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幕・111 勝ち取った光景
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方法が少し違うが、
「…リヒトの時は、長年の摂取で症状が出る毒だったよ。もしかすると、あの時と同じ派閥の仕業かも」
昔、放っておいたのが今になってこんな形で現れているのだろうか。
「同じって、心当たりがあるってこと?」
フィオナが身を乗り出した。ヒューゴは肩を竦める。
「残念ながら、知らないんだ」
「でも陛下が被害に遭ったんでしょ」
「そうだよ。だからこそ、毒を誰が盛ったか知ってたら、俺たちが放っておくと思う?」
「…嘘でしょ、あり得ないわ」
フィオナは怪訝な表情になった。
「陛下に毒を盛った相手を放っておいたの? あなたや宰相が?」
「当時は犯人探しができるほど味方もいなかったんだよ」
「じゃ、陛下はずっと毒を?」
あまり好きな相手ではないだろうに、リヒトを思って痛まし気な表情を浮かべるフィオナに、
「まさか。毒が入ってるって分かった時点で、リヒトの身体には入れてないよ。厨房からの食事はこっそり処分した。代わりに、」
ヒューゴはびっくりして首を横に振った。
「俺がリヒトのご飯を作ってた」
なにはともあれ、ここが、一番重要な案件だ。
そこが解決ができた以上、当時は余計な動きをして、積極的な暗殺に乗り出されるよりはいいと、穏便に素知らぬ振りをする方を選択した。
結果、有耶無耶になったのだ。
少し黙ったフィオナは、顔をしかめて尋ねてくる。
「………………なんですって?」
「俺がリヒトのご飯を作ってた」
聴こえなかったのかと思って、二度言うヒューゴ。黙るフィオナ。
いや、やっぱりお母さま、とか呟いた気もする。
「ああ、良かったら俺がしばらく二人のご飯を作ろうか?」
力がなかった以前ならともかく、さすがに今回は見逃せない。見逃すつもりもない。
犯人探しは当然行うとして、これもまた当面の食事の問題がある。
「ごはん、作れるんですか」
当たり前のことを不思議そうに言うディランは、目が輝いていた。
ヒューゴはにっこり。
「結構上手だと思うぞ、リヒトだけじゃなくてリュクスも褒めてくれるし」
ヒューゴに底抜けの甘さを見せるリヒトはともかく、誰にでも厳しいリュクスが悔しがりながら褒めるのだ。
それなりに納得いく料理は作れていると思う。
フィオナが何かを思い出したように早口に言った。
「そう言えば先の宴で、宰相閣下を食べ物で黙らせてたとか聞いたけど…」
「ああ、アイスな。帰ったら食べるか? まだ残ってるし」
「母上」
無意識か、少し足をぱたぱたさせたディランを見遣り、フィオナは何かを我慢する顔になる。次いで、咳払い。
「そ、そうね。どうしてもっていうなら頂くわ」
「そうこなくちゃ」
ここまでヒューゴに話したからには、フィオナも腹をくくったろう。
ヒューゴに食事の用意を頼む頼まないは別にして、リヒトとリュクス、それから警備を担当するリカルドにも話を持って行くに違いない。
問題は、彼女の安全だけでなく、息子のディランの安全にもかかわるからだ。
このままフィオナが泣き寝入りするはずはなかった。
とはいえ確かに、どこに悪意が潜んでいるかもしれない場所へ、公務とはいえ息子を一人残して外出するのは不安だったろう。
フィオナの公務の一つは、皇室の品位保持。
即ち、皇室の人間が使用する食器、日用品から衣服、装飾品、家具、それらの仕入れ先の確認やどこに何をどれだけ使用するか、そして細部の収支に至る細かな調査など、それらの責任者がフィオナ皇妃殿下だ。
もちろんすべてを彼女が担っているわけでなく、相応しいだけの人員が彼女の下へ配置されているが、フィオナは結構忙しい。
今回もその公務の一環であり、どこへ行くのかは知らないが、皇室御用達の看板を掲げる皇都内のどこかの店だろう。
どこの店か聞いていないから、抜き打ち視察の可能性が高い。
「ただ、内密に済ませたかったから、話さなかっただけよ。陛下や宰相に話が行けば大ごとになると思って」
「気持ちは分かるけど、ご飯を食べないわけにもいかないだろ。ことは急を要するよ」
「それなんだけど」
フィオナは馬車の外へ目を向けた。
「あわよくば、今回の公務に合わせて敵が尻尾を出さないかって期待があったのよね」
ヒューゴは顔をしかめる。感心しない。だがなんだか納得していた。これでこそフィオナである。
