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信号待ちをしていると,丁度垂直方向から白い大きなつばの帽子を振り回しながら女性がこちらへ向かってきた。こんなのに飛びつかれたらひとたまりもない。
その女性は勢いを緩めぬままウチのすぐ横を通っていった。風がびゅんと吹いた。
「遅いなあ。」
「お前だって,今来たとこだろ。」
「ふふ、ばれたー?」
その女性と腕を組み、肩を並べて歩き始めた男性。ウチの脳内でなんだか見たことのある顔だと変換される、そんな男だった。
信号が青に変わると,ウチは彼等とは反対方向にペダルを踏み込む。ウチが向かうのは,笹野総合病院だ。
病院の中は,外のジリジリとした暑さとは裏腹に、ひんやりとしていて心地よかった。そして、ウチは迷うことなく568号室に向かう。
これまで何度この場所に通ったことだろう。ガラガラと戸をあけると、いつも通りあにきがそこに横になっていた。
「おう。」
あにきはそれでおしまいだ。いつもどこか言葉が少なくて,でもそれで足りてしまうような,そんなあにきだ。
名前は迅。ウチとは歳が10個離れている。そして、ウチが生まれた時にはもう病院生活が始まっていたことだけは,知っている。それ以外は、何にもだ。病名も詳しくは知らないし,いつ発病したのかもよく知らない。
ウチのかあさんはそれを今まで話そうとしてこなかったし,ウチも今更えぐる気は毛頭ない。ウチらは、前しか向く気はない。
そしてそのあにきを、親戚で日替わりで世話している。ウチのかあさんと、ウチと、それからかあさんの弟の新ちゃん、新ちゃんの奥さんのみっちゃん、そして二人の子供の海ちゃんと秋くんだ。土日はウチの父さんが来たり、適当にしている。
ウチは,あにきの洗濯物とか服とか、それくらいの雑用しかできない。大事なことは,大人がやる。それが当たり前で、ウチら子供が失敗することがないための大切な掟といっても過言ではなかった。
ウチは雑務を終えると,あにきのそばにある机に問題集を取り出した。
あにきの仕事はなんなの?そうやって聞かれたら,ウチはきっとこう答える。
「ウチの先生だよ!」
って。そういうことを聞くこは今まであったことがないけれども。
あにきは、ウチが中学生になる時に、ウチの勉強を見る決意をした。兄にとっては、結構一大決心だったようだが、ウチにその思いは届かないし、その重みも伝わらない。
「妹がアホなのは大変なことだ。俺がなんとかしないと、お前,社会の底辺になっちまうんだかんな。」
あにきはそういうことを言っても誰にも文句を言われないような秀才だからだ。あにきは病気の再発を繰り返し、学校に継続して通うことは叶わなかったが,周りに引けを取らないよう努力してきた。それは本当にすごいことだと思う。病気っていうハンデにも甘えず,常に自分を追い込んできた。
ウチには、それができない。どうしてもうまくいかない。でも、あにきはウチを諦めさせまいと頑張っている。だからウチも,高校受験を目標に、挫けるわけにはいかないのだ。
「そこの両辺を2倍して、①の式を③に代入して…。そうそう。そっから…。」
普段の会話とはまるで違くて、懇切丁寧に解説してくれる。だからウチはいつもより頑張れるのだ。
一通り勉強が終わると,ウチはあにきに紙を一枚渡した。
「今日ね、テストが返ってきたの。」
反応を唾を呑めずに期待する。あにきはウチの方を見ずにこう言った。
「頑張ったな,すごいな。」
「えっ。」
「すっとぼけた顔してどうしたんだよ。」
「え、だってあにきに褒められたから…。」
ウチは結構ガチで言った。そうすると,あにきははああっと、深く息を吐いた。
「オレはそんなに藍のことを褒めないのか。」
「ったりまえじゃん。」
あにきはちょっと笑った。
ウチはうちの子じゃないのかもしれない。そう思うのって、誰だってある。ウチみたいに、しっとり系ドラマに変な角度から感情移入しがちで、自分と作品の人物を重ね合わせてしまいがちなひと。特にそう。
そしてウチの場合は,ウチ以外が皆優秀だということを不意に訪れるタイミングで突然の如く知ってしまうこと。
その良い例が,ウチの従兄弟で同い年の海ちゃん。あいつはまた、学年で10本の指に入ったみたいだ。
「どうせ藍はまた悪かったんだろう。」
