陛下が悪魔と契約した理由

野中

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幕・67 兎の人工精霊

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皇宮の中央。



少し前に皇帝が到着し、きらびやかな宴席は、はじまっていた。ただ。





会場は異様な空気に包まれている。





表面上は、いつもの宴と同じ。

しかしどういうわけか、女性が少ない。

子供はと言えば、皇后の隣に控えた皇子の姿しかなかった。



そして、会場に居合わせた紳士淑女の眼差しは、一方向に注がれている。







「まあ…」



「…あのようなことが」







視線の先にいるのは、将軍リカルドだ。

いかにも武人といった分厚い肉体を、年相応に着飾り、渋い魅力に満ちている。

中には少なからず、彼に秋波を送る婦人もいたが、専ら周囲の興味は、リカルドが覗き込んでいる半透明の板に注がれていた。



不思議なことに、それは物質ではないように見える。

なにしろ、空中に浮かんでいるのだ。



誰かがそれに触れているわけでもない。





しかもその板には、映像が映り込んでいた。





そして、視線が向かう先はもう一つ。









将軍を中心に宴に参席した騎士たちに囲まれ、佇む―――――兎。









紛れもなくそれは、兎だった。ただし二足歩行の。



しかも、執事のような衣服を身にまとっている。顔には、片眼鏡。



そして、そここそが魅力と言わんばかりに、下半身には何も身に着けていない。

ふわふわのお腹。そして。

背後、上着の下からは、丸い尻尾が顔を出している。



体毛は雪の白。

つぶらな瞳はルビー色。



全体的に丸くちいさく、ステッキを片手に知的な雰囲気があるものの、ひたすら愛くるしい。





















はじまりは、宴席の開始直後、広間に駆け込んできた騎士が、将軍になんらかの耳打ちをしたことだ。



厳しい顔になった将軍が皇帝と宰相へ手短な報告をした。直後、宰相は厳しい顔で皇帝に進言。







「ツクヨミを起こしてください」







ツクヨミ。

それが何か、知っている者と知らない者とで、反応は二分した。

少なくとも、騎士たちは全員、承知のようだ。



知った上での、戸惑いの目を互いに見交わしている。そんな中、







「必要を感じない」







厳格を通り越して、冷酷な態度で、皇帝。

「ここは戦勝の宴だ」



真正面の宰相ではなく、将軍と、その近くに居並ぶ軍部の騎士たちを冷ややかに眺めやり、





「このような席で、帝国軍は他の何かに頼らねば勝利の一つも手にできない、…それほど弱いと知らしめるか?」





その強さを誉れとし、栄光を与えられる場で、実力確かな騎士たちが、何かに頼ると言うのかと、皇帝は言っている。

情けない、と厳しい叱責を受けた心地で、騎士たちは直立不動になった。



「畏れながら」



宰相が言葉を継ぐより先に、将軍が割って入る。





「私も宰相閣下と同じ意見です」



「ほう―――――将が率先するとはな」





皇帝の眼差しの温度がまた下がる。

怯まず、将軍。







「犠牲を最小限に抑えるため、また、迅速に事態を収拾するためにも、ツクヨミは必要かと」







凍えるような黄金の瞳で、真っ直ぐな将軍の空色の瞳を見遣り、皇帝は退屈そうに一言。

「犠牲が出るか」



「…面目もございません。ただこれは」

受け容れながらも退かず、将軍は言葉を重ねた。











「戦争では、ございません。勝負の要はひとつ。どれだけ守り抜けるか。それには迅速に事態を収拾する必要がございます」











「口だけは達者なことだ」



皇帝の表情は変わらない。

だが、ゆらりと黄金の目は微かに揺らぎを見せた。



「私が言いたいことは分かるな?」



改めてリカルドを見つめなおし、リヒトは尋ねる。

「はい」

リカルドは重く頷いた。









何かに頼り続ければ、人間は怠惰になる。リヒトが言いたいのは、そこだ。



ただし今回は、









「…これは、怠惰ではございません」

「ならばよい」



す、と皇帝は自分の左手を口元まで持ってくる。

その中指に、赤い宝石が埋まった指輪が見えた。幾人もの目にそれ映るのと同時に。







「システム開錠―――――起動」







皇帝が囁くように告げた。とたん。











―――――ピィン…ッ。











ヴァイオリンの弦でも弾かれたような音が場に居合わせた全員の耳に届いた。

同時に、風もないのに―――――空気がそよいだ、そんな心地に、会場に集まった貴族たちは周囲を見渡した。



「スリープモード解除」



―――――チリリリリンッ



皇帝の声と共に、どこか遠いところでベルの音が響くのを皆が聞いた。直後。











「来い、ツクヨミ」



『―――――はい、マスター』











従順なおとなしい、可愛らしい声が響き、皇帝の足元で、濃密な魔力に満ちた小さな光の塊が弾ける。と見るなり。













『ツクヨミ、参上いたしました』













弾けた光の粒をまとい、まっしろな兎が後ろ足二本で立っていた。



皇帝の足元で、恭しく礼をする。

姿かたち、そして所作のキュートさに、貴族の子供たちの幾人かが、アレがほしいと親の服を引っ張った。

慌てたのは大人たちだ。兎を指さした子供たちの手を握りこみ、いけないと叱る。



「母上、あれはいったい」

はじめて見るのか、皇子が呆然と皇后に尋ねた。

声も潜めず、普通の声量で。



グロリアの叱るような一瞥にも動じず、皇子はキラキラした目で兎を見ている。

好奇心旺盛なのは結構だが、黙っていることも教えなければ、とグロリアはため息をこぼし、答えた。

「人工精霊ですわ、殿下」

しかも、構成を作り込み、リヒトと共同でこの目新しい魔力システムを構築したのは、奴隷のヒューゴだ。



宰相リュクスはこれを売り出そうとしたようだが、必要な魔力量や緻密過ぎる構成を前に、売り物にすることは断念したという蛇足がある。





周りの寸劇を気にした様子もなく、皇帝。







「皇宮の北側で騒動が起きている。映像を出せるか」







小さな鼻先を皇帝へ向け、ひくひく動かした兎が何かを察した風情で呟く。



『地下牢周辺ですね。ふむ』

今にも動こうとする兎を尻目に、宰相が慌てて周囲へ指示を飛ばした。





「ご婦人方とお子様方を控室へご案内しろ」





その言葉の最中に、兎がステッキをふるう。









『ツクヨミの結界は完璧です。侵入者ではありません。もとよりいた者たちのようで。…それっ』



目一杯伸びをして、ステッキの先端を頭上へ向けた、刹那。









―――――パッと半透明の巨大な板が空中に顕現した。直後。



急に誘導されようとした婦人方から、まばらに悲鳴が上がる。

子供たちは、何を見たか分からず目を見開いたが、大概が、大人の手で目隠しを受けた。

皇后は、扇の下に隠した口元に、一瞬、会心の笑みをひらめかせる。







映し出されたのは、人間とも悪魔ともつかない異様な骨格の、醜悪なバケモノたち。

それらが、ぞろぞろと地下牢の入り口を破壊して出てくる。一体・二体ではない。







それらに対して。



既に、応戦を始めている騎士たちの姿があった。彼らの顔ぶれは若い。









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