81 / 196
幕・81 初ミッション:命懸けでご機嫌取りをしよう!
しおりを挟む
それだけで、ダリルには分からない、通じ合う何かがあったのだろう。
サイファが微かに目を瞠った。ついで。
彼の唇に、なぜか、満たされたような笑みが浮かぶ。それは、ひどく。
―――――慈愛に満ちた、微笑。
「いいや」
サイファが、はっきりと返した声に、晴れ晴れとした蒼天をダリルが連想するなり。
「…終わったぞ」
ダリルを守るように打ち広がっていたサイファの翼が消えた。
いや、この場合は、背中にある収納器官に片づけた、というのが正しいのか。
そこで、ダリルは、簡単に息がつけることに気付いた。
つい先ほどまで、魔力がダリルの中で暴れ回っていた。
ダリルの中に構築されていた細い魔力の回路が、容量オーバーを起こしていたのだ。
なのに、駄々っ子のように言うことを聞かなかった魔力が、驚くほどお利口に整然と管理できている。
とたん、ダリルの思考が冷静に回り始めた。
待ちかねたように、魔竜が顔を覗き込んでくる。
「もう、いい?」
どうも、魔竜は焦れているようだ。
巣穴に早く帰りたい、そんな、今すぐ羽ばたきたがっている気配を感じる。
…その上で、これまで魔竜が見せた態度を顧みて、ダリルは、身の程知らずのことを考えてしまった。
(―――――交渉の余地は、ある、か?)
これまで自身が有していた魔力量から考えれば、天地の差があるほどの魔力が、今、ダリルの身に宿っている。
この魔塔のすべてが、掌の上で指し示せるほど細部まで把握できていた。
それでも―――――すぐ、理解する。
(ぜんぜん、足りない)
身体に重いほどの、魔竜の威圧に抗うように、ダリルは顔を上げた。
(この、巨大な存在に抗うには…!)
今のダリルですら、魔竜の前には、象を前にした蟻同然。否。塵と言っても、過ぎた存在かもしれない。
奥歯を食いしばりながら立ち上がったダリルに、
「これから告げることは他言無用」
魔竜が容赦なく告げる。
とたん、ブンッ、と細かく鼓膜を震わせ、魔法が周囲、限られた範囲に広がる。
そこに含まれるのは、ダリル、サイファ、魔竜、そして。
阿呆としか思えないことを仕出かした魔法使い五人。…気絶したきり、起きる気配がない。
彼らが何をしたのか詳細は分からないが、魔竜をここまで激怒させたのだ、愚かの領域をすら突き抜けて、その存在は、死に値する。
自然とダリルの目が冷たくなった。
「殺しちゃいけないよ」
ダリルの気持ちを察した態度で、魔竜。
次いで、尻尾を掴んでいない方の手を差し出して見せた。
そこには。
見事な装飾を施された、漆黒の刃が乗っている。それを見たサイファが、とたんに厳しい顔になった。
「先ほど皇宮で、それが黒曜の刃と言ったが、―――――…事実か?」
「…あんたもそんなことを言うのか」
唸るように、魔竜。
ダリルが見ても、その刀身が異様な空気をまとっているのは分かった。だが、それが何なのか、分からない。
悪魔にまつわるもの、としか。
魔竜は首を左右に振った。
「あの頃、あんたは地獄にいたろう」
「だとしても」
サイファは渋面で目を伏せる。
「当時、御使いの中で、黒曜を実際目にした個体は、およそ十体程度だ」
「少ないな」
魔竜は驚きを見せながらも、すぐ納得したようだ。
「ああ、対面するなり、大半はすぐ殺されたのか…なるほど、なら、さっきの御使いが分からなくっても仕方ないか」
「ただし、あの亀裂」
ふ、とサイファは厳しい顔を上げた。
「黒曜が作った破滅の亀裂だけは、誰もが知っている」
「結果だけが有名で、原因が知られていないって言うのは、問題だね」
