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2034年8月 目的のために(下)
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『こちらSぅ~。じょうきょうはどうかねぇ~』
『こちらα。ポイントAに到着。
奴らのアジトの隠し扉と思われるものを発見。蝶番付近にC-4を設置。爆破後、いつでも突入可能です。』
「こちらγ。α同様、ポイントに到着。
こちらも指令があれば問題なく突撃できます」
作戦決行当日。俺は昨日のチーム分けでγ班に配属された。チームリーダーのγは鮫島さんと話し合い、突撃の確認と状況の報告をしている。会話の内容からいつ突撃してもおかしくないだろう。
「日本人。お前は何もするなよ。変な事したら面倒なことになる」
「わかってます。全く仕方ありませんが、戦闘は専門外ですから」
同じチームの傭兵から嫌味のように言われるが、その理由に対しては既に納得している。
先日、γに自分がどうすればいいのかと質問したが、帰ってきた答えは基本的に何もしなくてもいいと言われた。
おそらく戦闘になる場面が多くなるならば俺はお荷物と言っても過言ではない。であればγの言う通り、何もしないことがおそらく最善なのだろう。
『りょうかいだよぉ~。それじゃあ、かうんとをはじめるよぉ~。
さん~、
にぃ~、
いちぃ~』
その瞬間、俺以外のメンバーの空気が一瞬にして切り替わった。次の合図で戦闘が始まる。それを理解していてなお、凄まじい殺気に怯まずにはいられなかった。
そしてその合図が今、冷酷な言葉となって全体に聞き届く。
『全隊員。突撃』
瞬間、設置した爆弾が爆破して、突撃が開始する。俺もそれに倣い、傭兵の後を追う形で必死についていく。侵入したアジトは埃と煤だらけで、掃除一つしていない。それどころか、物音一つ何も聞こえてこない。
ダミーアジトかと俺は考えたが、γは腕を伸ばし、静かにというジェスチャーを行う。すると、一人のメンバーが床に耳を当て、何かを探っている。しばらくして、そのメンバーは耳を話したあと、素早くハンドサインでγに知らせる。
一体何を会話しているのかと気になるが、今は理解する必要がないものだろうと判断する。
「フォーメーションGで行く。日本人。危なくなったらしゃがめ」
その言葉を聞き、一瞬理解できなかったが、すぐさま俺の四方に他の傭兵が囲み、死角をなくす形で陣を組む。そして先頭に先ほど床に耳をつけた人物が、その間にγが、最後に俺たちという順で廊下を歩き続ける。
緊張感が研ぎ澄まされるこの空気の中、俺は何が起きても対応できるように神経を尖らせているが、時折、心の中で聖が無事であることを願っていた。
弁田たち傭兵部隊がアジトに侵入する三十分前、チープハッカーは一人黙々と仕事をしていた。
仕事と言っても普段のような殺戮マシーンとしてではなく、パソコンの事務作業のような数値を入力するための仕事である。最も、この数値を入力する場所が人間ではできない環境下であるが。
チープハッカーは事前に先生から許可を得て、一つのダミーアジトでその数値を獲得するため、実験を行っていた。そしてその結果、実験室は煌々と青い光に包まれている。
「なるほど。この数値じゃあ、人体を破壊するだけになってしまうな。
教授から預かったこのレポートを再現するためにはもう一つ、変数を加える必要があるか」
チープハッカーは部屋の中心に置かれた金属のふたを取り外す。すると先ほどまで煌々と輝いていた部屋が一瞬で薄暗い明るさに戻る。その様子を確認した後、チープハッカーは机の上に置いてあるパソコンに数値を入力して長考する。
「さて、どんな変数を入れるかだが、人間はおいそれと使えない。ここの組織の人間ならともかく、関係ない人間を攫ってきたら足がつくからな。
