陛下が悪魔と契約した理由

野中

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幕・193 皇宮内最恐伝説

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彼らの目には、側近の三者それぞれの力が特筆すべきものに映る。

ゆえに、―――――皇帝自身はそれほどでもない、と結論するのだ。安易に。



それほどまでに、幼いころの印象というのは大事だろうか。





いや、真実を見る目があるものは、素直に物事を見る。しかし、大半の者は、自分の見たいものだけを見るものだ。





それが、この結果、だろうが。











凡夫が皇帝になれるわけがない。











皇帝を真正面から侮った者の末路は、見事なほどに凄惨だ。箝口令が敷かれるほど。



なにせ、リヒト・オリエスは、自身も周囲も、血で汚れることを意に介さない。

それでも漏れ零れるのが噂話というものだが、実のところ、それだって事実より優しかった。





(皇宮内で、一番怖いのはリヒトっていうのが、この数年不動の順位なんだけど)





骨身にしみてそれを理解しているのは、皇帝の宮殿に仕える侍従や侍女たちだろう。











近くで座ればわかりそうなものだが、幸か不幸か、たまにいるのだ。

この、あふれんばかりの神聖力をちっとも感じない鈍感な相手が。



神聖力を感じないということは、魔力にも鈍いということで。











もうそうなれば、確かに、人の話を聞いて物事を判断するしかなくなる。

とはいえ、皇帝をよく知る者たちの証言を聞かず、皇帝を遠くから眺めるばかりの、アカデミーの学生であった貴族家の次男・三男あたりを相手にしていては偏った情報ばかり蓄積することになる。



結果として、ルークは―――――リヒトを舐めてかかっているのだ。そのうえで。





弱い皇帝より立場が上、とルークが思い込んでいる貴族たちは、ルークの味方をしてくれると思っている。これは、強気に出るはずだ。





ちなみに三年前の戦争で、ヒューゴはルークを見た覚えがない。

こんな奴もいたのかと思うなり、あることを思い出した。





(そういえば、家門の人間は安全な場所に逃がし、匿っていると聞いたな)





その中に、彼もいたのだろう。

もしかすると、直系のレオンが亡くなった場合の―――――言葉は悪いが代替品として守られたのだ。



貴族が自身の血を守るためには当然の処置といえるが…。





(こう、箱入りにしたらダメだろう)





ヒューゴはつい、残念な、痛いものを見る心地の生ぬるい視線になりかける。咄嗟に耐えた。











「そういえば、皇后陛下の弟君であるチェンバレン小公爵ともご友人とか」



そんな彼の前で、ジョシュアは言葉を締めくくる。











…チェンバレン、とは。

これは決定的だ。ついヒューゴは遠い目になった。











ルークはアカデミーで反皇帝の貴族派に抱き込まれている。



中央貴族と交流があることは、ルークにとって、北部で自慢の種だったかもしれないが…。











思っていれば案の定、

「そうとも。だから兄さん、すぐ暴力に訴えるのとかやめてくれないかなぁっ、中央の友人が知ったら、」



押さえつけられながらも鼻高々な態度で、ルークはレオンをにらみ上げる。



ヒューゴは内心、深く嘆息。

そのご友人方には、残念ながら未来はない。

皇帝が皇都を離れている間、宰相が粛正する手はずになっている。



特にチェンバレン家は、その事業に、決定的なダメージを受けるだろう。





(ルシアがその手助けしたしなあ)





だが同時に、救済策は取ってあった。

家出した長男に声もかけたし、チェンバレン家自体が潰れることはないだろうが。







―――――勢力図は確実に塗り替わる。ルークのご友人方は確実に、日陰に回る形で。







「よく分かりました」

ルークの言葉を遮ったジョシュアの声は、冷静沈着だ。いつも通り。

この状況で、聞き分けが悪い生徒を前にした教師、といった程度の表情を浮かべるだけで済んでいるのは、ある意味すごい。



「…礼儀がなっていませんね」

まだ状況を飲み込めていないらしいルークは、ガードナー家特有の青灰の瞳を物騒に細めた。

「こちらが話している途中で、言葉を割り込ませるなんて」





「ではルーク卿」





なんの痛痒も感じた様子のない鉄面皮を保ったまま、ルークの言葉を聞き流したジョシュアはきっぱり告げる。











「退室なさってください」











まさに、生徒に退室を告げる教師然とした態度だ。

ジョシュアは平然としたものだったが、空気が凍る。



おそらくは、場を仲裁しようとしてのジョシュアの発言と周囲は取っていたのだろうが、彼は実際的な人物だ。



中央貴族の名を上げたのは、何もルークを持ち上げようとしてのことではない。逆だ。

穏やかに続ける。







「併せて、今後、陛下がいらっしゃる場所には決して姿を現さないでいただきたい。よろしいですか、ガードナー辺境伯」







ルークではなく、辺境伯を見上げるジョシュア。

辺境伯が応じる寸前、ルークが声を張った。





「下っ端役人風情が、何の権限があってガードナーの人間を追い出すと決定できるんだっ」





―――――皇帝が出れば後戻りができないからだよ!



内心で叫ぶヒューゴ。

いつになったら、状況に気づくのか。



しかも話をしている途中で言葉を割り込ませたのを責めた割に、自身がそれをしている。







もっと言うなら、ルークが言葉を遮った相手は、北部の頂点、ガードナー辺境伯だ。



ルークにとっては祖父とはいえ、対外的なこんな場面で、取っていい行動ではない。







ついでに言えば、ジョシュアは下っ端などではなかった。

きっちりとなでつけた黒髪に、ぱっとしない風采、どこか疲れた風情もあり、うだつの上がらない男と判断したのだろうが、実際にそんな人物が、皇帝のそばに座れるはずはない。



要するにそのあたりの下調べもしていないというわけで。





まともにとるのもばからしいほどお粗末な状況だ。





すぐそばのウォルターと目を合わせれば、彼は真顔で頷いた。

床に置いてあった剣に手を伸ばす。顔をまじまじ見直せば。









―――――斬っちゃいましょうよ♪









そんな言葉が頬に滲み出していた。

ヒューゴは慌てて首を横に振って止めた。







そう、こんな席は通常、帯剣を許されないものだが、武門のためか、そもそもガードナー家の方針が変わっているのか、ここでは騎士が全員、帯剣していた。



辺境伯も然りだ。







ウォルターの手が剣から離れることを、はらはら見守るヒューゴの耳に、















「―――――…騒がしい」















うんざりした声が届いた。身が竦むほど冷たい声だ。

(リヒト)

ちょっと我慢してくれ、と思う間もあったかどうか。

「レオン・ガードナー」



いっさいの感情がにじまない声で、リヒトは一言。





















「ソレの首を落とせ」





「は」



鶏の首を絞めろとでも言うような口調に、レオンは的確に動いた。

一瞬の迷いもない。





















直後。









―――――ギィンッ!







噛み合った鋼と鋼が火花を散らす。

ヒューゴは胸の内で絶叫。





(ああああぁぁぁぁっぶねええええ…っ!!!)











ルークの首に、レオンの剣が落ちる寸前、ヒューゴが食い止めた格好だ。



絨毯を蹴り、低い姿勢で飛び込んだヒューゴを、見下ろすレオンの青灰の瞳が、物騒に細められる。



















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