Another Dystopia

PIERO

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2033年 6月 作戦決壊(上)

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 FBIに合図を送ったことで作戦が始まってしまったことをを悟った俺、嘉祥寺候文はこれからどうするべきか考えていた。
 現状、最悪な展開はFBIと小林組の乱戦に入ってしまうこと。アカネはともかく、殺意によって動かなくなってしまった白橋は戦うことができない状態だ。そんな状態で戦場ともいえる場所に入ってしまうのは自殺行為に等しい。
 幸い、戦場から小林佐夜の部屋の前までは時間がかかる。その間に解決策を考えればいい。

「さて、どうするか」

 普段抑えているリミッターを解除し、作戦開始前の行動からこれまでの情報を整理する。
 門をくぐった。伊吹が佐夜の部屋の前まで案内をした。堀田は屋敷外に追い出された。その後小林の部屋の整理した。赤沢が現れた。伊吹は門を離れた。その後、チープハッカーが現れた。
 そして、作戦が開始された。端的な情報から彼らの一つ一つの感情と仕草を思い出す。そして導き出そうとする。彼らの、チープハッカーの真の目的を。
 だがそれでも確証に至るための情報がまだ足りない。俺は

「ねえ、嘉祥寺。流石にここから離れたほうがいいんじゃないかしら?」

 普段の強気な態度とは裏腹に白橋は怯えた様子で話しかける。無理もない。この地は既に戦場だ。協力者に過ぎない俺たちはすぐに離脱することが最優先だろう。そう、最優先なのだ。
 しかしだからこそチープハッカーの言葉が気になる。俺たちは既に終わっている。この言葉の意図を正しく解釈してからでなければ行動できない。

「いや、今はこの場が一番安全だ。
迂闊に行動して鮫島以外の人に鉢合わせしたらきっと面倒なことになる。
それに、敵に遭遇したとして今の状態で敵を倒す…つまり殺す覚悟はできているのか?」

「…そうね、無力化ならまだしも、殺し合いということになったら私は戦えないわ」

「まあ、そういうことだ。というわけで現状はこの場に待機が最も安全ということだ」

 俺は数少ないブドウ糖飴とスマホを取り出し、ブドウ糖飴を三つ口に放り込み、かみ砕いた後、スマホでとある場所に連絡をする。この情報不足かつ現状を打破する反則ともいえる方法。
 数コール後、その人物と連絡が繋がった。

「もしもし俺だ。時間がない。質問にだけ答えてくれ。
アスクレピオス、過去の俺はこの状況でどんな行動をとった?」

『…データベースの情報から読み取りますので少々お待ちください』

 反則技。それは未来を知っている者に未来の情報を聞くことである。だが、それは同時に大きなリスクを背負うことになる。事実、電話越しに警告音が聞こえる。
 始めてアスクレピオスと遭遇した時に聞いた過去改変が起こるリスクに生じる警告音だ。つまり、この情報を聞くということはアスクレピオスの存在そのものが消えてしまうということを意味する。
 情報を渡した直後、きっとその存在は消えてしまうだろう。だからこそ俺は最期にアスクレピオスに呼び掛ける。

「アスクレピオス。お前との出会いはたった数日だったが、決して忘れない。
貴様が成し遂げようとしたことは責任もって我らが必ず成し遂げる。だからこそ、その役目を終え、眠りにつくがいい」

『…ありがたい言葉です。
ああ、最期にその言葉を聞けてもうわたしに悔いはない。
でも、この一言だけ。

…父さん、あなたと一緒に過ごしたこの時間は楽しかった。
この終末からみんなを、未来を救って…』

 偶然か、あるいは必然か。その一言はかつて弁田が未来から受け取ったメッセージと同じ言葉だった。誕生も作られた経緯も作成者も異なったが、彼が宿していた意思はどんな未来でも変わっていなかった。
 その一言後、突然電話が切れた。直後、メールが送られる。メールを開く前に俺は瞼を閉じ、アスクレピオスと過ごした時を脳内に焼き付け、目を開く。
 彼の遺志によって届けられた未来の道標だったものを読む。瞬間、これまで目撃してきた情報が全て繋がる。

