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2034年8月 願いを引き継いで…(上)
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「どういうことだ。ノア!説明してくれ
なぜ我が来てはいけないんだ」
「当たり前だ!むしろここから先はかなりやばい。
嘉祥寺はまだ微量だから体調に問題ないが、弁田はもしかしたら最悪なことになっているかもしれない」
弁田の言われた通りノアと共に地下に降りた嘉祥寺は突如ノアに襟元を掴まれ、すぐさま一階に戻った。突然な行動に嘉祥寺は困惑しノアに説明を求めた。
「サーモグラフィーで観察してみたが、そこには弁田がいる。ついでにアカネもな。
だが問題はその部屋には放射線物質が大量に漂っているんだ」
「な!?そんなはずはない。
そうならば我もただでは済まない…」
その先の言葉を聞こうとしたとき、先ほどの弁田がとった行動の意図を理解する。無理やりにでも部屋から連れ出したあの行為。それは全て自分をまきこまないようにするため。
「そういうことか…。
くそ!ノア、兄弟の救出を最優先で頼むぞ!」
「了解した。嘉祥寺はそのまま外で待機してくれ。それから俺が救出したら地下空間は封鎖するが構わないな?」
嘉祥寺は頷くとノアは再び地下一階に向かっていく。その間に嘉祥寺はどうすればいいのか考え始める。普通に救急車を呼んだとしても、おそらく弁田は助からないことは即座に理解していた。そのため、普通ではない別の方法で弁田を助ける必要がある。
その最善手を考えるべく、嘉祥寺は今にも脳がオーバーヒートしそうな状態で思考を回す。だが、悲しいことにそんな都合がいい手段は存在しない。それどころかどんな考え方をしても辿り着く結論は確実に死ぬという残酷な結論ただ一つだった。
「くそ!…何か…何かないのか…」
一人で考えているとPS社の裏口からぞろぞろと現れる。そのメンバーは先ほど時崎教授を保護していった三人組であった。伊吹の背中を見ると顔色が悪い時崎教授の姿があった。
「小林か。その様子だと時崎教授は救出することができたみたいだな」
「無事とはいいがたいけどね。今、組のメンバーを呼んだから救急車を呼ぶ必要はないわ。
時崎教授には聞きたいことがあるからね。
それより、弁田君はどうしたの?」
小林の質問に嘉祥寺は重々しく口を開く。嘉祥寺を守るために犠牲になったこと。地下室には放射線物質が充満し、人間が立ち入ることはできないこと。そのため、ノアが現在弁田の救出に言っていること。そのことを今いるメンバーに伝えると、小林が空を見上げて呟く。
「全く、よくもやってくれた。
すぐに闇医者を手配するわ。そこで弁田君を治療しましょう。しないよりは幾分かましでしょう。
伊吹はそのまま時崎教授の面倒を見ていて」
「了解した。お迎えの車もそろそろ来るはずだ。
時崎の様態が峠を越えたあと、俺も合流する」
その言葉の通り、三人の近くに大型の車が現れ中から黒スーツの男たちが現れる。その男たちに指示をした後、伊吹は時崎と共にこの場を後にした。
その後待つこと数分、PS社の入り口からノアの姿が現れる。だが、その表情を見る限りあまり良い状態とは言えなかった。
「ノア!弁田の様態はどうだ!?」
嘉祥寺はすぐさまノアに問い詰める。その問いに対してノアは苦虫を嚙み潰したような表情で弁田の状態を語り始める。
「正直に言ってしまえばもう長くない。確実に死ぬ。
むしろ、なぜ生きているか不思議なぐらいだ。人間の気力のおかげというべきか…」
するとアダムの肩を借りてゆっくりと歩いてくる弁田が姿を現す。だが、ノアの報告通り、弁田の状態は最悪に等しかった。
顔色は真っ青であり、一人で歩くことができていない。それでも意識を保ち気力を維持し続けているのは弁田の精神力が常人のそれを遥かに上回っているからだろう。
しかし、精神は限界でなくても肉体の限界は近かった。それを一番理解しているのは本人だろう。
「…嘉祥寺、チープハッカーのロボットはもう空から現れない。
時間はかかると思うがこれで」
解決した。そう言おうとしたとき、突如嘉祥寺の携帯電話が鳴り響く。電話の相手はアカネだった。すぐさま電話を取った嘉祥寺は通話を繋ぐ。
「アカネどうした?」
『まずいぜ嘉祥寺!ニュースを見てくれ!
