陛下が悪魔と契約した理由

野中

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幕・132 異変

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なんにしろ。



…ジェフリーは巧くやったのだろう。

先ほどの貴族の青年たちは、先代たちが追放されたとしか言わなかった。死亡の情報はまだ入っていないと見ていい。

知れば、もっと喚き立てたに違いないから、ともすれば。



ジェフリーは死体を、骨すら残さなかった可能性も高い。



いずれにせよ、反発する勢力の対処も考えなければならないが、まずは目の前の問題だ。

ダリルはジェフリーにねぎらいの言葉をかけた。





「お疲れ様」





追放した中には、世話になった相手もいる。

苦い気持ちにもなるが、だからと言って、自身が殺されるのはごめんだ。



ダリルは自分の命汚さにうんざりするが、付き合う方はもっとうんざりだろう。



思ったものの、ジェフリーは上機嫌に言った。

「なんてことねえよ。どんだけ強いのかと思ってたけど、弱ぇのなんの」



そんなことを言えるのは、ジェフリーだからだ。



とはいえ、前から思っていたが、彼はあまり他人に愛着を持たないようだ。

顔見知りの死に、さらには自分がそこに関わったからと言って、落ち込む気配はひとつもない。





(もしかすると、僕相手にもそうかもな)





ジェフリーのことは、実はダリルはよく分からなかった。

オリエス帝国の魔塔始まって以来の天才と言われているが、ダリルには、思えば最初からジェフリーはこのように気さくだった。

癖は強いものの、こだわりがどこにあるかを知っていれば、存外に付き合いやすかったりもする。ただ。







彼に、常識を求めてはならない。







ため息をつき、ダリルは魔塔の心臓に続く場所にある、塔主の執務室へ入った。











「遅かったな」











中にいたのは、堕天した御使い―――――もとい、魔塔を時折訪れる謎の客人、サイファだ。



魔竜を前に、御使いと暴露した時長かった髪は、いつも通り常識的な短さに戻っている。

どっちが本当なのかなと思いながら、ダリルは鉄色の目に視線を戻した。



「また、捕まっていまして」

それですべては伝わる。

サイファは手に持っていた手紙を、来客のソファ前の机に放りだしながら鼻を鳴らした。



「いちいち相手にするからだ」





「ええ、ですので、途中で強引に話を打ち切らせてもらいました。それで、その手紙が」





話しながら、疲れ切った足取りでのろのろ執務机まで進むダリル。

彼を追い越し、ジェフリーが先に、机の上に放り出された手紙を取り上げる。



「これが、皇宮からの手紙か?」



その光景に、ダリルは首を傾げた。



おかしい、皇宮からの手紙など、機密事項のはずなのに、室内にいる人間は身内からの手紙のように回し読みしている。



勝手に開封していたサイファに至っては、

「魔竜が、例のドワーフの居場所を先に突き止めたようだ」



落ち込むニュースをさらりと口にした。ダリルは鉛を飲んだ気分で大きく肩を落とす。







魔塔の地下で捕らえられていたというドワーフのことなら、ちゃんと調べていた。

いたのだが、なにせ、異種族相手で、しかも魔法使いに偏見を持っている者たちが相手なのだ。簡単にはいかない。



手こずっている間に、先を越された。いや、別に勝負ではないのだが。







「私の手のものにも声はかけておいたのだが、…運だな。なに、魔竜はそううるさく言わないだろうよ」



サイファを一瞥し、ジェフリーはいつもの調子で言う。

「あんたの下の連中って、獣人だろ。つっても、純血じゃなく、半人半獣の」



「半端者と言いたいかね?」

恫喝というには静かな口調で、サイファ。

ジェフリーは首を横に振った。





「違うって、その逆。特性を鍛えて磨きをかけて、能力を最大限まで生かせる連中じゃねえか、半端者なんてとんでもない」













世間の、人間と獣人のハーフに対する反応は、―――――冷遇。



ただし彼らは、それぞれの特性を受け継いだ、潜在能力の高い存在だ。

冷遇の中で、拗ねず、腐らず、高みへの道しるべがあれば、どんな人間や獣人にも劣らない優れた能力を発揮する。

サイファはあるきっかけから、常に捨てられる運命にあった彼らを拾い上げ、道しるべとなってきた。



それがいつしか家族となり、組織となり、大陸でも無視できない一つの勢力に育っている。



そんな組織の中心的存在ということもあって、サイファは魔塔で客人待遇を受けていた。













堕天した御使いという立場では、魔塔に入れてももらえなかっただろう。

基本的に、御使いは魔法使いを敵視まではしていないものの、どちらかと言えば蔑視している傾向が強い。



