陛下が悪魔と契約した理由

野中

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幕・65 チェンバレン家

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宴が始まろうとしている時刻。





リヒトは皇后の宮殿まで来ていた。





近衛騎士を三人従え、宮殿の廊下を無造作に進む。

やがて皇后の私室が見え、扉近くで控えていた騎士が頭を下げた。



彼がドアをノックし、顔を出した侍女に皇帝の来訪を告げる。しばらくして。







「それでは、失礼致します、姉上」







宴の参加者だろう、着飾った貴族の若者が中からにこやかに現れた。

その手には、地味な外套を提げている。



リヒトに向き直ったその顔には、見覚えがあった。







チェンバレンの後継者にしてグロリアの弟―――――姉に負けず劣らずの華やかな容姿だが、姉が派手な火花とするならば、弟は粘つくマグマと言えた。

方向性は違えど、性質の悪さは同じ。







「これは、陛下。…いつだったかの貴族会議ぶりですね」

扉の前から退きながら、彼は慇懃に腰を折る。



リヒトは一つ頷き、その眼差しを彼が手に提げた外套へ向けた。





「血の匂いがする」





リヒトの呟きに、青年はにっこりと、子供のように無邪気な微笑を浮かべる。

「いつもの香水です、良い香りでしょう」

一度真っ直ぐ彼を見遣り、

「…ほどほどにな」



興味もなさげに言って、リヒトは部屋へ入った。







見送った青年は、まだ扉が閉まっておらず、近衛騎士が部屋の外に残っていることを気にもとめず、舌打ち。

ついてきた侍女へ外套を押し付け、大股に歩き始めた。



一足早く、宴の会場へ向かったのだろう。







それを尻目に、リヒトは扉を開けたまま室内へ進む。

そこには既に、きれいに化粧を施し、着替えを済ませたグロリアが鏡の前に立っていた。



夫婦水入らずの時間に気を利かせたか、侍女や下女の姿はない。





「護衛は、あの悪魔かと思ったのですが、違うようですわね」





開口一番そう言って、グロリアは振り向いた。

いつ見ても、大輪の花のようだ。そのうつくしさは、リヒトも認める。棘を潜めた美しさだが。



「先ほど主従の儀が終わったばかりだ。今は騎士棟の方にいる」

言うまでもなく、グロリアは儀式がいつかなど知っていただろう。



騎士となる者が主従の儀を行った後、仲間への挨拶に騎士棟へ向かうのは、長年続く風習だ。

にもかかわらず、グロリアは面食らった態度で、瞬きした。





「…騎士棟」



「オリエスの騎士の風習だろう」



まさか忘れたのか、と言えば、グロリアは肩を竦める。

「まさか、あの者まで風習に従うとは思っていなかっただけですわ」



「アレはそういうものを大切にする」

リヒトの答えに冷めた表情になり、グロリアはくだらない、と言いたげな目つきになった。



「ところで、この部屋へ来るのが遅かったようですけれど」

いつ宮殿へ到着したか、知っているぞ、と言外に告げるグロリアに、リヒトは悪びれず、





「皇女の部屋へ立ち寄った」





正直に答える。

グロリアの青い瞳が獲物を狙う猫の目のように光った。





「まあ、一番に来たのが、宮殿の主であるわたくしのところでないなんて」





笑顔で揶揄したグロリアに、

「娘だ。父親が大事にせず、誰が大切にする?」

リヒトは淡々と応酬。

ここに居るのは、皇女の父親だけではない。母親もいる。



となれば、リヒトが紡いだ台詞には違和感があった。





まるで、母親は娘を大切にしないと言いたげだ。





聞くなり、グロリアは、柔和でありながら寂しげな笑顔を浮かべた。

「お優しいのですね。その優しさを、皇子にも向けてくださったらと思うのですが」



「あれは愚かだ。優しさなど与えれば、認められているのだと容易く勘違いするだろう」

リヒトはきっぱり。グロリアの笑顔が凍り付いた。



「陛下。…今、なんと?」



いっきに、人を殺しても不思議のない恐ろし気な空気をまとったグロリアを前に、これ以上好き放題言える人物は、あまりいない。

幸か不幸か、リヒトはその数少ない人間の一人だった。





「愚かと言った。大体なぜ、まだこの場にいない? 私の来訪を母親が知っていながら」





先ほどのやり取りを逆手に取った言葉に、グロリアはいやな男だと認識を新たにしながら答える。

「着替えに時間がかかっているようですわ。まだ子供です、お目こぼしくださいますよう」



「素直に着替えないのだろう。手がかかると報告を受けている。…そうだな」



また言葉を重ねようとするグロリアを遮るように片手を挙げ、リヒトは口を開いた。











「セオドアが来るまで、面白い話をしてやろう」











黄金の瞳が真っ直ぐ、グロリアの紺碧の瞳を射抜く。



「オリエスの皇族は、神聖力を持つ相手がいれば、本人がそれを告げなくとも、感じ取ることができる」



「…それがなんですの?」

唐突ながら、目新しい話ではない。

胡乱な顔になったグロリアに、リヒトは、言葉の意味が本当に分からないのか、といった表情を浮かべた。



…こういう態度が、グロリアにはいちいち腹立たしい。周囲にいる人間は、グロリアをただ讃えるだけでいいのだ。



今までの、誰もがそうだった。それが、この男ときたら。

だがその腹立たしさは、





「それはまだ母親の腹の中にいる相手でも同じだ」





続けられたリヒトの言葉によって、一瞬で掻き消えた。

グロリアの全身から血の気が下がる。かろうじで、座り込むのは堪えた。

まだだ。

まだ、大丈夫。



証拠があるわけではない。











「私との初夜。お前の腹には、既にセオドアがいたな」















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