トラに花々

野中

文字の大きさ
30 / 197

日誌・29 狂うほどに

しおりを挟む
立場も住んでいる場所も違う雪虎と大河が、いつ知り合ったか。


それは、大学生の時だ。


きっかけは、さやか。彼女と大河が、学年は違うが、同じ大学だったのだ。
双方とも、その容姿から何かと周囲の注目を浴びていた。
よって、知り合う前から、互いの存在は知っていた。やたら目立つ存在がいるな、と。
ただ。

大河は常に取り巻きに囲まれ、新しい人間関係を築くことが難しかった。

さやかはさやかで、クールな才女として名高く、近寄りがたい高嶺の花として、周囲から遠巻きにされていた。

お互い、普通に学生生活を過ごしていれば、接触することもなかったろう。
このような舞台の上。



一度目のきっかけは、大河が大学一年の時の、夏のある日。



ふ、と大河は、渡り廊下から大学の敷地内にある木立の下を見遣った。
そこで。
さやかが、木陰にあるベンチに腰掛け、単行本を広げているのが見えた。

少し顔色が悪いように見えたが、平然とした表情で汗一つかいていない。

相変わらず隙のない女性だな、と遠巻きに見遣り、大河は一つの授業に出席した。
その後、また渡り廊下を通って、戻るとき。



さやかはまだそこにいた。



授業に出る前と同じ姿勢・同じ表情で。

なんとなはなしに、大河は少し信じられない気持ちで察した。





―――――もしかして、動けない、とか。





偶然、そのときは大河も一人で。

遠慮しながら近寄り、迎えを呼びましょうか、と声をかけたのは単なる気紛れだった。
さやかは表情も変えず、大河を一瞥。


才女と呼ばれるにふさわしい、氷の眼差しで。


勘違いだったかな、と大河が思う程度には間を置いて。

さやかは、当然のように腕を伸ばしてきた。





いらない親切よ、けど、優しくしてくれるつもりがあるなら、手を貸して、と。





つん、とすまし顔で。媚びもせず。当たり前のように。
その態度が新鮮で、大河は悪い気もせず、同意した。

とたん、さやかは躊躇いもせず、大河の腕に手をかけ、支えに使った。


迎えを呼ぶだけのつもりが、いつの間にか門へ同行することになっている。


苦笑する大河の隣で、彼の腕を取ったさやかはスマホを開き、どこかへ連絡を入れた。
そのときがはじめてだ。さやかの「トラちゃん」のことを知ったのは。
いや、噂でなら聞いていた。さやかには兄がいると。

―――――蓋を開けてみれば、兄でなく幼馴染だったわけだが。
雪虎相手に、才女であるはずのさやかが理不尽な文句を当たり前のように口にして、子供じみた態度で甘える姿を見れば、当初しばらくの間、実の兄妹と勘違いしたのも仕方がない。


二人が門につくと同時に。雪虎もそこに到着した。





雪虎の第一印象と言えば。
帽子をかぶった陰気そうな男、だ。

だが、その顔を見るなり。
大河は咄嗟に顔を背けていた。ぞっとするほどの醜悪さに、血の気が引いた。

…それは、一瞬、大河にひどい混乱をもたらした。

なにせ、どれだけ醜いからと言っても、大河が反射で顔を背けることなど―――――あり得ない話だったからだ。





理由は。
御子柴の人間が、他者からの愛情に、決して苦労しないという点にある。

そういった家系、と言うべきか。

彼らは、存在するだけで無性に、周囲の者の中にある愛を掻き立てるのだ。
中でも大河は、将来を約束されたその生まれゆえか、物質にも、愛情にも飢えたことがない。
当たり前のように誰からも愛された。


むしろ、愛情など当たり前にあるもので、飽きてさえいたかもしれない。これが最低だという自覚はある。


ひとつ、彼が飢えているとしたら。

―――――愛される必要などない、ただ、愛したい。愛したい。





愛したい。






思春期の頃は、狂うほどに、そう願った。

結局、その頃に、彼の願いが叶うことはなかったけれど。
そして、教養をはじめ、勉強や運動に苦労することなく、何不自由なく、育った。

そんな彼が得た気質の一つとして。


底抜けの寛容さがある。




それがもたらすものの一つ―――――弊害と言うべきか、どうかは分からないが、何かを見た時、顔を背けたり、見惚れたり、と言うことは、なくなってしまった。




美醜の判断はつく。だがそこに、感情は付随しないのだ。
にもかかわらず。


大河は、雪虎を見るなり、顔を背けた。





―――――いったい、彼は何だろう。





呆然とする間にも、トラちゃん、と甘えを含んだ声を上げたさやかが彼に駆け寄った。
勢いのまま抱き着く、意外な姿に我に返った大河は、怖いもの見たさで思い切って視線を返した。と。

