Another Dystopia

PIERO

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2034年8月 総力戦(上)

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 ついにこの日がやってきた。
 俺は緊張した表情で研究室から小林一家の部下を伝手に仲間の連絡を聞く。今のところ街中に異変は起きていない。ここ数日で起きたことと言えばデモ隊の規模がかなり大きくなったというべきか。
 俺たちが今いる秋葉原には人の姿が一切ない。まるで洗脳でもされているかのように人が一斉に国会に向かっているのだ。
 故に今秋葉原にいるのは小林一家のメンバーと俺たちの会社のメンバーだけである。
 俺の隣に座っている小林一家の武闘派の一人は冷静に今の状況を整理していた

「人目が付かないのはいいな。おかげで俺たちは思いっきり戦うことができる」

「だが、それは敵も同じです。まずは敵がどのようにして襲ってくるのか様子を見て…」

 直後、研究室から緊急の連絡が伝わる。即座に小林一家の武闘派は電話を取り、研究室中のマイクに繋げた。連絡がつくと先ほどの態度とは一変し、どすの聞いた声で武闘派の男は連絡を取る。

「どうした?」

「奴らが来ました。
恐らく敵です」

 画面を映すとそこには大勢の人を引き連れてこちらに向かってくる集団があった。その数は千人は軽く超えているだろう。
 プラカードを掲げている様子から、その集団は恐らくデモ隊の一部であると判断する。
 本来ならば俺たちにとってはあまり関係ない集団だろう。だが、嘉祥寺の予想通りであれば彼らは敵に利用されている戦力になっているだろう。
 集団の先頭には際立っている人物がいた。髪の毛は逆立ち、口元と顎に青髭を生やしている。目つきは人間としてどこかいかれている迫力があり、狂人という言葉が相応しい風貌である。

「テロリストの目的はただ一つ!悪魔、弁田聡を殺せ!そうすれば我が国は助かる!
だからこそ探せ!そして見つけて殺せ!」

 悪魔の皮を被った狂人の叫びは徐々にデモ隊に伝播し、洗脳されたかのように士気が高められる。集団は理性が外れたかのような雄たけびを上げ、あまりの士気の高さに周囲の建造物を破壊する始末だ。
 敵が大勢いることは想定していたが、まさか物騒な武器を持っていると思わなかった俺は少しだけ驚くが、全て想定内だった。

「やっぱり嘉祥寺の読みは当たっていたか。
にしても、物騒な武器ばかり持っているな。警察がまともに機能しないからこれを好機だと思っているんだろうが…一体どこから仕入れてきたんだ?」

 俺は前日の作戦で事前に読んでいた展開と少し違ったことに多少驚きつつも、淡々とその場に小林に指示を出そうとする。
 この戦いが始まる前日。俺は嘉祥寺、白橋、そして小林の三人を俺の自宅のマンションに集め作戦会議を行っていた。何故自宅のマンションなのか。その理由は俺が知っている中でも最も安全であり、情報漏洩の可能性が低いからだ。無論、警備している者も小林が選んだ信用できる者だけであり、この部屋の入り口にはアカネと伊吹が守っている。外部からの侵入者は誰も通ることはできない。
 この部屋にいる三人の飲み物を配った俺は早速会議を始めようとする。

「まどろっこしい挨拶は抜きで、早速本題に入る。
改めてだが、今回の作戦の目的は二つ。一つはFRを潰すこと。もう一つはその目論見を断つことだ」

「それはわかっているわ。
でも具体的にはどうするつもりなの?」

「まず役割分担だ。一つは敵対組織の武力を抑えるチーム。これは全て小林に任せようと思うが…」

「あー、うん。大丈夫。
どんな風に人を配置するとかも決めて大丈夫?」

 随分軽く引き受けたことに少しだけ拍子抜けするが、俺は小林の質問にすぐ返答する。

「配置については構わないが、まだ話すことがある。配置を決めるのはそれからでいいか?」

「りょーかい。それじゃあ、話の続きをお願いね」

 コーヒーを一口飲み、口の中を潤した後、俺は続きを話す。

「…それじゃあ、話を戻すが、一つ目はさっき伝えた通り、敵の武力で抑えるチーム。
そしてもう一つが、ここで敵の情報を探るチームだ。
はっきり言ってFRの真の目的が理解できない。無謀な賭けになるが、作戦中に情報を集めるしかない。
その役割と俺や嘉祥寺の研究室メンバーが担う。ここまでで質問はあるか?」

