Another Dystopia

PIERO

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2034年8月 流れを乱すもの(下)

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「どうやら当たりのようだな」

 鮫島と弁田達が他のアジトに突入して数分後、αは長年の経験を持ってそう確信していた。
 人が大勢出入りしている証拠に廊下のいたるところに新しい靴底の跡が残っている。だが、それに反してそういった汚れを除き、埃や老朽化している扉といったものが存在しない。
 つまり確実に人の出入りをしているアジトである証拠の他にならない。

「ふむ。
見たところ我の推測では二十人程度このアジトに人がいると判断しているが、どう思う?」

「いや、そんなことを俺様に問われても知らねえよ。
というか、社長はなんでそんな遠足気分なんだよ。俺様でも、いつ敵が現れるかびくびくしているっていうのさ」

「楽しみ以外にほかならぬ故。
我にとって、この緊張感はまさに娯楽。
この狂気的な空気こそ、我にとっては数少ない楽しみなのだ!」

 あまりの大声にαは頭を抱える。何故鮫島が嘉祥寺と中田を一緒の班にしたのか理解できなかった。αの客観的な評価では控えめに言って邪魔者という表現が等しいだろう。
 アジトを絞ったことに関しては評価するが、目の前で自由に振舞われては敵に見つかるのも時間の問題だろう。
 早速注意しようとした直後、嘉祥寺が突如黙り込り、何かに備えるかのようにαの背中に隠れる。

「さて、αといったな。
早速だが仕事だ。
敵は充分に引き付けたから後はよろしく頼む」

 αはその意図について問いただそうとした直後、先に進んでいた傭兵の一人が「下がれ!」と大声で叫ぶ。その声に従い、αたち傭兵らは廊下の奥の曲がり角まで全速力で下がる。その時、嘉祥寺がαの腰に装備していた手榴弾を使って部屋の奥へと投げる。
 勝手な行動の上、装備していた武装の一つを使用されては流石のαも怒りを表す。

「貴様。どういうつもりだ?」

「無論、餌を撒いただけだ。
言っただろう?
これからは貴様らの仕事だと」

 その直後、手榴弾が爆破する。そして同時に誰かの悲鳴が廊下に響き渡る。何が起きたのか気になったαは他の傭兵に様子を確認するよう指示を出す。即座に廊下の様子を確かめた傭兵の一人は淡々と状況を報告する。

「おそらくですが、扉の奥に隠れていた敵の一人が手榴弾の爆発に巻き込まれたと考えられます。
また、その声を聞き、敵がぞろぞろと集まりつつあります。
戦うなら、今がチャンスだと」

「そうか。なら、即座に叩くぞ」

 あのまままっすぐ進んでいればもしかして悲鳴を上げていたのはこちらにいる誰かだったかもしれないと冷静に考え、嘉祥寺の先ほどの行動を改めて評価する。
 この状況になることを読んで自由気ままに振舞っていたのだろうとαは結論をつける。最も、実際は本当に何も考えていないでこうなるだろうという程度にしか嘉祥寺は考えていないが。
 敵が混乱している中、突然武装してきた傭兵たちが奇襲を仕掛ける。敵は完全に不意を突かれた形となり、攻撃が後手へと回る。たった一手遅いだけで、銃弾が心臓を貫き、たった一秒遅いだけで喉を切られ絶命する容赦のないその光景は戦いではなく、一方的な暴力に等しかった。

「敵の殲滅を完了。皆問題ないか?」

 傭兵たちは全員無事であることを確認する。全員の無事を確認したαは再び隊列を組み、アジトの奥へと進もうとする。だが、それは叶わなかった。
 廊下の奥から足音が響き渡る。傭兵たちは銃口をその音の発生源に向ける。姿が完全に見えるまで待ったαは手を上げ、いつでも他の傭兵たちの引き金を引けるように準備をする。
 そしてその人物の影が見えた直後、αは手を振り下ろす。

