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2034年8月 廻り廻る(中)
しおりを挟む下のフロアではかなり激しい戦闘になっているのか、揺れが上層フロアにいる俺たちまで伝わる。
幾度の戦闘経験を得たチープハッカーは恐らく今まで以上に手ごわい強敵だろう。三人の安否を心配している最中、突如電話が鳴る。
電話の画面は非通知設定。一体誰なのかと思い電話を掛けようと時崎の様子を伺う。
「電話の一つぐらい問題ないさ。勝手に出るがいい」
「俺が今の状況の情報を流すと思ってないのですか?」
「流したところでどうにもならないことは理解しているだろう」
時崎教授の言う通り、今の状況を伝えたところで何も変わらない。それがわかっているからこそ、時崎は余裕なのだろう。
とはいえ、非通知設定の相手からの電話である。警戒しつつも俺は電話でる。
『誰だ』
「誰だとは失礼だね。まあ、当然か。
弁田程度では、ぼくちんの声すらも理解できないからね。っと、今は馬鹿にしている場合じゃないね。
悪いけど、教授に代わってくれない?君と話すことは何もないからね」
予想外の人物に俺は少し驚く。あの一件以来、ずっと雲隠れしていた寺田が連絡をしてきたのだ。
俺の印象では自分のメリットがないと一切関与しないと思っている。ゆえに、どういう意図があって連絡してきたのか理解できなかった。
「…なぜとは聞かない。時間がないからな。
スピーカーでも構わないか?」
『珍しいね。理由を問いただしてくると思ったけど。
まあ、いいか。別に構わないよ』
俺はスピーカーにして時崎に向かて電話を突き出す。すると時崎は一つため息をこぼし、呆れた表情で寺田と話し始める。
「お前が連絡してきたということは、我々が約束を破ったということか」
『察しがよくて助かるよ。
というわけで、ぼくちんは嘉祥寺たちにつく。文句はないよね?』
「まあ、その可能性はあるとは考えていた。
大方、チープハッカーがやらかしたのだろう。好きにするがいい。
だが、敵に回るということはただでは済まないことは理解しているな?」
『そうだね。それくらいは想定しているよ。
というわけで、ぼくちんは全力で嫌がらせをするよ。
弁田君、君に大切なことを教えようか。FRが襲撃しているのは日本を含み、七か国。そして何かしらの条件を満たしたとき、何かが起こる。頭上を注意したほうがいいよ。
あとそれから』
すると教授は寺田との通話を切り、ため息をこぼす。教授たちにとって都合が悪いのかあるいは本当に嫌いだからこそすぐ電話を切ったのか。
「…はあ、長年教授として大学に努めてきたが、あそこまで自己中心的な奴は見たことがない」
「全く仕方ないが、その意見には賛同する。
あいつ、嫌いだし」
「だが、同族というのは縁を廻って引き寄せられるものだ。
事実、大学の四大問題児である嘉祥寺、寺田、堀田そして小林は引き寄せられた。
…少し話がそれたな。さっきの質問だが、なぜ過去に戻った。お前にとって都合が悪い未来があったのか?それとも何か成し遂げたいことがあったから戻ってきたのか」
興味本位ではないことはすぐに理解できた。だが、何のために聞くのか理解できない。それがわからない以上、迂闊に答えることは躊躇われる。
「なぜ躊躇う。何か都合が悪いことでもあるのか。いや、そんなことはないはずだ。少なくとも、弁田がいた世界の未来は変わった。先ほどお前自身が言ったじゃないか。であれば未来が変わることはないだろう」
「…時崎教授が何を求めているか理解できない。
それを知って何をするつもりなんだ?」
「その未来を聞き、俺の行動に意義があったのか確認する。
それ以外に深い意図はない」
すると時崎はレポートを始めようと準備をする。本当に俺が体験した未来について知りたいだけらしい。このまま沈黙を続ければ俺の命は危うい。だが、起きえない未来の記録を語ることにどんなメリットがあるのか俺には理解できなかった。
俺は脳内で即決する。
「…前提条件として、俺が語る未来はやってきません。
それを承知で聞きますか」