ウチはいつもそう言われる。親戚の中では特にいつも言われる。あー、海ちゃんはそんなに頭が良いの!凄いわねえ藍も頑張ってねえ。って言われる。
そしてやっぱり頭のいい男子には女の子がついてくるようだ。海ちゃんは顔もいいのもあったから、余計にだ。
今日も鳥羽さんに言われた。
「私ね,篠田くんに告白しようと思うの。」
鳥羽さんからはこの言葉を何回か聞いた。鳥羽さんは海ちゃん一筋で,何度か試みたが、いつもうまくいかずに誰かに取られてしまうことを常に恐れていた。
「頑張ってね。」
ウチは海ちゃんに鳥羽さんみたいな感情を抱いているわけではないけれど。ただでさえバレーのクラブで忙しいのに彼女ができてしまったらウチのあにきは…。そういうことを考えてしまう自分は恐ろしいと自分で悲しくなる。
学校を帰るのにウチはあの横断歩道を通らなくてはならない。あのカップルがいた、あの、だ。
でも、今日は少し違った。帽子の彼女はいなくて、でも受け身の「彼」はいつもの場所で待っていた。
「君はよく、ここを通るよね。」
中々素敵な顔立ちをしていた。突然話しかけられたにも関わらず,面食いなウチは少し立ち止まって会釈する。緊張の色が浮かんだ。
「帽子の彼女はどうされたんです。」
言ってしまってすぐに後悔した。人の事情に土足で踏み込んでしまった。瞬間,風が吹いた。
彼は少し頭をぼりぼりとかき、ウチをまっすぐ失望させた。端正な顔立ちの彼は,一瞬でポテトチップスに変身した。
「なんか悪いことしてしまったみたい。」
「…それを言いたいのは、ウチのほうです!よく人の事情に首を突っ込まないようにって注意されるのに…。またやっちまった。」
ウチは結構反省した。だから、彼の話しは殆ど頭に入ってなかった。
彼はクスクス笑って、それが何故かウチを安心させた。
「良いんだよ,気にしないで。そろそろ僕も帰った方がいいな。」
「本当にすみませんでした。」
ウチは思いっきり頭を下げた。すると、リュックから物がちょっと落ちてきた。彼さんは、大変だと言って一緒に拾ってくれた。
「キミはおっちょこちょいなんだね。」
あってまもないのに,自分のことをこんなにも簡単にまとめられるというのは,かなり嫌な気分だった。ましてや、ポテチなんかに。
その時、彼の拾う手が止まった。
「あ、大丈夫です、ウチが、」
すっくと立ち上がった彼さんは、ものを持ったままだった。
「キミ,大林迅くんの妹さん?」
ウチはキョトンとした。なんであにきの名前を知っているんだろう。あにきは学校も満足に通えなかったし,なんでも話せる友だちがいたというようには聞いていない。
「ああ、僕ね,菱田那由多っていうんだ。お兄さんに是非聞いてみてね。」
そう言って名刺を渡された。まるで、ウチがあにきの妹だってことを確信づいているみたいで,ストーカーみたいで,ちょっと嫌だった。
「あにき。」
「なに。」
あにきはパソコンで何やら真剣にうちこんでいた。
「この人,知ってる?」
ウチが貰った名刺を渡した。あにきはウチにわざわざパソコンの近くに置かせて,手を動かしながらみた。
「んっ、…。誰だかな。俺、あんま人の名前とか覚えてないんだよね。もし気になるなら、アルバムかなんかで、藍が探してくれない?」
うん、とウチは頷いた。どうせそんなこったろうと思っていた。あにきは狭いコミュニティで暮らしているのだ。
「ていうか、知らない人から名刺貰うなよ。何かあったらいけないから。」
「よく見る人で、ちょっと話しかけられたんだ。荷物を落としたら,拾ってくれて,それに名前が書いてあったみたいだよ。」
あにきはまるで無関心で、ふーんと言って,またパソコンのコミュニティに戻ってしまった。
ウチはかあさんにあにきのアルバムを出してもらって,一人一人探していくことにした。小学校一年生からずっと。小学校低学年の時は快活そうに笑っていたあにきは、高学年になると突然痩せたり,みんな夏服で写っているのにあにきだけ冬用の服だったりして、なんとなく寂しかった。菱田那由多、菱田、菱田…。ウチは大林だから、ちょっと離れた右側のページを探したりした。
でも段々,ウチは不安になってきた。菱田なんて,どこにもいない。ましてや那由多なんて、一ミリもいない。似た顔もいない。なんだか段々怖くなってきた。
○△カンパニー 菱田那由多
あなたは一体だれ。