「私はどっちにつけばいいかしら?」

「俺的には白橋は前線の方が好ましいが、あの時の傷が完全に癒えているとは言い難い。
自己判断になってしまうが、好きな方で問題ない」

「そう、なら自由にやらせてもらうわ。
ついでにだけど、前線には小林一家以外に誰か出るのかしら?」

「そうだな。その話はまだ先でしようと思っていたが、一応話しておこう。
俺たちの戦力は小林一家を含め、こちらからは堀田とアカネの二人と戦闘訓練を積んだニューマンが百機参戦する予定だ。
何度も説明していると思うが、鮫島さんたちFBIは各国で対応している。日本も当然対応しているが…」

「デモ活動によって思うように対策が取れないというわけだな兄弟」

 その通りと俺は嘉祥寺の言葉に肯定する。白橋は軽く頷き、小林はフーンと呟く。そう、戦力はたったそれだけである。いくら小林組の力を合わせたところでその数は立った千人程度。ニューマンはその十分の一程度だ。堀田とアカネのコンビでも戦闘力はかなり高いが、それだけだ。
 敵の数が未知数である以上、これでも心もとない。

「兄弟よ。
我の考えだが、敵の数は実のところかなり少ないと思われる。
既に生き残っている派閥は一つ。
であれば、敵戦力もおそらく少ないだろう」

 突然根拠もなしに嘉祥寺は呟く。おそらく嘉祥寺の勘だろうが、嘉祥寺の第六感はこれまでの危機的状況を打破してきたためただの戯言だと馬鹿にできない。

「嘉祥寺。仮説や憶測程度で構わないが、もし敵が増えるとすればどんな方法がある」

「現在、この世界に向けられているヘイトを全て我らに矛先を変える。
そうなれば我々にとっては対処困難かつFRにとって最高の肉壁が手に入るだろう」

 最も、そんな人材はそう簡単にいないがなと付け加える。嘉祥寺はそう断言したが、俺はその可能性は大いにあると思っていた。
 理由は二つ。一つは今のFRに戦力として数えられるほどの部下がいるとは思えなかったからだ。
 既に派閥は二つ崩壊し、残る派閥は一つ。加えてその派閥は最近できたもので戦いという観点で見れば脅威になるのはチープハッカーしかいない。
 だからこそ、何かしらの方法で戦力を増加する可能性はある。
 そしてもう一つの理由。それは時崎が戦力が足りないという状態を見落としているとはとても思えないからだ。
 一年という膨大な時間をかけて念入りに計画を立てているのであれば。その問題点を解決しているだろう。であればこちらもそう考えて行動すべきだ。

「…いや、その可能性は充分に考慮すべきだ。
小林、万が一民間人を使った戦略を取ってくるならばできればその民間人は殺さないでくれ」

「いや、当たり前じゃん!?
流石に無慈悲に堅気の人間をやるほど、うちらの組は血の気が多くないよ。
でも…それでうちの組に被害が出るなら、やっても問題ないわね?」

 瞬間、俺の背筋に寒気が奔る。一瞬だけだが、小林の殺気が俺に矛先を当てる。俺は冷や汗を流しながらもその質問を答える。

「できれば、だ。ばっさばっさ相手の命を切り捨てたら流石に困るがな。
かといって、命を懸けてまで殺しにかかってくる民間人を殺すなというわけにはいかないだろう」

「よかった。それなら割と簡単にできそう。
なら、戦いはわたしに任せてね。しっかりと役目を果たすから」

「その言葉を聞けて安心だよ。
全く仕方ないが、戦闘は小林にしかできないからな。
頼むぞ」

 そして俺たちは作戦の流れを軽く話し合い、今日は解散となった。
 解散後、俺たちは各自明日の最終決戦に備え、最善の準備を整えた。



 そして現在、敵の号令で民間人が一斉に襲い掛かろうとしている中、弁田は小林に指示を出す。

「小林、わかっていると思うが、民間人にはできるだけ殺すなよ?」

「…ええ、問題ないわ。ちゃんと務めは果たすわ」

 口調が変わり、連絡が途絶えると小林は周囲にいる侠客たちに指示を出す。

「死なない程度に、痛めつけなさい。全てわたしの友のために義理を果たしましょう」

 その言葉に侠客たちは「応」と答え、それぞれの獲物をもって襲い掛かってくる民間人の無力化を始める。一人一人が修羅場をくぐってきた侠客たちは戦いとは縁離れた民間人たちの急所を的確に攻撃する。
 一撃で無力化されていく様子に民間人たちは怯み始めるが、即座に彼らを率いている狂人が活を入れる。

「何をもたついている!?
あの敵を倒さなければ我々は死ぬのだぞ!?あのとち狂った狂人をさっさと殺せ!」

 悪魔の叫びによって怯んでいた民間人たちは再び戦う気力を取り戻し、侠客たちに立ち向かう。先ほどと違い、決死の覚悟で特攻してくる民間人に流石に手を焼いているのか、侠客たちは徐々に押され始める。その様子を見て、小林は溜息を零す。