「そんなことは知っている。だから話せ。
お前の見てきた未来を。そして起こりえたであろう未来の可能性を」
「わかりました。では結論から話しましょう。
俺の体験した未来では人類は地球上に存在しませんでした」
時崎が興味を持ちそうな話をゆっくりと語り、仲間の救出を待つ。それが現状とらわれている俺の最善の選択だと信じ、俺はこの身で体験した未来の記憶を時崎に語り続けるのであった。
秋葉原では戦いが繰り広げられていた。過激な街破壊と敵対者への容赦ない攻撃を行うデモ隊とそれを防ごうと交戦し、少しずつ鎮圧をしている小林一家とニューマンたち。徐々に小林一家の戦闘員とニューマンが脱落していく中、戦場の空気が変わった。
「…あれ。俺は何を」
「痛!?なんだこれ!?打撲だらけじゃないか!?」
「ああ!!誰だ!?こんなに街を破壊した奴は!?」
突如デモ隊に乱れが生じる。小林一家とニューマンはその好機を見逃さなかった。混乱しているデモ隊を一人ずつ気を失わせ、敵の戦力をそぎ落としていった。
そしてその変化に最初に気が付いたのはこの戦場で最も空気の流れを読んでいる敵の一人であった。
「いけませんね。ええ、これはいけませんね。
あの狂人、やらかしましたね。大方早まって敵のアジトに突撃し返り討ちといったところでしょうか」
杖を構え、伊吹と対峙しているソンゴは焦り始める。
彼らの役目は小林組の足止め。今回の作戦を実行するためには敵の最大戦力である小林一家を留める必要があったのだ。
狂人がいればまだ一時間以上は持ちこたえることは可能であった。しかし、狂人がいなくなった今では十分も足止めはできないだろう。
「どうした?顔色、悪くなっているんじゃないか?」
「失敬、ええ失敬。こちらの都合が悪くなってしまいましてね。
すみませんが、撤退させてもらいますよ。と言いたいところですが、あなたを気絶しない限りは難しいでしょう」
「そうだな。見逃すつもりもないからな」
伊吹は中段に構えていた刀を上段に構える。初めて杖と刀を交えたとき以降、一切構えなかった上段を見て、ソンゴは警戒心を高める。
「打突はもう読めた。悪いがこれで終わらせる」
「小癪、ええ小癪です。
先ほどから防戦一方であったあなたが私に敵うと思っているのですか?」
「そうだな。攻撃、防御、そして武器のリーチに技術。すべてにおいてお前は格上だったよ。
でもな、時としてそれらを上回ることもあるんだぜ?」
伊吹は上段に構えたまま徐々にソンゴへ近づく。一方でソンゴは杖を伊吹の喉元に向けて構える。互いの間合いを測り、いつ仕掛けてくるのかを予測する。二人の周囲の空気が変質し、二人の耳にはあらゆる音が入らなくなる。
やがて痺れを切らして攻撃を始めたのはほぼ同時であった。
ソンゴは掛け声と同時に渾身の突きを放つ。最速最短の攻撃手段である突きを躱すことは難しい。加えてソンゴほどの技量持ち主であれば不可能に等しい。しかし、目の前の立っている相手が常人であればの話である。
伊吹は神速の突きを紙一重で避ける。コンマ数秒遅ければ攻撃を避けることはできず、伊吹の喉元は潰されていただろう。
凄まじい叫び声とともに伊吹は渾身の力で刀を振るう。脳天からの斬撃その一撃は今までの伊吹が打ち出した技の中でも最大級の威力である。
普通であれば斬撃を視認できず、そのまま唐竹割りになるだろう。しかし、攻撃をしたソンゴは違った。攻撃を避けられることを想定とした打突はすぐさま防御の姿勢に入っていた。
刀と杖が交えた瞬間、ソンゴの肉体に重圧が襲い掛かる。
「!!素晴らしい、実に素晴らしい。
確かにこの一撃は凄まじい。本来ならばここから返し技をするつもりでしたが、杖が全く動かせないとは中々の威力…」
刹那、ソンゴの肉体に更なる重圧が襲い掛かる。そのあまりな重さにソンゴは膝をつく。一体どういうことなのか伊吹のほうを見るとソンゴにとって想定外な事態が目に映る。
伊吹の攻撃はまだ続いている。確かに一撃ではある。しかし、今の一撃はあくまで刀を交えた瞬間。まだ伊吹自身の足は浮いている。つまり、伊吹は踏み込みが行われていない状態である。
「馬鹿な!?そんな馬鹿な!?