好奇心でこのアジトに侵入してきたとか、そんなことがあればいいんだが…」
チープハッカーは溜息をつき、どうするかと考える。すると机の上に置いてある電話が鳴り響く。チープハッカーは電話を手に取り、耳を当てる。
「もしもし?」
『俺だ。研究の進捗について聞きたい』
その声を聞いてすぐに教授だと判断したチープハッカーは少し残念そうに報告する。
「あまりよくないな。
教授のレポート通りに実験を進めているが、いかせん目的の数値に達していない。
俺個人の考察だが、何か足りない条件があると見ているが、教授の方では何か思いつくことがあるかい?」
『そうか。いや、進捗が進んでいないことは想定内だ。レポートの結果だけでは証明できない現象もあるかもしれない。
引き続き、研究の方を頼む』
「リョーカイ。それじゃあ、俺はこのまま研究を進めるが、一つお願いしてもいいか?」
『…お前のお願いなんて、絶対ろくなものじゃないだろう。
まあ、一応聞いてやる。何だ?』
「生きている人間が欲しい。実験材料に使いたいんだが…」
チープハッカーのお願いに教授は大きく溜息をつく。やはり呆れられたかと考えるが、返ってきた言葉はチープハッカーの予想を超える言葉だった。
『お前は時々抜けているな。足がつかない人間なら、近くにいるじゃないか』
「は?それはどういう…」
ことだと問い詰めようとしたが、直後に一人だけ好都合な人間がいることを思い出す。足がつかず、一般人ではない。そしてこの近くにいる実験材料となる人間が。
その対象の人物を思い描いた直後、チープハッカーは苦笑いしつつも、その提案に納得する。
「ああ、そういうこと。あんたも大概だね。
でもいいのかい?先生に断りなしにそれはちょっとまずいんじゃないか?」
『丁度先生も処分に困っていたところだ。であれば、俺たちが実験に使うならば好都合だろう。
交渉はしておく。お前は実験の準備に取り掛かれ』
「オーケー。交渉の成功に期待しているぜ。
それで、本題は?
本当に進捗だけを聞きに来たのかい?」
それを聞くと、電話越しに教授の雰囲気が変わる。そして教授の口から今までより冷酷な言葉で本題を語り始める。
『あれの準備は整ったか?』
「ああ。一年もあれば充分だ。最後の座標も定めた。いつでもできるわけじゃないが、そうだな…一週間後にはいつでも実行できるぜ?」
『思った以上に時間がかかったな』
「物質と同化するのには時間はかからなかったが、大きくするのに時間がかかったのさ。
なにせ直径数センチの物質を一つ一つ丁寧に融合させていったんだぜ?最も、おかげさまで今はそれなりに大きくなったがな。
どうせなら小説にしたい気分だな。タイトルはそうだな…」
『その話は後日聞くとしよう。
まあ、それが進んでいるなら俺から言うことは何もない。
最後の確認だが、計画には支障はないな?』
その言葉を聞き、チープハッカーは自信をもって教授の言葉を返す。
「ああ、なにも問題はないさ。計画は順調だ。後は俺が帰還するだけ。
それですべてが整う」
『…わかった。交渉が完了次第、合図を送る。
では研究に励んでくれ』
そこで電話が切れる。チープハッカーは電話を机の上に置き、パソコンと対面する。交渉はすぐに済むだろうと考え、実験の準備を進める。最高の結果を出すためにもまずはこれまでのアプローチを見直し、今までの実験で最高の結果を出したのを見直し、どのような条件下ならより良い結果を叩きだすか、どんな変数を与えれば新しい数値を取得できるのか。
考えれば考えるほど楽しくなったチープハッカーは自然と口角を上げ、鼻歌を歌っていた。しばらくして、教授からの信号がチープハッカーの体内で伝わり、交渉の結果を知らせる。
「交渉は成功か。
なら、早速実験道具を運ばないとな」
