Another Dystopia

PIERO

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2034年8月 目的のために(中)

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 次の日、俺は中田の手伝いをしながら嘉祥寺の帰還を待っていた。
 既に嘉祥寺の役目は終え、この宿に向かっている。もうそろそろで到着するだろう。中田は集めたデータを資料としてまとめている。鮫島さんにその資料を渡せば中田の仕事も完了する。
 それが終われば鮫島さんと連絡をとって合流し、FRのアジトへ突撃する。もうすぐ目的が達成できそう。着実に進んでいる実感を感じる。
 だが、安堵はしていられない。この場所がいつFRにばれてもおかしくない。速やかに合流しなければと焦ってしまう。

「中田。データの資料かはまだか?」

「焦るな弁田。いくら俺様が頑張ってもこのパソコンの機能にも限度っていうものがある。
後十分ぐらいで完了するから少し待て」

 そうか。と俺は呟くが内心かなり焦っている。
 理由は分からない。だが俺の防衛本能なのかあるいは直感というべきか何かを感じ取っている。確信して一つ言えるのはただ一つ。このままここにいたら何か危ういということだ。

「やっぱりなんかやばい。
中田、一度この場から離れるべきだ。でないと…」

 大変なことになる。そう言おうとした時、突然窓ガラスが砕ける音が聞こえた。何事かと思い振り向くと何かが投げ込まれていた。一体何がと思った刹那、視界が真っ白になり、何も聞こえなくなった。

「…!!」

 正常に判断できなくなった空間で俺は何者かに取り押さえられた。視界が潰された状況で何もわからない。一体何が起きたのかそれを理解したのはある程度聴力が回復してからだった。

『対象を確保。これより移動する。
もう一人の方はどうしますか?…は!承知致しました。では速やかに処分します』

 フラッシュバンを使い、わざわざ変声機を使って会話するほどの用心深さ。この時期に襲い掛かってくる該当者は一つだけだ。こいつらは間違いなくFRの関係者だとすぐに理解した。
 直後、一人の男が銃口を中田に向ける。変声機使ったまま、中田に話す。

『運が悪かったとあの世で恨むんだな』

 ドイツ語が分からない中田にはその言葉の意味が一切わからないだろう。だが、殺そうとしていることだけは理解できたようだ。必死にもがいているが、流石に相手が悪すぎる。最悪の事態になってしまう。そう思った時、割れた窓から突入してくる影が現れる。
 銃声が二回鳴り響く。すると中田を撃とうとしていた人物が苦悶の表情を浮かべる。どうやら銃を持った手と足を撃ち抜かれたようだ。

「まにあってよかったよぉ~」

 のんびりとした声で登場してきた人物、鮫島さんは銃口を他のFRの関係者に向ける。FRの関係者は一人だけで突入してきたと思ったが、鮫島さんの顔を見てすぐに表情を引き締める。直後、俺を引っ張り上げ、盾にする。

『貴様は鮫島穂希だな』

「おお~、しっているのかい?」

『我々のリストでは最危険人物で有名人だな。FBIの分際で我らの主要拠点を何ヵ所も潰した極悪人。
今日こそ我らの派閥のために死んでもらうぞ』

 俺を立てにして引き金を引こうとする。しかし、鮫島さんは余裕そうな表情で彼らに話しかける。

「ずいぶんとよゆうがあるねぇ~。
でも、ぼくばっかりちゅういしていると…すくわれるよぉ~?」

 ドンドンっと、背後から銃声が鳴り響く。すると俺を盾にしていたFRの関係者が倒れる。直後、どたどたと一斉に突入が始まり、残りのメンバーをあっという間に制圧してしまった。
 まさに一瞬の出来事に俺は情報の整理がつかなかった。

「おい、日本人。ちょっとどけ」

 その声で正常な意識を取り戻し振り向くとそこには巨大なヒグマがいた。身長は二メートルを超え、どこもかしこもでかい。ヘルメットをしているため、髪型や顔は分からないが、かなりの強面だろう。
 俺はそそくさと部屋の隅に移動した後、鮫島さんに近寄り、ヘルメットを外す。どうやら髪型はモヒカンのようだが、顔までは見えなかった。

