Another Dystopia

PIERO

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2033年 7月 残心(下)

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「あ、頭が…痛い…。うえぇー」

「べ、弁田くん…大丈夫かね?はい、お水」

 祝勝会の次の日。ひどい頭痛の中、俺は目覚める。どうやら昨日の記憶が少し抜けているようだ。
 周囲を見渡すと未だ酒瓶を枕代わりに寝ている中田と嘉祥寺がいる。そして今看病している聖以外のメンバーはこの部屋にいない。
 俺は聖から受け取った水を飲み、昨日どうなったのか詳細を聞いた。

「佐夜は雪花さんを連れて小林一家に戻ったね。今日は大丈夫だけど、明日からは忙しくなるからって。
アダムと白橋さんはラボに言って研究中だね」

「研究…テレポーターのか?」

「そういってたね。時崎からパクられてからにはそれ以上のものを造るって言って意気込んでいたね。
ちなみにアダムはその手伝いだね」

 負けず嫌いの彼女らしい言葉だ。俺は最悪の気分の中、部屋を喚起しようと窓に手を掛ける。外の空気はかなり新鮮でおいしく感じる。俺は近くに置いてあった布団を嘉祥寺と中田にかける。

「随分と優しんだね。普段の弁田くんならそういうことはしないと思ったね」

「普段ならしません。ですが、作戦のために色んな武装を用意してくれたり、サポート道具を作ってくれたり色々してくれましたから。意識がない時に限ってのサービスです」

 それに変に意識があるとプライドが邪魔して絶対に受け取らないだろう。そういう意図もある。俺は空になったグラスを持って台所に向かう。昨日使った食器や空き瓶は綺麗に洗って干されている。どうやら酔いつぶれていない彼女たちが片付けてくれたのだろう。何から何まで感謝しきれない。
 再び俺は水を飲み、ようやく頭が回ってきたことを感じり、近くの椅子に座る。

「さてと、それじゃあ聖。早速聞きたいことがあるのですが」

「下手な敬語はもういいね。気軽に、普段通りでいいね」

「…じゃあ失礼して。
早速聞きたいことがある。FRについてだ」

「まあ、そうだね。それで何を聞きたいのかね」

 聖は俺の座っている椅子から一番近い椅子に座り話を聞く態勢になる。俺は少しだけ跳ね上がるが、すぐに冷静に保つ。早速聞くべきことを聞く。

「聖はFRに所属していたって言っていたが、いつからだ?…いや、変な誤魔化し方はやめよう。
俺の勘だが、FRと聖には切っても切れない関係があると睨んでいるが気のせいか?」

 その質問に部屋が一瞬、沈黙に包まれるが、その静寂は一瞬だけだった。
 二人の大きないびきによって静寂は崩壊し、その様子に俺と聖は笑うしかなかった。

「いや…間が悪いな。屋上に言って続きを話そう。
ここだと真剣な空気が台無しだ」

「わたしも同じことを考えていたね。それじゃあ、屋上に向かおうかね」

 俺と聖は泥酔している二人がいるリビングを後にし、屋上へと向かう。
 屋上に誰もいないことを確認する必要なないが、つい周囲を気にしてしまう。先日の一件があってからかほんの少しだけ聖を意識してしまう。俺はそれを雑念と切り捨て、心の中で整理する。
 今日は誰も屋上を使う予定がなかったため、プールの準備等はしていない。だが、毎日清掃はしているのか、あるいは俺の知らない機能が屋上にはあるのか、ここしばらく使っていないのに綺麗に感じた。

「そういえば、何気に屋上に来たのは初めてこの家に来た時以来だったな…」

「そうなんだね!じゃあ、今度みんなでこの屋上で遊ばないかね?
せっかく夏も近いし、丁度いいと思うね!」

「そうだな。まあ、悪くない、か」

 さて、と明るい雰囲気から切り替えた俺は先ほどの話に戻る。このままこの話をするのも悪くないが、きっと脱線してしまうだろう。
 俺は先ほどの言葉の続きを話す。

「聖はFR改革派の顔を知っていると言っていたが、FRほどの組織がそうそう頭領の顔を見るなんてできないと俺は思っている。勿論、派閥によって違うかもしれないが…。まあ、今まで敵対してきた組織が組織だからな」

