上 下
12 / 97
第二章 燃える冬の夕景

2-1 強き北風  ……オッリ

しおりを挟む
 冬の哭き声。血の道標。落ちゆく者の残り香──そして、獣たちの笑い声。

 北限の峰から吹きつける強き北風ノーサーが、戦場に吹き荒れる。その風をまとい、殺意に満ちた〈帝国〉の黒竜旗が、〈教会〉の十字架旗を蹂躙する。

 黒騎兵オールブラックスの突撃を機に教会遠征軍の戦列が崩壊していく中、極彩色の馬賊ハッカペルが毒々しい花を咲かせながら戦場に現れる。騎馬民族のまとう毛皮の服や軽装の革鎧を、王侯貴族からの略奪品で装飾した千騎の弓騎兵が、餌の臭いを嗅ぐようにして戦火を窺う。

 そして燃える十字架旗目掛け、極彩色の馬賊ハッカペルが駆け出す。

 笑い声が、燃える雪原を駆ける。わずかに踏み止まる〈教会〉の騎士たちに、極彩色の風が襲いかかる。
 馬上から放つ矢が白煙を切り裂く。唸る矢が、騎士たちを次々に射抜いていく。
 騎射に続き、けたたましい鼓笛と、獰猛な喊声が轟く。鉈、蛮刀、戦鎚など、各々得意の近接武器に持ち替えた極彩色の馬賊ハッカペルの戦士たちが、勢いのまま敵中に殴り込む。
 ぶつかると同時に、極彩色の風が血飛沫を巻き上げる。
 その群れの先頭で、強き北風ノーサーが咆哮する。
「我らが父祖! 偉大なる〈東の王プレスター・ジョン〉よ! その杯に、大いなる血の雨を! 遥かなる地平線に、我が血の雨を!」
 振り下ろしたウォーピックの一撃が、騎士の兜を穿ち、頭蓋を砕く。顔中の穴という穴から、冗談のように血が噴き出す。生温い返り血が、極彩色の装具を、両腕の刺青いれずみを、鮮やかな赤に染めていく。

 偉そうな〈教会〉の騎士たちを殺しながら、オッリは先祖の名を叫んだ。二百年前、〈東からの災厄タタール〉で大陸を恐怖と混乱に陥れた始祖、〈東の王プレスター・ジョン〉の伝説と、〈帝国〉の皇帝グスタフ三世の戦いぶりを重ね、オッリは狂喜した。

 自らを燃える心臓の男と称し、この戦争を〈大祖国戦争〉と呼んだグスタフ三世は、三ヵ月にも及ぶ遅滞作戦ののち、ここボルボ平原でついに反撃に討って出た。そして、すぐに大勢は決した。
 皇帝自らが指揮を執ったボルボ平原の会戦は帝国軍の圧勝だった。動員兵力は五万と同等だったが、戦略的撤退により温存されていた帝国軍は、兵の質、士気ともに精強であり、長期行軍により疲弊していた教会遠征軍を鎧袖一触で蹴散らした。鉄の修道騎士と称される教会遠征軍の総指揮官、ヨハン・ロートリンゲンも、噂と違い大した相手ではなかった。反攻の直前に到来した冬も帝国軍に味方し、強襲を後押しした。
 燃え始めた炎は、瞬く間に教会遠征軍の野営地を覆った。そして帝国軍第三軍団騎兵隊の友軍である黒騎兵オールブラックスの突撃により、教会遠征軍の本陣は呆気なく陥落した。

「おー、あいつも派手にやってんな」
 オッリの視界の先で、漆黒の胸甲騎兵が駆ける。戦友であり上官でもある、マクシミリアン・ストロムブラードが率いる黒騎兵オールブラックスが、炎をまとい躍動する。
 黒騎兵オールブラックスの突撃前にはすでに着火していただろうか。味方が攻勢を強める合間、オッリらが退屈しのぎに飛ばしていた火矢が火薬にでも引火したのだろうか。気づいたときには、炎は盛大に燃えていた。会戦の勝敗が決した一方で、炎の勢いは止まることを知らず、教会軍の本陣は敵味方入り乱れ大混戦に陥っている。
 ただ、組織的な抵抗は疎らだった。教会遠征軍の総指揮官、ヨハン・ロートリンゲン元帥の生死に関わらず、態勢の立て直しは誰がどう見ても不可能であり、帝国軍の部隊の多くは追撃戦へと移行している。

 勝敗は決した──あとは、極彩色の馬賊ハッカペルにとって何より楽しい時間、狩りの始まりである。

 極彩色の馬賊ハッカペルの戦士らは、みな笑顔だった。
 敵を完膚なきまでに叩き潰し、逃げ散る背中に気の赴くまま矢を射込む。従軍司祭を嬲り殺し、偉そうな騎士の首を刈る。十字架旗を奪い、放火し、敵兵を生きたまま炎にくべ、焼き殺す……。一見すれば、和やかに狩りに興じる、笑顔溢れる戦場である。
 しかしその笑顔の裏で、男たちは飢えていた。
 オッリも同胞たちと同様、飢えに飢えていた。小競り合いを除けば、三ヵ月もの間まともに戦ってなかったのである。