「黒曜を知っていれば」
サイファは首を横に振る。
「その短剣が皇后から聖女に渡った時点で、彼女の手から取り上げている」
「皇后から…? そうか、なら魔塔とつながっていたのは皇后か」
なんにしろ、と魔竜―――――ヒューゴは視線をダリルに戻す。
「これが空間を裂くっていう性質を利用して、その魔法使いたちは、俺を皇宮から魔塔の地下へ転移させて、解体するつもりだったらしい」
ごくりとダリルは息を呑む。
確かに、魔竜の身体は魅力的だ。
資源として。
いったい、その鱗一つで、どれだけの魔力量を有するのか、想像もつかない。
「それだけでも、俺が魔塔を滅ぼす理由としては十分だよね」
応じる態度で、ダリルは、魔竜へ立ち向かうように、胸を張った。
つまり、目の前の、悪魔というには、あまりに巨大すぎるその存在は、―――――代償を求めているのだ。
魔竜はその気になれば今すぐ、魔塔を滅ぼせる。
それをしない代わりに、と―――――何かを求めていた。
ちっぽけな人間風情が、魔竜相手に何ができるわけもないが。
「証拠は」
ダリルは、声を出すのも必死の心地で、それでも顔を上げ続けた。
「証拠は、ありますか」
この阿呆…いや、魔法使いたちが、魔竜を引き寄せ、解体しようとした、そんな馬鹿げたことをしようとした証拠はあるのか。
魔竜が言っているだけで、そんな事実、証明のしようがないはずだ。
「証拠がないのなら、魔塔があなたの要求に応える義務は」
「あのね」
立ち向かうダリルに、魔竜は目を細めた。
その濃紺の色に、楽しむ光が一瞬、躍る。
しかし。
「君に残された道は、命懸けで俺のご機嫌取りをすることだけだ」
―――――魔竜は、容赦なかった。
…その通りだ。
端からこれは、対等の交渉になどなりようがない。
有する力の差は歴然としている。
絶望的なほど。
魔竜をこの場に引き寄せた時点で、魔塔に未来はない。
ダリルは、まっくらになりそうな視界を、ぐっと踏ん張って振り払い、それでもまっすぐ魔竜を見上げた。
「何を、ご所望ですか」
サイファが微かに目を瞠った。ついで。
彼の唇に、なぜか、満たされたような笑みが浮かぶ。それは、ひどく。
―――――慈愛に満ちた、微笑。
「いいや」
サイファが、はっきりと返した声に、晴れ晴れとした蒼天をダリルが連想するなり。
「…終わったぞ」
ダリルを守るように打ち広がっていたサイファの翼が消えた。
いや、この場合は、背中にある収納器官に片づけた、というのが正しいのか。
そこで、ダリルは、簡単に息がつけることに気付いた。
つい先ほどまで、魔力がダリルの中で暴れ回っていた。
ダリルの中に構築されていた細い魔力の回路が、容量オーバーを起こしていたのだ。
なのに、駄々っ子のように言うことを聞かなかった魔力が、驚くほどお利口に整然と管理できている。
とたん、ダリルの思考が冷静に回り始めた。
待ちかねたように、魔竜が顔を覗き込んでくる。
「もう、いい?」
どうも、魔竜は焦れているようだ。
巣穴に早く帰りたい、そんな、今すぐ羽ばたきたがっている気配を感じる。
…その上で、これまで魔竜が見せた態度を顧みて、ダリルは、身の程知らずのことを考えてしまった。
(―――――交渉の余地は、ある、か?)
これまで自身が有していた魔力量から考えれば、天地の差があるほどの魔力が、今、ダリルの身に宿っている。
この魔塔のすべてが、掌の上で指し示せるほど細部まで把握できていた。
それでも―――――すぐ、理解する。
(ぜんぜん、足りない)
身体に重いほどの、魔竜の威圧に抗うように、ダリルは顔を上げた。
(この、巨大な存在に抗うには…!)
