陛下が悪魔と契約した理由

野中

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幕・118 誰が、我を罰せられるのかね?

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「ありがとうございます、殿下」



ヒューゴが言えば、ディランがはにかむように微笑んだ。

ヒューゴにとっては一番のご褒美である。



それに、むしろ、同行したのがディランでよかった。







もしこれがリヒトだったなら、店舗の前に立っただけで、この魔法の痕跡は、一切合切、一瞬で消滅しただろう。







「もうひとつ、気になることがあります」

厳しい表情のフィオナに、ヒューゴは低い声で告げた。











「ここに満ちた魔法の痕跡も、ところどころに配置された呪詛も、同じ魔力から派生しているところです」











つまり、仕掛け人は同一人物ということだ。









胡散臭い、という眼差しで、店主がヒューゴを見遣る。



「はっ、魔力ひとつで、個人を特定できるわけですかな? そこまで精密に分析できるものではないでしょう」



ヒューゴは黙って店主を見た。

何の感情もこもらない視線に、わずかに店主が怯んだところで、





「一旦、皇妃殿下と皇子殿下には、馬車までお戻りいただきます。よろしいですか」



騎士団長が、配下の騎士を促しながらヒューゴに声をかけてくる。





ヒューゴが反応する前に、店主がにこやかに言った。



「もうお帰りですか、いやあ、残念です」

皇妃が出入りする店舗となれば名に箔がつく。

だが、フィオナは簡単には手玉にとれない相手だ。どころか、扱いを間違えれば、一瞬で切り捨てられるだろう。

そんな面倒な相手は早々に帰ってもらうに限る。



そんな態度を隠さない店主に、ヒューゴの視線からさらに温度が抜けた。





「…予定が変わったところ、申し訳ありませんが」





ヒューゴはしずかに口を開く。

それだけで、彼がまとう空気が色を塗り替えたようにがらりと変わった。

普段の飄然とした人懐っこさが嘘のように消える。



一言の冗談も許さない厳格さが、取って変わった。











「これより、この店全てを根こそぎ改める。逆らえば拘束する」











とうとう、ヒューゴは敬語も取っ払ってしまう。



「何を勝手な…!」

店主は食い下がった。強気で責め立てる態度だ。



先ほどの襲撃者たちは、縮み上がって保身に走ったが、やはり、彼らのように簡単にはいかない。



店主がもし、若者だったなら、ここで怯んだかもしれない。

だが、ヒューゴの見た目は、リヒトに合わせて、若い。逆に、舐めてかかられる方だ。

店主もヒューゴを格下に見ているから、そう言った態度に出たのだろう。



ヒューゴは冷えていく頭の片隅で考える。





ならば、それを上回る高圧さで応じるまで。即座に判断、口を開いた。







「疚しいところがないなら逆らう理由はないだろう。それともオリエス帝国すべての騎士団を引き連れ乗り込んで、従業員ともども全員牢へぶち込んでやろうか」







図太い某国の宰相すら怯えて逃げ出す剣気を放てば、店主は一気に沈黙。

蒼白になり、その場で膝から崩れ落ちた。





言葉を真に受けた、というより、ヒューゴが悪魔だと思い出した様子だ。





バケモノか、巨大な肉食獣でも前にしたかのような怯え切った態度で、震えだす。それでも、

「しょ、証拠は…っ」

食い下がったのは、さすが。



脅しは本意ではないが、ヒューゴの勘が叫んでいた。事は急を要する。

魔法の気配が―――――新鮮、なのだ。先ほども告げたように、つい今しがた、魔法を使った者がいる。ここにいたのだ。魔法使いが。



どこへ消えたか真っ先に探りたいものだが、





「証拠は、俺の目にはっきり見えている」





ヒューゴの濃紺の目には、魔法の痕跡がくっきり映っていた。

これ以上、どんな証拠が必要だろう。店主に吐き捨て、騎士団長に目配せする。



頷いた彼は、同行していた部下を二人残し、残る二人と共に、皇妃と皇子を連れて出ていく。



すれ違いざま、ディランが立ち止まった。

戸惑いの視線でヒューゴをじっと見上げてくる。

ヒューゴの、彼らしくないあまりの強硬さに驚いたのだろう。











もちろん、ヒューゴは滅多にこんなことはない。

だが、ヒューゴとて、やろうと思えば、できないわけではなかった。

普段、その役割は、リヒトたちであると言うだけだ。



常日頃からヒューゴは、彼らのそばにいるのだ。ヒューゴはよく知っている。





リュクスの脅し方。リカルドの宥め方。とどめを刺すリヒトの容赦なさ。





つまりは、人間ならここまでやっても大丈夫、という線引きを、ちゃんとヒューゴは認識している。とはいえ。











…この子供は優しい。



「いくら父上の寵があっても…勝手に動けば、あなたが罰されてしまうかも、しれません」

ディランの目には、ヒューゴが自分勝手に無茶な行動していると映っているのかもしれなかった。その上で、案じてくれてもいるのだろう。





確かに、騎士団を動かす、など、相当な放言をしたものだ。とはいえ。



―――――ニヤリ、ヒューゴの唇が、笑みを象る。

そういう笑い方ひとつとっても、普段の彼とは程遠く、ディランはわずかに身を竦めた。







濃紺の瞳が、黄金色の瞳を覗き込み、低く尋ねた。















『誰が、我を罰せられるのかね?』















放たれたのは、古代の言葉。



その表情は、思わず目を瞠るほど神秘的。

ディランは束の間、言葉を失う。一瞬、思考すら止まった。









実際―――――この世の誰が、本当の意味で、魔竜に罰を与えられるというのか。









彼がその気になればきっと、誰も彼を止められない。



「ディラン」



フィオナが促すが、ディランは動けなかった。

気遣うように、その手を握り、フィオナは子供をそっと引き寄せるように応接室を後にする。



「さて」



部屋に騎士を二人残したのは、団長なりの気遣いだろう。

ヒューゴがやり過ぎないようにするための、彼らは重石だ。

ヒューゴは、座り込んだ店主に手を伸ばした。



悲鳴を上げ、頭を抱える彼の襟首をむんずと掴み、







「回るぞ、案内しろ」











ひきずりはじめた。





















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