チープハッカーの野郎、厄介なことをしやがった!』
すぐさま嘉祥寺は中田にテレビを繋ぐように伝える。しばらくしてニュースを見るとそこにはとんでもない映像が流れていた。
『ご覧ください!謎のロボットが爆破した後、近くに人間の体が崩壊しています!
我々はこれを新たな生物へい…ぎ、ぎぎぎぎぎぎぎg…』
直後、アナウンサーの体が溶け始めたと同時にカメラも地面に落ちる。あまりにショッキングな映像に映像が切り替わるが、ニュースのスタッフは困惑の声が止まらず一度コマーシャルが入ってしまう。
想像を絶する映像を見て嘉祥寺は咄嗟に周囲のロボットを観察しようとする。だがその行為に対してノアは即座に止める。
「嘉祥寺。あれは問題ない。
俺がちゃんと隅々まで確認した。だが、生物兵器なんていう生易しいものじゃない」
「どういうことだ?」
「あれはチープハッカーの分身体が意図して爆散し、人間の体内に侵入しているんだ。
そして体内に入ったチープハッカーの分身体は徹底的に人間の細胞を破壊している。細菌と同等かそれ以下のサイズのピコマシンを見切るなんて不可能に近い。
だが、人間の肉体を融解させるのは理解できなかったが。
あえて言うならばあれはピコマシンウイルスとでもなずけるべきか」
そうなれば速やかに対策をする必要がある。先ほど確認した限りでは都内に潜んでいるチープハッカーの分身体は全て倒しているため安全だが、ほかの地域では安全とは言い難い。
嘉祥寺は白橋と堀田が外に出ないようにとアカネに連絡すると、その場でばたりと弁田が倒れる音が聞こえる。
「…くそ、あんなに準備したのに…俺たちは奴の、チープハッカーの目論見を防げなかったのか…。
俺は…未来を…変えることができなかったのか…」
最後に支えていたものが崩れ去り、弁田はその場に倒れる。全ての気力が急速に失い始める。敗北したという事実にこの場にいるメンバーは暗くなる。たった一人を除いて。
「マスターは負けてないよ!
マスターがあのプログラムを止めてくれなかったらもっと大変なことになっていたんだよ!
マスターのおかげで救われた人間もいるはず!だからマスターは負けてない!チープハッカーの一番の目的を防いだんだ!
それに、マスターが見た未来は今の状態だったの?」
その言葉を聞き、弁田の瞳に生気が宿る。すると弁田は微笑し、小さな声でアダムの言葉に応答するようにつぶやく。
「ああ、そうだな。あの時よりはまだましだ。
まあ、俺はここで死ぬけど…」
「…いや、手はある。最も、ゼロから一未満に引き上げる手段だがな」
ノアは弁田に歩みより、彼の手を取る。そして何かを読み込み終わったのかすぐさま手を放す。先ほどの言葉の意図が理解できなかった嘉祥寺は藁にも縋る思いでノアに尋ねる。
「どんな手だ?兄弟を、弁田を助けるためにはどうすればいい!?」
「触れて弁田の体をスキャンしたが、俺の想定通り、もう弁田の肉体に人間らしい細胞はない。全て破壊されているからな。だが、逆に言えば、その破壊された細胞に変わるものを用意すれば助かる見込みはある」
「つまり新しい肉体を用意するということか?