ウチはいつもとは違う道を通るようになった。もしかしたら、あにきのストーカーなのかもしれない。ウチはテレビの見過ぎなのかもだった。でも、どうしても心配になって、自然と早歩きになってしまう自分がいた。
良いこともあった。仲良しのお友のあいらと一緒に帰る道になったからだ。少し遠回りだけど、あにきの命が狙われてると思い込んだウチは全然大丈夫だった。
あいらは、ウチに何も聞かず,今日も一緒に帰ろー!と言ってきてくれた。さすがウチのお友だ。どうせしょうもないことで悩んでんだろ,くらいに思っていたと思う。
いつものようにあいらと帰ったある日。
ウチの家の目の前に見覚えのある奴が立っていた。
ポテトチップスの野郎ではないか。ウチは咄嗟に木の影に身を隠した。
「君さあ。」
ひっ。ウチは突然しゃっくりがでた。びっくりしたのだ。でも、しゃっくりはウチが一番びっくりだった。
「ねえ、ちょっと。君は突然話しかけられるとしゃっくりが出る子なの。」
ウチは少々頭にきた。
「ちがいますひっ。…く。なんであなたのほうこそ、人の家に立ってるんひっ…ですか。交番すぐそこなんで,一緒にいきましょうか。」
ウチはしゃっくりが話している最中に出ないように早口で喋り続けた。
ポテチは、はああっとため息をついた。
「僕はただ、きみからも迅くんからも連絡が来ないから、弱目の記憶を頼りにきてみただけだよ。」
どうやらしゃっくりはとまったようだ。
「ウチもあにきもあなたのことは知らないんです。お願いですから怖いですから。あなたはだれなんですか。」
「だから僕は菱田那由多だって。」
「兄は人に興味がないんです。」
「きみはちゃんとさがしてくれたわけ、僕のこと。」
「あにきのアルバムは全部見ました。」
ポテチはまたため息。
「ほんとにわからないの。」
「嘘はつかない主義です。」
ポテチの瞳が哀しそうに太陽光を反射した。
「僕は迅くんとリハビリをしていたんだよ。笹野総合病院だよ。是非とも迅くんに会いたい。」
彼がどうしてもというから、ウチは家の庭で彼を一旦置いといて病院に行く準備を急遽した。今日は海ちゃんがいるから、行ったら事情を説明しなくてはならない。
彼いわく、あにきはとても仲が良かったそうだ。でも、それをあにきは覚えていない。それが現実。それも現実。
その女性は勢いを緩めぬままウチのすぐ横を通っていった。風がびゅんと吹いた。
「遅いなあ。」
「お前だって,今来たとこだろ。」
「ふふ、ばれたー?」
その女性と腕を組み、肩を並べて歩き始めた男性。ウチの脳内でなんだか見たことのある顔だと変換される、そんな男だった。
信号が青に変わると,ウチは彼等とは反対方向にペダルを踏み込む。ウチが向かうのは,笹野総合病院だ。
病院の中は,外のジリジリとした暑さとは裏腹に、ひんやりとしていて心地よかった。そして、ウチは迷うことなく568号室に向かう。
これまで何度この場所に通ったことだろう。ガラガラと戸をあけると、いつも通りあにきがそこに横になっていた。
「おう。」
あにきはそれでおしまいだ。いつもどこか言葉が少なくて,でもそれで足りてしまうような,そんなあにきだ。
名前は迅。ウチとは歳が10個離れている。そして、ウチが生まれた時にはもう病院生活が始まっていたことだけは,知っている。それ以外は、何にもだ。病名も詳しくは知らないし,いつ発病したのかもよく知らない。
ウチのかあさんはそれを今まで話そうとしてこなかったし,ウチも今更えぐる気は毛頭ない。ウチらは、前しか向く気はない。
そしてそのあにきを、親戚で日替わりで世話している。ウチのかあさんと、ウチと、それからかあさんの弟の新ちゃん、新ちゃんの奥さんのみっちゃん、そして二人の子供の海ちゃんと秋くんだ。土日はウチの父さんが来たり、適当にしている。
ウチは,あにきの洗濯物とか服とか、それくらいの雑用しかできない。大事なことは,大人がやる。それが当たり前で、ウチら子供が失敗することがないための大切な掟といっても過言ではなかった。
ウチは雑務を終えると,あにきのそばにある机に問題集を取り出した。
あにきの仕事はなんなの?そうやって聞かれたら,ウチはきっとこう答える。
「ウチの先生だよ!」
って。そういうことを聞くこは今まであったことがないけれども。