「鮫島さん。こいつらはどうしますか?」

「じょうほうをききだしてほしいねぇ~。とくにかれはおそらくゆうようなじょうほうをもっているとおもうよぉ~」

「了解です。おら、ついてこい」

 巨漢の男はヘルメットを再び装着した後、手足を撃たれたFRの関係者を軽々と持ち上げ、どこかに連れていかれる。あまりに自然な流れで運び去られる様子を見ていた俺は思い出したかのように中田の安否を確認する。

「中田、大丈夫か?」

「俺様は大丈夫だ。だが、資料の方は無事じゃなさそうだ」

 惜しむ表情で中田は弾丸が貫かれたノートパソコンを見る。マザーボードやハードまで破壊され、修復は完全に不可能だろう。
 余程悔しかったのか、中田は拳を床にぶつける。無言だが、せっかく手に入れたデータを全て台無しにされたことに関してかなり憤りを感じているようだった。
 しばらくして中田はスッと立ち上がりどこかに行こうとしていた。

「中田どこに行くんだ?」

「どこだっていいだろう!ちょっと気持ちを整理してくる!」

 乱暴に扉を閉め、中田はどこかに向かってしまった。まあ、中田の性格ならば作戦に支障が出ない程度には帰還するだろう。
 俺は改めて鮫島さんに振り返りお礼を言う。

「助けていただき、ありがとうございます」

「いや~。あやまるひつようなんてないよぉ~。むしろ、きみたちをえさにしておびきだしていたからねぇ~。あやまるのはこっちのせりふだよぉ~」

「…囮だったということですか。FRの情報が足りない今、いっそのこと囮を使っておびき出す。
俺を聞き込み調査にしたのもそれが理由ですか」

「そうだねぇ~。弁田くんはぼくとおなじくらいFRにとってゆうめいだからねぇ~。
そこをりようさせてもらったよぉ~。
まあ、それだけじゃないけどねぇ~」

 鮫島さんは椅子に座り、何をしてきたのか語り始めた。

「あらためてぼくがやっていたやくめについてだけど、たんじゅんなせんりょくぞうかをしていたんだよねぇ~。
いくらなんでも、よにんであじとにとつにゅうはむぼうだからねぇ~。くわえて、FBIにはFRがまざっているかのうせいがある。
だからここでせんりょくをあつめるしかなかったんだよねぇ~」

「つまり、先ほどの人たちがその戦力というわけですか」

「どいつのうらせかいじゃあ、かなりのゆうめいなようへいだよぉ~。
ひとりひとりのれべるはたかいし、なによりぼくにとってしんらいあるゆうじんもいる。
もっとも、ちょっとたかくついたけどねぇ~」

 苦笑いしつつも鮫島さんは笑顔で答える。だが、正直に言って俺はあまり信用できない。傭兵とは金次第では味方になったり、敵に寝返りする連中だ。
 だからこそ、俺は鮫島さんにこの問いをしなければならなかった。

「信用できますか?彼らを」

「できる。かれらはかねよりもけいやくをゆうせんするからねぇ~。それに、ぼくとけいやくをたがえればぁ~いたいめにあうっていうことはよくしっているからねぇ~」

 瞬間、鮫島さんの周辺の空気が重くなった。どうやら鮫島さんはあの傭兵についてかなり知っているようだ。であれば、何も問題はないだろう。
 刹那の危機が訪れたが、何とか乗り越えた俺は落ち着いた時間を過ごすため、一息つく。

「ただいま諸君!
我はここに帰還した!
さあ、栄誉ある凱旋をしようではないか!」

 だが、その時間は一瞬だった。全ての空気をぶち壊した嘉祥寺は元気よく部屋に戻ってきた。
 普段ならともかく、今回ばかりは流石に間が悪かった。現に鮫島さんは銃口を嘉祥寺に向けていた。

