陛下が悪魔と契約した理由

野中

文字の大きさ
上 下
22 / 196

幕・22 神殿との確執

しおりを挟む
確かに奴隷長は、時折見回りにくる。

逸る気分を押さえながら、ヒューゴは自分にかけていた簡単な魔法を解く。



なんなの、と顔をしかめる下男・下女たち。彼らに頭を下げながら浴場へやってくる奴隷長へ、ヒューゴが足を向けるなり。







―――――ざわり。







次に開いた扉を潜って現れた人影に、浴場がざわめきに揺れ、異様な沈黙が落ちた。

現れたのは。











(…リヒト…)











華やかな近衛騎士四人に囲まれた、高貴で気高い皇帝。

まるで動じない厳格な態度に、寛いで緩んでいた浴場の空気が、一気に凍り付いた。



リヒトが歩き出すと同時に、皆、夢から覚めた態度で、ばたばたと跪き始める。









「へ、陛下、このような場所に足を運んでいただく必要は、」









一番驚いたのは奴隷長のようだ。あたふたとリヒトの方へ立ち戻ろうとした彼を、近衛騎士の一人が無言でおしとどめた。

だがこれは、奴隷長の方が正しい。

ここは、皇帝が立つには相応しくない場所。



リヒトの行動は、あり得ないものだった。しかも浴場へ土足で踏み入っている。本来ならば。



謹厳そのものの表情を取り繕っている近衛騎士たちこそ、皇帝を止めなければならない立場だ。

彼らも辛いところだろう。



その時だ。

跪いた下男・下女たち、奴隷たちの上を滑ったリヒトの黄金の目が、ぴたり、ヒューゴにとまる。



リヒトはその場で足を止めた。ヒューゴは小さく嘆息。







(来い、ってことだな)







ヒューゴは無言で歩き出す。

その、この国では珍しい褐色の肌に気付いた幾人かが息を呑んだ。

それだけで、ヒューゴが一体何なのかに気付いたのだろう。





彼の、存在に。







状況が悪いことに気付いた幾人かが震えだす。







「そこにいたのか、ヒューゴ」

高圧的に奴隷長は言って、急げ、と急かしてきた。



(どういう状況だ?)

読めないままにヒューゴが足を速めれば、















「…始末を」



リヒトが淡々と告げる。刹那、

「御意」



応じた騎士の一人、その声を聴いたと思った時には。

















「…は、」



仰け反った奴隷長の胸から―――――剣が生えていた。

背から心臓を一撃。

即死だ。



痛みを感じるどころか、自身の命が潰える自覚もあったかどうか。



衝撃に仰け反ったまま、奴隷長がぐるりと白目を剥いた。

その身体を振り捨てるようにして、騎士が剣を引き抜く。べちり、と音を立てて物言わぬ身体が浴場の床に落ちた。

あまりのことに、悲鳴すら上がらない。



いや、未だ何が起きているのか理解できない者もいるようだ。赤い液体が身体の下から広がっていくのに、

「片付けろ」

近衛騎士の一人が命じた。



すぐには誰も応じられない。

どうにか、命じられることに慣れた幾人かの奴隷が動き出す頃、ヒューゴはリヒトの足元に跪いていた。



そこでようやくヒューゴから視線を外したリヒトが、奴隷長を殺した騎士に言う。







「首を斬れと言ったろう」







怒りも呆れもない、それは平坦な声だった。

逆にそれが恐ろしかったか、静まり返った空気の底に、薄氷でも張ったかのような恐怖がじわりと滲む。





少しでも動けば自分の首が飛ぶと言わんばかりに、下男・下女、そして奴隷たちは必死に息を殺した。





「申し訳ございません。血が飛べば、片づけが面倒かと」



奴隷長を一撃で即死させた近衛騎士が、生真面目に答え、深く頭を下げる。

「…そうか」

リヒトはそれ以上、追及しなかった。ヒューゴへ視線を戻す。次いで。





右手を差し出した。ヒューゴの顔の前だ。





ヒューゴが上目遣いに見遣れば、促すようにリヒトの手が動いた。

手袋を脱がせ、と言うことか。



察したヒューゴは、恭しく右手から白い手袋を外した。







素手になるなり、リヒトの手が伸びる。顎下をさらい、喉を撫でるような動きでヒューゴを上向かせた。







濃紺の瞳には、疑問の色が浮いている。それに目を細め、リヒトは言った。









「奴隷長は神殿の紹介だった」









その一言で、説明は済んだ。

ほんのわずか、ヒューゴは目を瞠る。なるほど、と納得しながら。





神殿。





強大な神聖力を持つリヒトを彼らはほとんど崇拝しているが、ゆえに、敵対的としか思えない行動を取ることがある。

崇拝するあまり、神殿側の理想をリヒトに押し付けすぎると言うか、型にはめ込もうとするのだ。



うまく扱えば掌の上で転がせるのだが、彼らは諸刃の剣。



なにより、悪魔であるヒューゴがリヒトのそばにいることは、神官たちには我慢ならない。

ことあるごとにヒューゴを排除しようとしてくる。

(リヒトがそれに対して強硬な手段に出て以降、おとなしくなってたから…)



奴隷長に神殿の息がかかっているかもしれないとは、ヒューゴは考えもしなかった。少し信仰心が強いな、と感じてはいたが。





(それでも神殿は動く、か。その性質上、仕方がないけど)





ヒューゴが考えに沈みかけた時。











「ところでヒューゴ」











不意の、リヒトの呼びかけ。

響きはまるで氷の棘。



ヒューゴは嫌でも我に返らざるを得なかった。ハッと顔を上げれば、













「なぜ、昼に、ここでの仕事もあると話さなかった?」













リヒトの黄金の目が、跪くヒューゴを映している。

















しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

後輩が二人がかりで、俺をどんどん責めてくるー快楽地獄だー

天知 カナイ
BL
イケメン後輩二人があやしく先輩に迫って、おいしくいただいちゃう話です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

【完結】国に売られた僕は変態皇帝に育てられ寵妃になった

cyan
BL
陛下が町娘に手を出して生まれたのが僕。後宮で虐げられて生活していた僕は、とうとう他国に売られることになった。 一途なシオンと、皇帝のお話。 ※どんどん変態度が増すので苦手な方はお気を付けください。

アルバイトで実験台

夏向りん
BL
給料いいバイトあるよ、と教えてもらったバイト先は大人用玩具実験台だった! ローター、オナホ、フェラ、玩具責め、放置、等々の要素有り

俺は触手の巣でママをしている!〜卵をいっぱい産んじゃうよ!〜

ミクリ21
BL
触手の巣で、触手達の卵を産卵する青年の話。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

処理中です...