「アカネ、俺と一緒に来い。白橋は怪我人の手当の準備をしておけ」

「ちょっと待って!?何をする気なの!?」

 俺が導き出した生存ルートを伝える時間はない。でなければこの状況を打破する最善の手が潰されてしまう。故に俺は一言だけ伝える。

「雪花伊吹を救出する。彼はアスクレピオスが言っていた通り、全ての鍵を握っている」

 その一言だけ伝え、困惑している白橋を置いていき、俺とアカネは雪花伊吹の捜索に走った。



「やーまいった。まさかここまでやるとはね」

「それはこっちのセリフだ。
常人なら既死んでいてもおかしくない。まさか、君はマゾヒズムなのかい?」

「フン、ぬかせ」

 チープハッカーと対峙している雪花は皮肉を返すが、冷や汗を流す。
 和風らしく雅だった廊下は切り刻まれ、無残な姿に変貌している。加えて、床はところどころ穴が開いている。否、開きそうに脆く刻まれている。
 この痕跡は互いに落とし穴を造り、動かなくなったところで勝負を決める。そのはずなのに互いに足さばきや落とし穴に落ちそうになった時に力技で抜け出したりとしているからか、一向に落とし穴だらけになっている。常人ならまともに歩くことは不可能だろう。
 そしてその状況は雪花にとって都合が悪い展開でもあった。

(まずいな。このままだと足を置く場所がない。
仮に落とし穴に落ちたとしても踏み込める場所がなければ切り込むことができない。
加えてこんだけ刀を交えても奴さんの武器の理屈がわからない。
鋭いワイヤーならまだ理解できるが、視認できない細さのワイヤーで切り刻むことなんてできるのか?)

 場所を変えることさえできればまだ横着状態に持ち込めるが、周囲の音からして既にほかの場所でも戦いが始まっているのだろう。FBIと遭遇できればまだいいが、小林組に当たってしまえば守りながら戦うという面倒なことになる。その中でも最悪なのは他のFRと接触した場合である。
 一対多数という状況になってしまえば間違いなく劣勢を強いられるだろう。

「休憩は終わりかい?
ならそろそろ幕引きとしようじゃないか」

「やれやれ、本当に面倒な敵に目をつけられたな」

 雪花は覚悟を決めて大太刀を強く握る。だが、大太刀の刃は何度もチープハッカーの刃と交えたことで既に刃毀れしている。なのに折れていないのは雪花の達人並みの技量があったからこそだ。長年の相棒から悲鳴が聞こえている。だが、ここで引いてしまえば次は最愛の人物に刃が届いてしまう。
 それだけは避けなければならない。雪花は自身の退路に十字線を引く。その様子にチープハッカーは口笛を吹いた。

「それは君の覚悟ってやつかい?」

「そうだ。小林組に伝わる特別な証でね。大切なものを守るために俺はこれを敷く。
日本で言う背水の陣ってやつだ」

 瞬間、雪花の周辺の空気が変わる。今までのらりくらりした空気だったが、今は違う。チープハッカーすら一瞬眼を開く。
 この場を死地として定め、感情を殺し、殺戮を好む機械そのものだ。チープハッカーは驚きこそしたが同時に歓喜する。

「イイネェ。その覚悟、是非とも凌辱させたくなってきたよ」

「御託はもういい。さっさとかかってこい」

 瞬間、二人は無言になる。チープハッカーも雪花も笑っていない。あるのは互いに殺すという意思だけである。
 その空気を破り、先に動いたのはチープハッカーだった。手刀を作り、そのまま振り下ろす。手刀の延長戦上にいる雪花を切り刻む。しかし、大太刀の受け流しによってそれは阻まれる。
 瞬間、雪花間合いを詰めるため踏み込む。まだ床が頑丈な場所を一歩また一歩と踏み込む。しかし、間合いを詰める速度は今まで以上に早く、チープハッカーは驚く。
 距離にして約五メートル。あと二歩で間合いに届く。
 届くというのに、チープハッカーは驚きの表情から一変、勝利を確信した表情に変わる。