腕力と勢いだけでこれほどの重さを生み出したというのか!?」
そして足が地面につき、踏み込みを伊吹は行った。直後、今までの重圧が何十倍にも膨れ上がりそのままソンゴを押しつぶすと同時に大地が大きく揺れる。アスファルトは陥没し、伊吹の足は地面にめり込む。そしてその轟音は秋葉原の戦場すべてに轟かせた。
刀を最後まで振り下ろした伊吹は残身をしつつも、地面にめり込んでいる相手につぶやく。
「驚いただろ?これが俺の自慢だ。
この技だけが唯一、嫁と打ち合って真正面から膝をつかせることができた技だ」
「…予想外、実に予想外です。
私の技ごと押しつぶされるとは…。この家宝の杖がなければ死んでいたでしょう」
地面にめり込まれてなお、ソンゴは生きていた。その理由は明白。互いの武器の性能差である。
大技を出した代償として伊吹の刀は折れ、武器として使い物にならない。一方、ソンゴが持っている杖は先ほどの大技を受けてなお、変形どころか傷一つなく、新品のような状態である。
もし伊吹が持っていた武器が一流の鍛冶師によって作られた武器であればソンゴの杖ごと切れていたかもしれない。もしソンゴが持っていた武器が普通の鉄棒であれば大技によって唐竹割にされていたかもしれない。
あったかもしれない可能性が二人の脳内をよぎり、互いの次の行動を行おうとする。
刹那、伊吹の足元にピンポン玉のような小さなものが転がる。嫌な予感を感じた伊吹はその場から離れようとするが、一歩遅かった。
ピンポン玉から鮮やかな煙がまき散らす。そしてその煙は容易く伊吹の視界を奪った。伊吹はとっさに煙から離れソンゴが倒れていた場所を警戒する。しかし、彼の声がしたのは頭上であった。
満身創痍のソンゴは杖を片手に小林が相手をしていたクウに支えながらも見下ろしていた。
「敗北。ええ、私たちの敗北です。
不満はありましたが、今回はここで手を引きましょう」
「おい女!楽しかったからまた遊ぼうぜ!
今度はもっと強くなってから遊びに行くからさ!」
その言葉を残し、ソンゴとクウは宙を駆けていった。敵の主力が消え、デモ隊も様子を見る限り、正気に戻っている。それをすべて理解した伊吹はその場に座り込み、勝利を確信する。
「ああ、全く荷が重い戦いだったな」
「あら?そうかしら?その割には楽しそうだったけど?」
足音なく表れた小林に伊吹は少し驚く。その様子が面白かったのか小林はクスリと笑った。
「かわいい反応ね。戦いお疲れ様。
…もっといい武器がないか今度探してみるわ」
「そうだな。まあ、長年使ってきたいい相棒だったんだがな…」
そういって伊吹は折れた刀を鞘にしまう。周囲を見渡すとどうやら警察が駆けつけようとしているらしく、サイレンの音が徐々に大きくなりつつある。
伊吹は最後に気力が残っている組員に指令を出す。
「お前ら!この場は制した!
あとはとんずらするぞ!」
その言葉を聞き、小林一家の面々とニューマンたちは倒れている仲間を引き連れ、脱兎のごとくその場を後にした。
大きな戦いが一つ解決した伊吹と小林は逃走する中、一台の車に乗る。
「…さてと、行くのか佐夜」
「ええ。そのために力を温存していたから」
「…そうか、あまり無茶するなよ」
伊吹は車を発進する。目的地は渋谷に存在するPS社本社のビル。すべての戦いの終点であり、すべての始まりである場所へ二人は向かうのであった。
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