陛下が悪魔と契約した理由

野中

文字の大きさ
上 下
83 / 196

幕・83 翼があるのに落ちた

しおりを挟む
リヒトの神聖力と悪魔の力―――――即ち魔竜の力は存外、上手に混ざり合うのだ。



その証明が、オリエス皇城を守る結界である。

どんな条件があるのかは分からないが、ああいうとき、リヒトの神聖力はヒューゴの魔力を打ち消したりしない。



消し去るのではない。

混ぜ合わせれば、きっと別の可能性が現れるはず。





「待て、魔竜。それこそ、そもそも、前提が間違っているのではないか?」





サイファは眉をひそめた。



「前提?」

彼の眉間に寄った縦皺を眺めながら、ヒューゴは瞬きする。

「どのへんが?」











「つまり、オリエス皇帝の神聖力と魔竜の魔力が打ち消し合わないのは、単に」





―――――二人が愛し合っているからではないのか?











言いさし、一瞬、サイファは言葉に詰まった。



なぜそのように感じてしまったか、彼自身うまく説明ができない。

だが、どこまでも相手を受け入れる、二人のお互いに対する懐深い対応は、愛情以外に考えられなかった。

もちろん、二人が共にいる様子を見たことなどないし、流れる噂はすべて皇帝と悪魔の関係を肯定的には語っていない。

それでも。





力の現れ方によって、二人の関係が証明されているのではないかと思うのだ。だが。





(…まさか、悪魔が?)