そんなことできるわけ…」
「可能だ。肉体ならここにある」
そういってノアは自分自身を指し示す。その行動で嘉祥寺はノアの言いたいことをすべて理解した。ノアは自分の肉体に弁田の記憶を上書きすることで生かそうとしているのだ。だが、そんなことをすればノアもただでは済まないだろう。
しかし、ほかに手段がないのも事実である。嘉祥寺はすぐさまその意見に賛同する。
「何を準備すればいい」
「まずは安静にする場所の確保。
それから冷却装置も欲しい。俺の肉体が全力で稼働する都合上、熱をこもらせる。それで弁田の肉体が焼けてしまったら元も子もないからな」
「場所は任せて。
わたしが提供するわ」
「なら、冷却装置は俺様が作るか」
すると二人がすぐさま反応する。方針が定まりあとは行動するだけとなった嘉祥寺は意識が薄くなりつつある弁田に寄り添う。
「嘉祥寺…俺は寝ちまうが、あとは任せていいか?」
「…任せろ兄弟。あとは俺たちが引き継ぐ。
必ずチープハッカーの目論見を防ぐ。だから…弁田はゆっくりと休んで…。
…最後まで言わせてくれよ、兄弟。いや、俺の唯一無二の親友」
その先の言葉を言おうとしたとき、既に弁田の意識はなかった。ただゆっくりと呼吸しているが、それも数日しか持たないだろう。
アダムに弁田の体を預け、嘉祥寺は少しだけ空を見上げる。
仲間たちは既に行動しているが、もう少しだけこの感傷を味わってもいいだろうと考え、ほんの少しだけ頬にしずくが流れ落ちた。
大規模テロ事件発生から三日後、世界は混沌に包まれていた。
空から突如現れたロボットの侵略によって世界の主要都市は大ダメージを受けた。ロボットは銃弾や刃物を使っても倒すことができず、対処する手段が限られていた。幸いだったのがその対処手段を知っている人間がいたことだろう。
その人間の協力によってロボットを近づかせない強力な磁場を各国の主要都市に設立ロボットの侵入を阻止し、首都内に潜んでいるロボットをすべて駆除することができた。
しかし、ロボットは今現在でも徐々に増えているというのが現状だ。
そして、最も懸念すべきもの彼らが生み出したウイルスである。ウイルスの形状は九つの首を持つ蛇のような形状から、『ヒュドラウイルス』となずけられた。それを最初に発見したのは無名の若い学者たちだそうだ。
その学者はウイルスの予防薬と治療薬をすぐさま開発。当初はそんな危険なものを使うわけにはいかないと断られていたが、ドイツのとある少女がそれを使い、効力を世界中に広めたことから徐々に世界中に広まっている。いずれウイルスを克服するのも時間の問題だろう。
「とまあぼくちんなりにこの三日間をまとめてみたけど、この結末は読めていたかい?」
「ああ、問題ないさ。むしろ、ソウテイナイ。それどころか順調といっても過言じゃない。
今頃、俺の分身が世界中に分散し暴れているだろう。強いて言えばワクチンがここまで速やかに開発されることは予想外だったが、あちらにノアがいると考えれば順当だと思える」
「そうかい。ま、ぼくちんとしては目的を果たせたからそれでよしと思っているよ」
地球から遠く離れた場所、月面の小さな基地内で寺田とチープハッカーは密談を行っていた。寺田は嬉しそうに紅茶を飲むと、昔のことを語り始める。
「思えば、ちみと出会ってずいぶん経ったね。初めてぼくちんから買ったあの情報はかなり安物だと思っていたけどそれをここまで利用するとは想定外だったよ。
ぼくちん、もっと値段を高くすればと思ったよ」
「Velu言語のことかい?あれは万が一というやつさ。
実際、あれを使いこなす人間はもうこの世にはいないからな」
すると寺田は先ほど喜んでいた表情から一変し、イラつき始める。チープハッカーは地雷を踏んだことをすぐ理解したが、時すでに遅しである。
「弁田程度、なんで仕留めなかった?あそこまで弱っていたなら首の頸動脈をかみちぎることくらいできたはずだろ?」
「連戦続きで俺も手一杯だったんだよ。
それに小林に遭遇すればすべておじゃんになる。それはあんたもわかるだろう」
「っち。まあ、弁田程度殺せなかったことにいら立ってもしょうがないか。
だけどこれで嘉祥寺はぼくちんだけのものになったかな?今度会いに行こうかな?」
不機嫌からまた一変して気分がよくなった寺田は脳内でスケジュールを組み立てる。幸せそうな表情を見てチープハッカーはその場を後にしようとする。
「もう行くのかい?」
「ああ、これからは時間をかけてゆっくりと地球を滅ぼさないといけないからね。
そのためにちょっと長い時間をかけて仕込む必要がありそうだ」
「そうかい。まあ、ぼくちんは大人しく鑑賞しているよ。