(だけど確かに、護衛をどうするか考えるより、リュクスあたりなら、フィオナが違和感あること言い出した時点で、公務を延期したらどうって言いそうだ…この様子だと、フィオナがゴリ押ししたな。その上で、リュクスたちの都合が合ったっていうことか)
「囮になっておびき出そうとしてるのか?」
「言い方に気を付けて。罠を仕掛けるのよ」
「尻尾を掴んだはいいけど、引きずりまわされる羽目になるよ」
一度噛み付いたら、フィオナのことだ、ぜったい離さないだろうし。
「それならそれで、倍ふりまわしてやるわ。で、どう?」
フィオナは外を横目にした。好戦的な表情だ。ヒューゴはため息をつく。
「皇宮を出てからずっと、ついてくる気配がいくつかある。『目』も複数」
ヒューゴも外を見遣った。そこから、活気にあふれる皇都の様子が見える。
「ただ、相手が毒っていう手段を選んだ以上、表に出てくるとは考えにくいけど」
「分かってるわよ。でもやってみなきゃわからないでしょ」
忙しく立ち働く人々の合間に、獣人の姿もあった。他国では見られない光景だろう。
前皇帝の無気力な政治によって、一時期国全体の状態が悪化した折、人間側と少数だった獣人側があわや激突しかけた事件があった。だが、寸前で、他国の侵略という共通の脅威を前に、結果的に手を組んだ、という過去がある。
その経緯から、皇国において、獣人と人間はさしたる差別なく暮らしており、他国に比べて彼らの地位は高い。ただやはり、受け容れられない貴族が多いために、皇宮に勤める者の中に獣人は一人もいなかった。
なんにしたって、見渡すだけでも皇都の光景は賑やかで、しかも笑顔に溢れ、子供たちも元気いっぱいに駆け回っている。
―――――リヒトたちが勝ち取った光景だ。
これをまた、かつての、陰気で、予期せぬ蹂躙にたちまち阿鼻叫喚の渦が生じるような、そしてそれを大半の者が見て見ぬふりをするような、暗く冷たい光景に戻したくはない。
…ただ、その中に。
「あ、こういうことか」
無感動に呟いたヒューゴに、フィオナは目を瞬かせた。
「なにが?」
「あーうん、…ねえ、今回の公務、ディランを連れて出てもいいってお許しは、意外と簡単に出た?」
ヒューゴの突然の問いかけに、フィオナは戸惑ったりしなかった。
ようやく言われた、と言った様子で、声を低める。
「そうよ、その通り。思ったより簡単に許可されたわ。…やっぱり、裏があるのね」
「…リヒトの時は、長年の摂取で症状が出る毒だったよ。もしかすると、あの時と同じ派閥の仕業かも」
昔、放っておいたのが今になってこんな形で現れているのだろうか。
「同じって、心当たりがあるってこと?」
フィオナが身を乗り出した。ヒューゴは肩を竦める。
「残念ながら、知らないんだ」
「でも陛下が被害に遭ったんでしょ」
「そうだよ。だからこそ、毒を誰が盛ったか知ってたら、俺たちが放っておくと思う?」
「…嘘でしょ、あり得ないわ」
フィオナは怪訝な表情になった。
「陛下に毒を盛った相手を放っておいたの? あなたや宰相が?」
「当時は犯人探しができるほど味方もいなかったんだよ」
「じゃ、陛下はずっと毒を?」
あまり好きな相手ではないだろうに、リヒトを思って痛まし気な表情を浮かべるフィオナに、
「まさか。毒が入ってるって分かった時点で、リヒトの身体には入れてないよ。厨房からの食事はこっそり処分した。代わりに、」
ヒューゴはびっくりして首を横に振った。
「俺がリヒトのご飯を作ってた」
なにはともあれ、ここが、一番重要な案件だ。
そこが解決ができた以上、当時は余計な動きをして、積極的な暗殺に乗り出されるよりはいいと、穏便に素知らぬ振りをする方を選択した。
結果、有耶無耶になったのだ。
少し黙ったフィオナは、顔をしかめて尋ねてくる。
「………………なんですって?」
「俺がリヒトのご飯を作ってた」
聴こえなかったのかと思って、二度言うヒューゴ。黙るフィオナ。
いや、やっぱりお母さま、とか呟いた気もする。
「ああ、良かったら俺がしばらく二人のご飯を作ろうか?」
力がなかった以前ならともかく、さすがに今回は見逃せない。見逃すつもりもない。
犯人探しは当然行うとして、これもまた当面の食事の問題がある。
「ごはん、作れるんですか」
当たり前のことを不思議そうに言うディランは、目が輝いていた。
ヒューゴはにっこり。
「結構上手だと思うぞ、リヒトだけじゃなくてリュクスも褒めてくれるし」
ヒューゴに底抜けの甘さを見せるリヒトはともかく、誰にでも厳しいリュクスが悔しがりながら褒めるのだ。