「はあ、流石に友達の力を使いたくなかったけど、仕方ないわね。
ジョー君。力を貸してくれるかしら?」

『了解ざんす!
さあ、出番ざんすよアカネたん!』

「たん付けすんじゃあねえ気持ちわりぃ!
ニューマン隊、あの侠客たちを援護するぞ。殺さない程度であの民間人を押さえつけろ!」

 その言葉と同時に堀田が乗ったアカネと百機のニューマンが民間人たちを取り押さえる始める。すると先ほど劣勢だった状況が一変し優勢へと変化する。
 その状況が面白くなかったのか、狂人は腹を立てて声を荒げ立てる。

「くそ!あのボンクラどもめ!デモ活動中に時間をかけて洗脳したというのに使えないな!」

「おっしゃる通り。ええ、おっしゃる通りです。
がしかし、所詮雑兵にすぎません。むしろチープハッカー殿がこれほどの武器を用意し、ある程度使えることを褒めましょう。
それに使えないのは今更でしょう。であれば、次は我々の出番でしょう」

 額に大きなほくろを持つ青年は戦況を見下ろした後、背後で暴れている青年を見る。その青年は全身に鎖が巻かれており、今に飛び出そうな勢いである。
 青年の口にくわえられている猿ぐつわを外すと飛びかかるように狂人に怒鳴り始める。

「おい!?いつだ!?
俺が戦うのはいつだ!?さっさと戦わせろ!皆殺しさせろ!
戦場で暴れさせろ!強い奴と戦わせろ!」

「うるさい狂犬だ。おい、こいつはお前の弟だろう。
何とかしろ」

 すると大きな黒子の青年、ソンゴは暴れている弟をなだめるために話しかける。

「クウ。あなたの出番はもう少しです。
具体的に言えばこの鎖を解き放ってからです。
そしてその鎖を解き放つ鍵は私が持っています。
ですから。ええ、ですから、今からこの鎖を外しますので、待ってください」

 するとソンゴは鎖を縛っている鍵を外した。すると獣のように俊敏な動きでクウは雄たけびを上げる。
 その雄たけびは周囲を轟かせ、戦場を揺らした。この一瞬、洗脳されている民間人、その民間人を無力化している侠客とニューマンたちはクウに注目する。
 戦場にいる全てが放心している中、たった一人だけ正確にその雄たけびを上げた人物を評価する。

「…おい、堀田。マスターと通信しろ。
あいつはやべえ。下手したらチープハッカー以上の化け物だ」

『…りょ、了解ざんす…すぐに「まずはお前から俺と遊んでくれるのか?」

 直後、アカネの目の前に現れたクウは数トンのロボットとなっているアカネを軽々と持ち上げる。
 即座に異常を感じとったアカネはすぐに反撃しようとしたが、すぐに姿が消え、死角に入られる。直後、重い一撃がアカネに襲い掛かる。
 痛覚を通している堀田は痛みのあまり悲鳴を上げる。一方アカネは痛みに関係なく、クウをとらえようとするが、素早い動きによって翻弄される。

「こいつ…人間の動きじゃねえ!」

「次はどうするんだ?殴るのか?蹴るのか?
それとも飛ぶのか?噛みつくのか?
もっと、もっと、モットモットモットモットモットモットモットモットモットモットモットモットモットモットモットモットモットモットモットモットモットモットモットモットモットモットモットモットモットモットモットモットモットモットモットモットモットモットモットモットモットモットモットモットモットモットモットモットモットモットモットモットモットモットモットモットモットモットモットモットモット…
俺を楽しませてくれ!」

 その叫びと同時にアカネの心臓部を破壊しようとする一撃を繰り出す。命中すれば破壊されることは間違いない。それどころか、神経を通している堀田は即死するだろう。
 絶体絶命の一撃。回避することができないその攻撃は当たる直前に風が奔る。瞬間、獣はその風を感じ取ったのかすぐに攻撃を辞め、距離をとる。

「…おめえ、何モンだ?」

 先ほど楽しんでいた表情と違い、幽霊を見たかのような表情でクウは指から流れた血を舐め、突如現れた人物、小林を睨みつける。そんな視線を感じとり、小林は無意識にうっすらと嗤いながらクウに話しかける。

「ちょっと面倒な奴がいるわね。
でも…切りがいがあるのはいいことかしら?」

 直後、小林から無数の風が奔った。風の危険さを感じ取ったクウは冷や汗を掻きつつも、その風を的確に避けていく。距離をとったクウを見た小林は倒れているアカネに話しかける。

「今のうちに撤退しなさい。
あの子の相手はわたしがするわ」

「そうさせてもらうぜ。
堀田。一度撤退するぞ」

『りょ、了解ざんす…』

 アカネと堀田はすぐに撤退し始める。その二人の背後からは戦いの規模が大きくなっていく轟音と風が奔る音が響き渡った。
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