陛下が悪魔と契約した理由

野中

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幕・60 汝、騎士たる者

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下手を打てば、この場で退治されそうな緊張感。

だがそれも一興、と楽しい気分になってくるのは、ヒューゴが悪魔だからか。



リカルドたち、オリエス帝国の精鋭騎士たちと殺し合い。なんとも心躍る一幕だ。



上機嫌に鼻歌でも零しそうな気分に慌てて蓋をして、コトを早々に終わらせるべく、ヒューゴは口を開いた。







『我は悪魔』







長寿の悪魔、魔竜のヒューゴにとって、扱いやすい言語は、古代語である。

神を祖とする皇帝を太陽と崇拝するオリエス帝国の貴族たちにとっては、古代語は必修科目だ。少なくともリヒトには通じるだろう。



思ったからこそ、ヒューゴにとって扱いやすい言語として、古代語を選び、口にしたわけだが。













『魔竜と呼ばれる存在である』













どうしても、言い回しが古臭いし、もったいぶっている。

ただ、儀式には丁度いいだろう。



開き直ってヒューゴは続けた。









『悪魔に忠誠心はない』









告げながら、思う。

主従の儀、その形式がしっくりとこなかったのは、このためだろう。



悪魔は、自由気ままにやりたいことをやる生き物だ。ゆえに。





―――――ヒューゴなどは神聖力の鎖で縛られている。





でなければ、気持ちの赴くまま飛び立って、もうここへは戻らないだろう。

自身ですら、そう思うのだから、リヒトなどはヒューゴが何を言おうと信じるまい。









『あるのは、闘争本能のみ』









悪魔にできることなど、たかがしれている。





















犯して殺して壊して滅ぼす。





















だから地獄は、あれほど閑散としているのだ。



だが、もし―――――それでもいい、というのなら。





『望むならば、そのすべてを尽くして』





リヒトは黙って聞いている。

先を促す皇帝の眼差しに、悪魔は不遜な笑みで返した。















『―――――お前の敵を殲滅しよう』















悪魔に何が誓える?



真っ正直なところ、自信をもって提供できるのは、その暴力性のみ。

そんなもの、誓うと言うのもばからしい、分かり切った話だ。





これは取引―――――契約にしか過ぎない。





人間と悪魔とのやりとりは、その一事に尽きる。



嘘でいいなら跪き、国に忠誠を誓おう。

だがリヒト相手に、ヒューゴはそんなことできはしない。…なにより。





『我を望む者よ』





玉座の前にいるリヒトに、ヒューゴは最後の言葉を投げかけた。





















『欲するならば、我の主たるに相応しい資質を示せ』



魔竜にとって。



地位は、与えられるものではない。



授けられるものではない。





誉ならば、既にある。





彼は竜そのものであり、同時に竜殺しを達成した悪魔。



ゆえに、相応しさを示すべきは―――――魔竜を欲するもの。





さて、皇帝。





















―――――お前は、魔竜の力をふるうに値するか?





















リヒトをはるかに見上げながら、ヒューゴは思う。



かつて、リヒトは守るべき幼子だった。

ヒューゴにとって、今もそれは変わらない。



だが、今。





彼は皇帝へ成長し、数多の命をその背に負っている。















過去、側にいてくれと願う幼子の強引さに根負けする形で、魔竜はこの場所にとどまった。

確かに契約を結び、代償をやり取りしてはいるが、ままごと―――――真似事のような心地でもあった。





リュクスが言った、節目、と言う言葉を思い出す。



確かに、これは必要なことなのだろう。





ヒューゴがリヒトの騎士となる、この時をもって、二人の関係は変わる。















庇護すべき幼子から、正式な契約者へ。















果たして、リヒトは告げた。









『示し続けよう』









気負いなく、それでいて、相手の胸に大きな杭を打ち込むような、強い声で。







『私の、心臓の鼓動、―――――その最後の一打ちまで』







にこり、ヒューゴは微笑んだ。



「心得た」

古代語を止め、帝国で用いられる大陸の公用語で、ヒューゴは言って、腰に佩いた剣を鞘ごと手に持つ。



跪いた。







「ならば、儀式を」







両手で掲げるように持てば、リヒトが玉座から降りてくる。

ここからは、主従の儀式に則って、続ければいい。

頭を下げ、恭しく剣を掲げたヒューゴに、幾人かが、ホッと安堵の息を吐きだす。



そこからは、皆が見見慣れた儀式の光景が始まった。

リヒトが剣を取り上げる。

優美な所作で鞘を引き抜いた。



むき出しの刀身、その腹の部分を、跪いたヒューゴの肩に当てる。



「これにて、汝は」

しずかにリヒトは告げた。











「リヒト・オリエスの騎士である」











―――――とたん、謁見の間に微かな戸惑いの空気が流れる。



おや、とヒューゴも頭を垂れたまま不思議に思った。

言葉の最後の締めくくりは「これにて汝は、帝国の騎士である」となるはずだ。



その前には、新たに騎士となる者が、国に忠誠を誓う部分がある。





にもかかわらず、ヒューゴは忠誠を誓わなかったし、リヒトは彼を、『国の騎士』とは言わなかった。















その上、『皇帝の』でもない、リヒト個人の騎士と告げたのだ。















いっさいが異例の儀式であった。

それでも滞りなく、頭上で剣が鞘に納まる気配がする。







―――――終わりだ。







両手で返される剣を、両手で受け取ったヒューゴに、リヒトは囁く。

「示し続けるとも。心臓が鼓動する限りは」



彼はすぐに離れたが、





「…え?」





踵を返したリヒトの背を見上げ、ヒューゴは戸惑いの声を上げた。だが彼は振り向かない。玉座へ戻る後姿を見ながら立ち上がり、ヒューゴは一礼。



気のせいか、と内心首をひねりながら、リヒトが玉座に座すのを待って踵を返した。





ヒューゴの耳には、「―――――だが」と言葉が続いた気がしたのだ。





玉座に座ったリヒトは、去っていくヒューゴの背を見送りながら、呟いた。

















「だが―――――心臓の、最後の鼓動。…その後は」























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