「雪花伊吹。俺の勝ちだ」

 瞬間、チープハッカーは手刀をやめ手を広げる。直後、何かを引き寄せるように両手を引き寄せる。雪花は嫌な予感を感じ取り、咄嗟に振り返り大太刀で体を守る。
 その一瞬の判断が雪花の運命を分けた。大太刀に凄まじい重さが伝わり、雪花は宙を舞う。まるでトラックに轢かれたかのような重さに雪花の肺に溜まっていた空気が全て吐き出される。
 無様に落ちた雪花は呼吸を整え、相棒を握る。しかし、握った相棒は先ほどの重さはなかった。霞む視界で雪花は己の相棒を見る。
 雪花の大太刀の刃は先ほどの一撃で粉々に砕け散っていた。刃渡りとして三十センチにも満たない小刀はもう先ほどの一撃を防ぐことはできないだろう。

(いや、ここまで耐えてなお、さっきの一撃を受けて死ななかっただけでも儲けものだな)

 雪花は今までの相棒に感謝しつつも立ち上がる。だが、即死しなかっただけで既に重症だった。
右手首は砕かれ、肋骨も数本折れている。まだ刀が握れるというだけで奇跡に等しい。
 その状態でまだ立ち上がることにチープハッカーは恨めしい表情で見つめる。

「おい、もう勝負はついただろ。なら、さっさと死ねよ。
いくら俺が人間に対して寛大とはいえ、ゴキブリ並みの生命力を見せられたら不愉快だ」

「何言ってやがる。まるで、お前が人間じゃないような言いぶりだな」

「っち、しゃべりすぎたな。俺らしくない。
まあ、どうせこれで最後だ」

 チープハッカーはかろうじて立ち上がった雪花に歩み寄る。既に驚異の対象ではないが警戒心だけは解かなかった。雪花は間合いに入れば刺し違えても殺せるような体制になっている。
 否、例え死んでも必ず殺そうとする覚悟でその場に立っている。その覚悟に敬意を表し、チープハッカーは間合い一歩まで歩み寄った。

「最後に何か言い残すことはあるか?」

「へへ、そうだね。
地獄で待ってるぜ。くそ野郎」

 それがこの対決の最後の火蓋だった。チープハッカーは一歩間合いを詰め、雪花の間合いの範囲に入る。雪花は間合いに入った直後、己の最速の剣速を繰り出す。チープハッカーは手刀を雪花の首筋に狙って薙ぎ払う。
 先に攻撃が当たったのは雪花だった。チープハッカーの首筋に剣が当たり、後は威力を伝えるだけでその首が落ちる。しかし、悲しいことに剣の達人であった雪花は最後に絶望する。

(畜生。そういうことか。
ああ…こりゃあ切れねぇわ)

 最後に敵の正体を掴んだ雪花はせめてこの表情のまま死なぬように殺意を持ってチープハッカーを睨む。チープハッカーの表情は歓喜した表情から悔しそうな表情に変わる。絶望した表情から殺意を持った表情に変わったからか。
 瞬間、雪花の体が倒れる。雪花は首を切られたと感じたが首はまだ胴に繋がっている。倒れたのは背後から膝関節を蹴られたことによって重心が支えられなくなったからだと理解したのはチープハッカーが距離をとった時だった。

「危ねぇ。おい、生きてるか!?」

 乱雑な口調で話しかけてきたのは小林佐夜の友人の一人、アカネだった。彼女が咄嗟に雪花を倒したことで九死に一生を得ることができたのだ。
 そして遅れてやってくるものがいた。

「よくやった。アカネ。お前は注意を引け」

「ちょっと!?いくら何でも早すぎるわよ。
嘉祥寺、あなたこんなに足が速かったの?」

 戦場に現れた二人、嘉祥寺候文と白橋鏡花は万全な体制でアカネと並びチープハッカーと対峙する。チープハッカーは驚き、そして歓喜の表情を露わにして彼らを見つめる。

「まさか来るとは思わなかった。教授の予想通り、彼は侮れないな」

 素直な感想。そして顔には表していないが彼女、白橋がいることの驚愕。チープハッカー舌打ちしながら彼らを認める。

「謝罪しよう。
君たちは弁田くんに等しく脅威だ。故に、今この場で排除する」

 チープハッカーは手刀を構える。ここ二新たな戦いが始まろうとした。
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