陛下が悪魔と契約した理由

野中

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幕・12 剣術を学ぼう、悪魔だけど

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「待て、ここがどこか」



厳しい声で、見慣れない騎士が、ヒューゴの胸の前で槍を横に寝かせる。

通さない、そんな硬い意思表示だ。





「知っているのか」





じろり、ヒューゴを睨んだ若い騎士に、



「よせ」

彼よりは年嵩の騎士が、その場から動かず首を横に振った。



「彼はいいんだ」

「先輩、こいつは奴隷です」



「説明しただろう」

じろり、年長の騎士が若い方を睨んだ。





「『陛下の奴隷』。…覚えているな?」





その言葉に、言われた方は固まった。まじまじヒューゴを見つめる。我に返ったのは、早かった。



「し、失礼致しました!」





さすが、皇宮内でも重要区画の守護を任される騎士だ。直立不動で、扉のわきに寄る。





ヒューゴに対する、貴族、侍従や侍女たちの視線は厳しい。

が、このように、騎士たちからは不思議なほど敬意を払われる傾向にあった。



共に戦場を駆けた騎士たちからは、特にだ。



とはいえ―――――ヒューゴが人間たちの戦争で、強大な悪魔としての力をふるったことは、ほとんどない。

理由は簡単。



ヒューゴがリヒトを『食べる』ようになったのは、彼が18歳になった日からであり、それまでは細々とリヒトの血を飲んでやり過ごしていた。一日一滴とかその程度だ。

よって、魔力を振るうなど、とんでもない話で、リヒトのそばで生き延びることが精いっぱいだった。







ゆえに、『役立たずの悪魔』などと陰口をたたかれていたのは仕方がない。







だが、強大な魔力の使用が危険であるならば「じゃあ剣術を習おう」となったのは、ヒューゴのヒューゴたるゆえんだろう。



普通、悪魔は剣術など身につけようなどとは思わない。

元来が頑丈にできているからだ。



だがリヒトのそばで暮らすのに、知っていて損はない。



教えを乞えば、「悪魔が何の冗談だ」と面白がって師となった老騎士が、遠慮なく鍛えた結果。

大きな戦功をあげる程度には、ヒューゴは腕を上げた。



身体が頑丈で、身体能力が優れた悪魔が、真面目に特訓を重ねたのだ。強くならないわけがなかった。



そんなわけで、戦場において、悪魔としては役立たずだったわけだが、戦士としては相応に活躍した。



治癒の力でヒューゴに助けられた騎士も多く、よって帝国の騎士団は、基本的にヒューゴに対する点数が甘い。





「いいですよ。お仕事お疲れ様です」





入室を遮られたとはいえ、ヒューゴから見れば、勤務態度は満点である。

それにこの場合、きちんと扉から部屋に入ろうとしている悪魔の方が、ちょっと配慮が足りなかったかもしれない。

空間転移なりなんなり、すればよかったのだ。



ごめんね、と片目を閉じて見せ、気さくに挨拶。

狼狽えた若い騎士に落ち着け、と手ぶりで示し、年嵩の騎士がヒューゴに一礼。



「どうぞ、ご入室ください」

「ありがとう」

開けることを許された扉に手をかけ、ヒューゴは入室した。刹那、



「やぁっと来た」



皇族専用の食堂の中から声を上げたのは、宰相リュクス・ノディエ。



栗色の髪に、緑の瞳。

眼鏡。



小柄で童顔だが、24歳で、皇帝とは幼馴染。

即ち、家柄も相当いいというわけだ。





「外で話し声がしたけど、何か問題あった?」





目ざとい、というか、耳ざとい。

とはいえ、別段、隠すことではなかった。侍従や侍女たちが行き交う室内を横切りながら、ヒューゴ。



「新顔の騎士に入室を止められました」

リヒトが何か言いかけた。それを遮るタイミングで、



「それは君が悪いよ、ヒューゴ」

リュクスが呆れ返った目で、指摘。





「とっとと、騎士の叙勲を受けたらどう? そしたら、毎回そんな面倒なやり取りしなくて済むじゃないか。いつまでも奴隷でいるからそうなるんだ」





リヒトが口を閉じる。

それは、何度もヒューゴと彼らとの間で交わされたやり取りだ。