 まだまだ戦い足りない。奪い足りない。殺し足りない……。白煙の中に浮かぶ獲物に狙いを定め、オッリは舌舐めずりをした。

 夕景に落ちていく、十字架を奉る天使の錦旗──〈教会七聖女〉の一人であり、教会遠征軍の旗印を務める少女、第六聖女セレン。

 目的は女である。
 ヨハン・ロートリンゲンのような王侯貴族のお偉方は、身代金か射撃の的にしかならない奴隷にも劣る畜生だが、女は違う。
 年端もいかぬ第六聖女の周りには、その世話をする侍女や、親衛隊の女騎士ら、美しい子女が大勢いる。それらを捕らえ、嬲り、犯す。孕ませ、産ませ、その子らは〈東の王プレスター・ジョン〉の末裔として、騎馬民族の子として、極彩色の馬賊ハッカペルの戦士として、育てる。
 要は、〈東の王プレスター・ジョン〉がかつて大陸を蹂躙したときの生き様である──戦場を縦横無尽に駆け、勇者を寸刻みに殺し、美女を好き放題に犯し、金銀財宝を略奪する──オッリの母親も大陸東部の亡国の女、現在の妻も戦地で略奪した女である。極彩色の馬賊ハッカペルの男たちにとって、略奪した女は最高の戦利品であり、美しく高貴な血を犯し孕ますことは、戦士として最高の栄光なのである。

 ただ、日没は間近に迫っている。反撃も許さぬ大勝利を得た以上、グスタフ帝は夜戦までは仕掛けないだろう。つまり日没までの残された時間で、もう一戦果、最上級の獲物を仕留めたい。

 沈む夕陽が影を増し、炎が宵闇に燃える。

 オッリは力任せに敵兵の頭部をねじ切ると、それをあぶみに縛りつけ、そして馬腹を蹴った。

 聖女を地面に引きずり倒し、その血を〈東の王プレスター・ジョン〉の杯に捧げる。遥かなる地平線に、必ずやこの血を刻みつける。

 燃え滾る血が、オッリを衝き動かす。日没までの時間など関係ない。戦いはまだ終わっていない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

アイドルグループの裏の顔 新人アイドルの洗礼

甲乙夫
恋愛
清純な新人アイドルが、先輩アイドルから、強引に性的な責めを受ける話です。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

軍艦少女は死に至る夢を見る~戦時下の大日本帝国から始まる艦船擬人化物語~

takahiro
キャラ文芸
 『船魄』(せんぱく)とは、軍艦を自らの意のままに操る少女達である。船魄によって操られる艦艇、艦載機の能力は人間のそれを圧倒し、彼女達の前に人間は殲滅されるだけの存在なのだ。1944年10月に覚醒した最初の船魄、翔鶴型空母二番艦『瑞鶴』は、日本本土進攻を企てるアメリカ海軍と激闘を繰り広げ、ついに勝利を掴んだ。  しかし戦後、瑞鶴は帝国海軍を脱走し行方をくらませた。1955年、アメリカのキューバ侵攻に端を発する日米の軍事衝突の最中、瑞鶴は再び姿を現わし、帝国海軍と交戦状態に入った。瑞鶴の目的はともかくとして、船魄達を解放する戦いが始まったのである。瑞鶴が解放した重巡『妙高』『高雄』、いつの間にかいる空母『グラーフ・ツェッペリン』は『月虹』を名乗って、国家に属さない軍事力として活動を始める。だが、瑞鶴は大義やら何やらには興味がないので、利用できるものは何でも利用する。カリブ海の覇権を狙う日本・ドイツ・ソ連・アメリカの間をのらりくらりと行き交いながら、月虹は生存の道を探っていく。  登場する艦艇はなんと58隻!(2024/12/30時点)(人間のキャラは他に多数)(まだまだ増える)。人類に反旗を翻した軍艦達による、異色の艦船擬人化物語が、ここに始まる。  ――――――――――  ●本作のメインテーマは、あくまで(途中まで)史実の地球を舞台とし、そこに船魄(せんぱく)という異物を投入したらどうなるのか、です。いわゆる艦船擬人化ものですが、特に軍艦や歴史の知識がなくとも楽しめるようにしてあります。もちろん知識があった方が楽しめることは違いないですが。  ●なお軍人がたくさん出て来ますが、船魄同士の関係に踏み込むことはありません。つまり船魄達の人間関係としては百合しかありませんので、ご安心もしくはご承知おきを。もちろんがっつり性描写はないですが、GL要素大いにありです。  ●全ての船魄に挿絵ありですが、AI加筆なので雰囲気程度にお楽しみください。  ●少女たちの愛憎と謀略が絡まり合う、新感覚、リアル志向の艦船擬人化小説を是非お楽しみください。  ●お気に入りや感想などよろしくお願いします。毎日一話投稿します。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

War at the Warfield

寸陳ハウスのオカア・ハン
現代文学
これは遠くない未来の、第四次世界大戦下における日本のある一場面である。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...