あにきは、ウチが中学生になる時に、ウチの勉強を見る決意をした。兄にとっては、結構一大決心だったようだが、ウチにその思いは届かないし、その重みも伝わらない。
「妹がアホなのは大変なことだ。俺がなんとかしないと、お前,社会の底辺になっちまうんだかんな。」
あにきはそういうことを言っても誰にも文句を言われないような秀才だからだ。あにきは病気の再発を繰り返し、学校に継続して通うことは叶わなかったが,周りに引けを取らないよう努力してきた。それは本当にすごいことだと思う。病気っていうハンデにも甘えず,常に自分を追い込んできた。
ウチには、それができない。どうしてもうまくいかない。でも、あにきはウチを諦めさせまいと頑張っている。だからウチも,高校受験を目標に、挫けるわけにはいかないのだ。
「そこの両辺を2倍して、①の式を③に代入して…。そうそう。そっから…。」
普段の会話とはまるで違くて、懇切丁寧に解説してくれる。だからウチはいつもより頑張れるのだ。
一通り勉強が終わると,ウチはあにきに紙を一枚渡した。
「今日ね、テストが返ってきたの。」
反応を唾を呑めずに期待する。あにきはウチの方を見ずにこう言った。
「頑張ったな,すごいな。」
「えっ。」
「すっとぼけた顔してどうしたんだよ。」
「え、だってあにきに褒められたから…。」
ウチは結構ガチで言った。そうすると,あにきははああっと、深く息を吐いた。
「オレはそんなに藍のことを褒めないのか。」
「ったりまえじゃん。」
あにきはちょっと笑った。
ウチはうちの子じゃないのかもしれない。そう思うのって、誰だってある。ウチみたいに、しっとり系ドラマに変な角度から感情移入しがちで、自分と作品の人物を重ね合わせてしまいがちなひと。特にそう。
そしてウチの場合は,ウチ以外が皆優秀だということを不意に訪れるタイミングで突然の如く知ってしまうこと。
その良い例が,ウチの従兄弟で同い年の海ちゃん。あいつはまた、学年で10本の指に入ったみたいだ。
「どうせ藍はまた悪かったんだろう。」
ウチはいつもそう言われる。親戚の中では特にいつも言われる。あー、海ちゃんはそんなに頭が良いの!凄いわねえ藍も頑張ってねえ。って言われる。
そしてやっぱり頭のいい男子には女の子がついてくるようだ。海ちゃんは顔もいいのもあったから、余計にだ。
今日も鳥羽さんに言われた。
「私ね,篠田くんに告白しようと思うの。」
鳥羽さんからはこの言葉を何回か聞いた。鳥羽さんは海ちゃん一筋で,何度か試みたが、いつもうまくいかずに誰かに取られてしまうことを常に恐れていた。
「頑張ってね。」
ウチは海ちゃんに鳥羽さんみたいな感情を抱いているわけではないけれど。ただでさえバレーのクラブで忙しいのに彼女ができてしまったらウチのあにきは…。そういうことを考えてしまう自分は恐ろしいと自分で悲しくなる。
学校を帰るのにウチはあの横断歩道を通らなくてはならない。あのカップルがいた、あの、だ。
でも、今日は少し違った。帽子の彼女はいなくて、でも受け身の「彼」はいつもの場所で待っていた。
「君はよく、ここを通るよね。」
中々素敵な顔立ちをしていた。突然話しかけられたにも関わらず,面食いなウチは少し立ち止まって会釈する。緊張の色が浮かんだ。
「帽子の彼女はどうされたんです。」
言ってしまってすぐに後悔した。人の事情に土足で踏み込んでしまった。瞬間,風が吹いた。
彼は少し頭をぼりぼりとかき、ウチをまっすぐ失望させた。端正な顔立ちの彼は,一瞬でポテトチップスに変身した。
「なんか悪いことしてしまったみたい。」
「…それを言いたいのは、ウチのほうです!よく人の事情に首を突っ込まないようにって注意されるのに…。またやっちまった。」
ウチは結構反省した。だから、彼の話しは殆ど頭に入ってなかった。
彼はクスクス笑って、それが何故かウチを安心させた。
「良いんだよ,気にしないで。そろそろ僕も帰った方がいいな。」
「本当にすみませんでした。」
ウチは思いっきり頭を下げた。すると、リュックから物がちょっと落ちてきた。彼さんは、大変だと言って一緒に拾ってくれた。
「キミはおっちょこちょいなんだね。」
あってまもないのに,自分のことをこんなにも簡単にまとめられるというのは,かなり嫌な気分だった。ましてや、ポテチなんかに。
その時、彼の拾う手が止まった。
「あ、大丈夫です、ウチが、」