チープハッカーはこの部屋を後にして、対象の人物がいる場所へと向かって行く。ダミーアジトであり、実験道具が入ってくるまで、何年も手入れしていない状態だったためか、本来の入り口の鍵は錆びて開錠することができず、本部に繋がっている裏ルートでなければ入ることはできない。
そして数日前にこのアジトを使うことになるとは誰も思っていなかっただろう。実験を始める前は実験室ですら埃だらけであり、掃除に一日を費やした。
そのため、アジトは埃と煤だらけである。だが、数人が通ったと思われる足跡を頼りにチープハッカーは実験道具がある場所へと辿り着く。
「ゴキゲンヨウ。気分は…聞くまでもなさそうだな」
「…まさかいるとは思わなかったね。チープハッカー。
それで、何の用かね?」
実験道具、七瀬聖はかろうじて生きている状態だった。だが、酷いのはその有様だった。
日本にいた頃に着ていた服はボロボロでいたるところが破れている。彼女の綺麗な肌も暴行によって青あざに変色している。手足も同様に変色しているが、指の向きは明らかに正常な向きではない
何よりひどいのはその顔だ。あからさまに狙ったかのように顔が酷く腫れている。善心プログラムが見ていた記録ではもっと可憐な少女というデータだったが、これはいくら何でもやりすぎだと感じ、そして同時に喜びを感じた。
「すぐに実験したいが、ここまでボロボロなのは想定外だな。
これじゃあ、実験に支障が出る。まずは最低限の治療が先だな」
チープハッカーは聖に繋がれている鎖を切断し、彼女の体を持ち上げる。チープハッカーの意図が理解できず、聖は困惑しているが、その様子に苛立ちを覚えたチープハッカーは舌打ちをする。
「不本意だが、最低限の治療はさせてもらう。これから行う実験をするにも健康状態っていうのが最低条件だからな。全く、これだから感情的に動く人間は嫌いだ」
聖は沈黙したままだった。何も反応がないことについに事切れたのかとチープハッカーは焦るが、すやすやと寝ていた。
これから死ぬというのによく熟睡できるなと呆れたチープハッカーはさっさと治療して、実験に付き合ってもらおうかと歩みを速める。
研究室に辿り着いたチープハッカーは早速聖を寝かせ、治療を始める。
骨折や顔の腫れはすぐに完治することはできないが、それ以外の外傷ならばある程度応急処置ができる。適切な処置を完了したチープハッカーは聖が研究を行う最低限の条件である健全な人間であるか判別するため様子を観察する。
外傷はある程度完治したが、疲労、空腹共にその最低限を下回っている。これでは実験に耐えられず死んでしまうだろうと判断。結果、実験は明日にしようと即断する。
「面倒だが、仕方ないか。
今日はこのまま理論を固めるとしよう」
そう思って行動した時、突如大きな揺れと轟音が響き渡る。異変が起きたことを察したチープハッカーは即座に何が起こったのか、虫に擬態した自身の肉体を廊下に放つ。
しばらくして、アジトに侵入者が現れたことを察する。
暴れてもいいが、今の時期に無駄な戦闘は控えるべきだと判断したチープハッカーは速やかに撤退の準備を整えるため、研究室に持ち込んだ物質をその肉体に取り込む。
「さてと、こいつはどうするか」
目の前でぐっすりと寝ている聖を見て、どうするか考える。このまま殺すのも悪くないが、それだと時間がかかってしまう上、痕跡が残ってしまう。殺すのはやめようと即断したチープハッカーは部屋を後にする直後、自分に言い聞かせるように先ほどやっていた行動を振り返る。
「鎖を解き放ち、挙句の果てに治療を行う。これじゃあ、敵に塩を送るようなものじゃないか。
全く、タイミングが悪いな」
即座に撤退したチープハッカーは速やかに裏ルートを使ってダミーアジトを後にする。最後の抵抗として、ダミーアジトから本命のアジトに繋がる道を完全に切り崩したことを確認すると、そそくさと本命のアジトに隠れるのであった。
