陛下が悪魔と契約した理由

野中

文字の大きさ
上 下
101 / 196

幕・101 ぐうたらしてて ほしい

しおりを挟む
どう宥めようか、とほとほと悩みつつ思考を巡らせようとするが、



「何って…痛い、痛いから止めろって!」





再度肩にとまってキツツキの勢いで頭をつつき始めたカラスに、ヒューゴはたまりかねて声を上げた。その状態で宮殿の中へ入る。





「皆、不満が爆発寸前なんだぞ! チビはのほほんとして『お父さんなら大丈夫♡』とか言うけどなあ、だったらちゃんと説得力ある証拠持ってこいってんだ!」





「ソラは嘘言わないぞ。なんだ、みんなソラの言うこと信じないのか?」





つつかれる頭がぐらぐらする。

我慢しながら、ヒューゴは廊下を進んだ。



すれ違う侍従や侍女たちがぎょっと振り向いていくのが、今日はことさら目につくが、いつもの話だ。



おとなしく、くちばし攻撃を受けながら、気になったことを深刻な声で尋ねる。

「ところで、皆、爆発寸前って…何があったんだ?」



その程度も分からないのか、と言った口調で、カラス。









「お前が長年巣をあけてるからだよ!」









言われた言葉に、ますますわからなくなる。



百年ならともかく、ヒューゴが巣を空けているのはまだたった十数年だ。

悪魔の感覚で、それは長年とは言わない。

カラスの言葉はまだ続く。

「一族の長なんざ、オレでも怖くなるくらいの重い空気出してるぜっ?」



「なんでそんなことに?」



ヒューゴは本気で理解できない。

「俺が簡単に死なないって皆知ってるだろ」





「ぐうたらなお前が、こき使われてるってだけでもうアイツらいやなんだよ。ぐうたらしててほしいんだよ、わかってやれよ」





「そんなに俺、地獄でぐうたらしてた!?」



「自覚なかったのかよ!」



あんまりな言いぐさである。

ショックで黙り込んだヒューゴをつつくのを止め、カラスは周囲を見渡した。



「にしたって、皇帝と共同制作って言ったか? どうやったら魔力と神聖力が打ち消し合わずに作用するんだよ…うわマジでしてるわ信じられん」



きょときょと動いていたカラスの首が竦み、とうとう、翼と足をたたんで丸くなる。

大人しく蹲っていると、輪郭がもちもちとして丸い…見た目はまっくろな餅だ。



「正直なところ、俺も最初はこの神聖力の鎖だってキツかったんだよ。身体は焼けるし、ほとんど魔力使えなかったし」

「常識で言えば、神聖力がこんな鎖として作用するってのもおかしいぞ? 絡みつく前に、触れただけで悪魔なら死んでる。つまり、死ななかったらこうなるのか」



あんまり知りたくなかったな、と呟いた混沌の口調は深刻だ。



「俺も最初は死ぬかと思ったし、今でも下手したら死ぬと思う。鎖が増えると気が遠くなるし血を吐くし。オリエス皇帝…契約者がじかに放った神聖力に触れたら、骨まで溶ける」

