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幕・131 言われた通りに
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あの時。
魔塔にいた誰もが、魔竜を恐れた。当然だ。
魔塔の全力を、あの悪魔は子供が振り上げた小さな拳のように、軽くいなしてしまったのだから。
もちろん、魔竜がやったことは、無茶苦茶だ。
だがその中で、一本、筋も通っていた。
通る筋がある、そう思ってしまったら、魔竜がやったことを肯定したも同然だろう。
実のところ、魔塔の内部では、半数近くの魔法使いが、魔竜の行動に痛快さを感じていた。
閉鎖的な一部の貴族主義に、嫌気を感じていた若い世代がその大半だ。
同時に、逆の感想を持った者も多いが。
貴族の青年は胸を張った。
「塔主さまの指名を受けるなど、誇り以外の何物でもない。出たに決まってる」
そうは言ったものの、あの時、ダリルは目撃している。
彼が、顔面蒼白で、ガタガタ震えていたところを。
「…これでは」
ダリルは、ジェフリーを引き留めるように上げていた手を、静かに降ろす。
ジェフリーがじっとその手を見下ろし、彼の様子に、貴族の青年たちは身構えた。
「堂々巡りですね。仕方ありません。僕が塔主であることに異論があるならば」
それでもジェフリーが間違って動き出すことのないように、ダリルは立ち位置を変え、彼の真正面に立つ。
「皇宮へ手紙を書きます。来て頂きますので、魔竜へ不満を申し出てください」
「まさかっ、皇宮が、魔塔の連絡を受け取るはずが」
貴族の青年が、ギョッとしたように声を上げるのも仕方がなかった。
なにせ、オリエス皇室が神聖力を扱うという特質上、皇族は魔塔を遠ざけてきたからだ。
魔塔から皇族に対するアプローチが、その力を調べさせてほしいという、ある意味欲望に忠実なものだったから、当然と言えば当然だろう。
皇族の身体に傷をつけるつもりか、と言われたら、両手を挙げて引き下がるしかない。
そして皇族の魔法使いに対する警戒心は、育つ一方だったというわけだ。
ダリルとしては頭が痛い問題である。
もちろん、ダリルとて神聖力に興味はあるが、他人の意思を無視して実験道具に使用しようなどと、まず人間として、言語道断だ。
魔法使い全般がそこまで常識知らずと思われるのは心外である。
「…皇宮が、魔塔と、―――――連絡を取っているのか?」
ダリルの様子に、貴族の青年が身を乗り出して尋ねるのに、ジェフリーが呆れ返った視線を向けた。
「塔主が代替わりして、毎日やり取りしてるぜ。さっきだって」
「ジェフリー」
彼の言うとおりだが、これは、魔塔と皇宮の仲がいいというわけではない。
はじまりは魔竜の依頼だったわけだが、それが皇宮からの依頼にいつの間にかすり替わっているのが現状だ。
端的に言えば、魔塔は皇宮の仕事を請け負っている。
ただ、単に、と言えば、語弊があった。
調査結果次第では、―――――魔塔の命運まで決まるのだから。
下手を打てば、怒れる魔竜が魔塔を今度こそ、滅ぼすだろう。
だが、そこまで説明する義理はない。
要するに、目の前の相手は、ダリルたちが皇宮と何らかのやり取りをしている、という、基本的な情報収集さえできていないということだ。
先日、騎士に補任されたことといい、魔竜がオリエス皇帝の後ろ盾を持つことは明らかというのに。
何も調べがついていないならば、少し、大きく出てもいいだろう。
「僕には魔竜の加護があります。下手に害そうとすれば」
向けた自身の黒い目に、どれだけの力がこもっているのか、ダリルにはあまり自覚がない。
相手は咄嗟に怯んだ。
そこに一歩踏み込んで、
「被害を受けるのはあなた方だ」
ダリルは鋭く刺す声で告げる。
振り払うように、貴族の青年は言う。
「…はったりだ」
その通り。
だが、試す勇気は誰にもないだろう。
「それから」
彼の反応などどうでもいい気分で、ダリルは身をはなした。
「魔塔は僕の支配下にあります」
改めて、ダリルは告げる。
魔塔という、無機物というよりも生物に近いこの建物が、ダリルの全身に繋がっている。
呼吸するように、自然と理解できた。
中で起きたこと。
会話。
力の動き。
いっさいが、ダリルに把握できるのだ。
それを、本当に目の前の魔法使いは理解しているのだろうか?
