Another Dystopia

PIERO

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2034年8月 変わらぬ日常(上)

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 小林一家襲撃事件から一年が経過した。
 この一年の間、俺たちの日常は大きく変化した。その中でも特に大きな変化は三つあった。
 一つ目はニューマンを世間に公表したこと。これにより、世間は俺たちの会社に大きく注目を集めた。世界初のAI、人間と同等の人工知能を持つロボットの誕生といった具合に公表してから三か月はかなり忙しい日々を過ごしていた。だが、同時に面倒ごともある。宗教的な問題やライバル企業の情報収取といった点だ。後者に関してはこちらのセキュリティがしっかりしていれば情報漏洩を起こすことはまずない。だが、問題は前者だった。
 タイムリープする前の世界と同様、宗教的にニューマンは否定すべき存在らしく、話が一方的に噛み合わないため、かなり厄介だった。しかし、そこで思いがけないバックが俺たちの会社につくことになった。
 それが大きな変化の二つ目。俺たちの会社のバックにFBIが付くようになったこと。
 きっかけはあの事件以降、FRに狙われる可能性あることを鮫島さんが本部に説得したところ、事件が解決するまでの限定的な期間だが、FBIが協力することになった。
 この頼もしいバックのおかげで会社の警備は勿論、宗教関連に関する交渉といったメンバーも全てFBIに丸投げしている。また、ありがたいことに開発資金も投資してくれたおかげで研究資金にかなり余裕ができた。結果、アカネ以降の新たなニューマンを二百台ほど生産することができた。
 だが、困ったことにその二百台をどうやって教育するかという問題点が発生した。場所、人員、そして情報漏洩などのことを考えればそう都合がいい場所などない。俺の自宅で勉強しようにも流石に多すぎてリビングは勿論、一階のエントランスホールにも入りきらない。そんな状況の中、ただ一人都合がいい環境を提示してくれた。
 それが大きな変化の三つ目。小林一家がFBIと同様に俺たちに対して全面的に協力するようになったこと。とはいっても、あの事件の出来事の後ではまだFBIと折り合いがついておらず、いつ全面戦争が始まってもおかしくない。
 そんな一触即発の状況下で話をつけたのが新当主である小林と鮫島さんの二人だ。白黒つけるのはFRを打倒してからという条件と互いの情報のやり取りのために何人か組織に人間を派遣すること。この二つの条件をもって一時停戦かつ手を組むということになった。
 手始めとして、俺たちの最大の悩みである人員、教育場そして情報漏洩の安全を小林は派遣してくれた。幸い、小林組には色んな資格を持っている人物が大勢いる。加えて、教育場となる小林一家の敷地に侵入しようとする輩はそういないだろう。

「ここまで来るのに時間がかかったな。
全く仕方ないが、難儀なものだな」

「だが兄弟。
我らの準備は着実に進んでいる。
事実、我らの戦力も既に万全。
小林一家の訓練から卒業した我が子たちも百人は超えた。
いつでもFRとの決戦が始まっても対応できるだろう」

「百人か。その内、戦闘訓練を行っているのはどれくらいだ?」

「およそ三十人だな。
無論、数は不安だが、一つ一つが選りすぐりだ。
その点に関しては佐夜が保証しているから問題なかろう」

「小林が保証してくれるならまあ、安心だな。
最も、過信はできないがな。
それより、例の件はどうなっているんだ?」

 ソファに座り、リビングでニューマンの教育状況を嘉祥寺に聞きつつ、俺はコーヒーを作りながら例の件、裏世界の情報について問いかける。
 裏世界の情報はFBIでは手が届かない。故に小林組には追加依頼として裏世界の情報も収集してもらっている。今までは気に食わないが、腕だけは最高峰の情報屋である寺田に頼っていた。しかし今は既に雲隠れしてしまっている。嘉祥寺にも聞いたがあの電話以降、連絡が来てない。
 故に、そういった情報を集めには小林一家に力を借りなければならない。
 嘉祥寺はブドウ糖飴を取り出し、口の中に放り込むと例の件について報告を始める。

「例の件についてだが、FR自体に大きな動きはないらしい。
だが、FRのバックについている宇宙産業がここ最近ロケットを打ち上げているらしい。
狙いは恐らくあれだろうな」