すっくと立ち上がった彼さんは、ものを持ったままだった。
「キミ,大林迅くんの妹さん?」
ウチはキョトンとした。なんであにきの名前を知っているんだろう。あにきは学校も満足に通えなかったし,なんでも話せる友だちがいたというようには聞いていない。
「ああ、僕ね,菱田那由多っていうんだ。お兄さんに是非聞いてみてね。」
そう言って名刺を渡された。まるで、ウチがあにきの妹だってことを確信づいているみたいで,ストーカーみたいで,ちょっと嫌だった。
「あにき。」
「なに。」
あにきはパソコンで何やら真剣にうちこんでいた。
「この人,知ってる?」
ウチが貰った名刺を渡した。あにきはウチにわざわざパソコンの近くに置かせて,手を動かしながらみた。
「んっ、…。誰だかな。俺、あんま人の名前とか覚えてないんだよね。もし気になるなら、アルバムかなんかで、藍が探してくれない?」
うん、とウチは頷いた。どうせそんなこったろうと思っていた。あにきは狭いコミュニティで暮らしているのだ。
「ていうか、知らない人から名刺貰うなよ。何かあったらいけないから。」
「よく見る人で、ちょっと話しかけられたんだ。荷物を落としたら,拾ってくれて,それに名前が書いてあったみたいだよ。」
あにきはまるで無関心で、ふーんと言って,またパソコンのコミュニティに戻ってしまった。
ウチはかあさんにあにきのアルバムを出してもらって,一人一人探していくことにした。小学校一年生からずっと。小学校低学年の時は快活そうに笑っていたあにきは、高学年になると突然痩せたり,みんな夏服で写っているのにあにきだけ冬用の服だったりして、なんとなく寂しかった。菱田那由多、菱田、菱田…。ウチは大林だから、ちょっと離れた右側のページを探したりした。
でも段々,ウチは不安になってきた。菱田なんて,どこにもいない。ましてや那由多なんて、一ミリもいない。似た顔もいない。なんだか段々怖くなってきた。
○△カンパニー 菱田那由多
あなたは一体だれ。
ウチはいつもとは違う道を通るようになった。もしかしたら、あにきのストーカーなのかもしれない。ウチはテレビの見過ぎなのかもだった。でも、どうしても心配になって、自然と早歩きになってしまう自分がいた。
良いこともあった。仲良しのお友のあいらと一緒に帰る道になったからだ。少し遠回りだけど、あにきの命が狙われてると思い込んだウチは全然大丈夫だった。
あいらは、ウチに何も聞かず,今日も一緒に帰ろー!と言ってきてくれた。さすがウチのお友だ。どうせしょうもないことで悩んでんだろ,くらいに思っていたと思う。
いつものようにあいらと帰ったある日。
ウチの家の目の前に見覚えのある奴が立っていた。
ポテトチップスの野郎ではないか。ウチは咄嗟に木の影に身を隠した。
「君さあ。」
ひっ。ウチは突然しゃっくりがでた。びっくりしたのだ。でも、しゃっくりはウチが一番びっくりだった。
「ねえ、ちょっと。君は突然話しかけられるとしゃっくりが出る子なの。」
ウチは少々頭にきた。
「ちがいますひっ。…く。なんであなたのほうこそ、人の家に立ってるんひっ…ですか。交番すぐそこなんで,一緒にいきましょうか。」
ウチはしゃっくりが話している最中に出ないように早口で喋り続けた。
ポテチは、はああっとため息をついた。
「僕はただ、きみからも迅くんからも連絡が来ないから、弱目の記憶を頼りにきてみただけだよ。」
どうやらしゃっくりはとまったようだ。
「ウチもあにきもあなたのことは知らないんです。お願いですから怖いですから。あなたはだれなんですか。」
「だから僕は菱田那由多だって。」
「兄は人に興味がないんです。」
「きみはちゃんとさがしてくれたわけ、僕のこと。」
「あにきのアルバムは全部見ました。」
ポテチはまたため息。
「ほんとにわからないの。」
「嘘はつかない主義です。」
ポテチの瞳が哀しそうに太陽光を反射した。
「僕は迅くんとリハビリをしていたんだよ。笹野総合病院だよ。是非とも迅くんに会いたい。」
彼がどうしてもというから、ウチは家の庭で彼を一旦置いといて病院に行く準備を急遽した。今日は海ちゃんがいるから、行ったら事情を説明しなくてはならない。
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