それなりに納得いく料理は作れていると思う。
フィオナが何かを思い出したように早口に言った。
「そう言えば先の宴で、宰相閣下を食べ物で黙らせてたとか聞いたけど…」
「ああ、アイスな。帰ったら食べるか? まだ残ってるし」
「母上」
無意識か、少し足をぱたぱたさせたディランを見遣り、フィオナは何かを我慢する顔になる。次いで、咳払い。
「そ、そうね。どうしてもっていうなら頂くわ」
「そうこなくちゃ」
ここまでヒューゴに話したからには、フィオナも腹をくくったろう。
ヒューゴに食事の用意を頼む頼まないは別にして、リヒトとリュクス、それから警備を担当するリカルドにも話を持って行くに違いない。
問題は、彼女の安全だけでなく、息子のディランの安全にもかかわるからだ。
このままフィオナが泣き寝入りするはずはなかった。
とはいえ確かに、どこに悪意が潜んでいるかもしれない場所へ、公務とはいえ息子を一人残して外出するのは不安だったろう。
フィオナの公務の一つは、皇室の品位保持。
即ち、皇室の人間が使用する食器、日用品から衣服、装飾品、家具、それらの仕入れ先の確認やどこに何をどれだけ使用するか、そして細部の収支に至る細かな調査など、それらの責任者がフィオナ皇妃殿下だ。
もちろんすべてを彼女が担っているわけでなく、相応しいだけの人員が彼女の下へ配置されているが、フィオナは結構忙しい。
今回もその公務の一環であり、どこへ行くのかは知らないが、皇室御用達の看板を掲げる皇都内のどこかの店だろう。
どこの店か聞いていないから、抜き打ち視察の可能性が高い。
「ただ、内密に済ませたかったから、話さなかっただけよ。陛下や宰相に話が行けば大ごとになると思って」
「気持ちは分かるけど、ご飯を食べないわけにもいかないだろ。ことは急を要するよ」
「それなんだけど」
フィオナは馬車の外へ目を向けた。
「あわよくば、今回の公務に合わせて敵が尻尾を出さないかって期待があったのよね」
ヒューゴは顔をしかめる。感心しない。だがなんだか納得していた。これでこそフィオナである。
(だけど確かに、護衛をどうするか考えるより、リュクスあたりなら、フィオナが違和感あること言い出した時点で、公務を延期したらどうって言いそうだ…この様子だと、フィオナがゴリ押ししたな。その上で、リュクスたちの都合が合ったっていうことか)
「囮になっておびき出そうとしてるのか?」
「言い方に気を付けて。罠を仕掛けるのよ」
「尻尾を掴んだはいいけど、引きずりまわされる羽目になるよ」
一度噛み付いたら、フィオナのことだ、ぜったい離さないだろうし。
「それならそれで、倍ふりまわしてやるわ。で、どう?」
フィオナは外を横目にした。好戦的な表情だ。ヒューゴはため息をつく。
「皇宮を出てからずっと、ついてくる気配がいくつかある。『目』も複数」
ヒューゴも外を見遣った。そこから、活気にあふれる皇都の様子が見える。
「ただ、相手が毒っていう手段を選んだ以上、表に出てくるとは考えにくいけど」
「分かってるわよ。でもやってみなきゃわからないでしょ」
忙しく立ち働く人々の合間に、獣人の姿もあった。他国では見られない光景だろう。
前皇帝の無気力な政治によって、一時期国全体の状態が悪化した折、人間側と少数だった獣人側があわや激突しかけた事件があった。だが、寸前で、他国の侵略という共通の脅威を前に、結果的に手を組んだ、という過去がある。
その経緯から、皇国において、獣人と人間はさしたる差別なく暮らしており、他国に比べて彼らの地位は高い。ただやはり、受け容れられない貴族が多いために、皇宮に勤める者の中に獣人は一人もいなかった。
なんにしたって、見渡すだけでも皇都の光景は賑やかで、しかも笑顔に溢れ、子供たちも元気いっぱいに駆け回っている。
―――――リヒトたちが勝ち取った光景だ。
これをまた、かつての、陰気で、予期せぬ蹂躙にたちまち阿鼻叫喚の渦が生じるような、そしてそれを大半の者が見て見ぬふりをするような、暗く冷たい光景に戻したくはない。
…ただ、その中に。
「あ、こういうことか」
無感動に呟いたヒューゴに、フィオナは目を瞬かせた。
「なにが?」
「あーうん、…ねえ、今回の公務、ディランを連れて出てもいいってお許しは、意外と簡単に出た?」
ヒューゴの突然の問いかけに、フィオナは戸惑ったりしなかった。
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