「ミスターシャークよ。
我の勘だが、かなり間が悪かったのか?」

「そうだねぇ~。まあ、きみらしくていいんじゃないかなぁ~」



「それじゃあ、ぜんいんがそろったからさくせんをかくにんしようかぁ~。
中田さん。あじとのばしょについて、せつめいをおねがいねぇ~」

 すると中田はスクリーン映し出された画面を操作して、先ほどの資料を開く。それを確認すると中田は淡々とFRのアジトの所在について説明を始める。
 スクリーンに表示されているのはデータのバックアップから復元したものだ。完成したデータは先の襲撃によってパソコン事破壊されてしまい、復元は不可能だったが、中田が持っていたバックアップ用のUSBだけは無事だったため、説明するだけならば問題ない。
 最も、突き止めたFRのアジトもわからなくなってしまったことは非常に痛手だが。

「まず、FRのアジトの場所についてだが、さっきの襲撃で完成したデータが破壊されてしまった。
だが、その直前まで絞り込んだ候補はここに映し出されている三拠点にあると考えている。
そしてその三つのポイントの共通点。それは観光地でもないのにここ最近人が多く出入りしているという点だ」

 スクリーンに映し出されている三つのフラグはいずれも険しい山奥だったり、人が決して入ることがない場所だったりと未開の地だらけだった。
 地元の人でも土地勘がなければ遭難してもおかしくない場所ばかりである。余談だが、嘉祥寺は勘でそのフラグのポイント歩きまわっていたらしい。

「せつめいありがとうねぇ~。
それじゃあ、こんかいのもくてきだけどぉ~、FRのそうししゃであるじんぶつのかくほ。そして、とらわれている七瀬聖をきゅうしゅつすること。
このにてんをたっせいしだい、そくざにてったいするよぉ~」

「鮫島さん。発言いいか?」

 流暢な日本語で発言しながら手を挙げた大柄な人物、傭兵のリーダーは鮫島さんの反応を伺う。すると、鮫島さんはどうぞという感じに頷いた後、大柄の人物は口を開く。

「今回に依頼が救出と拉致ということは理解できた。
だが、ターゲットの顔がわからなければ我々の動きにも支障が出る。顔写真とかないのか?」

「そうだねぇ~。FRのそうししゃにかんしては、ぼくもしらないからねぇ~。
ただ、七瀬聖のしゃしんなら、弁田くんがもっているんじゃないかねぇ~」

 ふと、視線が俺の方に集まる。のっそのっそと大柄な人物は手を差しだす。

「悪いが、その七瀬聖という人物の写真を俺たちに共有してくれ。嫌ならそれでもかまわないが、誤射する可能性があるからな」

「わかってますよ。少し待ってください。メールで画像を送信しますので…」

 俺は去年の夏でみんなと旅行に行ったときに撮った集合写真を聖にだけ焦点を合わせて大柄の人物に見せようとする。すると、そのスマホを大柄な人物は奪い取り、彼自身のスマホでその画像を撮る。
 一瞬の出来事だったため、不快感を感じる間もなかった。だが、どうでもいいことだが、一つだけ気になったことがある。
 大柄な人物の手が非常に大きいのだ。スマホがまるで小さなメモ帳に見えてしまうぐらい大きいのだ。そんなどうでもいいことを考えている間に画像を撮ったことを確認した大柄な人物はスマホを俺に投げ返し、気さくに笑う。

「悪いな。一般人が傭兵の連絡を取れるなんてことになったらいけないからな」

「先に言ってください。少しびっくりしましたよ」

「悪かったな。それじゃあ、鮫島さん。作戦の続きを頼む」

 確認したかったことが完了すると、先ほどの気さくな表情から冷酷な表情へと切り替わる。流石傭兵と思いつつも、俺も作戦の話を聞き続ける。

「さくせんはいたってたんじゅん。
あすの12じにさんきょてんどうじにとつげきするよぉ~。
めんばーにかんしてはぼくがわりふったから、それにしたがってねぇ~」

 そういって鮫島さんは中田が使っていたパソコンからチーム分けしたものをスクリーンに映し出す。そのメンバーを見て、俺は少し腑に落ちなかったが、鮫島さんが考えたものならば問題ないと考える。

「チームわけにもんだいなさそうだねぇ~。
それじゃあ、あしたはよろしくたのむよぉ~」

 そこで作戦会議は一度終了となる。俺は明日同じチームで行動を共にする人たちと話し合いをするため、この場から去り、チームとしての作戦会議を始めるのであった。
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