「やれ!」

 だが、その腕はいつまでたっても振り下ろされることはなかった。代わりに別の何かが落ちる。αは落ちたそれを見る。それは誰かの右腕だった。そしてその右腕が誰のものなのか。それは一番見慣れているαが理解した直後、自身の右腕を見る。
 そこにαの右腕はなかった。代わりにあるのは切断されたことを認識したことで伝わってきた痛みだった。

「おいおい。あいさつ代わりに銃弾の雨を用意するなんて随分と物騒じゃないか?
そうは思わないか?嘉祥寺君?」

 廊下から現れた人物を見て、嘉祥寺と中田は血の色を変える。そしてその二人の内、中田は質問せずにはいられなかった。

「何故お前がここにいる!?
チープハッカー、お前は創造派の方で忙しかったはず」

「ここにいる理由は創造派の任務とは別件でね。
まあ、グウゼンというのが言葉的にはあっているかな?」

 敵対しているのにも関わらず、チープハッカーは飄々と嘉祥寺たちを眺めている。そして何か思い出し他のようにチープハッカーは話を続ける。

「ああ、そうそう。悪いんだけど、ここから先は立ち入り禁止でね。
無理やり通るつもりなら、命を対価に通ってよ」

「…つまり、貴様を倒せばこの先にFRの創始者がいるということだな?」

 傷口を塞いだαは左手に銃を持ち、いつでも戦闘できるように体制を整える。その様子を見てチープハッカーは楽しそうな表情で話し始める。

「まさかとは思うが、それで戦うつもりかい?
虚勢を張るのは俺としてはいじめがいがあって面白いが…」

「御託は言い。さっさとかかってこい」

 αはチープハッカーを最大の敵として認識している。他の傭兵たちも同様にチープハッカーの迎撃態勢に入っている。今一歩でも傭兵たちに向かえば引き金が引かれ、ハチの巣になるだろう。
 それをわかってチープハッカーは嬉々として傭兵たちを挑発するかのように大きなリアクションで大笑いする。

「いいねぇ!これから地獄に向かうっていうのにその覚悟。実にスバラシイ。
その覚悟の一つ一つを凌辱して、君たちの精神を崩壊させてるか、その覚悟を持って死ぬか。一つ検証してみるとしよう。
だが、その前に」

 するとチープハッカーは嘉祥寺と中田に視線を向き、チープハッカーの奥の廊下を指さす。

「君たちはこの先に行ってもいい。どうやら二人とも創始者が気になっているらしくてね。
話し相手になってきてよ」

 その行動に読めなかった者は驚愕をする。一体何を狙ってそんな誘いをしているのかと。これは罠だと誰もが確信して一歩も動かなかった。たった一人の例外を除いて。

「そうか。
では、我と中田は先に行くとしよう」

 嘉祥寺はそのまままっすぐずかずかと中田を連れて廊下の奥へと進もうとする。流石にその行動に中田は嘉祥寺の行動を止めるため、前に出て、説得する。

「ちょっと待て!いくら何でもこれは罠だろう!死にたいのか!?」

 すると、嘉祥寺の空気が一瞬だけ切り替わる。そしてその一瞬のうちに嘉祥寺は中田に聞こえるように小声でただ一言告げた。

「死にたくなければ黙ってついてこい」

 その一言はもはや脅しに近かった。否、ここにいれば間違いなく死ぬ。嘉祥寺はそういっていることを理解した中田は生唾を飲み、無言のままついていく。
 最後に嘉祥寺は傭兵たちに振り返り、ただ一言だけ告げた。

「では、諸君!
健闘を祈っている!
それと、チープハッカーの弱点は打撃だ。
参考にするが良い」

 堂々と弱点をさらけ出した嘉祥寺と中田は逃げるように廊下を後にする。そして弱点を露見したチープハッカーは呆れつつも面白いと思ったのか、大声で笑う。

「愉快痛快だな!俺の弱点をさらして去っていくとは。
まあ、悪くない。むしろそれくらい教えなければ勝負にならないからな。
それで?どうする?このまま引き下がるっていうのであれば俺は何もしない。逃げるっていうなら今の内だが?」

 その言葉を聞き、傭兵たちは即断する。銃口を構え、チープハッカーの眉間に向けて発射する。それが彼らの返答だった。
 弾丸はチープハッカーの眉間に入り、その衝撃でチープハッカーは廊下に倒れる。静寂に包まれ、ターゲットクリアしたことを確認した直後、倒れた人物の声だけが廊下に響き渡る。

「オーケー。君たちの意思はよくわかった。
じゃあ、ヤろうか」

 チープハッカーは立ち上がり、首を鳴らした後、軽く手刀を前に振り下ろす。すると一人の傭兵が真っ二つに切断され、その場に倒れる。理解不能な現象を目の当たりにした傭兵たちはただ、何が起こったのか事実を認識できない状態になる。
 それを現実に戻したのはチープハッカーの大きな溜息であった。あまりの手ごたえのなさにチープハッカーは残念そうにつぶやく。

「有名な傭兵って聞いていたが、拍子抜けだな。
これじゃあ、おもちゃにもならない」

無慈悲にチープハッカーは傭兵たちを一人一人切断していく。血飛沫はペンキのように廊下中に染まり、一人一人と倒れていく。
 最後に残っていたαは雄たけびを上げながらチープハッカーに攻撃する。しかし、チープハッカーは弾丸をあえて受け、弾丸が切れるまで待つ。
 しばらくして弾丸が発射されなくなったことを確認すると、手刀で傭兵の体を貫いた。

「この…化け物め…」

「生憎、その表現は正しいさ。にしても、嘉祥寺君がせっかくヒントを出してもこの程度の実力だと、あまり意味がなかったか。
さてと、ショータイムだ」

 するとチープハッカーはαの両足を切断する。その激痛にαは大声を上げるが、この場には助けるものは誰一人としていない。その悲鳴を聞き、楽しんでいるチープハッカーはまるで幼い子供が虫を殺すようなただ快楽のために遊んでいるようだ。
 全身から流血し、もはや意識が途切れそうな感覚であったαは最期に恨めしい表情でチープハッカーを睨め浸ける。

「俺が倒れても必ず誰かが貴様を倒す!その時まで精々生きるといい!」

「遺言はそれだけで充分かい?じゃあ、オヤスミ」

 チープハッカーは無慈悲に手刀でαの首を切断する。直後αの肉体は何も動かなくなった。その様子にチープハッカーは大きな溜息をつき、たった一言呟いた。

「あーあ。退屈だ」

 亡骸となったαの首を蹴り、胴体に腰を下ろす。さてどうするかとチープハッカーは考えていると、突如無線機が鳴る。暇つぶし程度にチープハッカーは無線機に出ると先ほど聞いた声が鳴る。

『こちらさめじまぁ~。ひとじちのちりょうはかんりょうしたよぉ~。
いご、さくせんぞっこうをよろしくたのむよぉ~』

 瞬間、チープハッカーはまた面白いものを見ることができると判断して、軽く挨拶をする。

「やあ、ゴキゲンヨウ。さっきぶりだね。鮫島さん」

『…おい。αはどうした?』

 チープハッカーの予想通り、かなり怒り心頭の様子だった。まっすぐ突き刺さる殺意に快感を感じつつもチープハッカーはもったいぶるような言い方で鮫島の質問に答える。

「抵抗するからね。つい、ね。
ああ、でも嘉祥寺と中田だけは先生、FR創始者が興味を持っていたんでね、直接行かせたよ。
今頃は…いや、愚問だな。じゃあ、俺は失礼するよ」

 あえて挑発するような言葉を残してチープハッカーは無線機を切る。念のため、連絡を二度と取れないように無線機そのものを破壊する。
 ようやくまともに戦えそうな敵が現れたことに少しだけ興奮したチープハッカーは誰もいない廊下で一人嗤う。
 それは戦いに楽しみを抱く者の笑いではなく、単純に虐殺を好む狂気の嗤いであった。
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