ああ、でも。嘉祥寺君に手を出したらぼくちんが邪魔することはわかっているよね?」
「トウゼン。むしろ、寺田としては嘉祥寺に関与できる理由ができて嬉しいんじゃないか?」
「まあね。それじゃあ、その仕込みとやらを早くしてね。
言っておくけど、ぼくちんはせっかちだからね。うっかり情報を流しても知らないよ」
オオコワイ。とチープハッカーは呟き、転移陣に乗りその場を後にするチープハッカーがいなくなったことを確認した後、寺田はディスプレイを見てこれからの展開を観察し始めた。
なぜ我が来てはいけないんだ」
「当たり前だ!むしろここから先はかなりやばい。
嘉祥寺はまだ微量だから体調に問題ないが、弁田はもしかしたら最悪なことになっているかもしれない」
弁田の言われた通りノアと共に地下に降りた嘉祥寺は突如ノアに襟元を掴まれ、すぐさま一階に戻った。突然な行動に嘉祥寺は困惑しノアに説明を求めた。
「サーモグラフィーで観察してみたが、そこには弁田がいる。ついでにアカネもな。
だが問題はその部屋には放射線物質が大量に漂っているんだ」
「な!?そんなはずはない。
そうならば我もただでは済まない…」
その先の言葉を聞こうとしたとき、先ほどの弁田がとった行動の意図を理解する。無理やりにでも部屋から連れ出したあの行為。それは全て自分をまきこまないようにするため。
「そういうことか…。
くそ!ノア、兄弟の救出を最優先で頼むぞ!」
「了解した。嘉祥寺はそのまま外で待機してくれ。それから俺が救出したら地下空間は封鎖するが構わないな?」
嘉祥寺は頷くとノアは再び地下一階に向かっていく。その間に嘉祥寺はどうすればいいのか考え始める。普通に救急車を呼んだとしても、おそらく弁田は助からないことは即座に理解していた。そのため、普通ではない別の方法で弁田を助ける必要がある。
その最善手を考えるべく、嘉祥寺は今にも脳がオーバーヒートしそうな状態で思考を回す。だが、悲しいことにそんな都合がいい手段は存在しない。それどころかどんな考え方をしても辿り着く結論は確実に死ぬという残酷な結論ただ一つだった。
「くそ!…何か…何かないのか…」
一人で考えているとPS社の裏口からぞろぞろと現れる。そのメンバーは先ほど時崎教授を保護していった三人組であった。伊吹の背中を見ると顔色が悪い時崎教授の姿があった。
「小林か。その様子だと時崎教授は救出することができたみたいだな」
「無事とはいいがたいけどね。今、組のメンバーを呼んだから救急車を呼ぶ必要はないわ。
時崎教授には聞きたいことがあるからね。
それより、弁田君はどうしたの?」
小林の質問に嘉祥寺は重々しく口を開く。嘉祥寺を守るために犠牲になったこと。地下室には放射線物質が充満し、人間が立ち入ることはできないこと。そのため、ノアが現在弁田の救出に言っていること。そのことを今いるメンバーに伝えると、小林が空を見上げて呟く。
「全く、よくもやってくれた。
すぐに闇医者を手配するわ。そこで弁田君を治療しましょう。しないよりは幾分かましでしょう。
伊吹はそのまま時崎教授の面倒を見ていて」
「了解した。お迎えの車もそろそろ来るはずだ。
時崎の様態が峠を越えたあと、俺も合流する」
その言葉の通り、三人の近くに大型の車が現れ中から黒スーツの男たちが現れる。その男たちに指示をした後、伊吹は時崎と共にこの場を後にした。
その後待つこと数分、PS社の入り口からノアの姿が現れる。だが、その表情を見る限りあまり良い状態とは言えなかった。
「ノア!弁田の様態はどうだ!?」
嘉祥寺はすぐさまノアに問い詰める。その問いに対してノアは苦虫を嚙み潰したような表情で弁田の状態を語り始める。
「正直に言ってしまえばもう長くない。確実に死ぬ。
むしろ、なぜ生きているか不思議なぐらいだ。人間の気力のおかげというべきか…」
するとアダムの肩を借りてゆっくりと歩いてくる弁田が姿を現す。だが、ノアの報告通り、弁田の状態は最悪に等しかった。
顔色は真っ青であり、一人で歩くことができていない。それでも意識を保ち気力を維持し続けているのは弁田の精神力が常人のそれを遥かに上回っているからだろう。
しかし、精神は限界でなくても肉体の限界は近かった。それを一番理解しているのは本人だろう。
「…嘉祥寺、チープハッカーのロボットはもう空から現れない。
時間はかかると思うがこれで」
解決した。そう言おうとしたとき、突如嘉祥寺の携帯電話が鳴り響く。電話の相手はアカネだった。すぐさま電話を取った嘉祥寺は通話を繋ぐ。
「アカネどうした?」
『まずいぜ嘉祥寺!ニュースを見てくれ!