ダリルとしては、サイファが元々どういう存在であったかなどは重要ではなかった。







肝心なのは、魔竜との対峙の時、彼が共にあってくれたということだ。







サイファがいてくれたからこそ、今、ダリルは生きている。そう言っても大げさではないに違いない。



ゆえに、ダリルはサイファが元御使いであったことは誰にも話していなかった。

「そんな連中の調査も掻い潜ったってんだから、そのドワーフもやるじゃねえか」



ジェフリーは面白がる態度で笑う。

一方で、赤い目は、手紙の文字の続きを追っていた。







「それより深刻なのは<はぐれ>に対する言及みたいだぜ」

赤い目が鋭く輝く。











「キリアン・デズモンド。あの嫌われ者、皇宮に単身突っ込んだらしい」











「そのようだな」



ジェフリーが調子はずれの口笛を吹くのに、サイファが自身の顎を撫でた。

「夕刻の時の報告にあった、黒い球体を結界にぶつけて、結果強引に開けた穴から侵入したそうだ。相変わらず、派手好きな魔法使いだな」





「皇宮に突っ込んだ? じゃ、死にましたね。よかった」





ダリルが心から安らかに言えば、ジェフリーは苦いものを飲んだ顔で首を横に振った。



「突っ込ませたのは、自分と意識を繋いだ人造人間って書いてあるぞ。そっちは死んだみたいだが、本人はどうだか…どうせ、生きてるだろ」

椅子に身を投げ出すように座りながら、ダリルは舌打ち。





皇都に潜む<はぐれ>の正体は、とうの昔に皇宮へ報告を入れていた。





どうにかできるものならどうにかしてほしかったものだが、どうやらあの鼻つまみ者はまた命を繋いだらしい。

皇都、そして皇宮における一連の騒動が起きたのは、昼前。



詳細の連絡を皇宮から受けたのは、夕刻の頃。





そして、今は夜。









―――――改まって回された皇宮からの連絡に、今までの経験上、意味がないものがあるはずはない、が。









「夕刻の連絡に対する補足が、今回の手紙ですか?」



目を通しているジェフリーではなく、ダリルが既に読了したサイファに目をやれば、











「…だけ、ならば、良かったのだがな」











気紛れにダリルの手伝いをしてくれているサイファの目に、わずかに、気の毒がるような色が過った。

それだけで、ダリルは蒼白になる。



「…悪い知らせ、なんですね」



「ううむ。なんというべきか」

サイファが、ジェフリーが目を通している手紙を見遣り、珍しく言い淀む。

サイファの歯切れが悪くなるのは滅多にない。



「私も困惑しているのだが…」



言いさしたところで、ジェフリーが喉の奥で唸る。







「…どういうことだ?」







顔を上げ、彼は赤い目を、サイファの鉄色の目に向けた。

おもむろに何を言うかと思えば、





「呪詛の雨が皇宮の上に降ったのは、魔塔でも観測済みだけどよ」





呪詛の話だ。

それの何が、『どういうことだ?』につながるのか。



「付け加えるなら」

サイファが、言葉を足した。









「それを魔竜が、自らの翼で皇宮を覆うことで、皇宮を守り、すべて吸い取ることで事なきを得たところまで、はっきり見て取れた」









「なんですか?」



夕刻時の連絡でもたらされた情報を、今ここで改まって言うのはなぜなのか。

ダリルは眉をひそめる。





「取りこぼしでもあったのですか?」





呪詛は人間にとっては猛毒だ。

だがそれを魔塔にどうにかしろと言われても、できるものではない。

いや、どうにかしろと言われたら、魔塔にできるのは、呪詛に犯された場所や人間を破壊することだけだ。



取り除くとなると、それは神殿の仕事である。





「いや、それが」





当惑した様子で、ジェフリーはダリルに手紙を渡した。

やはり、彼も言い淀んだ。



説明が難しい、とでも言いたげな態度だ。



思わせぶりな様子に、戸惑いながら、渡された手紙を読み進めていったダリルは。











「…は?」











最後の方に至って、首をひねる。読み進めながら、上の空で他の二人に確認。



「悪魔にとって、呪詛は害になるどころか、元気になる代物ですよね?」





すぐさま、二人から、肯定の言葉が返った。





「だったらなぜ」

手紙から顔を上げ、ダリルはぎこちなく微笑んだ。











「魔竜が呪詛に倒れた、と書かれてあるんですか? しかも、手紙の終わりに」







手紙の最後は、信じられない言葉で締めくくられていた。思わず、叫ぶ。



















「塔主はすぐさま皇宮に来いってあるんですけどお!?」



















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