『こちらα。ポイントAに到着。
奴らのアジトの隠し扉と思われるものを発見。蝶番付近にC-4を設置。爆破後、いつでも突入可能です。』
「こちらγ。α同様、ポイントに到着。
こちらも指令があれば問題なく突撃できます」
作戦決行当日。俺は昨日のチーム分けでγ班に配属された。チームリーダーのγは鮫島さんと話し合い、突撃の確認と状況の報告をしている。会話の内容からいつ突撃してもおかしくないだろう。
「日本人。お前は何もするなよ。変な事したら面倒なことになる」
「わかってます。全く仕方ありませんが、戦闘は専門外ですから」
同じチームの傭兵から嫌味のように言われるが、その理由に対しては既に納得している。
先日、γに自分がどうすればいいのかと質問したが、帰ってきた答えは基本的に何もしなくてもいいと言われた。
おそらく戦闘になる場面が多くなるならば俺はお荷物と言っても過言ではない。であればγの言う通り、何もしないことがおそらく最善なのだろう。
『りょうかいだよぉ~。それじゃあ、かうんとをはじめるよぉ~。
さん~、
にぃ~、
いちぃ~』
その瞬間、俺以外のメンバーの空気が一瞬にして切り替わった。次の合図で戦闘が始まる。それを理解していてなお、凄まじい殺気に怯まずにはいられなかった。
そしてその合図が今、冷酷な言葉となって全体に聞き届く。
『全隊員。突撃』
瞬間、設置した爆弾が爆破して、突撃が開始する。俺もそれに倣い、傭兵の後を追う形で必死についていく。侵入したアジトは埃と煤だらけで、掃除一つしていない。それどころか、物音一つ何も聞こえてこない。
ダミーアジトかと俺は考えたが、γは腕を伸ばし、静かにというジェスチャーを行う。すると、一人のメンバーが床に耳を当て、何かを探っている。しばらくして、そのメンバーは耳を話したあと、素早くハンドサインでγに知らせる。
一体何を会話しているのかと気になるが、今は理解する必要がないものだろうと判断する。
「フォーメーションGで行く。日本人。危なくなったらしゃがめ」
その言葉を聞き、一瞬理解できなかったが、すぐさま俺の四方に他の傭兵が囲み、死角をなくす形で陣を組む。そして先頭に先ほど床に耳をつけた人物が、その間にγが、最後に俺たちという順で廊下を歩き続ける。
緊張感が研ぎ澄まされるこの空気の中、俺は何が起きても対応できるように神経を尖らせているが、時折、心の中で聖が無事であることを願っていた。
弁田たち傭兵部隊がアジトに侵入する三十分前、チープハッカーは一人黙々と仕事をしていた。
仕事と言っても普段のような殺戮マシーンとしてではなく、パソコンの事務作業のような数値を入力するための仕事である。最も、この数値を入力する場所が人間ではできない環境下であるが。
チープハッカーは事前に先生から許可を得て、一つのダミーアジトでその数値を獲得するため、実験を行っていた。そしてその結果、実験室は煌々と青い光に包まれている。
「なるほど。この数値じゃあ、人体を破壊するだけになってしまうな。
教授から預かったこのレポートを再現するためにはもう一つ、変数を加える必要があるか」
チープハッカーは部屋の中心に置かれた金属のふたを取り外す。すると先ほどまで煌々と輝いていた部屋が一瞬で薄暗い明るさに戻る。その様子を確認した後、チープハッカーは机の上に置いてあるパソコンに数値を入力して長考する。
「さて、どんな変数を入れるかだが、人間はおいそれと使えない。ここの組織の人間ならともかく、関係ない人間を攫ってきたら足がつくからな。
好奇心でこのアジトに侵入してきたとか、そんなことがあればいいんだが…」
チープハッカーは溜息をつき、どうするかと考える。すると机の上に置いてある電話が鳴り響く。チープハッカーは電話を手に取り、耳を当てる。