 あれという言葉を思い出し、俺は一年前のあの出来事を思い出す。
 人為的にスペースデブリを降らす質量兵器。破壊力は勿論のこと、問題はそれを止める手段がほぼないことだ。
 あの時は寺田が何かしらの方法でスペースデブリを破壊し、小林の絶技によって細切れにしたおかげで被害が最小限に収まったが、万が一あれが数十単位で落下してくるというのであればそれを止める方法は限られるだろう。

「あれは俺たちが知っている中でも一番の脅威だ。
かといって、対抗手段もないに等しい。それこそ宇宙からスペースデブリを全部取り除くなんて荒業を使わない限りな」

 最も、そんなことは不可能だと俺は付け足す。もし、そんな技術があれば海洋中に漂っているマイクロプラスチックぐらい回収できるだろう。
 だが、悲観的な俺に対し、嘉祥寺以外にも楽観的に考えていた。

「だが、弾数は限られている。
直径三十メートル級のスペースデブリなんてそう存在しない。
全てのスペースデブリをかき集めてその規模を造ったとしても精々数百程度が限界だろう。
加えて、人工的に作ったとしてもその耐久度はたかが知れている。大気圏に入った瞬間、燃え尽きて崩壊するだろう」

「そうだといいんだがな…」

 嘉祥寺の言葉にはある程度の説得力はある。だが、それでも安心できない。もっと確実な情報が欲しい。そんな欲望が俺の胸の内からふつふつとわいてくる。
 そんな様子を見て嘉祥寺はおかしく思ったのか、珍しく嘉祥寺がブドウ糖飴を俺に渡す。

「少し考えすぎだ。存在しない情報を想像しても時間の無駄だ。
弁田は自分ができる範囲を最大限生かすのが利点だろう。その許容を超えて頑張っても自滅するだけだ」

「自滅は余計だ。でも頭が冷えた。ありがとうな嘉祥寺」

「…やっぱり変わったな。ここ数年で俺がよく知っている弁田の性格に戻っているような気がする」

「そうか?そんなことを意識した覚えがないが…」

「心に少しだけ余裕ができたんだろう。
さて、我も本日の転職に戻るとしようか」

 真面目モードから通常モードに切り替わった嘉祥寺は自室に戻っていく。情報収集もするべき仕事だが、彼の最大の仕事は資金を稼ぐこと。この一件が片付いたらFBIのバックアップもなくなる。それに備えてなのか嘉祥寺は今まで以上に働いている。
 俺もそろそろ働くべきだと思い、出来上がったコーヒーを注ぎ、先ほどもらったブドウ糖飴と口に含みながら一気にコーヒーを飲む。
 意識を切り替えた俺はリビングを後にして研究室に向かうため、エントランスホールへ向かう。

「あ、マスターだ!これからどこか行くの!」

 相変わらず明るく元気なアダムは俺を見つけると嬉々とした表情で話しかける。俺は研究室に行くことを伝えると、何か思い出したのかアダムは話を続ける。

「そういえば、白橋さんがマスターを呼んでいたよ!」

「白橋が?珍しいな俺を呼ぶなんて。
わかった。研究室に向かったらまず白橋に話かける。他に何か要件はあるか?」

「今日は聖さんとは一緒に行動していないんだね」

 その言葉に俺は咄嗟にアダムの額にデコピンをする。当然だがアダムは痛そうな表情はせず、むしろ不思議そうな表情でこちらを見ている。若干涙目になりながら俺はアダムに一つ教育をする。

「アダム。俺は常日頃一緒に聖と行動しているわけじゃない。余計なお世話だ」

「え?あたし、別にそういう意味で言ったわけじゃないんだけど…。
アレ?なんでマスター顔が赤くなってるの?」

「…まあ、あれだ。聖は今日はFBIで質問を受けている。おそらく夕方には帰ってくるだろうさ」

 あの事件の後、聖は時折FBIの情報提供に協力している。無論、逃走と情報漏洩を防ぐために然るべき施設でそういった質問をしているらしい。
 最も、帰ってくるときは大抵顔色がげっそりとしているが。

