Another Dystopia

PIERO

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2034年8月 流れを乱すもの(上)

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「構えろ!奴らにこれ以上進ませるな!」

 廊下から怒号が聞こえる。この戦場に遭遇した鮫島は普段と変わらずのんびりと構えているが、今の状況について冷静に考えていた。

「さて、まずはようすをかくにんしようかねぇ~」

 鮫島は鏡を取り出し、敵の様子を確認する。敵は鮫島たちが現れた直後に乱射して仕留めるつもりなのか、廊下の曲がり角から十数メートル離れた場所でFRの戦闘員が待ち構えている。
 加えて、容易な接近を許さないためか、足元にはネズミ捕りの仕掛けが用意されている上に、盾のようなバリケードまで設置している。狭い廊下で銃撃戦を行うならば鉄壁の守りと言えるだろう。

「これはまともにやったらめんどうだねぇ~。くわえて…」

 壁に隠れて様子を伺っている鮫島はもう一度鏡を使って廊下の先を見ようとする。しかし、鏡を壁から少し出した直後、銃弾が通る。結果、鏡は粉々にされ、廊下の様子を見ることができない状態だった。

「あっちもいいうでをしてるねぇ~。しゅりだんをなげても、てきにばりけーどにとどくまえにたいしょされるよねぇ~。ん~たてもないしぃ~。どうしたものかねぇ~」

 どうやって攻略しようかと考えていると、鮫島の前に一人出る。体格は鮫島よりも一回り小柄だが、その傭兵から感じる殺気は明らかに熟練の傭兵であることがわかる。
 その傭兵はリュックに背負っていた物を取り出す。現れたのは五枚の分厚い鉄板だ。それをスムーズに組み立てると傭兵は速やかに行動を始めた。
 鉄板を盾に廊下に安全地帯を確保すると、仲間の傭兵に合図を送る。その意図を察した鮫島と傭兵たちは鉄板の盾の後ろに集合する。

「すごいべんりなものをもっているねぇ~。これはみんなもっているのかい?」

「いえ、この盾を持っているのはリーダーと私、そしてΔさんだけです。他のメンバーは重くてとてもではありませんが背負って戦うことは難しいので。
それよりも、今を考えましょう。布陣は取れました。ですが爆弾を投げられれば流石に盾が吹き飛びます。その前に仕留めてください」

「りょうかいだよぉ~。それじゃあ、やろうかねぇ~」

 鮫島は盾の隙間から銃口を出す。敵は突然盾を持って現れたことに困惑しているのか、まだ対処できていない様子だった。素人なのかと一瞬思ってしまうほど、隙がそこにはあった。
 鮫島は即座に銃弾を発射する。FRの戦闘員の眉間に命中し、絶命したことを確認するとすぐに盾の陰に隠れる。
 流石に敵も放心から復帰したのか、銃弾の嵐が襲いかかってくる。しかし、頑丈な盾はその銃弾を貫通することは叶わなかった。

「このたてはどれくらいじゅうだんにつよいのかねぇ~」

「敵が武装している武器ならばほぼシャットアウトできます。ですが、対物ライフルとかは流石に不可能です。最も、連中がそんなものを今すぐ持っていけるわけないのですが…」

「ゆだんはきんもつだよぉ~。てきがどんなぶきをもっているかまだはんめいしていないからねぇ~」

「了解です」

 盾を持っていた傭兵の男は床に設置してあった罠を丁寧に銃弾で打ち抜き、破壊していく。そして銃弾の嵐が収まったと同時に敵の様子を観察して銃弾を撃ち込むと同時に手榴弾を投げる。最も、手榴弾だけはバリケードに届くまでに必ず銃弾が撃ち込まれ、中央で爆破するため、なかなか崩せない状況である。
 一進一退の状況の中、鮫島は残りの段数と手榴弾の数を数えていた。

「こっちのたまはもうすくなくなってきたねぇ~。きみたちはどうかねぇ~」

「私たちも少し危ういです。手榴弾は残り三つ。ですが、これ以上長引くのは得策ではないでしょう。
敵は恐らく備蓄はかなり豊富です。持久戦は間違いなくあちらが有利です。
幸いなのは敵が対物ライフルを持っていなかったことでしょうか」