気楽に言えば、賑やかだった混沌が、一瞬言葉を止める。



「混沌?」







「…溶かされたのか?」







声からいっさいの感情が消えていた。危険な兆候だ。ヒューゴはうろうろ視線をさまよわせ、

「でもまあ長年付き合ってると、逆に神聖力の扱い方のコツも分かってきたっていうか」

誤魔化す気分で話の流れを変える。

どうやらカラスにとっては、その言葉の方が衝撃だったらしい。





「ねえわ」





愕然と叫ぶ混沌。



「そりゃいくらなんでも悪魔だったなら、絶対できん話だぞ。お前悪魔だと思ってたけど、いつから悪魔を止めたんだ?」

カラスは本気で尋ねる。ヒューゴは冗談と解釈、けらけら笑って応じた。



「俺は生まれも育ちも地獄の悪魔だよ、知ってるだろ」

「だよなあ? なら、なんで悪魔が神聖力を扱えるとか阿呆なことに」

「もちろん、直には扱えないぞ。体液とか、気に混じってるから操れるんだ」



「だとしても前例がない」



「だったら、俺が作ったな」



ヒューゴはふんぞり返ったが、カラスは呆れ果てている。





「昔っから、変な遊びを始めるやつだったが、今回のは群を抜いてる」





首を傾げながら、

「…ってか今気づいたが、この神聖力、すげえ猥褻な絡み方してんな」

肩からヒューゴの身体を覗き込んだカラスが、つい、と言ったように呟いた。



「ソラにも言われたけど、そんなにか」





モラルなどないどころかマイナスの、地獄の悪魔さえ引くとはどれだけだ。





「悪魔なら他がどんな格好してようが知ったことじゃないけどな、人間の、しかもここは上流階級の連中がうろうろしてんだろ? 言われねえ?」

「神聖力が視認できる人間とできない人間がいるからな」

「で、見える人間は?」



「目を逸らす」



カラスは何かを諦めた様子で沈黙。

ようやく肩のカラスがおとなしく寛ぎ始めたところで―――――疲れただけかもしれないが―――――ヒューゴは執務室の前に立つ。



ここは宰相の執務室だ。扉の左右に控える騎士たちが、もの言いたげにヒューゴの肩を見遣った。







視線の先には、薄汚いカラスが一羽。

しかもやけに大きい。



目つきも悪い。







だが誰も何も言わない。漂う微妙な沈黙。

その隙を突いて、ヒューゴは扉を叩いた。





「入って」





中から許可の声。

こうなれば、声をかけるタイミングは消える。



ヒューゴは騎士たちに一礼し、堂々と扉を開けた。



真正面に見えたのは、書類が山と積み上げられた机がひとつ。

書類の森林のせいで、向こうに座る人間の姿は見えない。



左右に配置された机も似た様相を呈していた。だが、座っている人間の姿は見える。







―――――皆、屍のようだ。







(早朝なのにね!)



もはやこの一週間で見慣れた光景だが、夕刻ともなれば、ここは地獄以上に地獄の様相を呈する。

「…なんだ、ここは?」



傍若無人の混沌が、声をひそめたほど、室内には異様な空気が立ち込めていた。





「地獄でもこんな殺伐とした空気が漂っている場所なんざないぞ…」





だろうなあ、とヒューゴは他人事のように思う。



基本的に快楽主義の悪魔は、激務により自身を追い詰めることなどない。

ここには人間らしい情など、どこにもない。



あるのはただ、目の前の仕事。それだけだ。



「大丈夫、ここは中間界で間違いない」

さらなる異界にでも迷い込んだ雰囲気を、真剣に漂わせる混沌を宥めるようにヒューゴは言って、





「来たよ、リュクス。また泊まり込んだのか?」





奥の机へ声をかけた。

ここは顔なじみばかりだから、いちいち騎士としての儀礼にこだわる必要はない。



敬語も作法もすっ飛ばして、気軽に口を開くヒューゴ。



「んあ、…あぁ、ヒューゴか。もうそんな時間?」

「しかも徹夜? もう癖になってない? 休まないとできる仕事も捗らないよ」



当たり前の台詞だが、悪魔が口にしたとすれば違和感がある。

カラスはちらと呆れた目をヒューゴに向けた。



「んー…」



寝ぼけた声と共に、書類の山の向こうで、誰かが立ち上がる。

だが、頭のてっぺんすら見えない。のそのそと回り込んで現れて、ようやく姿を認識した。



幼い人間…いや、童顔なだけで、れっきとした成人男性のこの国の宰相である。







「時間が足りないよ。魔法でどうにかならないかな、ヒューゴ」















しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

後輩が二人がかりで、俺をどんどん責めてくるー快楽地獄だー

天知 カナイ
BL
イケメン後輩二人があやしく先輩に迫って、おいしくいただいちゃう話です。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

アルバイトで実験台

夏向りん
BL
給料いいバイトあるよ、と教えてもらったバイト先は大人用玩具実験台だった! ローター、オナホ、フェラ、玩具責め、放置、等々の要素有り

放課後教室

Kokonuca.
BL
ある放課後の教室で彼に起こった凶事からすべて始まる

俺は触手の巣でママをしている!〜卵をいっぱい産んじゃうよ!〜

ミクリ21
BL
触手の巣で、触手達の卵を産卵する青年の話。

【完結】国に売られた僕は変態皇帝に育てられ寵妃になった

cyan
BL
陛下が町娘に手を出して生まれたのが僕。後宮で虐げられて生活していた僕は、とうとう他国に売られることになった。 一途なシオンと、皇帝のお話。 ※どんどん変態度が増すので苦手な方はお気を付けください。

処理中です...