「もしもし?」
『俺だ。研究の進捗について聞きたい』
その声を聞いてすぐに教授だと判断したチープハッカーは少し残念そうに報告する。
「あまりよくないな。
教授のレポート通りに実験を進めているが、いかせん目的の数値に達していない。
俺個人の考察だが、何か足りない条件があると見ているが、教授の方では何か思いつくことがあるかい?」
『そうか。いや、進捗が進んでいないことは想定内だ。レポートの結果だけでは証明できない現象もあるかもしれない。
引き続き、研究の方を頼む』
「リョーカイ。それじゃあ、俺はこのまま研究を進めるが、一つお願いしてもいいか?」
『…お前のお願いなんて、絶対ろくなものじゃないだろう。
まあ、一応聞いてやる。何だ?』
「生きている人間が欲しい。実験材料に使いたいんだが…」
チープハッカーのお願いに教授は大きく溜息をつく。やはり呆れられたかと考えるが、返ってきた言葉はチープハッカーの予想を超える言葉だった。
『お前は時々抜けているな。足がつかない人間なら、近くにいるじゃないか』
「は?それはどういう…」
ことだと問い詰めようとしたが、直後に一人だけ好都合な人間がいることを思い出す。足がつかず、一般人ではない。そしてこの近くにいる実験材料となる人間が。
その対象の人物を思い描いた直後、チープハッカーは苦笑いしつつも、その提案に納得する。
「ああ、そういうこと。あんたも大概だね。
でもいいのかい?先生に断りなしにそれはちょっとまずいんじゃないか?」
『丁度先生も処分に困っていたところだ。であれば、俺たちが実験に使うならば好都合だろう。
交渉はしておく。お前は実験の準備に取り掛かれ』
「オーケー。交渉の成功に期待しているぜ。
それで、本題は?
本当に進捗だけを聞きに来たのかい?」
それを聞くと、電話越しに教授の雰囲気が変わる。そして教授の口から今までより冷酷な言葉で本題を語り始める。
『あれの準備は整ったか?』
「ああ。一年もあれば充分だ。最後の座標も定めた。いつでもできるわけじゃないが、そうだな…一週間後にはいつでも実行できるぜ?」
『思った以上に時間がかかったな』
「物質と同化するのには時間はかからなかったが、大きくするのに時間がかかったのさ。
なにせ直径数センチの物質を一つ一つ丁寧に融合させていったんだぜ?最も、おかげさまで今はそれなりに大きくなったがな。
どうせなら小説にしたい気分だな。タイトルはそうだな…」
『その話は後日聞くとしよう。
まあ、それが進んでいるなら俺から言うことは何もない。
最後の確認だが、計画には支障はないな?』
その言葉を聞き、チープハッカーは自信をもって教授の言葉を返す。
「ああ、なにも問題はないさ。計画は順調だ。後は俺が帰還するだけ。
それですべてが整う」
『…わかった。交渉が完了次第、合図を送る。
では研究に励んでくれ』
そこで電話が切れる。チープハッカーは電話を机の上に置き、パソコンと対面する。交渉はすぐに済むだろうと考え、実験の準備を進める。最高の結果を出すためにもまずはこれまでのアプローチを見直し、今までの実験で最高の結果を出したのを見直し、どのような条件下ならより良い結果を叩きだすか、どんな変数を与えれば新しい数値を取得できるのか。
考えれば考えるほど楽しくなったチープハッカーは自然と口角を上げ、鼻歌を歌っていた。しばらくして、教授からの信号がチープハッカーの体内で伝わり、交渉の結果を知らせる。
「交渉は成功か。
なら、早速実験道具を運ばないとな」
チープハッカーはこの部屋を後にして、対象の人物がいる場所へと向かって行く。ダミーアジトであり、実験道具が入ってくるまで、何年も手入れしていない状態だったためか、本来の入り口の鍵は錆びて開錠することができず、本部に繋がっている裏ルートでなければ入ることはできない。