チープハッカーの野郎、厄介なことをしやがった!』
すぐさま嘉祥寺は中田にテレビを繋ぐように伝える。しばらくしてニュースを見るとそこにはとんでもない映像が流れていた。
『ご覧ください!謎のロボットが爆破した後、近くに人間の体が崩壊しています!
我々はこれを新たな生物へい…ぎ、ぎぎぎぎぎぎぎg…』
直後、アナウンサーの体が溶け始めたと同時にカメラも地面に落ちる。あまりにショッキングな映像に映像が切り替わるが、ニュースのスタッフは困惑の声が止まらず一度コマーシャルが入ってしまう。
想像を絶する映像を見て嘉祥寺は咄嗟に周囲のロボットを観察しようとする。だがその行為に対してノアは即座に止める。
「嘉祥寺。あれは問題ない。
俺がちゃんと隅々まで確認した。だが、生物兵器なんていう生易しいものじゃない」
「どういうことだ?」
「あれはチープハッカーの分身体が意図して爆散し、人間の体内に侵入しているんだ。
そして体内に入ったチープハッカーの分身体は徹底的に人間の細胞を破壊している。細菌と同等かそれ以下のサイズのピコマシンを見切るなんて不可能に近い。
だが、人間の肉体を融解させるのは理解できなかったが。
あえて言うならばあれはピコマシンウイルスとでもなずけるべきか」
そうなれば速やかに対策をする必要がある。先ほど確認した限りでは都内に潜んでいるチープハッカーの分身体は全て倒しているため安全だが、ほかの地域では安全とは言い難い。
嘉祥寺は白橋と堀田が外に出ないようにとアカネに連絡すると、その場でばたりと弁田が倒れる音が聞こえる。
「…くそ、あんなに準備したのに…俺たちは奴の、チープハッカーの目論見を防げなかったのか…。
俺は…未来を…変えることができなかったのか…」
最後に支えていたものが崩れ去り、弁田はその場に倒れる。全ての気力が急速に失い始める。敗北したという事実にこの場にいるメンバーは暗くなる。たった一人を除いて。
「マスターは負けてないよ!
マスターがあのプログラムを止めてくれなかったらもっと大変なことになっていたんだよ!
マスターのおかげで救われた人間もいるはず!だからマスターは負けてない!チープハッカーの一番の目的を防いだんだ!
それに、マスターが見た未来は今の状態だったの?」
その言葉を聞き、弁田の瞳に生気が宿る。すると弁田は微笑し、小さな声でアダムの言葉に応答するようにつぶやく。
「ああ、そうだな。あの時よりはまだましだ。
まあ、俺はここで死ぬけど…」
「…いや、手はある。最も、ゼロから一未満に引き上げる手段だがな」
ノアは弁田に歩みより、彼の手を取る。そして何かを読み込み終わったのかすぐさま手を放す。先ほどの言葉の意図が理解できなかった嘉祥寺は藁にも縋る思いでノアに尋ねる。
「どんな手だ?兄弟を、弁田を助けるためにはどうすればいい!?」
「触れて弁田の体をスキャンしたが、俺の想定通り、もう弁田の肉体に人間らしい細胞はない。全て破壊されているからな。だが、逆に言えば、その破壊された細胞に変わるものを用意すれば助かる見込みはある」
「つまり新しい肉体を用意するということか?