今のダリルですら、魔竜の前には、象を前にした蟻同然。否。塵と言っても、過ぎた存在かもしれない。
奥歯を食いしばりながら立ち上がったダリルに、
「これから告げることは他言無用」
魔竜が容赦なく告げる。
とたん、ブンッ、と細かく鼓膜を震わせ、魔法が周囲、限られた範囲に広がる。
そこに含まれるのは、ダリル、サイファ、魔竜、そして。
阿呆としか思えないことを仕出かした魔法使い五人。…気絶したきり、起きる気配がない。
彼らが何をしたのか詳細は分からないが、魔竜をここまで激怒させたのだ、愚かの領域をすら突き抜けて、その存在は、死に値する。
自然とダリルの目が冷たくなった。
「殺しちゃいけないよ」
ダリルの気持ちを察した態度で、魔竜。
次いで、尻尾を掴んでいない方の手を差し出して見せた。
そこには。
見事な装飾を施された、漆黒の刃が乗っている。それを見たサイファが、とたんに厳しい顔になった。
「先ほど皇宮で、それが黒曜の刃と言ったが、―――――…事実か?」
「…あんたもそんなことを言うのか」
唸るように、魔竜。
ダリルが見ても、その刀身が異様な空気をまとっているのは分かった。だが、それが何なのか、分からない。
悪魔にまつわるもの、としか。
魔竜は首を左右に振った。
「あの頃、あんたは地獄にいたろう」
「だとしても」
サイファは渋面で目を伏せる。
「当時、御使いの中で、黒曜を実際目にした個体は、およそ十体程度だ」
「少ないな」
魔竜は驚きを見せながらも、すぐ納得したようだ。
「ああ、対面するなり、大半はすぐ殺されたのか…なるほど、なら、さっきの御使いが分からなくっても仕方ないか」
「ただし、あの亀裂」
ふ、とサイファは厳しい顔を上げた。
「黒曜が作った破滅の亀裂だけは、誰もが知っている」
「結果だけが有名で、原因が知られていないって言うのは、問題だね」
「黒曜を知っていれば」
サイファは首を横に振る。
「その短剣が皇后から聖女に渡った時点で、彼女の手から取り上げている」
「皇后から…? そうか、なら魔塔とつながっていたのは皇后か」
なんにしろ、と魔竜―――――ヒューゴは視線をダリルに戻す。
「これが空間を裂くっていう性質を利用して、その魔法使いたちは、俺を皇宮から魔塔の地下へ転移させて、解体するつもりだったらしい」
ごくりとダリルは息を呑む。
確かに、魔竜の身体は魅力的だ。
資源として。
いったい、その鱗一つで、どれだけの魔力量を有するのか、想像もつかない。
「それだけでも、俺が魔塔を滅ぼす理由としては十分だよね」
応じる態度で、ダリルは、魔竜へ立ち向かうように、胸を張った。
つまり、目の前の、悪魔というには、あまりに巨大すぎるその存在は、―――――代償を求めているのだ。
魔竜はその気になれば今すぐ、魔塔を滅ぼせる。
それをしない代わりに、と―――――何かを求めていた。
ちっぽけな人間風情が、魔竜相手に何ができるわけもないが。
「証拠は」
ダリルは、声を出すのも必死の心地で、それでも顔を上げ続けた。
「証拠は、ありますか」
この阿呆…いや、魔法使いたちが、魔竜を引き寄せ、解体しようとした、そんな馬鹿げたことをしようとした証拠はあるのか。
魔竜が言っているだけで、そんな事実、証明のしようがないはずだ。
「証拠がないのなら、魔塔があなたの要求に応える義務は」
「あのね」
立ち向かうダリルに、魔竜は目を細めた。
その濃紺の色に、楽しむ光が一瞬、躍る。
しかし。
「君に残された道は、命懸けで俺のご機嫌取りをすることだけだ」
―――――魔竜は、容赦なかった。
…その通りだ。
端からこれは、対等の交渉になどなりようがない。
有する力の差は歴然としている。
絶望的なほど。
魔竜をこの場に引き寄せた時点で、魔塔に未来はない。
ダリルは、まっくらになりそうな視界を、ぐっと踏ん張って振り払い、それでもまっすぐ魔竜を見上げた。
「何を、ご所望ですか」
0
お気に入りに追加
52
あなたにおすすめの小説


どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。


【完結】国に売られた僕は変態皇帝に育てられ寵妃になった
cyan
BL
陛下が町娘に手を出して生まれたのが僕。後宮で虐げられて生活していた僕は、とうとう他国に売られることになった。
一途なシオンと、皇帝のお話。
※どんどん変態度が増すので苦手な方はお気を付けください。


いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる