兵の隊列が分断される。馬の脚が止まり、そして、乱戦が、原始的な殴り合いが始まる。
完全に判断を誤った。そう思ったときには、何もかもが手遅れだった。
無様だが、もはや戦術はなかった。全体としての統制も取れていない。アーランドンソン、イエロッテの二千騎も戻ってはきているものの、防衛態勢を整えるには至っていない。今は、配下の兵たちが個々で踏み止まっているに過ぎない。
わかりきっていたことだった。ハベルハイムの騎兵隊と月盾騎士団、総勢五千騎を迎え撃つには、麾下の千騎だけでは多勢に無勢だった。
周囲の兵たちは、明らかにその数を減らしている。先に諫言してきた幕僚も、目の前で銃弾に倒れた。損害はどれほどか、考えたくもなかった。
しかし、一度燃え始めた戦火は、赤い粉雪をまとう月盾の軍旗は、お構いなしにその殺意を増し、目の前に迫る。
月盾の軍旗の下、人面甲をした巨漢の騎士が、身の丈ほどもある大剣を振るい、黒騎兵を蹴散らす。
「あのデカブツを撃ち殺せ!」
歯輪式拳銃に弾を込めながら、マクシミリアンは叫んだ。
周囲の兵が、一斉に拳銃を構える。しかし、いくら弾を撃ち込んでも、その大剣は止まらない。
馬にまで重装甲を施す人面甲《グロテスクマスク》の騎士は、まるで巨大な鉄塊だった。その勢いは、銃弾を跳ね返しているのかと思うほどの圧力だった。
しかし、黒騎兵も止まらない。
すぐ横にいた無口な影の投げた短刀が、人面甲《グロテスクマスク》の兜を直撃する。短刀は弾かれたものの、一瞬だが、人馬の動きが止まる。
その間隙目がけ、マクシミリアンは突っ込んだ。
部下たちの犠牲を踏み越え、大剣の懐に潜り込む──そして引き金を引く。
しかし、不発だった。
恐怖よりも、怒りが湧いた──こんなときに不発とは──火縄式よりも信頼性がないにも関わらず、そんな物に致命の一撃を頼った自分が、大金叩いて部隊に支給した自分が、あまりにも情けなかった。
マクシミリアンは拳銃を逆手に持つと、そのまま人面甲の騎士に殴りかかった。
しかし、手応えはなく、逆に吹っ飛ばされた。
一瞬、意識が途切れた──そして、どれほどの空白があったのか──気づいたときには、地に落ちていた。何もかもが朦朧としていたが、血と泥の味だけは、妙にはっきりしていた。
ぼんやりとしたときの中で、粉雪が血に染まっていく。
月盾の騎士と、漆黒の胸甲騎兵が、干戈を交わす。人面甲《グロテスクマスク》の騎士が大剣を振るうたび、夥しい血と臓物が舞い散る。泥塗れになりながら助けを求める部下が、無数の馬蹄に踏み潰される。
地面に投げ出されたマクシミリアンは、ただ茫然と、それらの顛末を見ているしかなかった。
殺せと叫ぶ言葉が、虚しく響いた。それでも、風を切る黒竜旗に身を任せ、マクシミリアンは先頭を駆けた。
駆けながら、横隊から鋒矢隊形に、麾下の千騎を隊形変換させる。そして馬腹を蹴り、敵へと向かう。アーランドンソン、イエロッテの部隊の一部は、すでに到着している。残り二千騎が態勢を整えるまで、まずは時間を稼がねばならない。
白煙の中、月盾の軍旗が翻る。古い時代の名残よろしく、騎槍を構える重騎兵を先頭にした馬群が迫る。
向かい来る鉄の圧がどれだけ強まろうとも、足歩は緩めなかった。
最前列の兵が、歯輪式拳銃を構える。槍の穂先が届く寸前まで接敵し、引き金を引く。
銃弾が甲冑を貫き、重騎兵を撃ち落とす。しかし、その密度が減ったとて、騎槍突撃は止まらない。それでも、手元の火は、撃発音は、マクシミリアンを勇気づける。
射撃が終わると同時に、サーベルを抜いた二列目が前に出る。
白刃が、硝煙を切り裂く──ぶつかる。どちらのものか、風に血が舞う。
敵の隊列を縦断するべく、駆ける。しかし今回は、押し返された。いくらサーベルを振ろうとも、刃は群れを貫けなかった。
あまりにも重たい風圧に、黒騎兵の隊列が分断される。馬の脚が止まり、そして、乱戦が、原始的な殴り合いが始まる。
完全に判断を誤った。そう思ったときには、何もかもが手遅れだった。
無様だが、もはや戦術はなかった。全体としての統制も取れていない。アーランドンソン、イエロッテの二千騎も戻ってはきているものの、防衛態勢を整えるには至っていない。今は、配下の兵たちが個々で踏み止まっているに過ぎない。
わかりきっていたことだった。ハベルハイムの騎兵隊と月盾騎士団、総勢五千騎を迎え撃つには、麾下の千騎だけでは多勢に無勢だった。
周囲の兵たちは、明らかにその数を減らしている。先に諫言してきた幕僚も、目の前で銃弾に倒れた。損害はどれほどか、考えたくもなかった。
しかし、一度燃え始めた戦火は、赤い粉雪をまとう月盾の軍旗は、お構いなしにその殺意を増し、目の前に迫る。
月盾の軍旗の下、人面甲をした巨漢の騎士が、身の丈ほどもある大剣を振るい、黒騎兵を蹴散らす。
「あのデカブツを撃ち殺せ!」
歯輪式拳銃に弾を込めながら、マクシミリアンは叫んだ。
周囲の兵が、一斉に拳銃を構える。しかし、いくら弾を撃ち込んでも、その大剣は止まらない。
馬にまで重装甲を施す人面甲《グロテスクマスク》の騎士は、まるで巨大な鉄塊だった。その勢いは、銃弾を跳ね返しているのかと思うほどの圧力だった。
しかし、黒騎兵も止まらない。
すぐ横にいた無口な影の投げた短刀が、人面甲《グロテスクマスク》の兜を直撃する。短刀は弾かれたものの、一瞬だが、人馬の動きが止まる。
その間隙目がけ、マクシミリアンは突っ込んだ。
部下たちの犠牲を踏み越え、大剣の懐に潜り込む──そして引き金を引く。
しかし、不発だった。
恐怖よりも、怒りが湧いた──こんなときに不発とは──火縄式よりも信頼性がないにも関わらず、そんな物に致命の一撃を頼った自分が、大金叩いて部隊に支給した自分が、あまりにも情けなかった。
マクシミリアンは拳銃を逆手に持つと、そのまま人面甲の騎士に殴りかかった。
しかし、手応えはなく、逆に吹っ飛ばされた。
一瞬、意識が途切れた──そして、どれほどの空白があったのか──気づいたときには、地に落ちていた。何もかもが朦朧としていたが、血と泥の味だけは、妙にはっきりしていた。
ぼんやりとしたときの中で、粉雪が血に染まっていく。
月盾の騎士と、漆黒の胸甲騎兵が、干戈を交わす。人面甲《グロテスクマスク》の騎士が大剣を振るうたび、夥しい血と臓物が舞い散る。泥塗れになりながら助けを求める部下が、無数の馬蹄に踏み潰される。
地面に投げ出されたマクシミリアンは、ただ茫然と、それらの顛末を見ているしかなかった。
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