「そっか!じゃあ、あたしはこれから仕事をするね!」

「おう、頑張れよ」

 そういってアダムは新たなニューマンを引き連れて俺のマンション内を探検し始める。
 現在、アダムには俺が開発したニューマンプログラムのアップデートとして色んな情報を収集している。その最たる例として、感情プログラムを導入しないで感情を学習させるという実験だ。
 感情プログラムはかなり容量が大きく、アカネ以降の第二世代に投入しようとすればかなりデータ量を圧迫する。何より感情プログラムの基盤となっている性格設定を書いていた小林は当主となってそれどころではない。時間があるときに片手間で書いてくれているが、小林のアイディアの限界もあって二百通りの性格が限界とのことだ。
 故に打開策として感情プログラムが搭載する前のプロトタイプに学習させることで感情を芽生えさせるという実験を行っている。
 無論、容易ではない。この実験を行って半年になるが、感情らしい感情を見せていない。喜怒哀楽も表情筋の変化もない。だが、無駄というわけではなく、一体一体の話し方や身振りは変化しているらしく結果的に見ればかなり進んでいると言えるだろう。

「まあ、人間ですら感情を芽生えるのに時間がかかる。ニューマンならその倍ぐらいは考えておくべきか」

 俺はそう結論を出した後、新たに作成した地下一階に移動する。
 地下一階には丁寧に壁を敷き詰めた金属製の壁と広大な道以外、そしてその先の道を走るために置いてある自転車以外何もない。
 俺は自転車にまたがり、その道をまっすぐ進んでいく。三分後、行き止まりに辿り着き、何台か置かれている自転車の隣に俺の自転車を置き、上の階に上がっていく。
 すると見慣れた光景が俺の視界に広がる。仮眠室や簡易的な個室とシャワー室。すると個室からよく見慣れている人物が現れる。

「弁田か。何しに来たなんていうのは野暮か?」

「まあな。研究と開発以外でここに来る理由なんてあるのか?」

「違いない。それと、白橋が呼んでいたぞ」

「アダムから聞いた。何のために呼び出されたのかまでは知らないがな」

「そうか。なら、言わない方がいいな」

 中田と些細な雑談を交わしていると、ガチャリと隣の個室が開かれる。異臭と共に現れたのは俺がよく知っている人物の一人である堀田だ。
 あの出来事以降、堀田はしばらく個室に引きこもっていたが、突然部屋から出てきたと思ったら、何かを開発し始めたのだ。
 今でも何を造っているのかまだわからないが、その瞳は今までの自分勝手で揺らいでいた物とは違い、何かを成し遂げるための確固たる信念が宿っていた。

「堀田は相変わらずか」

「ああ。年中無休とまでは言わないが、ずっと何かを開発している。
正直、気が狂ったのかと思ったが…」

 そういって中田は改めて堀田を見る。確かにあの様子だと気が狂ったとまでは言わないだろう。いや、元々狂っていたからこそ正気に近い具合に戻ったというべきか。
 どちらにせよ、本人の研究とは別に黙々と仕事はこなしているため、文句はない。体臭一番ひどい時よりはまだましだろう。

「それじゃあ、俺は上に上がるが、中田はどうするんだ?」

「俺はこれからシャワーを浴びてから寝る。昨日から開発続きだったからな」

 そういって中田はタオルを持ってシャワー室に向かって行く。俺は軽く挨拶してから上へあがる。

「白橋さん!これはどこにおけばいい?」

「それはそっちに置いておいて。メーターはどうかしら?」

「メーターは…微妙です。多分、α機関の出力が足りないからだと思います」

「やっぱりか。ノア、何かいい考えあるかしら?」

『俺に言われても困るさ。だがそうだな、α機関の出力が充分に活かしきれてないなら、動力源を変えてみればどうだ?』

「動力源ね。なら、前時代的に石油とか?」

『おじゃんにする気かよ?まあ、石油のエネルギーは悪くはないが、環境的にアウトだろ。
第一、どこから石油を仕入れるつもりなんだ?』

 ラボの奥には白衣を着た白橋と左手のノアが何か討論しながらニューマンが雑用している様子が確認できた。その様子に俺は少しだけ口角を上げ、ただ一言言った。

「全く仕方ないが、ずいぶんと楽しそうだな。
俺も少しだけ混ざってもいいか」

 その言葉に白橋は振り返る。瞬間、白橋は思いっきり吹き出す。

「べ、弁田くん…。もっとましな言葉なかったのかしら?
それとも、嘉祥寺の真似でもしたのかしら…」

「…やめろ。そういわれると俺の今の発言が恥ずかしくなった」

 笑いに包まれたこの空気。俺は羞恥にまみれたが、たまにはこういうのも悪くないなと思った。
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