 そういって俺の頭の中で一番最初に思いついたのは時崎だった。
 わざわざ教授という偽名を使ってまで裏で暗躍し、腹心であるチープハッカーにその全てを行動させた。人類守護派に至ってもそうだ。
 結局俺はその派閥の頭領の顔を拝むことはなかったが、かなり用心深い性格らしい。事実彼が持っていた携帯電話の履歴には騙されたとはいえ、チープハッカーにしかなかった。
 そう考えると改革派だけが顔を出すというのはおかしな話だと思ってしまう。だが、その疑問はあっさりと聖が答える。

「まあ、FBIにも説明したから別に隠すことじゃないね。
そういえば弁田くんはわたしがどんな状態なのかはもう知っているよね?」

「このマンションの外に出ることは禁じるみたいな感じでしたっけ?」

「そうだね。基本的にわたしは外に出ることができないね。
だけど、例外が一つあるね。一つはFBIの捜査協力の時だね。まあ、一緒に協力はわたしとしては少しだけ抵抗感があるからあまり積極的じゃないけどね。
でも組織はわたしが裏切ることを悟っていたんだろうね。捕まった当日にわたしはドイツに存在するFR改革派のアジトの場所をFBIに教えたね。でも今のところ何も連絡が来てないことから捕まっていないね。
じゃあ、ここから本題。なんでわたしは他のFRの構成員と違ってここまで優遇されているのかね」

「優遇?鮫島さんが図ったからじゃないのか?」

 すると聖苦笑いしてその答えに返答する。

「弁田くんも知ってると思うけど鮫島さんは仕事では手を抜かない人だね。
それは一緒に働いていた弁田くんもわかると思うね」

「あー。まあ、確かに。鮫島さんは恩情ことあるけど仕事に関してはシビアだからな。
…確かに。そう考えるとこの待遇はおかしいな。一体なんでだ?」

 疑問が深まる。だが、その疑問を答えたのは聖だった。

「弁田君の推測通り、頭領の顔を知っているわたしは普通じゃないし切っても切れない関係だね。
FBIも馬鹿じゃない。何でわたしが頭領の顔を知っているのか。その理由は至極単純だね。
わたしがFR改革派の頭領の孫娘だから。だからこそ優遇されているね」

 その言葉を聞き、俺は腑に落ちた。とはいえ、衝撃的なことに変わりない。俺が考えていた可能性として最有力候補だったのか元腹心だったということだ。
 だが、血のつながりがあるという事実はにわかには信じがたい話である。

「その顔、信じていないね」

「まあ、な。そりゃあ敵対している派閥組織の頭領の孫が聖だったなんて言われれば気が狂ったんじゃないかって思う」

「ちょっとひどくないかね?まあ、証拠というほどではないけど、わたしの人種がどういうものかは多分知っているね」

「確かクォーターだっけ。日本人が半分、そしてその残りが…ドイツか」

「そう。まあ、そこで察してとは言えないからもう一つ教えてあげるね。
FRの頭領の名前のことだけと、頭領の名はジョン・アレクサンドロス・ゲイン。前は有力な投資家だったはずだね」

 その名前を聞き、俺は胸の奥につっかえを感じる。だがその疑問を取り払ったのはこの場にいない第三者の登場によって疑問が払われた。

「ジョン・アレクサンドロス・ゲインだと!?
我が尊敬している有力の投資家じゃないか!?
だが、彼は死んだはず…」

「嘉祥寺!?起きて大丈夫なのか?」

「フン。
我のブレインは先日のフェスティバル程度では…。
あー痛い。
頭が…我が頭が割れる…」

 顔色が肌色から青く染まった様子を見てすぐさま駆け寄る。どうやらただの二日酔いのようだ。俺は一緒に話を聞くかと尋ねると「無論!」と元気よく返事をしたため椅子に座らせ一緒に話を聞くことにした。

「話を戻すが、そのジョン?は嘉祥寺の言う通り、死んだという話が伝わっている。
それはあまりにも…」

「改革派の情報操作能力なら人間の一人や二人。情報を抹消するくらい、簡単だね。
現にそれを味わった人をわたしと弁田くんは知っているはずだね」

「…米沢さんか」

 全てのきっかけとなった故人を思い出し、俺は聖の言葉に説得力があると確信する。米沢さんも対外的には事故死となっているが、実際は改革派の誰かに消されたのだろう。
 ここまでの話を聞きいれた俺は頭を抱え、これからのことを考える。

「時崎先生の企みの阻止、FR改革派の行動予測。
そしてそれらが未来の破滅に向かわないように手札を増やす…。
はあ、全く仕方ないが、やることがいっぱいだな」

「だが、それが別苦痛というわけではないのだろう兄弟」

「まあな。全く俺としてもどうかと思うが」

 嘉祥寺の言葉に対して俺は今の感情を素直に吐き出す。今までは一人で戦ってきたからこそ苦行であり、精神がおかしくなっていたのだろう。
 だが今は違う。頼れる仲間に信頼できる仲間。彼らがいる。だからこそ心にわずかな余裕ができ、それを楽しむなどというおこがましいが感情が芽生えた。
 だが、おこがましいが悪い感情ではない。俺はその感情を胸に秘め、背を伸ばす

「さてと、やることがいっぱいだぞ。
言っておくが、聖。監視されているから仕事できないなんて言うことは絶対にさせないからな。
とはいえ、ラボには行けないから聖には一番苦手な経理の仕事をやってもらうから覚悟しろ」

「ええ!?それはあんまりだね弁田くん!」

 屋上を後にしながら俺は聖の抗議を聞く。しかし、その時間が何故か苦痛に感じることはなかった。
 かわりに、久しく感じなかった純粋な嬉しさと楽しさの感情を味わった。



「教授。おまえは一体何をするつもりだ?」

『俺は俺なりに世界を変えるつもりだ先生。
だが、あなたも老いたものだ。愛娘程度、しっかりと始末できないとはな』

「それを言われてしまったらわしも弱い。
全く、不出来なコマを持つと痛いしっぺ返しを受ける。現に、あのアジトを手放す羽目になってしまった。娘の反抗期とは恐ろしいものだ。お前も気をつけろよ」

『そうは言いつつもしっかりと報復する準備を整えているのだろう。
そういう点は称賛に価するよ』

 とある一室で彼らは話し合う生涯最後の師弟の語り合い。最初は互いの理想について話し合っていたが、今では歪んだ夢を語り合う場に変貌してしまっている。
 会話の最後に師は画面先の弟子に語り掛ける。

「教授。お前は何があってそんな理想を掲げるようになった。
わしも人のことは言えないが、わしよりもそっちの方がたちが悪いぞ」

『…そうだな。この会話も最後だから。先生には少し告白しておこうか。
先生の教えて学び終えた後、俺は世界を見た。最初は美しい世界だと思ったさ。技術を生かし、新たなステージを上がる。素晴らしき文明。そう思った。
だが、同時に醜悪な世界だと感じた。技術を得るために権力を得るために、争い、憎みそして犯し、殺す。美しい世界なんて言うのはただの戯言。実際は醜悪な世界の中でもまだましな方を見ている。
だから一度全て更地にする。人も、文明も何もかも。
だからこそ俺はこの派閥創造派を立てた。全てはより良い世界を生み出すためにな』

 どこからか悲哀の感情を感じる。師はどこか悲しそうな声で最後に呟く。

「弟子よ。お前が何をしようとわしは止めぬ。それがお前の意思というのであれば尊重しよう。
わしに万が一のことがあればわしが管轄しているあれを全てお前に渡そう。
世界を滅ぼすなり、なんなりと使うがいい」

『…すまない師匠。ではな、もう会うことはない』

 その言葉を最後に、電話が切られる。師は朽ちた体を動かし、最後の仕事に入ろうとする。

「さて、わしはわしで最後の仕事をしなければな。
弟子が円滑に作戦を進ませるのも師としての仕事。だがその前に…あの出来損ないを排除しなければな」

 師はコルクボードに貼ってある家族写真を手に取り、それを破り捨てる。破り捨てた写真を暖炉に放り込み、師はこれからの行いについてどう行動するか考え始めるのであった。
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