周囲に聞えよがしの声で、リュクスは告げる。

「君の武功はそれだけのものなんだから、誰も文句は言わないよ」



「恐れ入りますが、宰相閣下」

ヒューゴはにこり。足を止め、奴隷とは思えないほど優美な振る舞いで一礼。



…それだけで。





周囲の視線が、一斉に、彼に吸われた。





リュクスも、思わず食事の手を止めてしまう。

我に返り、リュクスはこれ見よがしに顔をしかめる。



この、ヒューゴという、悪魔にして奴隷は。







素で、格好いいのだ。







何気ない仕草の一つ一つが、どうしようもなく人目を奪う。

老若男女関係なく。





数多ある彼の特徴の中で、実は、これが一番手に負えない。





性格に惚けたところがあるせいか、基本、どこか抜けた感じが残るのだが、それが妙な味になっている。

だから逆に、この男が余裕をなくした時というのが、本当に危険だ。



猛烈な魅力を前にすれば、ヒトは、ただただ言うなりになる方法しか選べなくなる。



ただし本人曰く。







―――――ありがとな、でも所詮、俺は悪魔、ばけもんだよ。







なんにしたって、人間の姿がニセモノというわけでもないだろうに。



ヒューゴが持つ、数ある姿の一つというだけだ。

当の本人は何食わぬ顔で、こういった。



「人には、分相応というものがあります」



言葉の裏にある声が、リュクスにははっきりと聴こえた。







―――――悪魔に地位を与えてどうすんだ。







悪魔が訴えることが正しくて、人間が提案していることが異常だと言うことは、リュクスとて分かっている。

だがこれまでの歳月積み上げられたヒューゴの行いは、この帝国にとって、簡単に捨てられるものではないし、なかったことにはできない。

それに。





悪魔に地位を与えることを、リュクスとて軽く考えているわけではない。





ヒューゴを帝国にとどめているのは、契約だ。

リヒトが神聖力で縛ったから、必要な契約だったとも言えるが。



―――――リヒトが死ぬまでは、ヒューゴはリヒトのそばにいる。



それがリヒトとヒューゴの契約だ。

少なくとも、ヒューゴはそのように区切りをつけている。



その間、この悪魔は帝国に尽力するだろう。悪魔なりに、だが。



その後のことを考えれば、確かに下手に地位を与えるのは危険だとは思う。ただ。





悪魔と契約したリヒトは時に、…このように言い放つ。











―――――僕は死ぬとき、ヒューゴを連れて行く、と。











その言葉が果たされるなら、リヒトが死ぬとき、ヒューゴもまた死ぬ。

ヒューゴに訪れる区切りは、死となる。



ならば地位を与えるくらい、別にいいじゃないか、と思うのだ。とはいえ。



綱渡りの気分にもなる。







(リヒトがそうするつもりだって、ヒューゴは知らない)







ヒューゴがそれを知ればどう出るか。

リュクスにも分からない。



想像もしたくない結果になりそうだから、聞かなかったフリでやり過ごすしかないが。



「物は言いようだよね」

リュクスは、視界の端で、帝国の主がどのような反応をしているか確認。



ああ、あれは、…見惚れている。周囲からは、微かに不機嫌そうにすら見える表情だが、間違いない。



その表情に、リュクスは、以前あった一幕を思い出した。

いつだったか、リュクスはリヒトに提案した。護衛の交代を。



ヒューゴの存在は間違いなく、リヒトの立場を危うくするものだったからだ。

正直、実力者なら、誰でもよかった。



ヒューゴでさえなければ。対するリヒトは条件を出した。







―――――ヒューゴより格好よくないと認めない。







リュクスは分かっていたのに、よく理解していなかった。



そこまで、ベタ惚れとは。



残念ながら、聞くなり降参するしかない難題だった。











当時、魔力以外の実力がヒューゴより上の者なら、幾人もいたが、今となってはどの才をとってもヒューゴ以上の者はいない。















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