Another Dystopia

PIERO

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2034年8月 変わらぬ日常(中)

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「動力源についてはまあこれでいいんじゃないか?ちょっと予算が超えたから他の部分で削る必要が出てくるが…」

「充分よ。ありがとう弁田くん」

 動力源の問題を解決した俺は研究室に置かれているコーヒーを飲み一息つく。少しだけ考えたためか、集中力がやや持続しているようだ。
 その集中力を切らさないためにも、俺は白橋に問いを投げる。

「そういえば、アダムから俺を呼んでほしいって言われたが、何かあったのか?」

「そうだったわ!弁田くん、ついにテレポーターが完成したのよ。ちょっとついてきてくれる」

「わかった。…ってちょっと待て!襟!襟を握るな!窒素する!」

 しかし、白橋はかなり嬉しいのか俺の嘆きを一切聞かずに襟を握り、引っ張っていく。その様子を見ていた他のニューマンからは何やら哀れめな目でこちらを見ていた。
 意識が遠のき始めた瞬間、白橋の手が襟から解放され、充分な酸素が送られる。ゴホゴホと気管の調子を整えつつも恨みを込めるような視線で白橋を見つめる。最も、本人はそれに気が付いていないが。

「これよ。私が作ったテレポーター。いや、名前が被るのは嫌だから転移陣とでも言おうかしら」

 白橋は地面に書かれている二つの円陣を俺に見せる。一見チョークで書いた落書きのように見えるが、よく見るとどうやら透明なシートの上に印刷されているようだ。
 白橋は片方の円陣の上に未開封の缶コーヒーを置き、近くの機械を作動する。すると円陣が光だし、一瞬にしておかれた缶コーヒーの姿が消える。
 直後、缶コーヒーが置かれていなかった円陣の上に缶コーヒーが存在していた。客観的に考えれば成功と言えるが、これだけではデータも足りない。さらに試行回数を繰り替えす必要があるだろう。

「一応、こんな感じにできたわ」

「試行回数はどれくらい行ったんだ?」

「ざっと一万ぐらいね。転移するパターンも何種類か行ったわ」

「で、問題点はあるのか?」

「大きな問題は二つ。
一方通行にしか転移ができないこと。規模が大きいものは転移できないこと。
最も、規模が大きいものの転移に関しては何とかなりそうだけど…」

「なるほどな。それで出力に着眼点を置いたわけか。
その実験は後でやるとして、一方通行しかできない問題点についてどう考えているんだ?」

「多分、転移陣のエネルギー容量の問題ね。現段階だと、この転移陣は一方通行分のエネルギーしか蓄積できないわ。最も、この倍の容量が必要となると少し考えないといけないわね」

 転移陣の上に置かれた缶コーヒーを手に取った白橋は何の迷いもなくそれを開けて飲み干す。俺は一瞬大丈夫なのかと心配するが、どうやら大丈夫のようだ。

『弁田くんが心配してるぜ?物騒な飲み物を飲んで大丈夫なのかってね。
全く、少しばかりは周りの目を考えたらどうだ?』

「って!?ノア、いつの間にいたんだ!」

『弁田くんが白橋さんに引っ張られた直前に白衣の袖に捕まったのさ。この肉体は不便だが、こういう時には役に立つな』

 白橋の肩に現れたノアは左手だけで動いている。しかし、不思議なことに器用に感情を表現している。相変わらず飄々としているが、その構図はかなりシュールだろう。
 あの事件の後、ノアは一度FBIに連行されたが、すぐに監視下から外され、こちらで預かることになったのだ。どんな交渉をしたのかとノアに尋ねたところ、あくまでFBIのノアとしてこちらにいるだけで、それ以上のことはできないし、やろうとすれば即座に他のFBIが現れ今度こそ処分されると宣告を受けたそうだ。
 以降、この研究室のアドバイザーとして助言をしているそうだ。
 ふと、俺は一つの疑問を感じたため、ノアに質問する。