そして数日前にこのアジトを使うことになるとは誰も思っていなかっただろう。実験を始める前は実験室ですら埃だらけであり、掃除に一日を費やした。
そのため、アジトは埃と煤だらけである。だが、数人が通ったと思われる足跡を頼りにチープハッカーは実験道具がある場所へと辿り着く。
「ゴキゲンヨウ。気分は…聞くまでもなさそうだな」
「…まさかいるとは思わなかったね。チープハッカー。
それで、何の用かね?」
実験道具、七瀬聖はかろうじて生きている状態だった。だが、酷いのはその有様だった。
日本にいた頃に着ていた服はボロボロでいたるところが破れている。彼女の綺麗な肌も暴行によって青あざに変色している。手足も同様に変色しているが、指の向きは明らかに正常な向きではない
何よりひどいのはその顔だ。あからさまに狙ったかのように顔が酷く腫れている。善心プログラムが見ていた記録ではもっと可憐な少女というデータだったが、これはいくら何でもやりすぎだと感じ、そして同時に喜びを感じた。
「すぐに実験したいが、ここまでボロボロなのは想定外だな。
これじゃあ、実験に支障が出る。まずは最低限の治療が先だな」
チープハッカーは聖に繋がれている鎖を切断し、彼女の体を持ち上げる。チープハッカーの意図が理解できず、聖は困惑しているが、その様子に苛立ちを覚えたチープハッカーは舌打ちをする。
「不本意だが、最低限の治療はさせてもらう。これから行う実験をするにも健康状態っていうのが最低条件だからな。全く、これだから感情的に動く人間は嫌いだ」
聖は沈黙したままだった。何も反応がないことについに事切れたのかとチープハッカーは焦るが、すやすやと寝ていた。
これから死ぬというのによく熟睡できるなと呆れたチープハッカーはさっさと治療して、実験に付き合ってもらおうかと歩みを速める。
研究室に辿り着いたチープハッカーは早速聖を寝かせ、治療を始める。
骨折や顔の腫れはすぐに完治することはできないが、それ以外の外傷ならばある程度応急処置ができる。適切な処置を完了したチープハッカーは聖が研究を行う最低限の条件である健全な人間であるか判別するため様子を観察する。
外傷はある程度完治したが、疲労、空腹共にその最低限を下回っている。これでは実験に耐えられず死んでしまうだろうと判断。結果、実験は明日にしようと即断する。
「面倒だが、仕方ないか。
今日はこのまま理論を固めるとしよう」
そう思って行動した時、突如大きな揺れと轟音が響き渡る。異変が起きたことを察したチープハッカーは即座に何が起こったのか、虫に擬態した自身の肉体を廊下に放つ。
しばらくして、アジトに侵入者が現れたことを察する。
暴れてもいいが、今の時期に無駄な戦闘は控えるべきだと判断したチープハッカーは速やかに撤退の準備を整えるため、研究室に持ち込んだ物質をその肉体に取り込む。
「さてと、こいつはどうするか」
目の前でぐっすりと寝ている聖を見て、どうするか考える。このまま殺すのも悪くないが、それだと時間がかかってしまう上、痕跡が残ってしまう。殺すのはやめようと即断したチープハッカーは部屋を後にする直後、自分に言い聞かせるように先ほどやっていた行動を振り返る。
「鎖を解き放ち、挙句の果てに治療を行う。これじゃあ、敵に塩を送るようなものじゃないか。
全く、タイミングが悪いな」
即座に撤退したチープハッカーは速やかに裏ルートを使ってダミーアジトを後にする。最後の抵抗として、ダミーアジトから本命のアジトに繋がる道を完全に切り崩したことを確認すると、そそくさと本命のアジトに隠れるのであった。
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