これらを無理やりつなげたのは魔竜だが、大げさな儀式の必要もなく、ほぼ一瞬で魔塔と塔主のこのつながりを構築したあの悪魔は、魔法使いとして図抜けている。
もちろん、悪魔が魔法に長けているのは当たり前の話だが、ここまで繊細な作業を精確にやってのけるなど、普通の悪魔では無理な話だろう。
なんにせよ、
「魔塔内の密談などにはお気をつけて。筒抜けです」
言い捨て、ダリルは踵を返した。
「行くのか?」
聞きながら、ジェフリーが後ろをついてくる。
躾のいい大型犬のようだが、いつだれに噛み付くかは分からないから、注意が必要だ。
けれどこの調子なら、今日はもう大丈夫だろう。
それはともかく、残念ながら、この貴族の青年たちは、魔塔の塔主になるという意味をよく理解していない。
権力を握る、単純にそれだけの話ではないのだ。
「おい、待て!」
呼ぶ声は聴こえたが、今度はダリルも振り向かない。
追ってこられるのは面倒だった。
と、少しでもダリルが思えばコトはすぐに済む。
背後で、たちまちのうちに道が閉ざされた。獣が口を閉ざすように。
そしてまた、思い出したように別の通路ができる。
上階へ進みながら、ダリルはジェフリーに話しかけた。
「追放した先代と長老方はどうでしたか?」
「ああ、言われた通り」
楽し気に、ジェフリーは赤い目を輝かせる。
そして、明るい声で一言。
「殺した」
ダリルはいっとき、瞑目。
黙って去るならば、先代と長老たちの、その後の生活の支援まで手配をしていた。だが。
―――――もし、まだ魔塔に対して、塔主たるダリルに対して謀をするならば。
始末してくれと、命じたのはダリルだ。
ジェフリーが先代たちにはまだ危険があると判断し、実行したのなら、責任はダリルにある。
ダリルがもっと強かったなら、生かしておいても別に問題はなかった。
たとえばあの魔竜のように。
だが、ダリルは弱い。
塔主になったと言っても異例尽くしで、未だ自覚も能力も追いついていなかった。
魔塔は盤石とは言い難い。
ゆえに、命を狙う輩がいるのなら、容赦なく殺し、後顧の憂いをなくす方法しか今のダリルには取れないのだ。
魔塔にいた誰もが、魔竜を恐れた。当然だ。
魔塔の全力を、あの悪魔は子供が振り上げた小さな拳のように、軽くいなしてしまったのだから。
もちろん、魔竜がやったことは、無茶苦茶だ。
だがその中で、一本、筋も通っていた。
通る筋がある、そう思ってしまったら、魔竜がやったことを肯定したも同然だろう。
実のところ、魔塔の内部では、半数近くの魔法使いが、魔竜の行動に痛快さを感じていた。
閉鎖的な一部の貴族主義に、嫌気を感じていた若い世代がその大半だ。
同時に、逆の感想を持った者も多いが。
貴族の青年は胸を張った。
「塔主さまの指名を受けるなど、誇り以外の何物でもない。出たに決まってる」
そうは言ったものの、あの時、ダリルは目撃している。
彼が、顔面蒼白で、ガタガタ震えていたところを。
「…これでは」
ダリルは、ジェフリーを引き留めるように上げていた手を、静かに降ろす。
ジェフリーがじっとその手を見下ろし、彼の様子に、貴族の青年たちは身構えた。
「堂々巡りですね。仕方ありません。僕が塔主であることに異論があるならば」
それでもジェフリーが間違って動き出すことのないように、ダリルは立ち位置を変え、彼の真正面に立つ。
「皇宮へ手紙を書きます。来て頂きますので、魔竜へ不満を申し出てください」
「まさかっ、皇宮が、魔塔の連絡を受け取るはずが」
貴族の青年が、ギョッとしたように声を上げるのも仕方がなかった。
なにせ、オリエス皇室が神聖力を扱うという特質上、皇族は魔塔を遠ざけてきたからだ。
魔塔から皇族に対するアプローチが、その力を調べさせてほしいという、ある意味欲望に忠実なものだったから、当然と言えば当然だろう。
皇族の身体に傷をつけるつもりか、と言われたら、両手を挙げて引き下がるしかない。
そして皇族の魔法使いに対する警戒心は、育つ一方だったというわけだ。
ダリルとしては頭が痛い問題である。
もちろん、ダリルとて神聖力に興味はあるが、他人の意思を無視して実験道具に使用しようなどと、まず人間として、言語道断だ。
魔法使い全般がそこまで常識知らずと思われるのは心外である。
「…皇宮が、魔塔と、―――――連絡を取っているのか?」
ダリルの様子に、貴族の青年が身を乗り出して尋ねるのに、ジェフリーが呆れ返った視線を向けた。
「塔主が代替わりして、毎日やり取りしてるぜ。さっきだって」
「ジェフリー」
彼の言うとおりだが、これは、魔塔と皇宮の仲がいいというわけではない。
はじまりは魔竜の依頼だったわけだが、それが皇宮からの依頼にいつの間にかすり替わっているのが現状だ。
端的に言えば、魔塔は皇宮の仕事を請け負っている。
ただ、単に、と言えば、語弊があった。
調査結果次第では、―――――魔塔の命運まで決まるのだから。
下手を打てば、怒れる魔竜が魔塔を今度こそ、滅ぼすだろう。
だが、そこまで説明する義理はない。
要するに、目の前の相手は、ダリルたちが皇宮と何らかのやり取りをしている、という、基本的な情報収集さえできていないということだ。
先日、騎士に補任されたことといい、魔竜がオリエス皇帝の後ろ盾を持つことは明らかというのに。
何も調べがついていないならば、少し、大きく出てもいいだろう。
「僕には魔竜の加護があります。下手に害そうとすれば」
向けた自身の黒い目に、どれだけの力がこもっているのか、ダリルにはあまり自覚がない。
相手は咄嗟に怯んだ。
そこに一歩踏み込んで、
「被害を受けるのはあなた方だ」
ダリルは鋭く刺す声で告げる。
振り払うように、貴族の青年は言う。
「…はったりだ」
その通り。
だが、試す勇気は誰にもないだろう。
「それから」
彼の反応などどうでもいい気分で、ダリルは身をはなした。
「魔塔は僕の支配下にあります」
改めて、ダリルは告げる。
魔塔という、無機物というよりも生物に近いこの建物が、ダリルの全身に繋がっている。
呼吸するように、自然と理解できた。
中で起きたこと。
会話。
力の動き。
いっさいが、ダリルに把握できるのだ。
それを、本当に目の前の魔法使いは理解しているのだろうか?
これらを無理やりつなげたのは魔竜だが、大げさな儀式の必要もなく、ほぼ一瞬で魔塔と塔主のこのつながりを構築したあの悪魔は、魔法使いとして図抜けている。
もちろん、悪魔が魔法に長けているのは当たり前の話だが、ここまで繊細な作業を精確にやってのけるなど、普通の悪魔では無理な話だろう。
なんにせよ、
「魔塔内の密談などにはお気をつけて。筒抜けです」
言い捨て、ダリルは踵を返した。
「行くのか?」
聞きながら、ジェフリーが後ろをついてくる。
躾のいい大型犬のようだが、いつだれに噛み付くかは分からないから、注意が必要だ。
けれどこの調子なら、今日はもう大丈夫だろう。
それはともかく、残念ながら、この貴族の青年たちは、魔塔の塔主になるという意味をよく理解していない。
権力を握る、単純にそれだけの話ではないのだ。
「おい、待て!」
呼ぶ声は聴こえたが、今度はダリルも振り向かない。
追ってこられるのは面倒だった。
と、少しでもダリルが思えばコトはすぐに済む。
背後で、たちまちのうちに道が閉ざされた。獣が口を閉ざすように。
そしてまた、思い出したように別の通路ができる。
上階へ進みながら、ダリルはジェフリーに話しかけた。
「追放した先代と長老方はどうでしたか?」
「ああ、言われた通り」
楽し気に、ジェフリーは赤い目を輝かせる。
そして、明るい声で一言。
「殺した」
ダリルはいっとき、瞑目。
黙って去るならば、先代と長老たちの、その後の生活の支援まで手配をしていた。だが。
―――――もし、まだ魔塔に対して、塔主たるダリルに対して謀をするならば。
始末してくれと、命じたのはダリルだ。
ジェフリーが先代たちにはまだ危険があると判断し、実行したのなら、責任はダリルにある。
ダリルがもっと強かったなら、生かしておいても別に問題はなかった。
たとえばあの魔竜のように。
だが、ダリルは弱い。
塔主になったと言っても異例尽くしで、未だ自覚も能力も追いついていなかった。
魔塔は盤石とは言い難い。
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