「そういえば、ノアはなんでチープハッカーみたいに再生できないんだ?
正直なところ、左手だけだとコミュニケーションに支障が出そうな気がするが…」

『俺だって好きでこんなざまになっているわけないだろう。
結論から言えば、再生はできる。だが材料がない。それだけのことだ』

「材料って、鉄くずとかじゃなかったか?」

『それはあいつの話だ。俺が再生に必要な材料は生きた人間だ』

 その言葉を聞き、俺は少しだけ驚愕する。白橋も初耳だったのか、絶句していた。そんな表情が読み取れないからこそ、ノアは淡々と説明をし始める。

『別に驚く話じゃないだろう。俺の体は人間をベースに組み立てられている。なら、そのモデルが存在してもおかしくない。事実、チープハッカーはFRの邪魔になりそうな人物を何百人という単位で消してきたと同時にその血肉を喰らい、人間の情報を獲得していた。
その膨大なデータのおかげで無機物から人体を更生するための必要な物質を獲得、変換できるようになったわけだ。だからそういう関連のデータを全て抜き取られた俺はあいつの下位互換。
人型になろうっていうならまず生きた人間が必要になるぜ』

「そうだったの。戦い慣れていたのも、何人も戦ってきたからというわけね」

 まあな。とノアはそっけなく答える。左手だけだから感情は分かりにくいが、少しだけ残念そうに見える。

「とりあえず、本題に戻ろう。この転移陣についてだが、生物の実験はまだなんだよな?」

「生物じゃないけど、私の肩に乗っているこいつで実験したわ。
結果は成功したけど、感想は最悪の一言らしいわ」

 白橋はまるでその感想を伝えろとばかりに視線をノアに向ける。するとノアはやれやれとした感じに実験の感想を述べ始める。

『結論から言って、地獄だ。
痛覚はないが一粒一粒ばらばらになっていく感じだ。生物がこれをやろうっていうならまず間違いなくショック死だろうよ。
だが、理論は筋は通っている。あれを耐えられる人間がいるならぜひ見てみたいな』

「なるほど。人は無理か。
全く仕方ないが、元々はそういうことは考えていなかったからな。
だが無機物が転送できるなら充分だ。後はそのコストをどうやって下げていくかということが課題だな」

 新たな課題を定め、俺は改めて転移陣を見る。前の世界で作製したテレポーターには劣るが、これはこれで凄まじい発明品だ。転移できる距離がどれくらいなのかまではまだ未知数だが、これが世界中に広がれば物資の運送という点に関して常識が覆るだろう。
 最も、今はまだこの技術を世界に広めるのは速すぎる。広めるとするならば、全ての決着がついてからだろう。

「それじゃあ、俺は帰るとするよ」

「あら、もう帰るの?」

「次は小林のところに行ってニューマンの様子を見に行かないといけないからさ。
教育がどれくらい進んでいるのか視察する必要があるからさ」

「わかったわ。それじゃあ、また今度打ち合わせの時に研究成果を纏めるわ」

 そこで俺は研究室を後にして、外に出る。少しばかり曇っている空は今にも雨が降りそうな予感がするが、一向に降る気配がない。
 だが、本日の気温は三十五度とそれなりに高い。長時間外にいれば脱水症状になるのは明らかだ。そうならないように近くの自販機でスポーツ飲料を購入して一気に飲む。
 すると近くから足音が聞こえる。俺はふと嫌な予感を感じ取りすぐさま後ろを振り返る。だが、足音の正体は数人の子供がどこかに向かおうとしていた様子だった。俺は少し敏感になりすぎたかと思い、空になったペットボトルをゴミ箱に捨てる。

「それじゃあ、行くか」

 自販機を後にして、俺は小林一家へと向かう。そこに到着するまで少しだけ時間がかかるが、いい運動になるだろうと割り切り、ゆっくりと歩いて行った。
 歩くことニ十分弱、俺は小林一家の家に到着する。だが、俺が来たのは本家の方ではない。小林一家に所属している傘下の家だ。事前に聞いた敷地の広さとしては小規模な塾程度の広さと少し広めの庭が広がっている。
 俺はインターフォンを押し、顔を確認された後、自動ドアのロックが解除された。俺は扉に手をかけ、傘下の家に入る。すると部屋のあちらこちらから声が聞こえる。耳を澄まし、声の発生源を辿り、少し開かれている扉の隙間から様子を伺う。
 部屋の中は俺たちが開発したニューマンが黒板を見つめている。彼らを指導している先生の話を聞く限り、どうやらビジネスマナーについて指導している様子だった。

「あれ?弁田君じゃん!どうしたの!?」

 突然背後から声を掛けられ俺は少し心臓が飛び出そうになり、咄嗟に振り返る。背後にいたのは本来ならばここにいるはずがない小林佐夜がいた。
 何故彼女がここにいるのかと驚きながらも俺は軽く挨拶をする。

「小林か。なんでここにいるんだ?」

「当主としての視察。ちゃんと仕事しているかどうか、教育内容は問題ないかとか。今は人員不足だからわたしもこうして動かないといけないんだよね…」

「そうか。当主も大変なんだな」

「まあ、それは口実なんだけどね。本音はかっこいい旦那様をこの子と一緒に見たいだけなんだけどね」

 そういって小林は抱えている自身の赤ん坊を俺に見せつける。この子供、小林と雪花の娘が生まれたのはつい最近の話だ。余談だが、その情報を持ってきたのは白橋とアダム、そして聖の三人からだったがその話を始めて聞いた時、ついスマホを落としてしまった。

「名前は確か…仁美だったけ?」

「正解。目元とか、わたしに似ているし、きっと美人さんなんだろうなぁ~。
でも、眉毛は伊吹君にそっくりだから凛々しいっていう感じなのかなぁ~。
成長が楽しみだなぁ~」

 親バカモードに入った小林は幸せそうな表情で自信の娘を見る。正直、普段の美人の顔が台無しになるくらい顔が崩れていることからかなり溺愛していることがよくわかる。
 俺は少し頭を抱えつつも、その幸せそうな空気が不快に感じることはなかった。しかし、俺も自身の仕事をしなければならない。

「かなり幸せそうな状態で悪いが、戦闘訓練しているニューマンたちがどこにいるか知らないか?」

「知っているよ。丁度わたしも行こうと思っていたから一緒に行こうか」

 小林はこっちと声を掛けつつ、案内を始める。俺はそのあとを追いつつも、この家の雰囲気を観察する。怪しいものは特に何もない。というか、何もなさ過ぎて逆に不安になるくらいだ。
 この点に関して俺は少しだけ疑問に感じたため、すぐさま質問する。

「なあ、小林。この家のセキュリティーについてなんだが、大丈夫なのか?
ちょっと不安に感じるんだが…」

「まあ、そもそもこの家に侵入しようっていう考えに至る方が不思議だけどね。一応この家は極道の管轄だし…。
セキュリティーについては無許可で侵入してきたものに対してある程度警告する程度にしているよ。
それ以上踏み込んだら…まあ、後は知らないよね」

「そ、そうか…。一体何が待っているんだ…」

 その先を聞くのが少し怖くなった俺はこの話題を打ち切る。すると、小林がにまんと何か悪だくみを思い浮かんだような表情で俺に質問を始める。

「ところで、聖さんとはどこまで進んだの?」

「進んでない。何の話だ」

「とぼけなくてもいいのに。わたしはいつかくっつくって信じているからね!」

「ハイハイ言ってろ」

「…というか、実際何か変わったの聖さんに対する印象として。
わたしが言うのもアレだけど、何も変化ないのは聖さんにとってかなり酷だよ?」

「…正直、そういう余裕がないんだ」

 俺は立ち止まり、このことを言うべきかどうか悩んだが、小林にはいっても大丈夫だろうと思い少しだけ本音を言う。

「これは聖に言われてようやく自覚したことだが、正直に言って前の世界からタイムリープしてからずっと気持ちに余裕がないんだ。
だから全てが解決すればもしかしたら何か変わるかもしれない。いや、少し違うか。
全てが解決してからじゃないと考えることができない。その時が来るまで、待ってくれと聖には伝えていある」

「そうか。なら、ちゃんと全部解決しないとね。
それじゃあ、庭に行こうか。もうすぐで着くはずだから」

 俺と小林は再び庭に向かうと庭の景色がうっすらと見える。庭に到着すると十数人のニューマンたちが竹刀をもって素振りをしている。そしてそのニューマンたちを指導しているはずの教官も一緒に竹刀を振っている。そして彼らを指導している人物が大きく怒鳴り声をあげる。

「お前ら!その程度の素振りができないで戦闘ができると思っているのか!?
それと、お前ら声が小さい!もっと声を上げろ!気力を絞り出せ!稽古はそれからだ!」

 普段の穏やかな雪花と違い、病室で初めて出会った時の雪花がそこに立っていた。
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