「となると、やっぱりあのうでききのてきをたおさないとこうりゃくできなさそうだねぇ~。
かんさつしたところ、そのじんぶつがかなめになっていることはほぼまちがいなさそうだからねぇ~」

 鮫島は鋭い目つきで腕利きの戦闘員がいるであろう場所に目をつける。先ほどから手榴弾を撃ち抜いている場所から移動していない。
 鮫島は銃口を向け、いつでも引き金を引けるように準備する。狙うはバリケードの隙間。その合間を狙って腕利きの戦闘員を倒す。単純故に、純粋な駆け引きは狙えない。狙うのはタイミングである。
 敵が完全に油断している瞬間を狙って引き金を引く。それがこの戦況を変えるための一手である。

「それじゃあ、しゅりゅうだんのとうか、おねがいねぇ~」

 その言葉を聞き、傭兵は手榴弾をあえて高く飛ばす。放物線を描きながら手榴弾は敵のバリケードに向かって落下していく。このまま何もしなければ敵のバリケードに入り、そのまま爆破してしまうだろう。
 だからこそ、それを避けるために敵は迎撃しなければならなかった。バリケードの合間から銃弾が発射され、手榴弾は撃墜される。しかし、そのわずかな時間さえあれば鮫島にとっては充分な隙である。

「みつけたぁ~」

 鮫島は冷酷に引き金を引く。銃弾はまっすぐと敵のバリケードの隙間に入り込み、誰かの断末魔が響き渡る。そして傭兵はすかさず手榴弾を投げつける。直後、バリケードは破壊され、今まで隠れていたFRの戦闘員の姿がさらけ出される。
 もはや守るものがない彼らを殲滅するのは容易かった。

「全員、ここで仕留めろ!」

 直後、傭兵たちは弾丸を眉間、心臓と的確に敵の急所を撃ち抜いていく。殲滅するにそう時間はかからなかった。全ての敵を屠ったことを確認すると、傭兵たちは現在の状態について整理を始める。

「被害はあるか?」

「軽症者一名。それ以外は全員無事です」

「よし。ではこれからこの廊下に散らばった罠を解除及び、周囲の警戒を行う。私はこの盾を収納してから罠の解除に勤める」

 散!という言葉の合図の元、彼らの行動は速かった。銃弾で破壊できなかった罠の解除の他、周囲の警戒。敵の備品の徴収と次の戦闘に向けて着実に準備を整えていた。
 鮫島は周囲を警戒しつつも、他の部隊にこの状況を報告する。

「こちらさめじまぁ~。てきのせんめつをかんりょうしたぁ~。どうぞ」

『こちらα。現在、交戦は発生していない。γ、そっちはどうだ?』

『こちらγ。基地には潜入したが、埃と煤が酷い。おそらくこっちは外れの可能性がある。
探索が完了次第、すぐにそちらの部隊と合流する』

「りょうかいだよぉ~。それじゃあ、おのおの、たんさくをたのむよぉ~」

 状況報告を終え、鮫島は周囲の警戒に勤める。しばらくの間、敵は現れないだろう。そう思った矢先に廊下の奥から拍手が響き渡る。傭兵たちの注意は拍手の音へと集中する。薄暗い廊下の中、拍手をしながらその人物は現れる。

「快勝オメデトウ。君たちが勝つのは見ていてわかっていた」

「きみは…いがいだねぇ~。なんでここにいるのかね?
チープハッカー」

 鮫島の警戒レベルは最大限に達する。一年前の小林一家の襲撃事件で、チープハッカーの手の内は大体理解している。だからこそ、この場で戦うという選択肢は非常にまずい。
 逃げ場のない廊下。かろうじて盾となる鉄板も収納してしまった。つまり、チープハッカーはその気になればいつでも皆殺しができる立場にある。
 にも拘わらずあえて姿を現した。ということはこのアジトには何かある。

「ここにいる理由なんて別にどうでもいいだろう?
俺は今から帰る途中でね。邪魔さえしなければ俺は君たちに何も手を出さない。そして、君たちは何も見なかった。
そういうことにしておかないかい?鮫島さん?」

「FBIにしょぞくしていたときならまだしもぉ~。いまはそうなれなれしくよばないでほしいなぁ~」

 互いの様子を伺い、鮫島とチープハッカーは動けずにいた。そしてそのやり取りを見ていた傭兵たちも一歩も動くことができなかった。一歩でも動いたら死の危険がある。それを本能と経験で感じ取っていたからだ。
 沈黙とにらみ合いが続き、そしてその空気はチープハッカーの溜息で終幕となる。

「やめだやめ。にらみ合っても仕方ないだろ。
それじゃあ、俺は大人しくここから去るから、あとは勝手にしてくれ」

 チープハッカーはその言葉を残し、鮫島の視界から消えていく。強大な敵が去ったことで、鮫島は全身の毛穴から汗が滝のように流れる。もし、ここで選択肢を誤っていたら全滅していたかもしれない。
 そして正しい選択をしたことで皆生き残ることができたのだ。

「まったく、きもをひやされるねぇ~」

「鮫島さん。さっきの人間は何ですか?異様な殺気でしたよ」

「ここにいるとはおもわなかったからねぇ~。はなしていなかったよぉ~。
なにものなのかはぁ~さくせんがかんりょうしてからはなすよぉ~」

 その言葉だけで納得したわけじゃないが、傭兵たちは自分のやるべき仕事を進める。しばらくして全ての罠を取り除いたことを確認すると、鮫島たちはさらに奥へと進んでいった。
 道中、敵との遭遇戦があったが、すぐに対処した鮫島たちは大きな怪我を負うことなく、アジトの奥へと辿り着く。
 アジトの奥はかなり広い敷地だ。そして足場はアスファルトで固められた道路がまっすぐと続いている。そして周囲の機械を見て、一人の傭兵が呟く。

「これは滑走路なのか?」

 アジトの奥。それはFRが脱出するために用意していた滑走路である。そしてその近くには中型の飛行機も用意されている。十数人しか乗れないほどの大きさだが、逃走するためには充分すぎる大きさである。
 しかし、それがブラフであることを鮫島はすぐに見抜く。

「これはぶらふだねぇ~。ほんめいはこっちだねぇ~」

 鮫島は見慣れた陣を傭兵に見せる。一見チョークで書かれた落書きのように見えるが、鮫島は陣の出っ張りを押す。すると陣の文字が青く光り、やがて起動し始めた。
 摩訶不思議な現象に傭兵たちは一斉に驚くが、この中で唯一見たことがあった鮫島は冷静にこれが何か傭兵に説明する。

「これは『てんいじん』というやつでねぇ~。FRがかいはつしたぎじゅつのひとつだよぉ~。
くわしいしくみはせつめいできないけどぉ~。ようはぶっしつをてんいできるんだよねぇ~」

「物質の転移!?それじゃあ、奴らはこれを使って脱出しようとしていたのか?」

「そうかんがえるのがだとうだねぇ~。ふつうなら、こっちにちゅうもくしてこれをみのがしてもおかしくなかったからねぇ~」

 鮫島は銃を構えて数発転移陣に発砲する。弾丸が命中した転移陣はガラスのように砕け散り、その機能が失われた。それ以外に何か隠されているものはないかと探したが、特にそのようなものは見つからなかった。
 全ての探索が終えた時、丁度他のチームから連絡が来る。

『こちらγ。人質七瀬聖を保護した。誰かが応急手当をしていたが、はっきりって状態がかなり悪い。
治療班で何とか繋ぎとめている状態だ。大至急、医療班をこちらに回してくれ。どうぞ』

『こちらα。了解した。医療班をそちらのチームに送る。
到着まで一時間かかるが、それまでそちらの治療班で持ちこたえてくれ』

『了解した。
こちらで何とか持ちこたえる』

「ぼくもいりょうはんをおくるよぉ~。
というか、すでにあじとのたんさくがかんりょうしたからぁ~そっちにごうりゅうするよぉ~」

『ありがたい。では、期待して待っている』

 どうやらかなり猶予がないらしい。鮫島はすぐに表情を変え、これからの行動について伝える。そのあとの行動は速かった。すぐにこの場を後にしてきた道を引き返す。すぐに行動を始めた鮫島たちは今すぐにでも合流しなければという気持ちを優先し、一秒でも早く行動するのであった。
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