69 / 79
第3章
幕29 ちょうどいい
しおりを挟む―――――王女に関して、わたしは何もできませんが。
前置きした上で、
―――――当日、わたしもその場にいるでしょう。
情報をオズヴァルトに与えた。
―――――コロッセオに何の用事があるのだね?
自然と聞いた後で、少し後悔する。個人的な事情があったらどうするのか。
答える必要はない、とクロエに言う直前、
―――――そこに、わたし以外の魔女が出入りしています。彼女は。
淡々と、クロエは答えた。
―――――王女を狙っています。わたしは彼女に、用事があるのです。
狙うとは、穏やかではない。だが、いったい王女の何を狙うというのか。
五年前は十歳の少女であり、今は奴隷におとされた無力な子供だ。
彼女から、これ以上何を搾取するつもりだろう。今、王女が持っているものと言えば。
ただひとつ。
―――――狙いは王女の命かね?
尋ねたオズヴァルトの声は、いつも以上に低く冷たい。クロエは冷静に、彼を見返した。
とたん、冷ややかさを、むしろ心地よさげに感じた態度で目を細める。
―――――いいえ、魔女としての力そのものです。
―――――魔女が、魔女としての力を求めているとは、おかしな話に聞こえるが。
―――――魔女の中にも派閥があります。それぞれの派閥が持つ力を強固にして、他と争える力を手に入れようという考えは、おかしくないでしょう?
魔女たちの中で派閥があるとは、オズの知識に照らしても、初耳だった。
要するに、魔女たちは一枚岩ではないのだ。
ただ、魔女たち内部で派閥ができているとは、想像もしないに違いない。
なにせ、魔女という存在には、…いるからだ。
絶対的な、指導者―――――女帝という存在が。
クロエの言葉を鵜呑みにするのは危険だろう。だから、丸ごと信じるわけにはいかないが。
(クロエが、嘘を言っているようには思えない。そもそも、誤魔化す必要を感じていない様子だな)
―――――わたしは彼女を捕え、情報を引き出し、罰を与える必要があります。
だがその詳細までは当然だが、クロエは語らない。
実際、その情報は今、オズヴァルトにとって必要なものではなかった。
とはいえ、ひとつだけ確認が必要なことがある。
―――――その魔女は王女を攫って派閥に組み入れることで、何と戦うつもりなのかね。
―――――彼女たちは、自らの派閥の力を強め、私が支配している魔女たちを解放するそうです。
解放。
確かにクロエという存在は、圧倒的だ。
しかし、魔女たちを抑圧しているようには見えない。
それとも、内部には、外から見えない何らかの事情があるのだろうか。
それでも、クロエの言葉を聞くなり、オズヴァルトは正直、巨大な山を針で突き崩そうとしている人を見るような心地になった。
相対する派閥、とクロエは言ったが、もっとはっきり言えば、敵対関係に違いない。
敵対。女帝と。
(いや無理だ)
それこそ不可能としか思えない。
女帝の敵となることを選んだ者たちにむしろ同情を抱いたオズヴァルトの前で、クロエは淡々としたものだ。
ただ、どこでもそうだが、思想の対立というのは、溝を深めやすい。
考え方がそもそも違うから、言葉が通じないのだ。
(それに、魔女という存在は、寿命が長い。長い歳月を共に過ごして、何事もないほうがおかしい、か)
幸い、オズヴァルトの表情は、そうたやすく変わらない。
好奇心を迂闊に出さないよう、オズヴァルトは気を逸らした。
なんにしたところで、それ以上は踏み込みすぎだった。
理由は知れないが、王女を狙うという魔女を女帝が引き受けてくれたなら、それ以外はオズヴァルトが知る必要のないことだ。
―――――彼女…コロッセオに出入りする魔女のことはわたしが引き受けます。ただ。
新緑色の、きらきらした目でオズヴァルトを見つめたまま、クロエは続けた。
―――――彼女は王女を連れ出すために、他に助力を乞うたようです。
―――――助力、とは…ああ、王女を守っている闇をどうにかする方法でも見つかったのかね?
だとすれば、逆にオズヴァルトにとっては、助かったと一息つける状況だ。
ただそれで、王女が苦痛を感じることにならなければそれでいい。
―――――残念ながら、方法は、わたしにもわかりかねます。
一拍置いて、クロエは告げた。
―――――なんにせよ、そちらはオズヴァルトさまにお任せすることになるかと。
―――――それは、魔術師かね?
クロエはそれに対して、魔女とは言わなかった。では、いったい。
果たして、クロエは静かに告げる。
―――――魔族です。
ふ、と一時、オズヴァルトは息を止めた。
それは怯えや警戒というより、むしろ。
―――――ああ、それは丁度いい。
買い物のついでの感覚で、オズヴァルトは呟いた。
―――――私は魔族に用事があったのだ。
ではコロッセオに入ることができれば、問題のいくつかがいっきに解決できる段取りとなる。
オズヴァルトの気分が、幾分か軽くなった。
―――――念のための確認だが。
ふとある危険性を覚え、オズヴァルトは念を押した。
―――――使い魔ではなく、魔族そのものが現れるということで間違いないね?
魔人となった人間を、人間に戻す方法を、魔人を眷属とする魔族ならきっと知っている。
聞いたクロエはふわりと微笑んだ。
この時の女帝は、いつもと同じ、際どいほど裸出した格好だったが、その上に、華やかな刺しゅうを施した薄布を羽織っていた。
それでも、一番華やかなのは、羽織っている本人だ。
そんな女性が無防備に微笑んだなら、どうして見惚れずにいられるだろう。
椅子の上、膝を抱えるようにしていたクロエは、少しだけ眠たげな様子でオズヴァルトを見遣る。
―――――本体ではありませんが、魔族そのものです。…そんなものを相手にしなければならないというのに、
そんな彼女の姿は、安心しきった幼子のようでもあり。
―――――ちょうどいい、なんて。オズヴァルトさまらしい。
聞くなり、オズヴァルトは気付いた。
魔族に会えるということにしか反応していなかったが、
(なるほど、王女を攫いたいという魔女に助力する魔族なら、障害となるな)
とはいえ、今回、オズヴァルトが魔族に望むのは戦いではなく、捕獲だ。
魔族と聞いても、オズの記憶では、怯える要素はない、と出る。
問題は、ひとえに、捕まえられるかどうか、だ。
クロエの言葉で気になるのは、その魔族が本体ではない、ということ。そして、もっとも重要なのは、
―――――現状、ルビエラ王女には触れられないが、魔族が助力すれば、それが可能になるのだね。
ルビエラ王女だ。オズヴァルトの念押しに、クロエは再度繰り返す。
―――――どのような方法を使うかは分かりませんが。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
愚かな父にサヨナラと《完結》
アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」
父の言葉は最後の一線を越えてしまった。
その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・
悲劇の本当の始まりはもっと昔から。
言えることはただひとつ
私の幸せに貴方はいりません
✈他社にも同時公開
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
いきなり異世界って理不尽だ!
みーか
ファンタジー
三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。
自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!
【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる