陛下が悪魔と契約した理由

野中

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幕・126 堕とし甲斐がある

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「意外」



そこに足を踏み入れた魔法使いは、面白そうに中を見渡した。

「悪魔を守護者にした皇宮でも、礼拝堂はあるのか。…あぁ、いや」

掃除が行き届いた礼拝堂の中は、埃一つない。



燦燦と差し込む光。

清澄な空気。



やわらかく満ちた明かりの中、眩しく見上げた天井に描かれた物語は、よくよく見れば、神話ではなかった。





「やっぱりそうだよねえ。ここは皇宮なんだから」





光から隠れるように、外套を目深に被り、魔法使いは身軽な足取りで祭壇へ向かう。











「天井に描かれる物語は、皇帝の祖の物語か」











神の血を引くオリエス皇帝。

この世から神が去って久しく、人間の中から神への畏敬は薄れつつあるが、現人神たるオリエス皇室への畏怖は、昨今、強まるばかりだ。



「困った話だ。せっかく、腕によりをかけて念入りに、栄誉に満ちた神の末裔を」

魔法使いは低い声で続けた。









「―――――堕としてあげたってのに」









完全な魔法の行使のためには、神聖力は邪魔でしかない。



ただし、神殿全体が扱える神聖力など年間を通しても小鳥の涙にも満たないほど微々たるもの。問題にもならなかった。

…にもかかわらず、オリエス皇室の人間となれば。





特に今のオリエス皇帝は、尋常ではない。





神聖力が気に入らなければ近寄らなければいいだけの話と言われそうだが、その一族の存在にいちいち配慮しなければならないのもばかばかしい。

排除できるものならしておきたい。



代を重ねるにしたがって、さすがに神聖力も弱ってきていたオリエス皇室にも、小細工する隙が見えていた。

待っていましたとばかりに、この三百年、魔法使いは遠回しに皇室内部へいくらか手を回してきた。



実際、それはうまく行っていた。…先代皇帝までは。それも当然だろう。





神の子孫とはいえ、結局は人間に過ぎないのだから。





魔法使いは、ひょいと祭壇の上に登った。土足で。

そこが、礼拝堂の中で一番光が集まる場所だ。その上で。





「そう、人間なんだよ、今代も。いくら強い神聖力を持つって言っても、コレを浴び続ければ、いくらなんでも」



ボヤくように言った魔法使いは、足元に小さな香炉を置いた。





そこからたちまち、淡い煙が立ち上る。

ゆうらりと光の中で揺れ、踊り、礼拝堂の中に充満していった。不自然なほど、すさまじい勢いだ。



立ち上がった魔法使いは、満足げにその様子を見渡す。

祭壇の上で腕を広げ、魔法使いは歌うように言った。





「待ってたんだ、神の末裔が地獄の扉を開くのを。なのに招かれたのは、地獄ではなく、魔竜とは!」





自身も含め、世の中全てを嘲る口調で彼が言うのに、









―――――いつまで遊んでんの。









子供の声が、祭壇の上に響く。礼拝堂の中は、声が響きやすい。

ぐわん、と声が割れるのに、しかめ面で魔法使いは耳を押さえた。



「音量調整位しろよ。せっかく、今や難攻不落のオリエス皇宮内へ入れたんだ、もう少し遊ばせてくれ」



呟く魔法使いの外套の上、静電気のように、何かが時折びりびりと走る。

「それに、ちょっとは配慮しろ。わからないよ? この身体が、いつ追い出されるか、…潰されるか?」

まるでそれが楽しい、と言いたげに、魔法使い。



―――――そんなのどうだっていい。

対する『声』は素っ気なかった。



―――――一つでも多く集めなよ。怨嗟を。憎悪を。嫉妬を。その清らかな地で。それとも。

子供の声には不似合いな叡智に満ちた響きに、暗い影を落ちる。







―――――オリエス皇帝を、殺せるの?







あのひと、とっても邪魔なんだよね。



物騒な声音に、魔法使いは楽し気に応じる。

「今、魔竜は皇宮に不在」



―――――聞いたよ。だからって、…オリエス皇帝が、容易いとでも?





「んん」





魔法使いは、わざとらしく腕組みした。周囲の喧騒に耳を澄ませる。

今、皇宮には、幾体かの悪魔が放たれていた。

地獄から攫われながら、もがきながらも生き残り、理不尽な現実に対して、これ以上ない怨嗟をため込んだとびきりの悪魔たちだ。



皇宮内は、喧騒に満ちている。

悪魔を迎撃する騎士の剣戟の音。怒号。

錯綜する悲鳴。



駆け抜ける足音。



「思わないけど、せっかくここまで来たんだ」

にぃ、魔法使いは歯を剥きだして、哄笑った。





「挨拶くらいはしていかないと」





呟くなり。











「ここか、無法者」











開け放たれていた観音開きの扉。

そこから、光を背に、ゆっくりと入って来た人影がある。



祭壇の上に立っていた魔法使いは、満足げに、ニッと笑った。





「これはこれは…皇帝陛下まで動かせるなんて、オレも偉くなったもんだな」





現れたのは、他の誰とも間違えようもない人物。

唯一無二の皇帝―――――リヒト・オリエス。



しかもどういうつもりか、一人で入ってきた。





だが確かに、悪魔や魔法使い相手なら、彼一人で十分だ。それに。





真正面から、一対一で対峙することで、…強制的に理解させられたことがある。

魔法使いは、知らず、喉を鳴らしてしまった。











(すっっっげ…)

魔法使いだからこそわかるというべきか。



―――――皇帝がまとう、圧倒的な光輝に、目がつぶれそうな心地になる。



その整った顔立ちやら、完璧としか言えないような容姿は二の次に、本能的にひれ伏したくなった。



祭壇の上に立ち、見下ろしているのは魔法使いの方なのに、格は完全に皇帝が上だ。











だからこそ。

…堕とし甲斐がある。





だれより優れて立派で、崇められる存在だからこそ、汚して貶めるのはどれほどの快感だろう?





祭壇の上、魔法使いは折り目正しく一礼。



慇懃に頭を下げた。



「お初にお目にかかります、皇帝陛下。オレは、」





「必要はない」





うるさいと言いたげに、皇帝はただ一言。

礼拝堂の中央で、足をとめた。



その黄金の双眸で、周囲をざっと眺めやる。









一帯で、一度に発動しようとした魔法が、寸前で、―――――不発。

…消滅、した。



息の根を止められたように、初めから何事もなかったかように。









すべての力が一瞬で無効にされ、解体された状況に、魔法使いは、束の間、唖然となる。

オリエス皇帝の神聖力の前で、いっさいの魔法は無効になる。



その話は、本当だったのだ。









(魔竜のみ、その身近で魔法を使えるようだが…ちっぽけな魔法一つ発動するだけでも、どれだけの魔力量が必要なんだ?)







どちらにせよ、尋常ではない。









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