そんなことできるわけ…」
「可能だ。肉体ならここにある」
そういってノアは自分自身を指し示す。その行動で嘉祥寺はノアの言いたいことをすべて理解した。ノアは自分の肉体に弁田の記憶を上書きすることで生かそうとしているのだ。だが、そんなことをすればノアもただでは済まないだろう。
しかし、ほかに手段がないのも事実である。嘉祥寺はすぐさまその意見に賛同する。
「何を準備すればいい」
「まずは安静にする場所の確保。
それから冷却装置も欲しい。俺の肉体が全力で稼働する都合上、熱をこもらせる。それで弁田の肉体が焼けてしまったら元も子もないからな」
「場所は任せて。
わたしが提供するわ」
「なら、冷却装置は俺様が作るか」
すると二人がすぐさま反応する。方針が定まりあとは行動するだけとなった嘉祥寺は意識が薄くなりつつある弁田に寄り添う。
「嘉祥寺…俺は寝ちまうが、あとは任せていいか?」
「…任せろ兄弟。あとは俺たちが引き継ぐ。
必ずチープハッカーの目論見を防ぐ。だから…弁田はゆっくりと休んで…。
…最後まで言わせてくれよ、兄弟。いや、俺の唯一無二の親友」
その先の言葉を言おうとしたとき、既に弁田の意識はなかった。ただゆっくりと呼吸しているが、それも数日しか持たないだろう。
アダムに弁田の体を預け、嘉祥寺は少しだけ空を見上げる。
仲間たちは既に行動しているが、もう少しだけこの感傷を味わってもいいだろうと考え、ほんの少しだけ頬にしずくが流れ落ちた。
大規模テロ事件発生から三日後、世界は混沌に包まれていた。
空から突如現れたロボットの侵略によって世界の主要都市は大ダメージを受けた。ロボットは銃弾や刃物を使っても倒すことができず、対処する手段が限られていた。幸いだったのがその対処手段を知っている人間がいたことだろう。
その人間の協力によってロボットを近づかせない強力な磁場を各国の主要都市に設立ロボットの侵入を阻止し、首都内に潜んでいるロボットをすべて駆除することができた。
しかし、ロボットは今現在でも徐々に増えているというのが現状だ。
そして、最も懸念すべきもの彼らが生み出したウイルスである。ウイルスの形状は九つの首を持つ蛇のような形状から、『ヒュドラウイルス』となずけられた。それを最初に発見したのは無名の若い学者たちだそうだ。
その学者はウイルスの予防薬と治療薬をすぐさま開発。当初はそんな危険なものを使うわけにはいかないと断られていたが、ドイツのとある少女がそれを使い、効力を世界中に広めたことから徐々に世界中に広まっている。いずれウイルスを克服するのも時間の問題だろう。
「とまあぼくちんなりにこの三日間をまとめてみたけど、この結末は読めていたかい?」
「ああ、問題ないさ。むしろ、ソウテイナイ。それどころか順調といっても過言じゃない。
今頃、俺の分身が世界中に分散し暴れているだろう。強いて言えばワクチンがここまで速やかに開発されることは予想外だったが、あちらにノアがいると考えれば順当だと思える」
「そうかい。ま、ぼくちんとしては目的を果たせたからそれでよしと思っているよ」
地球から遠く離れた場所、月面の小さな基地内で寺田とチープハッカーは密談を行っていた。寺田は嬉しそうに紅茶を飲むと、昔のことを語り始める。
「思えば、ちみと出会ってずいぶん経ったね。初めてぼくちんから買ったあの情報はかなり安物だと思っていたけどそれをここまで利用するとは想定外だったよ。
ぼくちん、もっと値段を高くすればと思ったよ」
「Velu言語のことかい?あれは万が一というやつさ。
実際、あれを使いこなす人間はもうこの世にはいないからな」
すると寺田は先ほど喜んでいた表情から一変し、イラつき始める。チープハッカーは地雷を踏んだことをすぐ理解したが、時すでに遅しである。
「弁田程度、なんで仕留めなかった?あそこまで弱っていたなら首の頸動脈をかみちぎることくらいできたはずだろ?」
「連戦続きで俺も手一杯だったんだよ。
それに小林に遭遇すればすべておじゃんになる。それはあんたもわかるだろう」
「っち。まあ、弁田程度殺せなかったことにいら立ってもしょうがないか。
だけどこれで嘉祥寺はぼくちんだけのものになったかな?今度会いに行こうかな?」
不機嫌からまた一変して気分がよくなった寺田は脳内でスケジュールを組み立てる。幸せそうな表情を見てチープハッカーはその場を後にしようとする。
「もう行くのかい?」
「ああ、これからは時間をかけてゆっくりと地球を滅ぼさないといけないからね。
そのためにちょっと長い時間をかけて仕込む必要がありそうだ」
「そうかい。まあ、ぼくちんは大人しく鑑賞しているよ。
ああ、でも。嘉祥寺君に手を出したらぼくちんが邪魔することはわかっているよね?」
「トウゼン。むしろ、寺田としては嘉祥寺に関与できる理由ができて嬉しいんじゃないか?」
「まあね。それじゃあ、その仕込みとやらを早くしてね。
言っておくけど、ぼくちんはせっかちだからね。うっかり情報を流しても知らないよ」
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忘却の艦隊
KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。
大型輸送艦は工作艦を兼ねた。
総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。
残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。
輸送任務の最先任士官は大佐。
新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。
本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。
他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。
公安に近い監査だった。
しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。
そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。
機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。
完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。
意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。
恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。
なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。
しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。
艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。
そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。
果たして彼らは帰還できるのか?
帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?
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