この一点が問題…とても大きな問題だった。



魔竜を見上げ、サイファはひとまず言葉を選びなおした。







「…お互いが特別だからではないのか?」







「トクベツ?」



「なのだろう?」

「うんまあ、あの子のことは小さな頃から知ってるし」



それまで強気で話していた魔竜が、なぜかいきなり弱気になって、小さく呟いた。





「何をしてほしいにしたって、リヒトに断られたら、それまでだけど」





おかしなことを言う、とサイファは内心首を傾げる。



あれほど魔竜に執着を見せる皇帝が、魔竜の願いを断るわけがない。ただ、だからこそ。





「危険だ」





サイファは厳しく言い放つ。

「黒曜の刃が? でもどう転ぶにしたって、暴走はしないと思うよ」



魔竜が戸惑ったように言った。サイファはどう言えば通じるか、と言葉を考える。



「それは同意見だ。私が言いたいのは、皇帝の方だ」





「…リヒトはすごい子だよ。失敗とかはないと思うけど」





ちょっとムッとした魔竜に、あきれ顔でサイファ。



「知っている。皇帝の実力を侮る気はない。ただ、別の問題があってな」





サイファの足元に膝を抱えて座り込み、ダリルは古なじみの彼と、魔竜を交互に見遣る。

魔竜がいる空間にいるだけでも身がやせ細る思いだが、会話に混ざらなくていいのが一番だ。



なんと気楽なことだろう。…思った矢先。





「オリエス皇帝は、今、神への位階を昇ることができる状態にある」





深刻さも他人事、と思っていたダリルはサイファの言葉を聞いた刹那、「んん…っ」と声を漏らす。



これは、聞いていてもいいのだろうか。





しかし、サイファも魔竜も、既にその意識からダリルの存在を消していた。

退場したくとも、双方の意識を退くのが怖くて、ダリルは動くこともできない。





「彼をあのようにしたのは君だろう。どういうつもりか知らないが、何がきっかけで人間の皮を脱ぎ捨てるか分からないぞ」





「…それで?」

切羽詰まったサイファの声に、魔竜は不思議そうに首を傾げる。



知っていたのかいないのか、驚いた様子もない。





「神になれば、何が変わる?」



「…すべてだ」





大きく息を吐きながら、サイファ。

「変化は、神となった者だけにもたらされるのではない。世界も変わる。なにせ神は」

サイファは低く呻くように告げる。











「気持ち一つで、理を書き換えるのだから」





不可能を、可能へ。



可能を、不可能へ。





生きる者、誰もが一度は心の底から、強く拳を握りしめて願うこと。







―――――世界創世の日から、定められた事象を、覆したい。







神ともなれば、…それが可能になる。



それを許された存在、それこそが――――――神。











ただし、そんなことが可能になってしまえば、世界は無茶苦茶になる。



よって、サイファは判断しかねていた。

危険の芽を摘むためにも、皇帝は殺してしまうべきではないのか。



彼の深刻な胸の内とは裏腹に。

魔竜は退屈したように呟いた。











「なんだ、それっぽっちか」











サイファは顔をしかめる。

「魔竜」



「いらない心配だ。あの子は、望まないよ。いや、願わないと言った方がいい」

なぜか、魔竜は落胆した態度で呟いた。







「そこまでして何かを変えたいと思うほど、強い願いを持っていないんだ。昔から」







ゆえに、神になりたいなどと、間違っても思わないだろう。

そのように、魔竜は告げたのだが。



ひとつだけ。

オリエス皇帝・リヒトは、ただ一つだけ、強く願い、望むことがあった。



それは。











―――――愛で死ぬ悪魔に、愛を告げること。分かち合うこと。





















理を塗り替えたなら、それが叶うと、もし彼が知ったなら。





















「…魔竜の言葉が事実なら、いいのだが」



思慮深げに目を伏せ、サイファはため息をつく。

「だとして、黒曜の刃の扱いに失敗すれば、また亀裂が生じるぞ」



「けど、かつての亀裂は閉じただろう」

「それだが」

サイファは眉をひそめた。





「アレはどうやって閉じたのだ。君は知っているか」





楽園と地獄の戦いが始まる原因となった亀裂、それはある日唐突に消滅した。

ゆえに。











御使いは地獄を攻める理由をなくした。



楽園と地獄を繋ぐ扉は御使いたちによって閉ざされ―――――悪魔たちによって破壊された。











「ああ、あれか」



何でもないことのように頷き、魔竜は唐突に、ある悪魔の名を挙げる。









「混沌。知っているか」









「―――――上位の悪魔個体のひとつだ」



「亀裂を閉じたのは、アレの身体の一部だ」

しれっと、魔竜。

「からだ…いや、身体と言ったのか、今?」

異国の言葉でも聞いたように、サイファ。



「あいつの身体って、際限なしに大きくなるんだよ」

天気の話でもするように言いつつ、嫌なことでも思い出したか、ちょっと顔をしかめる魔竜。











「だから一部くらい、亀裂を埋めるのに使ってみようって提案したらうまく行ったんだ」











場に居合わせた全員が、何を聞いたか分からない、といった表情になったのも無理はない。

だがそれ以上の説明は不要、とばかりに。



「じゃ、また連絡するよ」



尻尾を一振り。



片手に握っていた漆黒の刃を横に寝かせた状態で、ぱくり、口に咥えて。

魔竜はちょっと片手を振った。かと思いきや。



ひょい、と後ろに飛ぶ。次いで。







―――――落下。







ダリルはギョッとなった。















「おおおおおお落ちたっ!? 翼があるのにぃっ?」















それぞれの胸中を代弁した彼の絶叫直後。



―――――ドォンッ!!!



凄まじい音が下方から轟いた。

同時に、魔塔が派手に揺れる。

座っていることすら難しく、足元に這い蹲った、ダリルの視界の隅に。







月光を鱗で弾きながら飛翔する、魔竜の後姿が映った。その大きさは、既に豆粒程度だ。







ダリルは唖然となった。



ほとんど一瞬の間に、そこまでの距離を飛翔したと言うのか。

ならば、先ほどの音は。



冷静になった頭が命じるままに、魔塔の状態を探ったダリルは、一部の階層の壁がひどく抉れていることを探知した。



おそらく、魔竜はそこから飛び立ったのだ。

揺れをものともせず立っていたサイファは、気の毒そうにダリルを見下ろした。



何とも言えない気分で見つめ合う。



やがて、サイファはできる限り優しく告げた。











「諦めが肝心だ」

















しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

同僚に密室に連れ込まれてイケナイ状況です

暗黒神ゼブラ
BL
今日僕は同僚にごはんに誘われました

触手召喚士

柏木あきら
BL
コオはユッカ国の国家二級薬草師。 一級を取得するためにココット村に向かい密林を探検する。地元ガイドであるワスカを雇い、希少な薬草【クスコス】を探しているうちにワスカの案内を無視して禁足地と知らず入り込んでしまう。 その夜目覚めると、体が何かに縛られていることにコオは気づく。それは植物のツタに見えたが太くて樹液のようなものが垂れ、そしてあろうことか体を弄ってきてコオか達したときワスカが部屋に入ってくる。 原因は禁足地に入ってしまったからだとワスカに叱られ明日からは大人しくするよとコオは約束したが、あのときのツタがもたらした快楽が忘れられなくなっていた……

お客様と商品

あかまロケ
BL
馬鹿で、不細工で、性格最悪…なオレが、衣食住提供と引き換えに体を売る相手は高校時代一度も面識の無かったエリートモテモテイケメン御曹司で。オレは商品で、相手はお客様。そう思って毎日せっせとお客様に尽くす涙ぐましい努力のオレの物語。(*ムーンライトノベルズ・pixivにも投稿してます。)

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

【連載再開】絶対支配×快楽耐性ゼロすぎる受けの短編集

あかさたな!
BL
※全話おとな向けな内容です。 こちらの短編集は 絶対支配な攻めが、 快楽耐性ゼロな受けと楽しい一晩を過ごす 1話完結のハッピーエンドなお話の詰め合わせです。 不定期更新ですが、 1話ごと読切なので、サクッと楽しめるように作っていくつもりです。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー 書きかけの長編が止まってますが、 短編集から久々に、肩慣らししていく予定です。 よろしくお願いします!

処理中です...