唖然となる。


雪虎の顔立ちは、不遜で粗削りながら、男前に見えた。


なるほど、切れ味鋭い美貌を持つさやかの兄と言われても不思議はない。
この時の、どうなっているのかとキツネにつままれた心地になった記憶は、まだ新しい。

構内では大人びたさやかが、めそめそ泣きだし、身体が痛い辛いおんぶ、とせがむのを聞いて驚いたのもよく覚えていた。
…どうやら、月のモノだったらしい。


そんな流れでさやかと知り合い、会えば挨拶を交わす仲になった頃。


学内の一部で薬物が流行った。
外国では合法のモノでもあり、使った者にとってはファッション感覚だったのかもしれない。それだけならば、関わり合いにならず、大河も過ごしたのだが。
その薬物に関わった人間が、消え始めた。通常なら気付かないほど、巧妙な手口で。
手腕もさることながら、人選が一番優れていただろう。
たとえ『消えた』としても誰も探さないような相手を選び、連れ去った。
その先で、彼らがどうなったかまでは分からない。


―――――何もなければ。

いくら気付いたとしても危険すぎて大河は近寄りもしなかっただろう。





ただ、関わらなければならない理由が、大河側にあった。





攫った人間を、日本から連れ出す際に使われたのが―――――御子柴の船だったのだ。

誰がどんな商売をしているかまでは探り出すつもりはないが、御子柴の船が動いた以上、グループ内の人間がかかわった可能性は高かった。
それをあぶりだす必要が、大河にはあったのだ。
探って行けば、その薬物を使って、定期的にパーティが開催される豪邸の持ち主が構内にいることが判明した。要するに、乱交パーティだ。

その相手と、さやかが知り合いと言うことまで調べた大河は、彼女に仲介を頼み、結果。


薬物の針を拒むことができず、無抵抗のままパーティの最中にソファへ転がる羽目になった。



虎穴に入らずんば虎子を得ず。



情報を得るためにはまず、信頼を得ることが重要だった。
そのためには、取引に使われる商品に興味があるとにおわせる方が一番手っ取り早い。

それに、雑だが目算はしていた。
ある程度の危険はあっても、大河が攫われることはない。なにせ、彼の背後には御子柴がいる。
巨大な組織に周辺を嗅ぎ回られるのは、首謀者とて望まないところだろう。

後遺症が心配だったが、そこはもう、御子柴の医師団に期待するほかない。



要するに、利口に見えてもまだ若かった大河は、捨て身で突っ込んだわけだ。



薬物で箍の外れた、甲高く騒がしい声が周囲に満ちている。
ガンガンと痛む頭を抑えることもできず、四肢を投げ出した大河に何を思ったか、誰かが笑い声を弾かせた。







「来いよ、これから王子さまのストリップショーだ!」


王子さま。

大河を冗談半分に、そう言う学生がいることは知っていた。







他人事のように聞きながら、朦朧とする意識の中、服に手をかけられる。








しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

創作BL短編集

さるやま
BL
短編まとめました。 美形×平凡、ヤンデレ、執着・溺愛攻め多め

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
 漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。  漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。  陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。  漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。  漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。  養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。  陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。  漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。  仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。  沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。  日本の漁師の多くがこの形態なのだ。  沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。  遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。  内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。  漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。  出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。  休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。  個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。  漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。  専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。  資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。  漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。  食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。  地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。  この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。  もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。  翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。  この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

スライムパンツとスライムスーツで、イチャイチャしよう!

ミクリ21
BL
とある変態の話。

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

水泳部合宿

RIKUTO
BL
とある田舎の高校にかよう目立たない男子高校生は、快活な水泳部員に半ば強引に合宿に参加する。

処理中です...